- ナノ -

カードは全て出揃った



船を降りて辺りを見回してみれば、島の至る場所に透明なシャボンが無数に浮かんでいた。エヴァはそれを興味深げに眺めながらも、樹木に大きく書かれている数字を記憶し、島の中へと向かっていった。

かつて、この世の全てを手に入れたとされる“海賊王”、ゴール・D・ロジャーの処刑後、彼が遺した財宝、「ひとつなぎの大秘宝ワンピース」をめぐり、幾多の海賊達が覇権を賭けて争う、大海賊時代が到来した。海賊達は世界各地で勢力を広げはじめ、日々世界政府直下の海軍と戦いを繰り広げている。

エヴァがシャボンディ諸島を訪れたのは、この島が“偉大なる航路”の前半の海と“新世界”とを隔てる、“赤い土の大陸レッドライン”の付近にあるからだ。“偉大なる航路”の入口であるリヴァース・マウンテンで七本の航路に分かれた航海者達は、“新世界”へ行くために一度この島に集結する。ここで船を乗り捨て、世界政府に通行許可を経て“赤い土の大陸”を越える、というのが正規のルートである。

しかし“赤い土の大陸”、つまり聖地マリージョアを通れない無法者は、裏道である魚人島を通る海底ルートへの準備をするために、シャボンディ諸島を利用する。エヴァもその内の一人というわけだ。しかし海軍がそれを見逃すわけもなく、この島の近隣には海軍本部が設置されている。

エヴァが島の奥へと進んでいれば、人の賑わいの多い場所へ出た。どうやら繁華街の区画が近くにあったようで、そこには大きな遊園地も存在しており、家族連れの姿が多いのはそのせいかと、エヴァは一人納得する。

七十九本ものヤルキマン・マングローブが生息するこの島は、各々の樹木に番号があり、それは島の区画として使われている。エヴァが今いる35番GRは、繁華街の区画である。他にも観光関係や造船所、海軍駐屯地など様々存在している。ちなみに、シャボンディ諸島は“島”と呼ばれてはいるが、厳密に言うと島ではなく、ヤルキマン・マングローブとの集合体。そのため“偉大なる航路”の島特有の磁場が発生せず、ここにはログもない。

本来ならば、“偉大なる航路”の島には、ログと呼ばれるものが必要となる。この海の島々は鉱物を多く含むため、強力な磁場が発生している。それにより、島と島とは互いに引き合うため、それぞれの記録を貯めなければ、次の島へは進めない。ログが貯まる時間は島によって異なるため、滞在日数も島で変わってくるのだ。それ故に、通常の方位磁針は使い物にならず、また季節や天候、海流に風向きの全てがデタラメで、様々な超常現象が発生し、普通の航海術も一切通用しない。そのため、代わりに“記録指針ログポース”や“永久指針エターナルポース”という特殊な方位磁針を利用し、航海をするのだ。

また、四つの海では滅多に見ない“悪魔の実”の能力者が多く存在し、“三大勢力”も君臨する“偉大なる航路”では、多くの海賊が脱落していく。そんな中でも一握り、順調にログを貯め、こうして“新世界”への玄関口でもあるシャボンディ諸島に集まる海賊達は、全て精鋭揃いの猛者ばかり。

今年もまた、シャボンディ諸島にはそんな海賊達が、集結していた。エヴァが到着した時点で、既に億越えルーキーのほとんどは島に上陸しており、船へのコーティングには時間がかかってしまうために、皆終わるのを待っている状況だ。エヴァもまた、船のコーティングを頼むべく、とある場所へと向かっていた。

だんだんと小さくなっていく数字を時折見上げたエヴァは、襲いかかってくる賞金稼ぎを軽く捻りながら、13番GRで立ち止まった。そのままそのGR内を進んでいき、とある店の前で足を止めた。壁や看板の所々に苔が生えているその店は、看板に「ぼったくり」という、店名としてはあるまじき言葉が書かれている。


「すみません」


きっちり四回ノックをした彼女は、店のドアをゆっくりと開ける。木目の床に足を踏み入れたエヴァの目には、一人の女性が目に入った。黒髪のボブカットを揺らしながら振り返ったその女性は、煙草を厚い唇で咥えたまま、ぱちりと瞳を瞬かせた。


「あら……あなたは……」

「急にすみません。ここに、船のコーティング職人がいると聞いたんですが……」


真っ白な煙を吐き出した女性は、エヴァの言葉に首を傾げるも、数秒して「ああ、レイさんね」と納得したように頷いた。


「今留守なのよ」

「そうでしたか……いつ頃戻って来られますか?」

「さあ……一度飛び出すと長いのよ、あの人。本人の気分次第ね。急ぎなら、50番GRにある造船所に行った方がいいわよ」


困ったように眉を下げたエヴァは、もう一度そうですか、と呟いた。


「そんなに、レイさんがよかったの?」

「いえ……ただ、職人の中でも一番腕が良いと、知人から聞いていたので」

「へえ……」


いないのならば仕方がない。エヴァは肩を落としながらも、造船所の方へ行こうと店を出ようとした。だが、踵を返したと同時に声をかけられた彼女は、くるりと振り返る。そんなエヴァににっこりと微笑みながら、女性は煙草を灰皿に擦りつけた。


「せっかくだから、何か食べていってちょうだいな。エヴァちゃん」


ぱちぱちと瞬きをしたエヴァはしばし考えると、女性の方へと体を向き直し、カウンターの方へと歩いていった。隅の席へと腰掛けた彼女はメニュー表を見つめると、おずおずとパエリアを頼んだ。

シャクヤク――本人はシャッキーと呼んでくれと笑った――は、このぼったくりBARの店主として、数十年前から店を切り盛りしていた。シャッキーは目前で手際良く料理を作りながら、「これで島に到着したルーキーは、あなたで十人目ね」と話した。

“偉大なる航路”の前半の海最後の地であるシャボンディ諸島に集まった、賞金額一億以上の若手の海賊達を、界隈では「超新星スーパールーキー」と称している。中でも今年は、億越えのルーキーがエヴァを含め十二人と、例年に比べて格別に多かった。


「私ね、あなたとあの子、麦わらの一味。結構好きなのよ」


コト、と皿に盛られたパエリアがエヴァの前に置かれた。シャッキーの言葉に彼女の方を見たエヴァは、不思議そうに首を傾げている。


「あなたも彼らも、民間人には手を出さない。むしろ、彼らを助けてる。まるでヒーローみたいで素敵じゃない」


悪戯っぽく笑ったシャッキーに、エヴァは苦笑いを浮かべつつ、いただきますと呟いて、スプーンを手に取った。

エヴァの懸賞金が一億を超えたのは、他の海賊や海軍兵士との争いが大きな原因である。彼女は“偉大なる航路”の航海中、権力を盾に理不尽で横暴な行いをする海軍兵士や、島で暴れ回る海賊を何度か見かけたことがあった。その度に争い、結果として懸賞金が上がっていった。


「あんまり好きじゃないんです、他者を虐げることが。その他者のおかげで自分達の立場があることを忘れて、自分の力を誇示するような、厚顔無恥な人」

「奇遇ね、私もよ」


美しく微笑んだシャッキーに、エヴァも小さく笑みを返した。











最後にシャボンディ諸島に到着した、“超新星”の一人であるモンキー・D・ルフィは、道中で再会した魚人のハチと、その友人である人魚のケイミー、ヒトデのパッパグと共にシャッキーの店を訪れていた。店主であるシャッキーとハチ、そしてコーティング職人である「レイさん」とが知り合いであることから、彼にコーティングの口利きをしようと思ってのことだ。


「そういえば、モンキーちゃん達が来る、四時間くらい前かしら。エヴァちゃんもレイさんに会いに来てたのよね」

「エヴァ?さっき言って奴か?」

「ええ、そう。彼女、少し違った意味でも有名なのよ」


真っ黒な髪と青い瞳を持つその女海賊は、世間では“イーブル・バレット”と呼ばれている。彼女に懸けられた懸賞金額は二億ベリーと高額である。そんな彼女の特筆すべき点は、「たった一人で“偉大なる航路”を旅している」ことである。なにせ彼女の船のクルーはエヴァのみなのだから。


「一人で“偉大なる航路”を……正気ですかその方?」


考えただけでも恐ろしいと、チョッパーは小さなその身を震わせている。そんな様子をケラケラと笑ったシャッキーは、心配する必要はないと煙を吹いた。


「彼女、あなた達と同じで、民間人には手を出さないから。嫌いなんですって、誰かを虐げるのが」

「なんだ、いい奴じゃねえか」

「海賊やってるし、海軍にも喧嘩売ってるみたいだから、いい奴ではないと思うけど……彼女もレイさんのこと探すようだったから、もしかしたら会うかもね」


ご馳走になったルフィたちは、シャッキーに見送られながら、コーティング職人の「レイさん」を探すべく、まずはシャボンディパークへと向かっていった。