- ナノ -

握られない手を伸ばしてる



「は、長門ちゃん弟子できたん?俺聞いとらんのやけど。いつ?冬休みの間か?」

「はい」

「ふうん……?他の三人は知っとったわけや。俺だけ仲間はずれやん」


顔をしかめた水上に、村上が申し訳なさそうに謝った。べつにええけど、と言いつつも、水上の表情はまったく良さそうではない。

桔梗、影浦、穂刈、水上、村上の五人は、人気のない空き教室で昼食をとっていた。普段は一人で弁当を食べようとする桔梗を穂刈や影浦がやや強引に誘って一緒に食べているが、今日は珍しく、桔梗が声をかけて集まっていた。

彼女から声をかけたのは、千佳の件に関してだった。そのため穂刈と村上の二人だけで充分だったのだが、他二人もついてきたため、しかたがないとそのまま本題に入った。影浦は穂刈たちから聞いていたようで、弟子の話題を出しても驚きはしなかったが、水上はパンを食べるのをピタリと止めて、桔梗を凝視して驚いていた。そうして、先の言葉が彼の口から出てきたのである。


「で、弟子がどうしたん」

「そのことを、黙っていてほしいんです」

「えっと、桔梗に弟子ができたってことを?」

「はい」


彼女からの申し出に顔を見合わせ四人は、特に渋る様子もなくあっさりと了承した。


「口外する気はなかったしな、そもそも」

「変に騒がれたら、桔梗がやりにくいと思ってたから、当真にも人に言わないように頼んだんだ」

「長門ちゃんに弟子ができたん知れ渡ったら、色々喧しくなるやろうしなあ。特に、うちの隠岐とか」

「荒船には言っちまったけど、あいつにも口止めはしてある。余程のことがねえ限りは大丈夫だろ」


彼らの返答に僅かに目を見開いた桔梗は、そうですか、とこぼすと、お礼を伝えた。先日宇佐美が誰もその件について話していなかった、と言っていたのを思い出した彼女は、なるほどと一人納得し、杞憂だったかと心の中で呟いた。


「それより、その弟子って男か?歳は?何級?」


水上からの怒涛の質問に、桔梗は眉を寄せつつも一つ一つ手短に答えた。C級の、十四歳の女の子。名前や見た目などについては触れずに、それだけを答えた。女の子という返しに、水上の目に微かに映っていた剣呑さは消えていった。


「そーか。でも、なんで急に弟子とかとったん。今まで全部断りよったやん」


純粋に疑問ではあったのだろう水上の言葉に、桔梗は彼を一瞥して、箸を置いた。


「べつに……少々気になることがあっただけです。そこまで教える義理はないでしょう」


これ以上は聞いてくるなと、暗にそう言っている桔梗に、何故だか村上が眉を下げて謝った。申し訳なさそうな、それでいて寂しそうな表情から視線をそらすと、彼女は「話はそれだけですので」と告げ、まだ中身の残っている弁当を手早く包み、教室を出ていった。


「やっぱガード固いな」

「よくないぞ。詮索しすぎるのは」

「あいつ、結構不安がってた」

「……大丈夫かな、桔梗」


この五人は、男四人が桔梗を気にかけて、一方的に世話を焼いている関係である。

同じクラスで、同性で、ボーダーにも所属している者同士ということもあってか、穂刈たちは学校にいるときは、自然とその面子で固まることが多かった。男四人で集まってランク戦の話をしたり、適当に雑談をしたり。そんななかで、穂刈はよく桔梗を気にかけていた。

学校でもボーダーでも、基本一人で行動している彼女を見かけては、声をかけに行く。そんな穂刈を、他の面々は眺めていることのほうが多かった。何故冷たくつっぱねられるのにわざわざ構いにいくのかと聞いたのは、水上だっただろう。そんな問いに、穂刈は少し考えながら、桔梗は周りが思っているよりも優しいのだと答えた。

その時は不思議そうにしていた三人だが、穂刈の言葉を受けて桔梗を観察する内に、彼の言っていたことがなんとなく理解できていった。

毎日教室の花の水を替えてくれていたり、プリントを落とした時にはさりげなく綺麗なほうを回してくれたり。その細やかな気遣いが見えてくると、それが彼女の本質で、根本であると気付くのはたやすかった。

そこから、穂刈以外の三人も彼女を気にするようになっていった。それでも声をかける程度であったのだが、今のように昼食に誘ったり、世話を焼いたりするようになったのは、夏頃。ホームシックに陥った村上に、彼女が声をかけてくれたのも、その時期だった。

ボーダー内で彼女の陰口を叩く者はいたが、それは学校でも同様で。ボーダー隊員は、基本憧れや尊敬の眼差しで見られることが多い。自分たちを未知の敵から守ってくれているのだから、そうなるのも自然的なことだ。しかし、桔梗の場合はそれを加味しても、彼女のその周囲と距離を置くような性格と、義手であるが故の不便さから、少数ではあるが不平不満を持つ者がいた。

「自分たちを見下している」「プライドが高い」「片腕だからと贔屓されている」そんな言葉を投げられる彼女を、何も言い返さずにいる彼女を見て、彼らは看過できずに注意しようとした。しかし桔梗本人から「無関係だから気にするな」という旨の言葉を受けた。その時に影浦が彼女から感じた感情が「諦め」と、僅かに混ざった「感謝」であった。

元々影浦は、彼女から常に感情を受信していた。それは影浦に向けてではなく、周囲全体に向けて放たれているだろうもの。負の感情ばかりが連なるそれらに眉をひそめていた彼だが、声をかけるとそれらに混ざって、喜びの感情が肌を刺していることにも気付いた。

そして、自分たちが悪く言われているところに出くわすと、怒りを覚えていることにも。村上たちには「関係ないから怒るな」と言うくせに、自分は彼らが陰口を言われていると怒りを見せるのだ。「サイドエフェクトだけで勝てるほど簡単じゃない」「サイドエフェクトという一つの個性を上手く活用しているだけ」とは村上への嫉妬に向けた言葉で「ポイント剥奪された相手より下の人間が何を言っているのか」「そんな暇があるなら実力をつけて同じ土俵に立て」とは影浦への陰口に向けて言ったこと。

他人を拒絶しながらも、他人との関わりに確かに喜んでいる。そんな歪に形成された感情の不気味さから思わず幸人にまで聞いて、それが優しすぎたが故だと知り、影浦がそれを穂刈たちに話したことで、彼らは桔梗をより一層気にかけはじめた。

相変わらず、桔梗は彼らに心を開こうとはしない。それでも彼女への対応をやめないのは、彼女の優しさを隙間見て、ぐちゃぐちゃな内情を知ってしまったが故の心配であったり、何も知らないのに彼女を謗る周囲と、それに対して諦めてしまった彼女への怒りであったり。兎にも角にも、彼らは桔梗を一人にはしておけなかったのである。

表面と中身のちぐはぐさ。何があってそうなったのか、幸人はそこまで話してはくれなかった。きっと聞いても教えてくれやしないと彼らもわかっている。だから聞きにいくことはしなかった。気にならないと言えば嘘になるが、本人以外の口から聞くのは憚られた。

人は誰しも、言えないこと、知られたくないことの一つや二つあるものだ。彼らは桔梗の心の柔らかな部分を傷つけたくはないのだから、無理強いして聞くなんて以ての外である。


「どうしたら、もっと桔梗と仲良くなれるかな……」

「開いてもらわないとだな。心を」

「つか、向こうからすりゃ、穂刈以外は急に絡んでくるようになったって認識だろうけどな」

「否定できん……よくよく考えたら、男四人で女の子囲っとんの、やばない?」

「やばくないわけねえわな」


母親お手製の弁当をつまみながら、影浦は至極当然のように言った。

傍から見れば、女の子が絡まれている図だ。誤解を生みかねないし、実際、以前五人でいたところに誤解をした生駒や弓場、今などが間に入ってきたこともある。最近ようやっと、四人が桔梗のところに集まっていても誤解されなくなってきたのだ。


「でも、こればっかりは押してダメなら理論は効かんやろうしな。引いたところで、用事がある以外で長門ちゃんのほうから俺らんとこ来んやろ」


水上の言葉に同意する他なく、村上は眉を下げた。


「けど、少なからず喜んではいるぞ。俺らが声かけて、こうやって昼飯誘ってやってることに」

「本当か?」

「刺さってくるからな」


ぶっきらぼうに放たれた影浦の言葉に、村上の表情に僅かに明るさが戻る。普段は鬱陶しくて邪魔くさいサイドエフェクトだが、戦闘時やこういった時には役に立つもので、影浦は感謝こそないが自身のサイドエフェクトの有用性を少し見直しながら、白米を口に放った。