基地へ向かうルートを駆けていた桔梗たちだが、突如上空にポッカリ穴が空いたと思うと、行手を阻むように新型トリオン兵が姿を見せた。桔梗が幸人や村上と共に相手した新型とは色が異なっており、何かしらの違いがあるのは窺えた。
たたでさえ他より耐久性も高い新型が、合計七体。その大盤振る舞いに、なんとも迷惑な話だと彼女は顔をしかめた。先にC級隊員たちを逃しながら、桔梗は一番近くにいた新型に誘導弾を撃ち込み、烏丸と共に一番後ろを走る。
来た道を戻りながら、烏丸が迂回して別ルートで基地へ向かうよう告げる。高架下を追いかけてきた新型が一体烏丸のエスクードで挟まれたが、時間稼ぎにはならないだろう。
数が少なければ多少相手はできたかもしれないが、七体ともなれば一体一体順に倒していく暇などない。追いつかれてしまえば一網打尽もあり得ると、桔梗は再度弾トリガーを起動しようとした。
しかし、上空からいくつもの弾丸が降ってきたと思うと、それに続くように降りてきた米屋陽介と緑川駿が、新型目掛けて刃を振り下ろした。
「硬っ、なにこいつ」
「ウワサの新型だろ。ウジャウジャいんなー」
「緑川!米屋先輩!」
新型の両腕には傷がついたはいるものの、そう大きなダメージは入っていないようで、どこか期待に溢れた米屋とは別に、緑川はげんなりした表情を浮かべた。
「よー、京介。先輩が助太刀してやるぜ。泣いて感謝しろよ」
姿を見せたのは、米屋と緑川だけではない。烏丸の隣に軽く着地したのは、出水公平。現A級一位部隊に所属している射手である。彼だけでなく、米屋も緑川もA級隊員とその実力は折り紙付きだ。彼らはB級合同部隊と人型近界民を撃退後、C級隊員の援護のために駆けつけてくれたのだ。
「泣かないすけど、感謝しますよ」
軽口を叩くように声をかける出水に、烏丸もまた気軽に返事をした。そのやりとりを横目に、桔梗は少し安堵したように息を吐いたが、誰にもバレることはなかった。
「御三方、いいところで合流してくれました」
「桔梗先輩!おれら何すればいいすか?」
「C級を基地まで逃しますので、敵の引き付けをお願いします。これは迅さんからの指示でもありますので」
「迅さん」の言葉に真っ先に反応を示したのは、彼に助けられて以来迅の熱烈なファンとなった緑川だった。彼の瞳にやる気が満ち溢れていくのを一瞥し、桔梗は新型を見据えた。
「了解です」
ニッと笑った出水が即座に弾トリガーを新型に向けて放つ。それを合図に、米屋と緑川もそれぞれ新型に特攻を仕掛けた。夏目や修は、出水の弾数やトリオン量に驚いてつい足を止めてしまっている。
「気を抜くな修!まだ数で負けてる!」
「三人が足止めしてくれても、何匹かは抜けてきますよ」
向かってきた三体は、一体が修、千佳、夏目のほうへ。二体は烏丸や他C級隊員がいるほうへと駆けていく。桔梗は千佳を気にかけつつも、烏丸に新型二体を任せるわけにいかないと、彼のほうへ回った。
《新型は頭や両腕の装甲が厚いです。ある程度傷が入れば割れないこともないとは思いますが》
《やっぱ一発で崩すのはムリか》
どこか楽しそうに言いながら、米屋は相手をしている新型の装甲に、着実に傷を増やしていく。
《全部撃破は時間かかるし、C級たちだけ先に逃せたら、撤退するのが得策ですかね。それまで槍バカ、おまえ気張れよ》
《おまえもな弾バカ》
《気張るのは全員、ですよ》
《うす、了解です桔梗先輩!おまえら全員気張れよ!》
《おまえの桔梗先輩へのスタンスほんとウケる》
通信越しの会話を聞きつつ、桔梗は目前の新型の相手をし、弧月で対応している烏丸のほうへも時折援護を飛ばした。メインかサブに
桔梗はセットしている弾トリガーで新型を抑えつつ、C級隊員を避難させていく。増援を望むのも厳しいことを考えると、自分たちの方が僅かに不利に思えたが、だからと言って引いてやるつもりもなく。火力を出すのが難しい自分は、烏丸や米屋、緑川など攻撃手用トリガーを持つ面々のサポートに入った方がいいかもしれないと、桔梗は一瞬烏丸を振り返った。
瞬間、とてつもない爆破音がした。それは出水のいる方向から聞こえたものだ。連続した破壊音からして狙撃用の銃ではないことは確かだが、そうなると考えられるのは弾トリガーによるものだ。ならば出水かと桔梗は眉をひそめて確認を取った。
《出水くん、先程の音は?》
《メガネくんです。正確に言うと、トリオン
《なるほど。説明ありがとうございます》
《っす!》
トリガーの臨時接続を使ったのだろう。通りで弾トリガーであれだけの爆撃音がと桔梗が納得していれば、不意に何かが飛んでくるのが見えた。
鳥の形をしたそれを誘導弾で撃ち落としていくが、数の多さに捌けなかった分や、追撃が飛んできてC級隊員の数名に被弾した。すると、ぐにゃりと身体が歪んでいき、彼らの姿がキューブへ変わる。見れば、彼女が鳥に打ち当てた弾も、キューブになって転がっている。
「鳥にさわるな!!キューブにされるぞ!!」
烏丸の言葉に恐怖に顔を染めながら走り出すC級隊員を追っており、狙いはやはり緊急脱出機能のないC級隊員のようだった。桔梗が誘導弾で撃ち落としている間に、人型近界民と新型の連携で、緑川が緊急脱出を余儀なくされた。
新たな人型近界民の登場に、形勢がまたも変わる。しかも、こちら側に悪い方向で。キューブ化したC級隊員たちの回収もしたいが、新型はまだ五体残っており、かつ人型近界民も参戦しているともなればそんな暇もない。人型近界民と対峙している出水の援護に行くのも困難だった。
「誘導弾」
逃れたC級隊員たちに迂回して基地を目指すよう伝えながら、先へは行かすまいと一旦新型の相手を烏丸に任せた桔梗は、鳥を撃ち落とすほうにリソースを注ぐ。次々キューブが地面に転がっていくのを一瞥し、桔梗は少し眉をひそめた。
キューブ状に形を変えるその仕組みや原理の解析は桔梗の専門外だが、キューブに変わる条件の推測は可能だろうと、思考を巡らせているなか。
「千佳!!」
その声に、桔梗は視線を修たちがいるほうへ向ける。とは言え住宅に遮られているため様子は窺えない。しかし、修の切羽詰まった声音から、千佳に何かがあったことはすぐに悟った。
《すみません、玉狛のおチビちゃんがキューブ化されました》
出水の声に、ヒュッと桔梗の喉が鳴った。冷や汗が背中を流れていくのを感じながら、桔梗は衝動のままに塀を登り屋根に上がると、人型近界民を捉えて追尾弾を撃ち込んだ。しかし、防御されたようでかすり傷一つ与えられていない。
「おいこらメガネ!ボサっとすんな!基地まで行きゃ、まだ全然助かる!」
千佳だろうキューブのそばで項垂れる修に喝を入れるよう叫んだ出水に続くように、烏丸も新型の相手をしながら叫ぶ。
「走れ修!おまえがやるべきことをやれ!」
「反省は後で思う存分してください。今、そんなことをする時間も暇もないでしょう……!」
桔梗も人型近界民から目を離さないまま、修へ告げた。それを受け、膝を突いていた修はハッとしたように顔を上げると、他よりも一回り以上大きなキューブを腕に抱え、覚悟を決めた顔つきで立ち上がった。
「基地に向かいます!サポートお願いします!」
「おー、行け行け。
出水は人型近界民を見据えたまま、すぐに弾トリガーをセットした。
その場を駆け出した修を追いかけるように、緑川が緊急脱出したことでフリーになっていた新型が二体飛び出した。そちらのサポートをしたいが、人型近界民の攻撃範囲内である以上、無防備に狙撃はできない。加えて足をやられて動けない出水を見捨てるわけにもいかず、桔梗は思わず顔をしかめた。
《桔梗先輩、こっちおれらに任せてくれていいんで、メガネくんのほう行ってやってください》
《……あなたは足が潰れているでしょう》
《腕は使えるんで、まだ弾撃てますから。向こう、新型二体も追っかけちまいましたし。こっちは京介も槍バカもいますんで、どうにかします。おまえらもいいよな》
《異議なーし》
《俺も大丈夫です。先輩は、修と千佳のほうお願いします》
パッと自身を見上げた出水が笑うのを見て、桔梗は一瞬眉をしかめたが、一つ頷いて、即座に修を追いかけていった。