引鉄の引き方を教えて
コンコン、コンコン。四回のノック音の後に開いた扉は、古いせいかギィーッと音を立てた。中を見渡してみれば、室内の壁という壁には多くの銃が飾られ、床には弾丸が散乱していた。エヴァが一歩店の中へ入ると、奥の方から低く重みのある声がした。
「随分と若ェ客が来たな。何用だ、お嬢ちゃん」
部屋の奥に置かれたカウンターには、こちらに背を向けて新聞を眺める男の姿が見えた。バサリと新聞を閉じると、男は顔だけ振り返って、かけていたサングラスを僅かにずらしてエヴァを射抜いた。
ほとんど白髪に染まっている黒髪は、光の反射で銀髪に見えなくもない。オールバックに、後ろでやや長めな襟足を結んである。サングラスから覗くアンバーの瞳は切長で鋭かった。エヴァが歩くたびに、木目の床が僅かに音を鳴らした。
「すみません、銃を見に」
「……ん?お嬢ちゃん、どっかで……」
片眉を上げた男は、数秒エヴァの顔を見つめると、ああ、と思い出したように呟いた。
「あんた、お尋ね者か。確か、魔弾の女、“イーブル・バレット”」
「ええ、はい。そう呼ばれています」
「中々ふざけた通り名してたんで、覚えてた」
おかしそうに笑った男は、新聞を放るとエヴァの方へと向き直った。
エヴァが訪れたのは、“偉大なる航路”に位置するアルマ島。聞こえてくるのは、鉄を叩く音や火花の散る音。それもそうだろう。何せこの島は、鍛冶職人の宝庫だ。アルマ島では刀や銃器などの武器製造が盛んに行われ、それによって産業を興していた。
彼女が足を運んだ店は、銃器を専門にしている。エヴァの主な武器は専ら銃であるため、専門店を訪れるのは自然なことだった。
「しかし、なんでまたウチに来たんだ、魔弾のお嬢ちゃん。この島にゃウチ以外にも銃を扱ってる店はある。わざわざ古びた店を選ばなくともいいんじゃねェのか?」
男の言葉はその通りで、アルマ島にはいくつもの武器店が並んでいる。エヴァが訪れたのこの店は、島の中でも随分古いもので、置いてある銃の種類も最新より古いものが多い。もう少し行けばここよりも綺麗で、品揃えも豊かな店だったあったのだ。
しかしエヴァは、この店を選んだ。それは気まぐれなどではなく、しっかりと理由あってのことである。彼女は男の言葉を受け、視線を一度床へと向けて口を開いた。
「ここの店主は、銃器の扱いに長けている、と聞きました」
僅かに眉を上げた男を、エヴァはまっすぐに見据えた。
「私に、銃器の扱いをレクチャーしてほしいんです」
「……なに?」
エヴァの言葉に、男のまとう空気が変わった。肌を刺すような、ピリピリとした緊迫感が室内に広がる。しかしエヴァは顔色を変えず、睨むように自身を見上げる男を見つめていた。
「おれがお嬢ちゃんにか?」
「ええ。お願いします」
「なんでわざわざ、そんな面倒なことをしなきゃならねェ。冷やかしなら帰れ」
ピシャリと跳ね除けられたエヴァだったが、彼女は頭を下げたまま動かない。男は最初は無視していたものの、いつまで経ってもその場を動かない彼女に痺れを切らして、舌打ちを落とした。
「だいたい、何で学びてェんだ。既に魔弾なんて呼ばれてるお嬢ちゃんが、これ以上何を学ぶ」
「……私の銃は、能力で命中率を補っているだけです。元々私は、銃の扱いに優れているわけではありません。銃より得意な武器は別にあります」
男のサングラスが不意にずれた。切長な瞳をぱちくりとさせた彼は、何を言っているのだと言いたげに眉を寄せて、訝しげな表情でエヴァを見た。
「じゃあなんでお前さん、銃を使う。得意なもんがあるなら、それ使った方がいいだろ」
「……銃なら、撃った時に感じるのは、銃の反動だけです」
僅かに目を見開いた男は、呆然とエヴァを見つめた。互いに目をそらさないまま、果たして何分経ったのか、先に折れたのは男の方だった。彼は深々とため息を落としたと思うと、乱雑に髪を掻きながら呆れた視線をエヴァへ寄越した。
「わかったよ、おれの負けだ。銃の扱い方を教えてやるよ」
その言葉に、エヴァはお礼を言いながらガバッと頭を下げた。
「とは言え、店のことがある。おれの都合に合わせてもらうぞ」
「それはもちろんです。私も、店の手伝いをします」
「べつにそれは……いや、まあいい。頼む。ついでだ、弾丸造りもレクチャーしてやるよ」
とんだ頼みを引き受けてしまった。ため息を落とした男だったが、エヴァの言葉を思い出し、乱雑に髪を掻いた。
「んじゃあ、手始めに通常の弾丸の造り方を教えてやる」
「ありがとうございます。えっと……」
「スマイサーだ。スマイサー・アルゼン。好きなように呼べ」
スマイサーはそう言うと、店の奥へと入っていった。
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スマイサーから銃の扱い方と弾丸造りを教えてもらっているなか、あっという間に一年程の時間が経った。その間、エヴァは島に居座り、スマイサーの家に住まわせてもらっていた。そのお礼として店の手伝いだけでなく、朝昼晩の食事を提供している。彼は必要ないと渋ったが、彼の健康とは言い難い食生活に、エヴァの方が押し切った。
店に訪れる客は、多いわけではない。どちらかと言うと少ない方だ。置いてある銃が古いものが多いからだろう。しかしマニアや古い銃の方が好きな者にとってはたまらない店であるのは確かで、遠方から来る客も時にはいた。
店の扉が開く音がすると、エヴァは銃の手入れを一旦止めて、そちらを見た。シルクハットを被った、黒いコートの男が一人立っている。男は店内を見回してから、エヴァの方を見た。金髪の髪からは、丸い瞳が覗いている。左目の肌は、火傷痕に覆われていた。
「ん?アンタがアルゼンか?年配の男って聞いてたんだが……」
「いえ、私は少しこちらでお世話になっているだけです。スマイサーさんへの用事でしたら、呼んできますよ」
「ああ、頼むよ。頼んでた物を取りに来た、って伝えてくれ。それでわかるだろうから」
ツバを軽く上げて人の良さそうな顔で笑った男に軽く頭を下げると、エヴァは店の奥にいるスマイサーを呼びに行った。彼はここ数日弾丸造りに集中して遅くまで起きていたため、少し仮眠を取っていたのだ。
「スマイサーさん。お客様が来てます」
軽く肩を揺すると、スマイサーはすぐに目が覚めた。んぁ?と少しとぼけたように呟いた彼だったが、エヴァが男から言われた「頼まれた物を取りに来たそうです」と伝えると、彼は納得したような顔をした。
立ち上がったスマイサーは、遅くまで造っていた弾丸の詰められた箱を抱えると、店内へと顔を出した。
「ほらよ、兄ちゃん。なんだ、今日はあいつじゃねェのか」
「ルイスなら、道中にあった別の銃の専門店にいるよ」
「ああ、あそこか。そういや最新のを入荷したとか言ってたな」
「銃器好きなあいつには堪らないだろうさ。ああ、噂をすれば」
扉が開いたと思うと、白っぽいマントを着た男が一人入ってきた。彼がルイスという男なのだろう。ルイスはスマイサーたちを見ると、へらりと笑った。
「アルゼンさん、お久しぶりです。弾丸、いつもありがとうございます。アルゼンさんのが一番造りが良くって」
人懐こそうな笑顔を浮かべた彼は、スマイサーから荷物を受け取り、代金を支払った。どうやら弾丸の仕入れのようだ。エヴァは黙ってそれを眺めていた。
手の中の荷物に目を輝かせていたルイスだったが、エヴァの存在に気付いたのだろう。彼とぱちりと目が合ったと思うと、ルイスはみるみる瞳を丸くしていった。
「え、“イーブル・バレット”……?本物!?」
驚いた声を上げたと思うと、ルイスは荷物を隣の男に預け、大慌てにエヴァへ駆け寄り、彼女の両手を握った。茶色の跳ねた髪が僅かに揺れて、丸っこい大きな瞳は熱心にエヴァを見つめていた。
「“イーブル・バレット”ですよね!?」
「え、ええ……そう呼ばれていますね……」
「やっぱり!うわあ、本物だァ……あ、すみません、おれ、つい……」
慌てて手を離した彼は、照れくさそうに笑ったと思うと、以前エヴァに家族を助けてもらったことがあるのだと話した。彼女はん?と首を傾げたが、ルイスの顔をじっと見つめて考えるように眉を寄せ、何かを思い出したように目を丸くした。
「“南の海”の……妹さんが人攫いに遭ってた……」
「そうです!その時の!」
嬉しそうに笑った彼は、その当時のお礼を告げながら頭を下げた。
まだエヴァが“偉大なる航路”に入る前のことだ。二十三だか二十四だか、それくらいの頃だったろう。“南の海”を旅していた際に立ち寄った島では、子供達が次々行方を眩ませていた。犯人は人攫いで、彼女は攫われそうになっていた少女を助けたことがあった。それが、目の前にいるルイスの妹である。
奇妙な縁もあるものだと内心呟きながら、エヴァはお気になさらず、と返した。
「あの一件以来、妹はあなたのファンになってるんです。おれも、あなたの銃裁きで銃に興味持ったんで……」
「そうですか……」
「はい!」
お尋ね者のファンとはどうなのか。少し疑問に思いつつも、指摘することはしなかった。
「ん?あ〜……アンタ、あれか。“偉大なる航路”を一人で旅してるっていう……」
思い出したように、ルイスとエヴァのやりとりを見ていた男が呟いた。そちらを向いた彼女が一つ頷けば、そうかそうかと軽く笑った。
「ルイスから話を聞いたような気もするし、中々珍しいから、顔はぼんやりと覚えてたんだ。名前は、えーっと……なんだっけ?」
「エヴァさんです!ほんと、少しは弟くん達以外にも興味示してくださいよ!」
「いや〜……仕事に関係ないし、べつにいいかなって」
カラカラ笑った男は、エヴァに対する興味がないのだろう。存外失礼なことを言っているが、恐らく大して悪気もない。そこに自覚があるかどうかは知らないが、エヴァは特に不快に思うこともなかった。彼からどう思われていようが、彼女にとっても取るに足らぬことであったからだ。
男はエヴァから視線を外すと、ルイスに声をかけ、スマイサーに一言挨拶をして出ていこうとした。だがそれを、エヴァが引き止めた。不思議そうに振り返った男の顔を見つめた彼女は、左目へと視線を向けた。
「その左目、もう痛みませんか?」
瞳をぱちくりと瞬かせた男だったが、エヴァが何を指して言っているのか理解して、やや眉を寄せつつも頷いた。
「そうですか。ならよかったです」
それだけ返すと、エヴァはルイスの方に少し微笑み、途中だった銃の手入れに戻った。訝しげに片眉を上げた男はしばしエヴァを見つめたが、しかし何を言うこともなく、ルイスと共に店を出ていった。