- ナノ -

点ばかりで繋がらない

   侵入者を知らせる警報が鳴り響いてから、各隊はそれぞれの配置にて侵入者を探していた。しかし明け方になれどその影すら見当たらず仕舞いであった。


「市丸隊長が、旅禍を始末し損ねた?   それ、ホントですか?」

「ああ。本人も随分と素直に認めてやがった。独断行動ととり逃がし……隊首会が開かれたのは、市丸の処遇を決めるためだった」

「にわかには信じ難いですね。彼ほどの人が旅禍を一人も仕留めきれないというのは」


   隊舎に戻る道中で警報を聞いた小梅は、駆け足で守護配置へとついた。その十分後に配置へ到着した日番谷から、松本と共に隊首会の話を聞いた小梅は、驚いたように目を瞠りながら彼を見た。

   先日の旅禍の一件、どうやら市丸の勝手な行動であり、その上旅禍を仕留め逃したと言うのだから、とても信じられるものではなかった。何せ彼は三番隊隊長を務めるほどの実力がある。そんな彼がとり逃がすなど、余程その旅禍が手強かったのか、はたまたわざと逃したのか。

   思わず顔をしかめた小梅に、日番谷が何かを言おうと口を開いた。しかし、頭上から聞こえた地響きのような音に、彼らは顔を上げた。見れば雲を切るようにして、砲弾のような球体が落ちてきていた。足を止めた小梅は目を丸くし、咄嗟に日番谷を見た。


「松本、全員下がらせろ!」

「はい!   あんた達、一旦退きなさい!」


   凄まじいスピードで落下した球体は、遮魂膜にぶつかったと思うと、強烈な光を発した。まだ僅かに暗い空が、その衝撃から生まれた光で白んでいく。

   瀞霊廷には、周囲に張り巡らされた瀞霊壁でガードされている。瀞霊廷は尸魂界でも希少な「殺気石」という霊力を完全に遮断する鉱石でできており、壁に霊力で穴をあけて入ることはできない。加えて、「殺気石」には切断面からも霊力を分解する波動を出しており、瀞霊廷はその波動で空の上から土の中まで、球体状に障壁が張られている。それが、遮魂膜である。遮魂膜に突っ込んでいったところで、霊子でできている者は塵になるだけである。

   しかし落ちてきた球体は、遮魂膜に衝突しても消滅することなく形を保っていた。それだけで、密度を持った霊子体ということが窺える。

   隊士達を庇うように前に立ちながら、小梅は臨戦態勢に入り、上空を見つめるなか、爆発音を立てて球体が破裂した。そしてそれは、四方へ分かれて吹き飛んでいく。


「日番谷隊長、どうされますか?   どれか一つ、追いますか?」

「……いや、いい。ひとまず総隊長の指示を待つ。その間隊士を、待機と旅禍の追跡の二手に分ける。桐島、お前は俺と松本と待機だ。それと、隊士への指示は任せる」

「了解です」


   頷いた小梅は振り返ると、直ちに隊士に指示を飛ばしたた。半分は隊舎にて待機指示を、もう半分は四班に分かれ旅禍を追うように告げる。


「旅禍は見つけ次第始末でいいだろう。残った者は隊舎に戻るぞ」


   キビキビとした返事が返ってくるのを聞きながら、小梅は隊舎へ向かった。道中、あちこちから旅禍を探す声や、多くの駆ける足音が聞こえてきており、それなりの数の隊士が旅禍の捜索にあたっているのがわかる。

   遮魂膜を突き破っての侵入とは、随分と強引で、その上危なかっしい旅禍達だ。しかし方法としてはそれくらい無理矢理なものしか残されていたなかったのも事実。門番がやられた時点で、門の内側の警備は厳重なものになっている。加えて他の門に行くにしても歩いて十日はかかる。何の目的があって尸魂界に来たのか定かでないが、ああも強硬手段に出た辺り、あまり長い時間をかけてはいられないということなのだろう。

   あれこれと考えながら、小梅はふと眉をひそめた。彼らが取った方法に、小梅は一つ心当たりはあった。旅禍が現れたのは流魂街の西方。彼女の記憶が正しければ、そこには花火師が一人住んでいた。志波空鶴という、女花火師だ。その花火師は、遮魂膜を突き破れるほどの砲弾を開発していた。恐らくはそれを使ったことが予想できる。

   では、旅禍はいったい誰から、空鶴の存在を聞いたのか。流魂街の住民達ならば知っていてもおかしくはないだろうが、果たして空鶴が見ず知らずの旅禍の手助けを簡単に請け負うのか。いかんせん、小梅は空鶴の話を知人に聞いた程度で、実際に会ったことがないため彼女の人となりは詳しくない。もしかすると相当なお人好しという可能性もあるが、知人が話していた言葉を思い返すと、そういうわけでもなさそうであった。

   旅禍の侵入、市丸の独断行動にとり逃がし。先程の警報も、旅禍の侵入前に鳴っていた辺り誤りの可能性が高い。散らばっている情報のどれもが、あまりにも怪しすぎるというのも、小梅としては些か気になるところであった。こうもわかりやすいと、それさえ意図的なものではないかと思えてくるのだ。

   日番谷の話していた隊首会での市丸の様子も、気がかりではある。旅禍の侵入と極刑と、考えることが多すぎて嫌になると一人心の中で文句をこぼしつつ、小梅は隊舎へと急いだ。













   旅禍の侵入から既に数時間。小梅はあちこちで霊圧の衝突を感じながら、執務室の前にいた。


「桐島です。日番谷隊長、いらっしゃいますか?」

「ああ、入れ」

「失礼します」


   中には、難しい顔をした日番谷の姿だけがあった。小梅がそっと扉を閉めて松本を探していれば、それを察したのだろう日番谷から、彼女は二番側臣室に待機させていると告げられた。


「報告が届いてます。十一番隊第三席の斑目一角、同じく第五席の綾瀬川弓親が重傷のため戦線離脱。どうやら十一番隊はほぼ壊滅状態。現在確認されている旅禍のうち二名は、四番隊の隊士を一名人質に、中央へ移動中のようですよ」

「そうか……思いの外、腕が立つ奴らみたいだな」


   報告を聞き終えた日番谷は、小梅に座るよう促した。頷いた彼女は扉の前から移動し、ソファーへと腰を下ろす。そうして少しばかり沈黙が流れるなか、日番谷が先に口を開いた。


「……隊首会で、市丸は旅禍のとり逃がしは自分のミスだと、随分素直に認めてた。弁論も何もせずにな。ただ、奴の処罰を下す前に、見計らったみてえに警報が鳴りやがった。それを、藍染も怪しいと思ったんだろう、指摘してたのを聞いた」


   突然の話を黙って聞いていた小梅は、考えるように指先を顎に置くと、訝しげに眉をひそめた。そんな彼女に、日番谷はそっと瞳を向けた。


「桐島は……桐島さんは、この騒動を、どう考えますか?」


   ぱちりと一つ瞬きをした小梅は、日番谷の目を見つめ返すと、私個人の意見としては、と前置きをした。


「市丸が旅禍をみすみす仕留め損なったというのが、どうも腑に落ちん。聞く限り警報のタイミングも、あまりにもできすぎている」


   それこそ、仕組まれているかのようだ。一連の流れを整理して考えれば、市丸が何かしら噛んでいると考えるのは自然なことだろう。実際、日番谷は市丸に警戒を見せている。

   しかし、ではどうして旅禍の侵入を許したのかという疑問も生まれる。ルキアに対する異例の極刑も関係があるのか。現状では疑問ばかりが溢れており、目的や理由だけが透けてこない。


「物的証拠も、動機も何も不明ではあるが、警戒するに越したことはないだろうな。だが――」


   小梅の言葉を遮るように、執務室の扉を叩く音がした。日番谷が声をかけると、すぐさま扉は開き、慌てた様子の隊士が矢継ぎ早に報告をした。


「すみません、報告です!   六番隊阿散井恋次副隊長が、旅禍との戦闘で意識不明の重傷を負ったとのことです!」


   阿散井の戦線離脱。その報告に二人は大きく目を見開いた。席官二名だけでなく、副官までもが欠かれることになるとは、小梅も予想外であった。


「俺は阿散井の様子を見に行く。桐島、ここは一旦預けるぞ」

「はい」


   そう伝えると、日番谷はすぐさま飛び出していった。


「……伝え損ねたな」


   足を組み、背もたれに背中を預けた小梅は、軽く髪を掻いた。

   市丸を警戒するに越したことはない。しかし、あからさまに警戒心を誘発させる言動をとっているのを考えると、警戒しすぎるのも良くはない。それを言いたかったが、しかたない。また戻ってから伝えておくかと、小梅は息を吐いた。