- ナノ -

その時まで生きているなら



「おいおいじいさん、無茶すんな!爆発しちまうよ!」


巨人と共に現れ、一瞬で会場内の衛兵達を気絶させた男は、ケイミーの首輪に触れ、何かをしようとしていた。首輪からは高い音が警告音のように鳴り響いており、危険であることは確実だ。島内で実際に首輪が爆発する場面を見たチョッパーやブルックは、必死に男に制止の声をかけているが、男は気にせず首輪を弄っている。

首輪から音が鳴り出して数秒、グシャ、と潰れるような音がしたと思うと、ケイミーの首輪が外れた。男がそれを投げた途端、首輪は勢い良く爆発音を上げ、粉々になった。

ケイミーの首輪が無事に外れたと同時、ようやく鍵を見つけてきたフランキーだったが、無駄足だったと眉を寄せた。そして倒れている衛兵達を見て、何が何だかと眉を寄せている。


「まァいい……おい、奴隷一歩手前達、買い手もみんな逃げてんぞ。おめェらも今の内にトンズラこいちまえ」


そう言って、フランキーは舞台袖にいる者たちに鍵を投げ渡した。彼らはその鍵を見て、涙を流して喜んでいる。彼の後ろ姿が救世主に見えたことだろう。


「この衛兵達を一斉に倒したのもあのジジイなら、魔術か妖術の類いを使えるってことだろ……!?能力者かなんかだ……!ルフィ、どんな知り合いだよ!」

「おれ知らねェって本当に!」

「あれは確か“ハキ”ってやつだ……おれもよく知らねェけど……」


一瞬で衛兵を、触れることなく倒したあの威圧感。紛うことなく覇気――それも「覇王色」の覇気とも呼ばれる、数百万人に一人が持つ特殊なもの。そんなものを使える存在など、限られてくる。なるほど、とエヴァは一人納得した様子で男を見つめた。


「悪かったな。キミら……見物の海賊だったか……今のを難なく持ち堪えるとは、半端者ではなさそうだな」


男の視線がルフィから外れ、その上へと向かう。彼の目はキッド、ロー、そしてエヴァを順に見た。


「まさか、こんな大物にここで出会うとは……」

「“冥王”シルバーズ・レイリー……!間違いねェ。何故こんなところに伝説の男が……」

「この島じゃ、コーティング屋の“レイさん”で通ってる……下手にその名を呼んでくれるな。最早老兵……平穏に暮らしたいのだよ」


“冥王”シルバーズ・レイリー。かつてロジャーの船に乗り、副船長を務めていた男だ。海賊ならば、海賊でなくてもその名を聞いたことがある、まさしく生きる伝説。そんな男が、今はコーティング屋を営んでいるとは。話を聞いてはいたが、しかしやはりエヴァは驚かずにはいられず、僅かに目を丸くした。


「ありがとう、キミ達。私の友人を救ってくれた」

「気にすんな。んで、おっさん。おれに会いたかったって、なんだ?」

「んん……話は後にしよう。まずはここを抜けねば」


外からは、拡声器を通した海軍兵士の声が聞こえてきている。どうやらロズワード一家を人質にしているということになっているようで、「ルーキー共」と全員一緒くたにされていた。巻き込まれるどころか、共犯者として扱われており、エヴァは思わずため息を吐いてしまった。

レイリーは、海軍に正体がバレては住みづらいと、自身は戦わないことを先に告げ、戦闘は丸投げするようだった。キッドは長引かせて敵が増えるのは面倒だと、先に外へと歩きだした。


「もののついでだ。お前ら助けてやるよ!表の掃除はしといてやるから、安心しな」


ケラケラと笑いながら言われたその言葉に、二人の船長が反応した。挑発と受け取った――実際にキッドもそのつもりだったのだろう――ルフィとローは、キッドの背を睨むように見つめたと思うと、彼を追いかけて半壊のドアへと向かっていった。

まさか海軍も、先陣切って船長三人が出てくるとは思わないだろうに。エヴァはしばし呆れたような顔を浮かべ、立ち上がった。


「……そういえば、余計な真似をしてすみません」


出ていこうとしたエヴァは振り返ると、ナミ達に声をかけた。


「あの金額でその子を落とせたら、解放しようと思ってたんです。たとえ無理でも、金額を釣り上げて時間を稼げば、鍵を探す時間くらいは確保できると思ったんですけど……無駄でしたね」


肩を竦めたエヴァに、ナミやハチは驚いたような顔を浮かべる。サンジは一人、目をハートにしているが。


「あなた、だからお金を……でもどうして……」

「弱きを助け、強きを挫くなんて高尚なことではないですよ。ただ、私は他者を虐げるのも、それを見ているのも嫌いなだけなんです」


微笑んだエヴァは、大砲の音が聞こえる外へと出ていった。見れば海軍が迫撃砲を撃ち込んでいる。しかし三人の船長の前では、それも呆気なく返されてしまっていた。


「“イーブル・バレット”……!エヴァも出てきたぞ、撃て!」


階段を降りた彼女に向かって、大砲の玉が向かってくる。前にいたキッドがするりと避けたのを見て、エヴァは再度ため息を落とすと、取り出したナイフで空気を切った。すると向かってきていた玉は、空間に現れた切れ目の中へと消える。


「“エンプティー”」


彼女が呟いたと同時、海兵達が集まっているその場所に向かって、先程消えた玉が突然に放たれた。慌てふためく海兵達のそばで大きく爆発したのを見ながら、エヴァは前に立つ三人の方へ歩み寄る。


「助けてくれるとのことでしたので、早々に通れる道を用意してくれてるものと思っていたのですが……」

「そりゃ悪かった、予想以上に数が多いんだよ」

「お前ら変な能力持ってんな」

「てめェのが一番変だろ」


どよめく海兵達は、銃を構えて臨戦態勢に入っている。どうやらまだ「大将」は到着していないようだが、それも時間の問題だろう。


「“ROOM”」


ローは片手に持っていた生首――普通に喋り、体の感覚もあるようだ――を投げると、自身の周囲にサークルを作り出した。彼がその円内で刀を振るうと、刀が当たっていないにも関わらず、円内にいた海兵達の体がものの見事にバラバラにされる。


「この腕は、巨人族の腕だ!」


その隣では、ルフィが片腕を大きく膨らませ、それはまさに巨人族並の大きさになっている。その拳に怯む海兵達の武器が、腕からすり抜けて吸い寄せられていく。海兵達の武器だけでなく、オークションハウスからも引き寄せられたそれは、キッドの片腕に集まり、こちらも巨大な腕を作っていた。

キッドとルフィの方から聞こえた巨大な破壊音と起こった暴風に、エヴァはギュッと目を瞑って肩を竦めると、自身に向かってきた銃弾を、全て切れ目の中へと入れていく。そうして、再度「“エンプティー”」と呟くと、海兵達に向かって銃弾が飛び出した。


「おいおい、いきなりこれかよ……」

「あーあー、暴れちゃって、船長……」

「気の早い奴らだ……」


会場内から出てきたそれぞれのクルーは、驚いて目を見張っていたり、仕方がないといった顔を浮かべていたり、呆れたように呟いたりと、三者三様の反応を見せる。その後ろから出てきたレイリーだけは、愉快そうに笑い声を上げていた。


「麦わらさん、随分可愛らしい姿になりましたね」

「締まらねェなァ……」

「そうか?」

「これでひとまず、“陣形”もクソもねェだろ」


海兵達は体をおかしな状態にされていたり、瓦礫の下敷きになっていたりと、散々な姿になっている。だがまだまだ数多く残っており、依然包囲されたままの状態だ。


「准将殿!全員出てきた模様です!」

「逃げる気だ……!ナメられるな小僧共に!援軍もまだ来る!」


既に裏口からロズワード一家の身柄は確保したようで、全兵一斉攻撃を開始するようだった。こうなれば作戦などあってないようなものかと、エヴァは腰のホルスターから銃を取り出した。


「それじゃあな、麦わら……お前に一目会えてよかった……次に出くわした時は、容赦しねェ……!」

「……ふーん。でも、『ひとつなぎの大秘宝』はおれが見つけるぞ!」


元の頭身に戻ったルフィが、ニッと笑いながらしたその発言に、三人は反応を示した。海軍が襲ってきているが、三人は無言でルフィを見つめたまま動かない。キッドに襲いかかろうろした斧を片手で止めたキラーは、海兵を軽やかに始末して、怒鳴るようにキッドを呼んだ。


「なァ、キラー……おれ達の通ってきた航路じゃあ、そんな事口にすると、大口開けて笑われたモンだ。その度おれは……笑った奴らを皆殺しにしてきたがな……!――だがこの先は……それを口にする度胸のねェ奴が、死ぬ海だ……!」


不敵に笑ったキッドは、前方だけを見つめて再度口を開いた。


「“新世界”で会おうぜ」


そう告げ、彼はクルーと共に駆け出した。ローは向かってきた海兵をベポという白クマに任せ、くるりと踵を返す。ベポはクマながらに機敏な動きで次々に海兵達を倒していった。ルフィ達の方は、オークションハウスに突っ込んできたトビウオの操縦者達のもとへ駆けていく。


「エヴァ、逃がさんぞ!!」


向かってくる海兵を一瞥したエヴァは、スッとナイフで縦に空気を切ると、現れた等身大の切り目の中へと入っていく。そして、海兵達の背後に姿を見せ、その背に銃を撃ち込んだ。


「ごちそうさま!悪いな、助かったよ。ありがとう!」


笑った顔は、彼の兄に少し似ている。エヴァは記憶に思いを馳せながら、その場から駆け出した。