- ナノ -

鬨の声は何を告げる



突然に現れたロー達ハートの海賊団に、バギーは不審げな目を向けている。信用できるかどうかを見定めているのだ。しかしその間にも、沖から回り込んだ軍艦が潜水艦に砲撃しており、そう時間はかけられなかった。

どこの馬の骨かもわからない奴らを怪しんでいるバギーであったが、飛んできたボルサリーノのレーザーが肩を貫き、即座に二人をローへと放り投げた。ジャンバールが二人をしっかりと受け止めると、一刻も早くこの場を去ろうと、艦内へと駆け込んでいく。


「シャボンディじゃあ、よくも逃げてくれたねェ〜……トラファルガー・ロー……!」


ボルサリーノのレーザーが潜水艦を捉え、ローは舌を打つ。不意に艦内で影が動いたと思うと、その影は甲板へ現れ、銃を構えた。


「ほォ、これはこれは、“イーブル・バレット”……な〜んでまた、トラファルガーの船にィ?」

「諸事情です。それより、どうぞ撃っては?あなたのレーザーが、私に当たるのであれば」


ピクリと眉をひそめたボルサリーノが、照準をエヴァへ捉えたその時。戦場に大きな声が響いた。


「もうやめましょうよ!もうこれ以上、戦うの!やめましょうよ!!命がも゛ったいだいっ!!」


涙声のそれは、一人の海兵によるものだった。サカズキの前に立ち塞がった彼は、目的を果たしながらも終わらない戦いに、なんの意味があるのだと叫ぶ。


「今から倒れていく兵士達は……まるで……!バカじゃないですか!?」


悲痛にも似た叫びだった。本来の目的であったエースの公開処刑は失敗に終わるも、結果としてエースと、そして白ひげはこの戦場で命を落とすこととなった。ルフィも瀕死の重傷であり、海賊達とて交戦する意思はほとんどないだろう。ならばこれ以上深追いはする必要はないのではないか。海兵は倒れていく同期を、後輩を、上司達を見て、この不毛な争いに疑問を抱いていた。

しかし、サカズキにとっては何の意味もない、無駄な言葉としか思われていなかった。“数秒”を無駄にしたと吐き捨てた彼は、その海兵に向かって拳を振り上げた。

だが、その拳は一本の剣に受け止められ、海兵には届かなかった。その男は、恐怖から泡を吹いて倒れた若い海兵に「よくやった」と言葉をかける。


「お前が命を懸けて生み出した“勇気ある数秒”は……良くか悪くか、たった今、世界の運命を大きく変えた!!」


その男の姿に、海兵も海賊も、攻撃を止められたサカズキの動きも止まる。


「何もするな、“黄猿”!」

「……おォ〜っとっとォ……ベン・ベックマン……」


潜水艦を沈めようとしていたボルサリーノだったが、いつの間にそこにいたのか、船のマストの上に腰掛けていた男に銃口を向けられ、大人しく両手を上げた。その隙にと、ベポたちはルフィとジンベエを抱えて艦内へと駆け込んでいく。

海の上に、一隻の船が姿を見せる。帆とジョリーロジャーが示すマークは、“四皇”の一角“赤髪のシャンクス”のものに他ならない。

剣を納めた男――シャンクスは、地面に落ちていた麦わら帽子を拾い上げると、静かに、しかし力強い声で告げた。


「この戦争を、終わらせに来た!!」


つい先日、同じ“四皇”であるカイドウと小競り合いをしていたはずの男が何故ここにいるのだと、海兵達は驚きを隠せない。だがその答えを言うことはなく、シャンクスは数秒麦わら帽子を見つめると、それをバギーへと投げて、ルフィに渡すように頼んだ。


「お頭ァ、十年振りのルフィだぞ。一目見ておかねェのか?」

「一目……会いてェなァ……」


クルーの言葉に僅かに笑みを浮かべたシャンクスであったが、しかし潜水艦を振り返り、今会ったら約束が違うと前を向いた。


「キャプテン達!“四皇”珍しいけど、早く扉閉めて!」

「ああ……待て、何か飛んでくる」


扉のそばで戦場を見つめていたローは、飛んできた麦わら帽子に気付き、それをしっかりと受け取ると、扉を閉めてオペ室へ走る。潜水艦は海の中へと姿を消していき、ついには見えなくなった。

だが、クザンが瞬く間に海面を凍らせていく。その氷は海中までも届いており、ポーラータンク号をも巻き添えにせんとしていた。次にボルサリーノがレーザー弾を海へ向けて撃ち込んでいく。

ボルサリーノの攻撃が止まると、地面に降り立った彼は片眉を上げて海を見つめた。


「これでまだ生きてたらァ……あいつらァ、運が良かったんだと諦めるしかないねェ〜……」


追撃の手を止めたボルサリーノは、地面に降りて間延びな口調で呟く。そんなそばでは、バギーがシャンクスに怒鳴り込んでいた。先程帽子を渡すのを頼んだ際、宝の地図があると嘘をついたことに、バギーが怒っているのだが、シャンクスは特に気にすることもなく、久しぶりと軽く挨拶していた。

だが白ひげ海賊団の面々を見て、戦場を見渡して、彼はこれ以上戦争を続けたところで、被害だけが拡大するだけであると告げた。


「まだ暴れ足りねェ奴がいるのなら……来い……!おれたちが相手をしてやる!」


シャンクスは、鋭い瞳でティーチを見つめた。それを受け、彼は「お前らと戦うには時期が早ェ」と、大人しく手を引き、仲間と共にその場を去っていく。


「全員――この場はおれの顔を立ててもらおう」


その言葉に、海軍も海賊も、皆戦いの手を止めた。シャンクスは続け様に、白ひげとエースの死を晒すような真似はさせまいと、弔いは自分達が行うと告げる。


「何を!?この二人の首を晒してこそ、海軍の勝鬨は上がるのだ!」

「かまわん」


海兵達は、センゴクの言葉に何を言っているのだと目を丸くする。彼は責任は自分が取ると伝え、海兵達に負傷者の手当てをするように指示を出した。そして、戦争の終わりを宣言した。

かくして、“大海賊時代”開幕以来、最大の戦いとなった“マリンフォード頂上戦争”は、ここに幕を閉じ、歴史に深く刻まれた。

東西南北四つの海、そして“偉大なる航路”に、瞬く間に情報は広がっていく。しかして歴史がそうであるように、情報は巡るほどに削ぎ落とされていき、海軍の「勝利」、その二文字が海風に踊る。世界はこの大事件に浮き足立っていた。

だが、人々は気付かない。海軍の勝利――その戦争の結末がもたらすものは、必ずしも平和だけではないことを。“白ひげの脅威”という抑止力を失った海は、次第に大きく荒れはじめていく。











ポーラータンク号には、医務室の他にも手術室が存在している。簡単な治療ならば医務室で事足りるが、オペを必要とするケガや病気の場合は、機材や器具が欠かせない。そのため、別で手術室が用意されていた。

ジンベエとルフィの二人はすぐさま手術室へと運ばれて、処置台に乗せられていた。どちらも瀕死の重傷であるが、ルフィの方は先のサカズキから負わされたケガ以外のダメージも、その身に蓄積されていた。

麻酔を打つ必要もないだろうほどに酷使された体を前に、ローはゴム手袋を装着すると、エヴァのことを振り返ることなく彼女を呼ぶと、オペに参加するように告げる。


「お前は、これをどう見る」


メスを手に取ったローを見つめた彼女は、ゴム手袋をはめながら、ルフィの方へと歩み寄った。


「心臓までいかなかったのが、不幸中の幸いかと」

「まったくだな」

「どうやっても痕は残るでしょうけど、命があるならマシでしょう。ひとまず水とタオルを。火傷が激しいので冷やすついでに、血液も拭き取ります。これでは傷口が見えませんから」


数秒エヴァを見つめたローだったが、すぐに抉れた肌へと視線を移して、スッと目を細めた。


「楽しいオペになりそうだ」