- ナノ -

幕開けの合図

「どこもかしこも派手にやってやがるな」


霊圧の衝突を感じ、日番谷は呟きながら松本と小梅を振り返った。


「昨日話した通り、俺と松本は中央に。桐島は処刑場の方を頼む」

「はい。お二人とも、お気をつけて」

「小梅さんもですよ」

「多少の無茶はお許しください」


そう笑った小梅はふと瞳を伏せて、日番谷に視線を向けた。


「雛森副隊長のいる部屋は、結界だけでいいんですか?」


尋ねられ、日番谷は訝しげに眉をひそめた。暫し考えるように黙った彼だが、一つ頷いた。


「そうですか……わかりました。隊長がそう言うのであれば、そうしましょう」

「……何か、不安要素でもあるのか?」

「いえ。ただ、そうですね……一つ言うのであれば、時には酷なことであっても、それを行った方ががいい時もありますよ」


それだけ告げて、小梅はその場を離れた。彼女がまず向かった先は十三番隊舎、浮竹のもとだ。

ルキアは双極のもとへ連れていかれている頃だ。各隊長と副隊長もその場に向かっているはず。しかし道中で争っている者もいるようで、恐らくその場には十三隊の半分もいないだろうと小梅は予想した。

小梅が十三番隊舎に到着したと同時、処刑場から凄まじい音が響き渡った。処刑が始まったのだ。急がなくてはと敷地に入れば、小椿のものだろう大きな声が聞こえた。その声を頼りの隊舎内を駆けた彼女は、浮竹の姿を見つけ彼を呼んだ。


「小梅……!」

「…… 四楓院の……それで、やれるのか?」


浮竹の手にしている道具を見やった小梅が尋ねれば、彼は真剣な眼差しで頷いた。


「無論。やれる、ではなくやるんだ」


その答えに、小梅は僅かに目を見開いて、口角を上げた。

双極は既に解放されており、もたつく時間などない。小梅は浮竹と小椿、清音と共にすぐさま駆け出した。













解放された巨大な矛は、炎に包まれた鳥へと姿を変えて、磔架に磔となっているルキアの前に姿を見せた。それを目前にしながらも、ルキアは不思議と恐ろしさを感じていなかった。

いくつもの出会いがあり、いくつもの救いがあり。そうして今も、自分のために戦ってくれている者がいた。それだけで彼女は充分で、自分は果報者であるとさえ思えた。死神としての人生はそう長くもないものであったが、自分はよく生かされたのだと、ルキアはそう思っている。その多くの感謝を胸に、彼女は死を受け入れようと、涙を一つこぼして、そっと瞼を下ろした。

しかし、待てども待てども、己の身体を貫く矛の感触はなく。ルキアがそっと目を開けると、そこには青年が一人。オレンジ色の髪に、身の丈ほどの大刀。尸魂界に侵入した旅禍の内の一人――名を黒崎一護。

斬魄刀百万本に値するほどの破壊力を持つ双極の矛を、彼は斬魄刀一本で止めてみせた。


「莫迦者!!何故また来たのだ!!」


彼の姿に、ルキアは怒鳴るようの声を上げた。自分はもう覚悟を決めてこの場にいること、助けはもう不要であること。それを伝え、一護に帰れと叫んだ。

一護が何かを言い返そうとする前に、相手の方が第二撃のために一度距離をとった。そうして今度こそ、一護ごとルキアを貫かんと、狙いを定めて向かっていく。一護はそれを迎え撃とうとした。


「浮竹、貸せ」

「ああ」


何かが、燃え盛る矛に向かって投げられた。それは二重三重と彼の首もとに巻かれていく。連続して起きる突然の出来事に周囲も困惑するなか、落ちてきた杭を地面に押さえ込んだのは、京楽だった。


「よう、この色男。随分待たせてくれるじゃないの」

「済まん。解放に手間取った。だが……これでいける!!」


そう告げ、四楓院家の紋の入った大きな盾のようなそれを、浮竹は地面へと下ろした。


「変われ京楽。お前は浮竹とこっちだ」


小梅は杭を押さえる京楽にそう言って、浮竹の方を顎で示した。頷いた京楽は杭から手を離すと、鞘から刀を抜いた。 四楓院家の紋に気付いた砕蜂は、何をしようとしているのかを察し、すぐさま自身の副官大前田希千代に彼らを止めるよう叫んだ。しかし一足遅く、浮竹と京楽は、上部の二つの切り込みに向かって、同時に刀を振り下ろした。

瞬間、炎の身体が飛び散るように弾ける。そうして姿を見せた矛もまた、折れてしまっていた。

一護はそれを見て磔架に飛び移ると、大刀を軽々回しはじめる。彼は双極の磔架を破壊しようとしているのだ。双極の矛同様、磔架とてそう簡単に壊せるような代物ではない。そのためルキアは無茶だと叫んだ。


「いいから。黙って見てろ」


そう静かに告げて、一護が斬魄刀と突き下ろした。瞬間、激しい破壊音が響き渡り、辺りに煙が立ち込めた。磔架は、ルキアはどうなったのかと皆が目を凝らして頭上を見上げる。


「……助けるなとか、帰れとか……ゴチャゴチャうるせーんだよ、テメーは。言ったろ。テメーの意見は全部却下だってよ」


次第に煙が晴れ、隠れて見えなくなっていた磔架の様子が現れた。


「二度目だな。今度こそだ……助けに来たぜ、ルキア」


磔架は破壊され、磔にされていたはずのルキアが、一護に抱えられている姿がそこにはあった。矛だけでなく、磔架までもが破壊されたこの事態に、皆唖然と彼を見上げていた。


「……礼など言わぬぞ……莫迦者……」

「……ああ」


隊長達が呆然とする中、呻き声や倒れるような音に振り返れば、そこには阿散井の姿があった。牢を出てから行方がわからなくなっていたが、彼もまたルキアを救わんと、この場に駆けつけたのだ。


「恋次!」


数刻前まで霊圧がごく僅かなものとなっていた阿散井の姿に、ルキアは彼が生きていたことに安堵した様子だった。そんな彼女を、一護は阿散井に向かって思いきり放り投げた。

突然の仕打ちに叫び声を上げるルキアを、阿散井は大慌てで受け止めたものの、その勢いに後方へと転がっていった。


「……ば……莫迦者!!一護貴様ぁ!!」

「落としたらどうすんだこの野郎!!」


当然のように文句を叫ぶ二人を意にも介さず、一護は阿散井にルキアを連れて逃げるように告げた。


「てめーの仕事だ!死んでも放すなよ!!」


その言葉に、阿散井はハッとしたようにルキアを抱え、地面を蹴った。

状況を理解できないまま、立て続けにいろんなことが起きて、戸惑ったように呆けている面々に、砕蜂は副隊長全員で阿散井を追うように指示を飛ばした。それを受け、弾かれたように、大前田をはじめ、一番隊副隊長の雀部長次郎、四番隊副隊長の虎徹勇音も刀を抜いて駆け出した。

しかしいつの間に降りてきていたのか、三人の前に一護が立ちはだかった。相手は双極の矛を受け止め、磔架を破壊した相手。油断はできないと、三人は斬魄刀を解放させる。しかし、一護は自身の斬魄刀を地面へ突き刺すと、その身一つで瞬く間に三人を伸してしまった。

そして、向かってきていた白哉の刀も、自身の刀でしっかりと受け止めてみせた。

白哉と一護が衝突する中、清音は姉のもとへ駆け寄ろうと走り出した。しかしそばでは白哉が戦っており、近付けば巻き込まれると小椿が止めに入ろうとした。だが、そんな彼を砕蜂が捻り飛ばした。そうして次は、清音をその眼に映す。


「待て、砕蜂!!」


部下を助けに行こうとした浮竹だったが、彼の行手を阻むように山本が立ちはだかった。


「罪人を連れて逃げたのは副隊長。斬って挿げ替えれば替えは効く。後でゆるりと捕えよう。じゃが、儂が許せんのはおぬしらじゃ。おぬしらは隊長として、してはならん事をした……小梅、おぬしも例外ではない。それがどういう事か、わからんおぬしらじゃなかろう……」


淡々と、しかし確かな圧をもって、山本は言葉を綴る。気を抜けば今にでもその刀が首もとにまで迫るような、そんな恐ろしさがあり、浮竹は生唾を飲み込んだ。


「ならば、仕方がないな」

「それじゃいっちょ逃げるとしようか、浮竹ェ!小梅ちゃん!」


浮竹の肩を掴んだ京楽と小梅は、彼を引っ張って崖から飛び降りた。京楽の副官である伊勢七緒もそれに続き、その場を離れる。そんな彼らを、山本は焦るでもなく見下ろしていた。


「待ってくれ京楽!小梅!まだ俺の部下が!」

「浮竹、少し落ち着け。あそこで山本先生と戦う気か?」

「そんなことしたら、それこそみんな巻き込まれて死んじまう」


宥めるように言葉をかけた京楽は、もう一人自分達の味方が近付いているのを感じるだろうと、部下である小椿と清音は大丈夫だと、安心させるように浮竹に告げた。言われて気付いたのだろう。浮竹は向かってきている霊圧を察知し、落ち着きを取り戻したようだった。


「わるいな、二人とも」

「気にするな。部下を心配するのは当然のことだ」

「あの場には卯ノ花さんもいるし、万が一怪我しても治してはくれるさ。それより急ごう。七緒ちゃ〜ん、しっかりついてきてね〜!」

「はいっ!」


少しでも遠くへと、スピードを上げた三人に、七緒は必死に後ろについて追いかける。

双極の丘から離れ、街々から離れ、人の気配などないような、そんな廃れてしまった土地まで来たところで、ようやっと彼らは足を止めた。


「結構離れたねえ」

「ああ。ここまで来れば、他に危害も及ばないだろう」

「地形が少し変わるやもしれんが、不可抗力だな」


三人より少し遅れて、七緒も到着した。そんな彼女を茶化すように京楽は言葉をかけており、小梅はしばし呆れたように彼を見やった。

少し恥ずかしそうに、それでいてムッとしたような顔で三人が迅すぎるのだとこぼして眼鏡をかけなおした七緒だったが、三人の向こう側に立つ存在に気付き、ヒュッと息を呑んだ。

そこには、まるでなっていたと言わんばかりに、山本が岩場に腰掛けていた。


「……さすが……お早いお着きで……」

「……昔から、逃げる悪餓鬼に撒かれたことはないんじゃよ」


そう言ってゆるりと立ち上がった山本は、瞼の下の鋭い瞳を覗かせた。


「来い、童供。もう拳骨では、済まさんぞ」