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見えぬ最善へ向けて



B級合同部隊と合流した米屋、出水、緑川の協力のもと、人型近界民を撃退したとの報告を聞きながら、桔梗はC級隊員たちを連れて市街地西部まで移動し、基地への連絡口を目指していた。

しかし、遠く聞こえてきた地響きのような破壊音に、桔梗は後ろを振り返る。方角は南西方面。彼女はすぐに宇佐美に連絡を取った。


《雑魚トリオン兵が南西方面に集まってるみたいで……このままじゃ、市街地の被害が大きくなっちゃいます……!》

《なるほど……相手は戦い方をよく理解してますね》


たとえ近界民との戦闘に勝っても、市街地への被害が抑えられなければ勝利とは言えない。試合に勝って勝負に負けた、となるだけだ。相手も敵地だからこそ有効的なやり方を使っており、戦争の場数を踏んでいるのがよくわかるものだった。

桔梗同様に、音の聞こえた方角を振り返り立ち止まっていた烏丸の姿が彼女の視界に入る。少し考えて思い出すのは、彼の家はトリオン兵が集まっている南西方面であったこと。珍しく冷や汗が彼の頬を流れているのが桔梗の目に映った。


《心配でしたら、ご自宅の方へ向かわれてもかまいませんよ。私が彼らを先導しますので》


烏丸にだけ聞こえるよう内部通信を行えば、彼が桔梗のほうへ視線を向けた。言い淀んだ様子ではあったが、しかし一度瞳を伏せると、大丈夫です、とだけ告げて前を向き直った。

それと同時に、小南が市街地へと向かうトリオン兵を追いかけているとの情報が宇佐美から入った。それに僅かに安堵を滲ませた烏丸の顔色を一瞥し、桔梗は急ぐよう告げた。


「あの、桔梗さんは、大丈夫なんですか?幸人さんのほうは……」

「問題ありません。どうやら迅さんが、兄さんに戦闘用トリガーを渡していたようなので。閑さんも兄さんのサポートに入ってくれて、村上さんも一緒にいてくれてるので」

「迅さんが、幸人さんに?」

「はい。どのような意図があってかはわかりませんが」


隣に並んだ烏丸の問いかけに返事をしながら、桔梗は周囲に視線を散らす。今のところトリオン兵が姿を見せる様子はなく、C級隊員にまとまって動くよう声をかけながら、宇佐美のサポートで道を進んでいった。


《もう少ししたら、連絡口です》


宇佐美の通信が聞こえて少し。自分たちが来た道の方から、隊員が一人緊急脱出していく軌道が見えた。直後、木崎が緊急脱出したとの声が届く。小南が市街地に向かっている以上、人型近界民二人を足止めできるだけの戦力はそこにはなく、すぐにでもこちらを追ってくるのは明白であった。

宇佐美の指示のもと、住宅街を急いで駆け抜けた先、一番近い位置にあった基地の連絡口まで到着した面々だが、しかし通路に続くドアがうんともすんともいわない。修が何度も解錠を試すも、一向に開く気配はなかった。

ざわめくC級隊員たちを尻目に烏丸が宇佐美へ確認したが、どうやら宇佐美側からも本部への通信が繋がらないとの返答だった。


「通信室で何かがあったか、もしくは先程のイルガーの特攻で本部に損壊が見られたか……どちらにせよ、ここが使えないのであれば、別の連絡通路を試すか、直接基地に向かうしかありませんね」

「ですね……ひとまず、他の連絡通路をあたってみましょう。そこもダメなら、直接――」


桔梗が手短に烏丸と次の目的地を決めている最中、千佳が何かに気付いたように顔を上げた。


「追いかけてくる……!二人、すごい速さで……!」


彼女の言葉に、桔梗はもちろん、修や烏丸も視線を千佳へと向けた。どういうことだと尋ねる烏丸に、千佳には敵が近付くのを感知できるサイドエフェクトがあるのだと、修が答えた。

それを受けて桔梗が彼女の視線の先を追いかければ、飛んでくる二つの人影を捉えた。凄まじい速さで向かってくるそれは、確かに木崎が相手にしていた人型近界民二人に他ならない。

桔梗はすぐさまイーグレットを取り出すと、青年の頭部を狙って狙撃した。僅かに目を丸くする姿が桔梗の目に映る。しかし、欠片が盾となり弾かれたため、舌打ちを落とした。

狙撃を警戒しているのか、まだ距離は離れているが、二人の背中に生えていた翼がパラパラと崩れていく。彼らが軽々と地面に降り立ったのを見て、桔梗と烏丸、修はすぐにC級隊員たちの前に出た。


「迅さんたちとの交流地点まで退くぞ。修、C級を連れて行け。桔梗さんは、修たちについてください」


銃を構えた烏丸は、視線だけ修へ向けて指示を飛ばした。申し分ない実力のある烏丸と言えど、C級隊員を庇いながら木崎をも退けさせた人型近界民を二人も相手取るのは至難の技である。そのため修が隊員たちを逃がせる時間稼ぎを考えているのだろう。


「ヒュース殿は、手はずどおり雛鳥を。戦闘員は、私が斬りましょう」

「了解しました」


ヒュース、と呼ばれた青年の前に出た紳士然とした老人は、明らかに只者でない気配があった。修たちには一分一秒とて無駄にできるような時間はないが、しかし一瞬でも隙を見せればすぐにでも狩られる。じわじわと後退しながら修を急かした烏丸のそばで、桔梗は隊員たちを気にかけるように視線だけ向け、逃げる隙を窺った。

一触即発、緊迫した空気感の中。突然、何かが両者の間を突っ切って、すぐそばの家が大きな破壊音を立てた。ガラガラと瓦礫が崩れ落ち、いくつもの視線がそちらへと注がれる。


「あだだだ……これ、勢いつきすぎじゃない?レプリカ先生……間に合ったからいいけど……」


土煙の中に人影が見えたと思うと、瓦礫の中から出てきたのは、恐らく打ちつけたのだろう腰をさする迅の姿だった。服を叩いて埃を払った彼は、少し垂れていた涙を軽く拭うと、不敵に笑って近界民の二人を見やった。


「はじめまして、アフトクラトルのみなさん。おれは実力派エリート迅悠一。悪いがここからは、おれが相手をさせてもらう」


中々に衝撃的なやり方で登場した迅に、ヒュースともう一人、ヴィザはやや警戒心を見せた。


「おっと、間違えた」


うっかりしていた、と言わんばかりにわざとらしい言い方で迅が笑ったと思うと、勢いよく飛んできた何かがヴィザに激突した。その衝撃で、コンクリートの地面が割れ、周囲の家の窓ガラスが飛び散った。


「『おれが』じゃなくて、『おれたちが』だった」


飛んできたのは、真っ黒な服装に身を包んだ遊真だった。

ヴィザは地面に倒れはしたが、遊真の蹴りを持っていた杖状のもので受け止めている。その表情から余裕が崩れた様子もない。


『強』印二重ブーストダブル


呟いた遊真が、今度はグッと握った拳を叩きつけたが、ヴィザは瞬時に立ち上がりそれを軽々飛び退いてかわした。


「いきなりこれとは……いやはや、なかなか躾のいい少年だ」


外套の土埃を払いながら呟くヴィザの背後で、ヒュースが左腕に欠片を集めはじめる。そうして銃らしきものを造ったと思うと、即座にそれを撃ち放った。遊真は顔を避けてそれをかわしたが、その背後には千佳の姿がある。

彼の能力を考えれば、どちらに当たってもいいと踏んだのだろう。桔梗が咄嗟に庇おうとするより早く、千佳のそばにいた修が腕を出した。

千佳の代わりに修の腕に欠片が刺さりはしたものの、おかげで千佳を磁力で引き寄せられる心配はない。そのためだろう、迅は修の行動にナイスと笑った。


「そっちは頼むぜ、京介、桔梗ちゃん、メガネくん。連絡通路は使えない。直接基地を目指してくれ。トリオン兵に気をつけろよ」

「了解!」

「了解」


彼らの相手は迅と遊真に任せ、桔梗は烏丸たちと共にC級隊員の護衛を優先させ、直接本部へ行くことを伝えながら、階段のほうへと彼等を先導していく。背後から聞こえてくる音から、戦闘の激しさを物語るようだった。

逃げ遅れている隊員がいないか数を確認し、一向は迅に言われた通り基地を目指して走る。その道中で宇佐美からの連絡が入った。風間隊のオペレーター三上と連絡が繋がり、そこで黒トリガー持ちの人型近界民が基地に侵入しているとの情報をもらったとのことだった。


《基地に入れなくなってるのは、それが原因みたい!》


その事実に隊員たちの間で不安や恐怖が伝播するなか、烏丸は中に入れずとも基地に向かうことは変えないと告げた。


「迅さんがそう指示したってことは、何か意味があるはずだ」


未来視を持つ迅の言うことだ。「基地に行く」という行為が鍵を握っている可能性は大いにあった。ならば多少の危険が伴うとしても、基地へは向かうべきだというのが烏丸の考えだろう。桔梗もそれに同意だが、人型近界民が侵入しているという情報もあり、C級隊員たちがその案に消極的だった。


「戦えない隊員がこうもいる以上、モタモタしている暇はありません。現状、基地へ向かう以外の最善策がある人、いますか?」


桔梗の言葉に、誰も何も言わなかった。


「いないなら、早く基地へ向かいますよ。今は時間が惜しい」


それだけ告げて、桔梗は基地への道を駆けていった。