- ナノ -

大詰めの一手前



屋根の上をつたって修を追いかけた桔梗は、すぐに彼の姿を捉えることができた。


《三雲くん、桔梗です。援護に参りました》

《桔梗先輩……!すみません、お願いします》


僅かばかり声色に安堵を滲ませながら、彼は新型二体の特徴を手短に桔梗へと伝える。磁力を使うほうが厄介かと眉をしかめつつ修に追いつき隣に降りた彼女は、並走しながら飛ばされる磁力の欠片をシールドで止めていく。

欠片を飛ばしてくる磁力タイプの後ろでは、飛行型が大きく口を開けて何かエネルギーを溜めこんでいるようだった。


「砲撃がきます!」


そう叫ぶと、修はレイガストのシールドモードを展開する。桔梗は弾トリガーが間に合わないと判断し、シールドを張った。

放たれた砲撃の威力は凄まじいもので、シールドで阻めはしたものの、すぐにヒビ割れていく。耐えきれないことを悟った桔梗は修の腕を引き、砲撃の射線から外れる。

ガラスの割れるような音がして三秒も絶たない間に、砲撃が地面を抉った。どうにか直撃は避けた二人ではあるが、その勢いや爆風で両足が地面から離れる。その拍子に、修の腕からキューブ化した千佳が転がり落ちていく。

さながらフリスビーを投げられた犬のような勢いで飛び込んでいく新型に、桔梗は追尾弾を、修はレイガスト専用のオプショントリガー、スラスターを起動させた。


「させるかぁぁああ!!」


スラスターとは、トリオンを噴出することで推進力を発生させる機能である。それを使い、加速で勢いを増したブレードが、新型の首もとの装甲を破り、深々と突き刺さる。追い討ちをかけるように桔梗の放った追尾弾が直撃する。

新型が動きを止めた一瞬の隙に駆け出して、修がキューブを抱え込む。新型はまだ動くことができるようで、何度も修へ砲撃を放っている。それを避けながらも、不安定な足場では上手くかわしきれず、吹き飛ばされた彼の身体は、折れた電柱や割れた地面の瓦礫の上に落っこちた。それでも、今度は離すまいと両腕でキューブを抱え込んでいる。


「シールド!」


転がる修を目掛けて放たれた磁力の欠片を防ぎながら、桔梗は修の方を見た。彼の前には新型が佇んでおり、その口からまたも砲撃が撃ち込まれようとしていた。

レイガストの刺さっている部位に火力を一点集中させて撃ち込めば、どうにか。仕留めきれずとも砲撃の照準はズラせる。数秒にも満たぬ思考の回転の末、桔梗は弾トリガーを展開する。


「誘導弾!」


桔梗が放った誘導弾は新型を仕留めきることはできずとも、砲撃の照準をズラすことには成功した。それでもギリギリ掠める位置に変わりはなく、桔梗と修は同時にシールドを展開させた。その直後、シールドが変化を見せた。中央に「盾」という文字が浮かび上がったと思うと、新型の砲撃を亀裂一つ入れることなく受け止めてみせたのだ。


『ユーマの指示で、チカとオサムを護衛しに来た』


機械的な音声と共に現れた小型の黒いトリオン兵の姿に、修は驚きで目を見開いた。


「レプリカ!!」

『待たせたな、オサム。「門」印ゲート


ブンッ、と起動音がしたと思うと、火花の散るような音と共に門が出現し、そこから新型と同じ姿をしたトリオン兵が現れた。違うのは体躯が真っ黒なことと、両肩に玉狛のエンブレムがあることだろう。

レプリカの出したトリオン兵はどうやらトリガーも使えるようで、相手の新型を圧倒していた。桔梗は新型二体を相手取るその姿を見つめていたが、すぐに意識を戻して修のほうへ駆け寄った。


「三雲くん、大丈夫ですか?」

「は、はい」

「でしたら、すぐにここを離れて、基地へ」

『キキョウの言う通りだ。立て、オサム。「キューブ化」の能力を外してかなり消費コストを抑えてあるが、私の内臓トリオンでは二体目のラービットは作れない。もし増援が来れば分が悪くなる』


一人と一体に急かされて、キューブを抱えなおした修はすぐに立ち上がると、戦闘に巻き込まれぬ内にその場を駆け出した。


「レプリカの本体がこっちに来て、空閑は大丈夫なのか!?」

『問題ない。オサムとチカの救援を優先する。ユーマ自身が決めたことだ』


そう告げると、レプリカは迅の予知について話す。曰く、修と千佳が基地に入れるかどうかが未来の分かれ目となるようで、通りで迅は基地を目指すように言っていたいのかと桔梗は納得した。

また、基地に侵入した黒トリガーは現在訓練室に閉じ込められているため、今なら安全に基地に入ることができるとレプリカは説明した。


『もし入り口が開かなければ、多少時間はかかるが、私が侵入して開けよう』

「……わかった!行こう!!」


力強く頷く修を見やり、レプリカへと視線を移動させた桔梗は、数秒考え込んでから口を開いた。


「レプリカさん、三雲くんと雨取さんをお任せしても?」

『かまわない。私はもとより、二人を守るために来た』

「でしたら、二人を頼みます。私は他のC級隊員たちとの合流を優先しようと思います」


新型の襲撃により、C級隊員たちだけ先に逃し、彼らは迂回して基地へと向かっている最中であった。桔梗をはじめ烏丸や合流した出水たちは新型や人型近界民の相手をしていたため、今彼らのそばにはトリオン兵と戦える者がいない。もしトリオン兵や新型に遭遇してしまえば、たちまち捕まえられてしまうだろうことは予想できた。修もその考えに至り、冷や汗を垂らしながら一つ頷いた。


「わかりました。僕はレプリカと、このまま基地へ向かいます。桔梗先輩、他のC級隊員たちをお願いします」

「はい。あなたも、雨取さんを頼みました。では、ご武運を」


そう告げると、桔梗はそばの家の屋根の上へ飛んだ。烏丸たちのいるだろう位置にアタリをつけ、そこからC級隊員たちが逃げていった方向を予測しながら、彼女はすぐさま駆け出した。自分の視力であれば、たとえ距離が離れていようが見つけることは容易いはずだと、白い隊服の集団を探すように視線を散らすことを忘れずに。

桔梗は正直な話、千佳のほうが心配だった。修の戦闘能力は高くはない。もしまた新型に襲われたなら、先程のように上手く一撃を食らわせられるかも定かじゃなく、またそれだって戦闘不能にできてはいなかった。しかし、かと言って護衛のいない状態のC級隊員たちを放っておけるほど、彼女は冷徹にはなれないのだ。

レプリカが合流できたことは、修にとってもだが、桔梗にとっても幸いなことだった。もしそれがなければ、きっと自分は修と共に本部へ向かっていた。C級隊員たちではなく、千佳を守ることを優先していた。桔梗には、自分がそちらを選ぶという確信があった。そうして千佳を守れたとして、C級隊員たちに何かあった時、自分はまた、自分自身への殺意と憎悪が増していくのだと。


「宇佐美さん、桔梗です。三雲くんのもとにレプリカさんが合流したので、私はC級隊員との合流を優先します。本部の状況は?」

《忍田本部長のお力添えもあり、風間隊、諏訪隊が人型近界民の撃退に成功したそうです!》

「そうですか」

《はい!ですが、そこに新たに人型近界民が出現して、仲間を連れ帰るのかと思いきや、息の根を止めて黒トリガーのみ回収していったとのことです》

「それはまた、不思議なことですね」


どうやらその間言い争いをしていたとのことだが、仲間割れなのか、切り捨てたのか、その意図は不明。しかし今それを考える必要はないと彼女は思考を切り替えた。

桔梗は屋根から屋根へと飛び移り、そばのアパートに目を向けると、そちらへ向かった。アパート内を駆け上がりベランダに出た彼女は、そこからあちこちへと視線を向ける。


「……見つけた」


前方三〇〇メートルほど先に見えた白い服の集団を視界に捉えた彼女は、ベランダから飛び降りると、即座にそちらへ駆けていく。辺りにトリオン兵の姿はなく、桔梗はそっと安堵の息を吐いて駆け出した。

トン、と軽い足音と共に現れた桔梗の姿に、先頭を走っていた隊員が驚いたように声を上げ、拍子に尻もちをついた。桔梗は座り込んだ少年の腕を引いて立ち上がらせてやりながら、隊員の人数を確認していく。数名人型近界民にキューブ化されたため減ってはいたが、上手く逃げれた面々は皆無事なようだった。


「あ、千佳の……!」


最後尾にいた夏目が、桔梗を見て目を丸くさせた。それを一瞥した彼女は、宇佐美にC級隊員と合流したことを伝えながら基地のほうを見上げる。


「あれは……」


基地の上空、浮かぶ人影が見えた。黒い角付きの、女性人型近界民だ。何故相手がそこにいるのか桔梗にはわからないが、イーグレットを取り出した彼女は、屋根の上に移動すると、すぐに照準を定めて引鉄を引いた。


「……ダメ、外した」


相手の心臓目掛けて飛んでいった弾丸が射抜いたのは、左胸でなく右腕。距離がある分、狙った部位と狙撃部位にズレが生じはするだろうが、身体の向きを変えられたため、思いきり狙いから外れてしまっている。しかしわかって避けたのではなく偶然なようで、相手は撃たれた箇所を凝視していた。

こちらの位置には気付かれておらず、もう一発撃とうとした桔梗だったが、基地の屋上に降りられたため、銃を下ろした。狙撃を警戒しているのだろう、顔を出そうとはしない。

先程のことを宇佐美に尋ねて確認を取れば、どうやら屋上から、出水たちが相手にしていた人型近界民の狙撃を行なっていたようだった。そこに桔梗が狙撃したワープ使いの人型近界民が姿を見せた、とのことらしい。

今のところ本部へ攻撃を仕掛ける様子はなく、恐らく狙撃ポイントを押さえることが目的だったのだろうと予想して、桔梗はC級隊員に意識を向ける。


「基地へ着くまでの間、私が皆さんを護衛します。決して離れず、勝手な行動はしないように」


淡々と告げる桔梗に少し怯えつつも、隊員たちはぎこちなく頷いた。そんななか、夏目が「あの!」と声を上げた。


「千佳は、大丈夫なんですか?」


少し震えが混じっているような声音だった。夏目は、千佳がキューブになる場面を見ている。加えて、二人は友人でもあるのだ。彼女の不安も、心配も、当然だろう。


「三雲くんが、彼女を抱えて基地へ向かっています。そう時間はかからず、基地まで着くはずです」


その言葉に、僅かにだが夏目の瞳に安堵の色が灯るなか、宇佐美から出水が緊急脱出したと報告が入る。


《とりまるくんも、ガイストを起動させたみたいです》

「三雲くんたちの状況は?」

《もうあと三分くらいで、本部に着くと思います》

「そうですか」

《とりまるくんが緊急脱出したら、陽介がキューブ化しちゃった隊員の子たちを回収しつつ、逃げれた子たちのほうに合流してくれるとのことです》


烏丸の専用トリガー「ガイスト」は、甲・射・速・特・斬の五種のパラメータを操作することで、その能力に特化し、絶大な力を発揮するもの。ただし、起動中はトリオン体の安定をあえて崩しているため、トリオン体への負担は大きく、常時トリオン漏出状態であり、活動時間は数分ほど。また、一度起動すると途中での使用解除はできず、活動限界時間になると強制的に緊急離脱する。

そのため烏丸はこの専用トリガーはここぞという場面でのみ使用する。修が基地に到着するまでの三分を稼ごうとしているのだろう。


「了解しました。米屋くんと合流し次第、私も基地へ移動します」


通信を切り、桔梗は不安な様子の隊員たちを振り返った。


「皆さん、ついてきてください」

「は、はい!」


住宅街を駆けながら、桔梗は後ろを走る隊員たちにバレないよう、小さく息を吐いた。