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掴めぬイトを探してる

   四番隊舎にて、藍染の身体を卯ノ花に隈なく調べてもらった結果、間違いなく彼の遺体であると断定された。義骸の可能性も踏まえてあらゆる方面から検査したが、わかったのはそれが藍染の死体であるという事実だけ。死因は斬魄刀による鎖結及び魄睡の摘出と心部破壊であり、事故ではなく殺害と思われるが、犯人は不明。

   この事実は山本と日番谷両隊長の連名による一級厳令として、各隊長と副隊長へと、裏廷隊により即座に伝えられた。空位となった五番隊隊長はこの争乱の終結後、改めて中央四十六室及び隊首会にて決定となるだろう。

   藍染の殺害は、現在尸魂界に侵入している旅禍の一味の仕業ではないかと考えている者もいるようであったが、もし旅禍の誰かに藍染が殺されたのであれば、旅禍が隊舎に侵入していたことに誰も気付けなかった、ということになる。それでは護廷の名折れがすぎるだろう。しかし可能性がないわけではない以上、旅禍を始末するよりも、重要参考人として捕えておくべきという意見もあり、旅禍は見つけ次第拘束することとなった。


「どうやら、旅禍は朽木を助けるために尸魂界に来たようでな」


   小梅は至るところでぶつかり合う霊圧の中で、ルキアのいる懺罪宮で大きな霊圧の衝突があるのを感じ取ったため、そちらに足を運んでいた。

   そこには浮竹と、十三番隊第三席の小椿仙太郎、同じく第三席虎徹清音、四番隊の第七席山田花太郎、そして身体中に無数の切り傷を刻まれている見知らぬ男の姿があった。何があったのかを尋ねた小梅に、浮竹は先のことを告げたのだ。


「先程、白哉と旅禍の一人が戦っていたが、夜一が間に入り、旅禍を連れてこの場を離れた。三日で白哉より強くする、と」

「夜一……懐かしい名前ですね。なるほど、旅禍がどうやってここに来たのか、少し読めてきました」


   夜一―― 四楓院夜一は、四大貴族の一角「天賜兵装番」四楓院家の二十二代目にして、約百年ほど前までは護廷十三隊二番隊隊長だった死神である。彼女が旅禍を尸魂界へ案内したのだとすれば、空鶴の砲弾の件も頷ける。夜一の手を借りているならば、かつて十二番隊隊長を務めていた浦原喜助も一枚噛んでいるかもしれない。

   旅禍の目的は判明した。しかし、藍染の殺害とは繋がりそうもない。ルキアの異例の極刑に関しても謎のまま。まだ真相に辿り着けそうにはなく、小梅は眉間にしわを寄せた。


「小梅、そう怖い顔をするな」


   眉を下げて笑いながら、浮竹は小梅の眉間に触れ、しわを伸ばすように撫でた。彼女は何度か瞬きをすると、そっとその手をどけた。


「……山田については、どうするつもりですか」

「卯ノ花隊長に、俺から連行報告書を宛てるつもりだ」

「そうですか……では、この場はお任せします。私は隊舎にて、五番隊の引き継ぎ業務の手伝いをしますので」

「ああ……日番谷隊長が引き受けたのか」

「はい」


   処刑日まではまだ猶予がある。ならば更木とやりあった旅禍は、夜一の発言通りにいくなら最低三日は姿を見せない。京楽が旅禍を一人捕えており、マユリとやりあっている霊圧も一つあった。ここにいる一人は致命重傷だが処置が終わり次第牢に入るだろう。これで侵入者は全員かと少し考えつつ、小梅は軽く頭を下げ、その場を去った。

   小梅には、夜一が何を考えているのか、自ずと理解はできていた。恐らくは多少の無茶をさせてでも、短期間で卍解を習得させようとしているのだろう。白哉を相手にするならば、始解のみでは事足りない。とは言え卍解はそう簡単に習得できるものでもないことは、夜一とてわかっていることだろうが、何か策があるのかもしれない。どこで修行をつけているかはわからないが、探しに行く必要性を今は感じなかった。

   懺罪宮を離れた小梅は、すぐに十番隊舎に戻ると、執務室を訪ねた。中には五番隊の業務をこなしている日番谷と、ソファーに横になって眠っている松本の姿があった。後輩や昔馴染みがあのような揉め方をしたのだ。彼女も、それなりに堪えたのだろう。日番谷もそれを察しているため、起こさずにそのまま寝かせてやっているのだ。


「差し出がましいやもしれませんが、仕事を手伝おうかと……」

「そうか……助かる」


   日番谷から書類を受け取った小梅は、自身の机――日番谷が隊長となる前から仕事の手伝いをしていたためか、執務室には小梅の机も置かれている――について書類に手をつけた。


「五番隊舎からは、何か見つかったんですか?」

「藍染の遺言らしき手紙だけだ。雛森宛のな。松本に渡しに行かせた」

「そうですか……見つけたのが、日番谷隊長でよかったですね。他の人ならば、証拠品として提出されて、雛森副隊長まで届かなかったかもしれませんし」


   藍染の部屋も隈なく探したようだが、結局その遺言書以外は何もなかったと言う。しかしそんなものを残していた辺り、藍染も自分が殺されることを予想していたのだろう。ならば何故、夜更けに一人で出歩いていたのか。油断をしていたとも思えない。藍染を殺せるほどの実力を持つ者だって限られている。とてもじゃないが、旅禍の仕業とは思えない。

   書類を片付けながら、これまでの情報も頭の中で整理していれば、筆を置いた音が聞こえ、小梅はふと顔を上げた。


「……桐島さん。やっぱり俺は、市丸の野郎が藍染を殺したんだと思います。あいつは、警報が鳴ったあの時、言ったんです。『最後の警鐘くらいゆっくり聴いたらええのに』、『じきに聴かれへんようになるんやから』って」


   小梅の瞳をまっすぐに見つめ、彼は僅かに眉を寄せながらそうこぼした。数秒日番谷を見ていた小梅は、自身も筆を置くと、フッと息を吐いた。


「そうか……確かに、その言動は怪しいな。言葉だけ聞けばクロだろう。だが、そうもあからさますぎるのが、私には気掛かりだ。わざわざ疑われるような素振りを見せる必要があるか?」

「それは、そうですが……」

「まあ……実行犯かどうかは一旦置いておくにしても、今回の騒動に、一枚噛んではいるだろうな」


   異例の極刑、旅禍の侵入、そして藍染の殺害。どれも独立しているのではなく、裏で繋がっていると考える方が妥当か。しかしこの内目的がわかっているのは、ルキアの処刑阻止を掲げている旅禍の侵入のみだ。

   ルキアの処刑に何か裏があるとして、隠れた目的があると仮定して。藍染がそれを知ってしまい、口封じに殺されたのであれば、一応の説明はつく。このタイミングでの旅禍の侵入は狙ったのかどうかはわからないが、何かに利用しようとしているのかもしれない。それこそ、藍染殺しの罪を被せる、など。

   確証はないが、しかし様々な異例尽くしで執り行う極刑に関しては、恐らく何かの意図があるのは確かだと小梅は感じている。


「ひとまず、市丸に関してはまだ待て。疑惑があるとはいえ、現状証拠も何も無い。目撃者がいたわけでもない。それなのに仕掛けでもしたら、却ってこちらが悪くなる。むしろ、向こうはそれが狙いかもしれないしな」

「……はい」

「雛森の件がそうだ。あの時、あの場では、吉良の言葉が正しかった。それはお前も理解してるだろう?」


   悔しげに、怒りも滲ませながら顔を歪めた日番谷だったが、小梅の言わんとしていることを理解し、それが納得できることでもあるため、素直にはい、と頷いた。


「疑うなとは言わん。警戒するなともな。だが、冷静さを欠くなよ」


   感情が先行しすぎれば、視野を狭めてしまう。見ている情報すら見失い、誤った認識をしてしまいかねない。それが時には命取りとなるのだ。

   そう告げると、小梅は置いていた筆を取り、業務を再開した。