- ナノ -

整いはじめる盤上

ルキアの極刑執行まで十四日を切ったなか、彼女の身柄は懺罪宮四深牢へと移送された。窓が一つあるその場所からは、双極が見えるようになっている。それを毎日眺めることで、己の犯した罪を悔いる。それが、懺罪宮と呼ばれる所以である。

そんななか、瀞霊廷は些か慌ただしかった。昨日、五人の旅禍――死神の導きなしで不正に尸魂界へ来た魂魄をそう呼ぶ――が郛外区、所謂流魂街に侵入したのだ。ただちに三番隊と九番隊が現場へ向かったが、瀞霊門の外側に落ちたため、西門、通称「白道門」の門番である児丹坊が相手をしたとのことだった。


「ただ、児丹坊は負けたらしいんですよ」

「児丹坊が?あいつが『白道門』の門番になって三百年は経つが、初めてのことだな」


驚いたように目を丸くした小梅は、偶然鉢合わせた十一番隊の第三席斑目一角と、同隊第五席の綾瀬川弓親の話に耳を傾けた。

侵入してきた旅禍のうち、一人は身の丈ほどの大刀を持った、オレンジ色の髪の死神だと言う。その情報に、小梅は僅かに目を丸くした。同じような風貌の死神を、彼女は見たことがある。隠密機動からの映像にて、大虚を相手にしていた青年に当てはまる特徴だ。

しかし何故彼が、尸魂界に。しかもどうやって。片眉を上げながら、小梅は一人疑問を抱いた。


「市丸隊長が迎撃したって話らしいので、もう生きてはいないと思いますけどね」

「そうか……あの霊圧は市丸隊長のだったか……それなら、確かに、生きてる可能性は薄いだろうな……」


侵入者の迎撃に、隊長自ら赴くというのは些か珍しい。そういう命令でも下っていたのだろうか。小梅は考えるように顎に手を置きつつも、もう解決したことかと思考を止めた、その時。

カンカンカンと激しく鳴り響く音と、緊急隊首会召集の通達を知らせる声に、小梅はもちろん、斑目や綾瀬川も驚いたように目を瞬かせた。


「隊首会?なんかあったんスかね……旅禍の件か?」

「旅禍はもう死んだはずだろう?」


副隊長は副官章をつけて待機するように、という指示も一緒に通達されていた辺り、余程の事態であることが窺えた。

昨日の旅禍の侵入と、たった今通達された緊急隊首会。この二つの事柄がとても無関係には思えないが、件の旅禍は、何事もなければ市丸が始末しているはず。ならば旅禍とは無関係で何かが起きたとでも言うのか。どうにも胸騒ぎがしてならなず、小梅は斑目と綾瀬川に別れを告げて、ひとまず隊舎へと向かった。

今はまだ、結論を急くには情報が足りなすぎる。隊首会が終われば、日番谷から今回の隊首会について報告があるはずだ。それを待ってから考えても遅くはないと、小梅は足早に駆けた。











一番隊舎にて、浮竹を除く他十二人の隊長達が顔を揃えていた。一人遅れてやってきた市丸が顔の見えない浮竹について触れると、東仙から病欠であると聞かされ、そらお大事に、と軽くこぼした。


「フザケてんなよ。そんな話しにここに呼ばれたと思ってんのか?」


今回の召集に対し、市丸の然程緊張感の見られない、飄々とした立ち振る舞いを見て、更木が鋭い声音で切り込んだ。


「てめえ、一人で勝手に旅禍と遊んできたそうじゃねえか。しかも、殺し損ねたってのはどういう訳だ?てめえ程の奴が、旅禍の四、五人殺せねえ訳ねえだろう」


今回の緊急隊首会に議題は、まさしく更木が触れた件についてである。

昨日、五人の旅禍が流魂街に侵入した騒動が起き、それを市丸が迎撃した。しかし市丸の迎撃は無断での行動であり、その上侵入した旅禍は誰一人として死んでいない。彼の独断での単独行動と、旅禍を取り逃す失態。隊首会が開かれた理由は、そのことに対する説明及び弁明のためであった。


「あら?死んでへんかってんねや?アレ」


すっとぼけたような口ぶりで返された言葉に、更木は僅かに目を見開き、片眉を上げた。市丸は特に焦っているでも驚くでもなく、勘がニブったか、なんて呑気に頭を掻いていた。

そんな彼の態度に、面妖な黒い化粧と仮面をした男が、喉で笑いながら、ギョロリと瞳を動かした。


「猿芝居はやめたまえヨ。我々隊長クラスが、相手の魄動が消えたかどうか察知できないわけないだろ。それとも、それができないほど、君は油断してたとでも言うのかね?」


十二番隊隊長、涅マユリ。その性格は理知的でありつつも残忍で、倫理観のない研究や非人道的な人体実験を好む危険人物。よく言えば好奇心が強く、悪く言えば外道。しかして隊長として、組織への忠誠心も確かに持っている男である。

責めるような言葉と目つきに、市丸は肩を竦めながらへらりと笑う。そんな態度に、マユリの目尻がピクリと動いたと思うと、たちまち更木、マユリ、市丸による言い争いのような応酬がはじまった。


「いややなあ。まるでボクが、わざと逃がしたみたいな言い方やんか」

「そう言っているんだヨ」

「うるせえぞ涅!今は俺がコイツと喋ってんだ!すっこんでろ!俺に斬られてえなら話は別だがな!」


そんな三人を順に視線で追いながら、日番谷は呆れたように息を吐いた。徐々に空気がピリついていくなか、他の隊長達も日番谷同様に呆れの色を見せはじめた。


「ぺいっ!」


鶴の一声とはまさにこのこと。空気を一蹴するように、上座に座っていた総隊長兼一番隊隊長山本が、一つくしゃみのような声を上げると、三人はピタリと言い争いをやめ、山本の方へと顔を向けた。

下がるよう言われた更木とマユリは、不満げな表情を浮かべつつも素直に立ち位置に戻っていった。山本は額を爪で軽く掻くと、市丸に今回の隊首会の理由について順に話していき、ゆっくりと瞼を上げた。


「どうじゃい。何ぞ弁明でもあるかの、市丸や」


瞬間、ゾッとするような威圧感が部屋に広まった。気をやるほどのものではないが、しかし肌を刺すようなそれを受けながらも、市丸は余裕げににんまりと笑みを浮かべると、ありませんと一言返した。


「弁明なんてありませんよ。ボクの凡ミス、言い訳のしようもないですわ。さあ、どんな罰でも――」

「……ちょっと待て、市丸……」


反論も何もなく、潔いまでに言ってのけた彼のその態度に不信感を覚えたのだろう。藍染が一歩前に出た。

その瞬間、まるで狙ったかのように緊急警報の鐘が響き渡り、瀞霊廷内に侵入者を告げる知らせが隊舎に走る。これには隊長達はもちろん、待機していた副隊長達も困惑や驚きの色を見せた。

真っ先に駆け出したのが更木だった。十一番隊は戦闘専門部隊という異名を持つほどの、好戦的な者が集う場所。そんな隊の隊長を務める更木もまた、戦闘狂と呼んでも過言ではないほどに、戦いを好んでいた。故に、市丸と斬り合って生き延びた旅禍に期待しているのだ。

鳴り止まぬ警報音と飛び出していった更木を見て、山本は市丸の処置は追って通達とし、隊首会の解散を告げ、即時守護配置につくよう命じた。それを受け、隊長達は一斉に各々の守護配置へと向かっていく。


「随分と、都合良く警鐘が鳴るものだな」


市丸の横を通り過ぎる最中、藍染が彼のそばで囁いた。


「……よう、わかりませんな。言わはってる意味が」

「……それで通ると思ってるのか?僕をあまり甘く見ないことだ」


短いながらに、しかし険悪ささえ感じるような二人のやりとり。それを、そばを通っていた日番谷だけが聞いていた。