- ナノ -

運命的とはとても言えない



銃声が響いても、島民達は特に気にはしない。何せここでは毎日のように武器が造られ、試し斬りや試し撃ちなんて珍しいことでもなんでもない。そのためエヴァは、心置きなく銃でとあることを試すための特訓ができた。


「まあ、銃じゃあそう簡単にはいかねえわな」


切断されている巻藁を横目に、そばで見ていたスマイサーは難しい顔をしながら、今日はもう終わりだとエヴァに告げた。彼女はそれに素直に従い、銃をホルダーへ戻した。


「どうぞ」


店に戻り夕飯を終えた後、エヴァがスマイサーへ差し出したのは、ホットミルクと二口サイズのパウンドケーキが二つ。一つは中にナッツが入っており、もう一つはドライフルーツが入っていた。スマイサーはそれを一瞥すると、一つ息を吐いてペンを机へ放った。彼はドライフルーツのパウンドケーキを手に取ると、大口を開けて半分パクリと口に入れた。


「……うまいな」

「作ってみたんです。お口にあったのならよかったです」

「手作りか?」

「ええ、はい。お菓子作りは、昔色々と教えてもらいまして」


今はサングラスは額に上げているため、彼の瞳はあらわになっている。切長なそれが少し見開かれたと思うと、意外そうに「へえ」と漏らした。


「少し懐かしい味だ。いつだったか、菓子売りの女が持ってきたやつを思い出す」

「……ああ、“海のパティシエ”ですか」

「そう、そいつだ。“四皇”の“ビッグ・マム”も御用達だったらしいじゃねェか。当時は荒れに荒れたって、風の噂で聞いたよ」


二十年以上前に“偉大なる航路”にいた一人の女性。彼女は“偉大なる航路”で菓子売りを営んでおり、気のみ気のまま様々な島を訪れていたと言う。“海のパティシエ”と呼ばれるその人物は突然に店をたたんだため、当時は彼女の作るスイーツの虜であった者たちは、大いに嘆いた。

曰く「自分はもう死ぬ運命だから」と言い残し、彼女は店をたたんだ。


「経歴を知ったときは、流石に驚いたがな。しかしまあ、菓子売りにしては肝も度胸もある女だったが、納得だ」


ホットミルクを啜ったスマイサーは、ぽつりと呟いた。そんな彼を見つめたエヴァは、恐る恐る尋ねた。


「……彼女は、息子の罪を問われ、死にました。スマイサーさんは、その人が犯した罪は、その血縁者も償うべきと思いますか?本人共々、殺されて然るべき、と」

「それはねえだろ。そいつの罪はそいつだけのもんで、血縁があろうがなかろうが、他人は関係ねえよ。償うべきは罪を犯した人間だけで充分なはずだ。血には罪も何もねえ。それはただの血液で、生物を構成してるものにすぎねえ。血液は罪を運ぶものじゃねえしな」


驚いたような、意外そうな顔で、エヴァはスマイサーを見つめた。彼はマグカップを隅に置いて、弾丸の設計図を手にガシガシと髪を掻いた。


「その、すみません……突然、変なことを」

「あ?べつにいいよ。なんかそういう、センチメンタルな気分になる時は誰にだってある」

「……身勝手なお願いも、してしまって」

「ああ……まあ、確かに、突然銃の扱いを教えてほしいなんざ、身勝手もいいとこではあるな」


残りの半分を口に放ったスマイサーは、疑問に思っていたことに触れた。


「にしても、まさか本当に能力で補ってたとはな……初めて見た時は驚いたぜ」


銃の扱い方を教えるため、スマイサーはまず、能力を使わずにエヴァに的目掛けて銃を撃ってもらった。その結果は十発撃って、当たったのはたったの三発と半分以下というもの。撃てば必ず当たる、故に魔弾。故に“イーブル・バレット”と呼ばれる彼女が、その実銃の命中率は決して高いとは言えなかったのだから。

恥ずかしそうに視線を下げたエヴァに気付いたスマイサーは、最近はだいぶ良くなった、と軽くフォローを入れた。


「だがまあ、今試そうとしてることは、上手くいくには時間がかかるだろうな」

「それは……はい。重々承知してます」

「刀や弓矢とはまた違うからな。何せ、銃は攻撃する時に弾丸には触れない」


頷いたエヴァを見ながら、スマイサーは肩を揺らして笑う。


「でもまあ、刃物にはできたんだ。鍛錬あるのみだな」











「サボ、ルイス、おかえり」


アルマ島を出た船内でサボ達を出迎えたのは、メディだった。彼は何ら変わりない二人の姿に満足げに頷くと、何やらご機嫌な様子のルイスに話を振った。


「どうした。随分と機嫌が良いな。そんなにあのじいさんの弾丸が待ち遠しかったのか?」

「それもあります!でも、それだけじゃないんです!会ったんですよ、“イーブル・バレット”に!」


意気揚々と、瞳を爛々に輝かせてながら詰め寄ってきたルイスにしばし後退りしながら、“イーブル・バレット”?と聞き返した。

その異名を知らぬメディではなく、また彼はルイスから散々その人物についての話を聞いていた。彼だけでなく、ルイスと関わりのある物は、必ず一度は聞く名である。他の人にも話してくる、と駆け出していったルイスを見送りながらなるほどと納得したメディは、ふと思い出したようにサボの方を見た。


「なら、お前もようやく会えたんだな。彼女に」


そう笑ったメディに、突然に話題を振られたサボは、瞳をぱちくりと瞬かせ、不審げに眉を寄せた。


「……なんのことだ?」

「なんのことって、会ったんだろ?“イーブル・バレット”に」

「ああ」

「だから、よかったじゃないかって」


意味がわからないと首を傾げるサボに、メディもまた眉を寄せた。しかし、何かに気付いた様子で目もとを覆うと、「そういやそうだ」「そっか、お前あの時」と独り言を呟きはじめた。

トントントン、と目もとを覆いながら人差し指で額を叩いたメディは、サボを覗き見ながら困ったように苦笑いを浮かべた。


「お前、記憶なくす前から、一つだけ覚えてたことがあるって言ってたろ」

「言ったな。おれが気ィ失ってるときに聞いた、声の話だろ?それがどうした」

「あ〜……それが、彼女だよ。“イーブル・バレット”」


一瞬、時が止まったかのようだった。ピシリとその身を固まらせたサボの様子に、メディは目もとを覆っていた手を外し、大丈夫か?と彼の顔の前で軽く手を振った。

ぶわり、とサボの顔に多量の汗が流れはじめた。メディがそれにギョッとしていれば、勢いよく肩を掴まれた。彼の握力は相当なもので、メディは自身の肩の骨が砕かれる覚悟をそっと決めた。


「……マジで言ってるか?」

「お、おう……おれは意識不明だったお前が、あの子に連れられて病院に行くとこ見てるし……彼女の手配書が出たとき、妙に気になって、パリムさんに聞いたんだよ。ほら、あの人がお前をアスクさんのところまで運んだだろ?そしたら、パリムさんも驚いてたよ。あの時の少女が、お尋ね者になってるとはって」


サボは十歳の時、全身に大火傷を負い意識不明の重体だったことがある。その際彼を拾ったドラゴン――かの革命軍を率いる男だ――のおかげで命を拾われた。そのまま船内で治療を進めてはいたが、思いの外ケガは酷く、彼らは革命軍の優秀な医師の一人が滞在している島を訪れた。

そこでサボは、意識を失いながらに声を聞いた。真っ暗闇で何も見えず、どうするべきかもわからないでいる自分の手をそっと握って、頭を撫でてくれた、顔もわからぬ誰かの声だ。


「まだ痛みは続くかもしれないけど、でも、それは生きてる証拠だから。キミはよく頑張ったよ。だから休んでもいいよ。誰も怒ったりしないから」

「キミが落ち着くまで、ゆっくりと眠れるまで、痛みが引くまで、手を繋いでるから。だから、今はおやすみ」



穏やかで優しい女性の声だった。その声の主は、ずっと自分に声をかけ続けながら、手を握ってくれていた。意識が戻り目が覚めたサボだったが、彼は記憶を失い、自身の名前さえ忘れていたにもかかわらず、その声だけは覚えていた。

思い出すだけで胸が温かくなり、安心する。革命軍に身を置きながら、サボはその声の主を探していた。いかんせん彼はその声の主の容姿も名前も知らないため、難航を極めていたのだ。

そんな、探し続けていた彼女に、サボは会ったのだとメディは言った。それが驚かずにいられようか。それと同時に、彼は自身の態度を思い返したのである。


「……やばい、どうしよう……」

「サボ?おい、どうしたんだよ……」

「メディ……おれ、彼女に……」

「おう……」

「素っ気ないというか、なんつーか、その……興味ないですって態度取ったんだけどさ……これ、どう思う?」

「あー…………うん、印象は、良くはないだろうな……」


まるで絶望したかのような面持ちのサボに、メディは同情してしまった。

サボという男は、仲間内には優しいが、それ以外には割と淡白で、興味関心が極端なところがある。外面が良いと言えば聞こえが悪いが、基本人の良さげな風なのだ。あくまで風であって、興味が薄いと名前や顔は覚えないし、話も聞き流したりする。

まさかサボも、目の前に探していた相手がいたとは思わないだろう。彼は治療後に一度目を覚まして彼女を見たが、意識は朦朧だったこともあってその時の記憶はない。そのため頼りは声だけだった。しかし人間にとって一番忘れやすいものが声であるのだから、気付けないのも無理はなかった。


「てか、お前、知ってたなら何で教えてくれなかったんだよ……」


恨めしげに言葉を吐いたサボに、メディは呆れ顔を浮かべてため息を吐いた。


「それはお前が、『何も知らない状態で見つけた方が、なんか運命っぽい』とか言って、教えてくれようとしたパリムさんの善意を断ったからだろ」

「……今己の言葉を後悔してる真っ最中だ」


メディの肩から手を外した――幸い骨が砕かれることはなかった――サボは、己の頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。そんな彼になんと言葉をかけるべきかと頭を掻きながら、「いやでも、向こうも覚えてないんじゃないのか?」と肩を叩いた。


「……おれが帰る前にさ、聞かれたんだよ。『その左目、もう痛みませんか?』って……おかしいとは思ったんだ。『もう』ってなんだって」

「あっ……それは……」

「しかも、数年前に一回会ったきりのルイスのことも覚えてたんだぞ」

「へ、へェ……記憶力が、いいんだな……」

「……もっかい島に戻るか」

「やめろ!そろそろコアラにどつかれるぞ!」


自由人ではあるものの、普段は冷静で頼りになるこの男も、こんな思春期男子みたいな風になるのか。メディは少し感慨深さのようなものを覚えつつ、落ち込むサボをなんとか励まし続けた。