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雛の群れと逃避行



市街地へ出て南西部へと駆けている桔梗は、通信を使用し宇佐美に戦況についての情報を求めていた。

新型と交戦していた木虎は、新たに姿を見せた新型に捕獲された。捕獲された隊員はキューブへと変形し、正隊員が一人キューブ化され、本部で解析を急いでいるそうだ。南西部にはC級の援護に来た木崎たち玉狛第一が現着して新型を仕留めたが、また新たに敵が姿を見せたと言う。


《B級合同部隊がいる南部、風間隊のいる東部、そしてレイジさんたちがいる南西部に、人型近界民が現れてます》

「人型近界民……確か、攻めてくる国は二国に絞られていると聞いていますが、どちらかわかりますか?」

《えっと……角つき……アフトクラトルのほうです》

「なるほど。了解です、ありがとうございます」


遊真と共に近界からこちらに来た、多目的型トリオン兵、レプリカ。彼――性別の概念があるかは謎だが――の協力のもと、近界にある惑星国家の軌道配置図は格段に詳細となった。近々近界民による大きな攻撃がある、という上層部の予想を補完するために、充分に役立った。

その結果、攻めてくる国はキオンかアフトクラトルの二国にまで絞ることができたのだ。そしてレプリカは、二国を見分ける目印として、頭に角があるかどうかであると告げた。

外見上角に見えるそれは、厳密に言えばトリオン受容体。アフトクラトルではトリガーを加工したトリオン受容体を幼児の頭部に埋め込み、後天的にトリオン能力の高い人間を作り出す研究が進められていたと言う。角があるだけで、トリオン量はもちろん、質も変化し、また黒く変色した角を持つ者は黒トリガーと適合したものである。

その攻めてくる国、そしてこの強化トリガーの話は、上層部より正隊員に知らされているものであり、桔梗はしばし眉を寄せた。

何故このタイミングで人型近界民が投入されたのか。疑問ではあるが、それを考える暇はない。木崎たちがいるためそう簡単に南西部が全滅になることはないだろうが、しかし万が一もある。桔梗は屋根の上を駆けながら、ふと幸人のいる南東部方面を振り返った。


「……緊急脱出?」


桔梗の目に、誰かが緊急脱出していく姿が映る。焦りを声に乗せながら宇佐美に確認を取れば、南部にて人型近界民と交戦していた正隊員が五人、緊急脱出したとの報告が入った。


「厄介ですね」


呟きながら、並ぶ住宅地の隙間から見えた人影に桔梗は目を細めた。距離にして約一キロと数百メートル。ゆうに狙撃できる距離ではあるが、些か射線が通りにくい。顔をしかめた彼女は、道路を挟んだ向こう側の屋根に飛び移った。

狙撃を行うなら、すぐに木崎たちと合流できる位置まで近付いてからのほうがいいだろう。桔梗はあくまで狙撃手。射手用に弾トリガーをセットしているため一人で戦えはするが、今回の大規模侵攻に関しては、黒トリガー持ちや太刀川ほどの戦闘能力があるならまだしも、単独戦闘は得策とは言えない。

それを理解しているからこそ、桔梗はこの距離ではなく、数百メートル範囲まで近付いての狙撃を狙い、相手に気付かれないよう慎重に距離を縮める。

人型近界民との距離が約八〇〇メートルまで縮まっただろうか。またも誰かが緊急脱出していった。宇佐美に尋ねれば、今度は東部にて人型近界民と戦闘中であった風間だと教えられた。彼はA級三位部隊を率いるだけの申し分ない実力がある。そんな彼が緊急脱出されるほど、相手は強敵、ということなのだろう。


《あ、でも、桔梗さん!幸人さんと鋼さんのところに、太刀川さんが合流したみたいです!》


続けてされた報告に桔梗は一瞬瞳を瞬かせて、無意識に安堵の息を吐いた。太刀川の実力は彼女もよく知っているため、胸を覆っていた不安が少し消えていくのを感じた。それでも完全に不安が払拭できたわけではないが、千佳に意識を集中させても大丈夫だろうと判断し、桔梗はイーグレットを出した。

射線が通る位置まで到達した桔梗は、素早く銃を構えた。前方では人型近界民二人と交戦する木崎たちの姿が見える。小南が相手をしている穏やかそうな雰囲気の老人と、木崎と烏丸が相手をしている、黒く小さな無数の破片状の欠片を操る角の生えた青年の二人。

どちらを狙うべきかと瞳を動かしていた彼女だったが、千佳が撃たれたのを捉え、標的を定めた。

撃たれた千佳に怪我はないようだが、彼女の左肩には黒い欠片が付着しており、ふわりと浮いた小さな身体が、青年のほうへと引き寄せられていく。

彼らの狙いは千佳だと、そう判断してもいいだろう。桔梗はヒュッと息を呑むと、照準を青年の肩へ定めた。

烏丸の銃から放たれた弾丸――変化弾は、角度を変えて青年へと襲いかかる。それを無数の欠片で身体を覆うように防いだ青年だが、防御を広げているからか、手薄な部分が見える。そこを狙って、桔梗は一発弾を撃ち込んだ。

彼女の放った弾丸が青年の肩を撃ち抜いたと同時、木崎の強烈な拳が、彼の頬へ入った。

浮いていた千佳の身体はストンと落ち、殴り飛ばされた青年は、目を見開いて己の右肩を凝視していた。


《木崎さん、こちら桔梗です》

《桔梗……なるほど、狙撃はおまえか》

《はい。手短でかまいません、説明を求めます》

《敵の狙いは理解してるな?》

《はい》


ならそこは省く。そう告げると、木崎は相手のトリガーの仕掛けが磁力であること、また欠片は反射盾の役割もあり銃弾はあまり意味がないこと、烏丸と修にC級を連れて基地へ向かわせることを説明した。

千佳のほうにはまだ欠片が付着したままであり、磁力の圏内にいれば引き寄せられてしまう。そのため、木崎と小南がとどまって少しでも逃げる時間を稼ぐようで、桔梗は少し考え、自分はどちらについたほうがいいかを尋ねた。


《京介たちについてくれ。おまえ自身、そうしたいだろ》

《……そうですね》


呟いて、桔梗は前方へ駆け出したと同時、忍田から付近の隊員は可能な限り烏丸たちを援護するよう指示が飛んできた。狙いが緊急脱出機能のないC級とわかっている以上、そちらの援護は少しでも多いほうがいいのは確かだ。しかし、他の地区にいる面々がこちらまで援護に来れるほどの余裕があるかは微妙なところだろう。

桔梗は屋根から飛び、彼らのそばに着地してイーグレットをしまうと、千佳を一瞥して修のほうを見た。


「こちら長門桔梗。烏丸、三雲両隊員と合流しました。これから基地へ行く道中、可能な限り彼らを援護します」

「桔梗先輩……!」

「急ぎましょう」


本部へ報告した桔梗は驚く修に声をかけ、基地のほうへと駆け出していく。一瞬反応の遅れた修だったが、慌ててC級隊員に声をかけ、誘導していった。


「木崎さんが時間を稼いでくれている間に、最短で連絡口に向かいましょう」

「は、はい!」


宇佐美に頼んでルートを出してもらいながら、桔梗は修たちを追い越して、C級隊員を先導するように前を走った。











「幸人さんは、合流したらどうするんです?」

「B級合同部隊と行動するよ。今換装解いたら俺は動けないだろうから、緊急脱出するまでは頑張るよ」


太刀川が合流したことで、とどめていた新型は撃破され、幸人は村上と共に南部に集まっているB級合同部隊のもとへ向かっていた。そちらには人型近界民が出現しており、現在戦闘中にあるとの報告が入っていた。


「とは言え、手負いだからねえ。役立てるかはわからないけど」


桔梗を南西部へ向かわせたあと、新たに新型が三体姿を見せていた。しかし今まで相手にしていた個体とは違い、色のついた新形はそれぞれ何かしらの能力を持っており、苦戦を強いられた結果、村上は右腕を、幸人は左足を失っていた。

スコーピオンを足代わりにすることで歩行に問題ないとは言え、それでも所々の傷からトリオン漏れは起きている。このまま合流して人型近界民にぶつかったところで、果たしてまともな戦力になるかどうか。そう考えつつも、援護に行く以外の選択肢など彼にはなかった。それに、何より、まだ緊急脱出するわけにもいかなかった。


「幸人さんには無茶させることになるのは重々承知してます。でも、戦えない状態の幸人さんを、桔梗ちゃんは絶対に放っておけない……大規模侵攻の結果によっては、彼女は自分自身を追い詰めることになるんです」


桔梗のいない間に家を訪ねて来た迅から言われた言葉を思い出す。

幸人が迅に頼まれたことは、至極単純だ。「戦闘用トリガーで、少しでも長くとどまる」こと。生身ではまだしっかりと動けないが故に、迅は幸人にトリガーを渡した。しかしそれならば、わざわざ戦闘用でなくてもよかった話だ。それを敢えて戦闘用を渡したということは、つまりはそういうことだろう。

戦闘用トリガーを用いて、桔梗に自分が「動ける」ことを見せ、彼女を安心させる。それが、果たして何に繋がるのかを幸人にはわからないが、それでも意味があるからこその行動で、頼み事であることは理解できている。ならばそれを全うしてやらないと。多忙で、苦悩も苦労も多いだろう年下の青年を見て、幸人は思うのだ。


《南部に出水くん、米屋くん、緑川くんが合流したみたいですよ》

《お、頼もしい子たち。それはありがたいなあ……桔梗のほうも無事合流できたみたいだし、俺ももう少し頑張らないと》

《無理はせずに、ですよ》

《それはもちろん》