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追い風はどちらに



戦場と化したマリンフォードに現れたティーチのそばには、彼の仲間だけでなく、インペルダウンの「LEVEL6」の死刑囚達も共に立っていた。その誰もが、過去の事件が残虐の度を越えていたために、世間から存在を揉み消されたほどの、世界最悪の犯罪者たちだ。

要塞の陰に隠れていた巨体は、「巨大戦艦サンファン・ウルフ」。二本の角と鼻の下に長い髭を携えた男は、「悪政王アバロ・ピサロ」。酒を手にだらりと舌を出しているのは、「大酒のバスコ・ショット」。長い鼻をした紅一点が「若月狩りのカタリーナ・デボン」。そして、インペルダウンの看守長である「雨のシリュウ」の姿もあった。


「シリュウ、貴様……!マゼランはどうした!?インペルダウンはどうなった!?貴様ら、どうやってここへ来た!」


矢継ぎ早なセンゴクの問いに、シリュウはなんてことないように払い除け、自分は黒ひげ達と組むのだと告げた。そこに、一人の海兵が“正義の門”が開き、認証のない軍艦が一隻通ったという報告が入っていたのだと告げた。

門は動力室の海兵によって開けられるものだ。そのため、怪しい者を通すようなことはしない。しかし、出航前に動力室の海兵に、“正義の門”に軍艦を確認したら全て通すよう、催眠がかけられていたがために、彼らは難なく門を通ってここへ来ることができたのだ。

ティーチが七武海に名乗りを上げたのは、インペルダウンへ潜入し、この囚人達を解放することが目的であったのだ。その事実に、センゴクはギリリと歯を噛み、その魂胆を見抜けなかった己を恥じた。


「ティーチィ!!」


愉快そうに高笑いを上げていた黒ひげだったが、瞬間、白ひげの攻撃が彼に向けられた。要塞に大穴を空けるかの如く強烈な一発には、容赦も慈悲もなかった。


「てめェだけは、息子とは呼べねェな!ティーチ!!おれの船のたった一つの鉄のルールを破り……お前は仲間を殺した……!」


彼に殺された四番隊隊長サッチの無念を、自分がケジメをつけるのだと、白ひげは血みどろの体になりながらもティーチと対峙した。それを受けてたったティーチは、辺り一帯を真っ黒な沼のようなもので覆う。


「おれはアンタを心より尊敬し、憧れてたが……!アンタは老いた!処刑されゆく部下一人救えねェほどにな!バナロ島じゃ、おれは殺さずにおいてやったのによォ!」


白ひげは何も言わず、震動と共に彼に拳を振るった。しかし、ティーチが手のひらを出すと、彼の前に黒い渦のようなものが現れ、白ひげの能力を吸い取るようにして無効化する。自分に能力は効かないと、慢心するように笑うティーチに、白ひげは冷静に手にしていた薙刀を彼の肩に振り下ろした。そして地面に転がった彼の顔を掴むと、そのまま震動を叩きつける。


「この……“怪物”がァ!死に損ないのクセに!黙って死にやがらねェ……やっちまえェ!!」


その声と共に、黒ひげ海賊団が一斉に銃を構え、白ひげに向かって銃弾を撃ち込み、刀を突きつけた。一方的に攻撃を浴びているその姿に、息子達は呆然と涙を流すしかできなかった。

銃撃音は、数分もの間続いた。銃の音が止まると、その代わりにカチカチと引き金を引く音が響く。白ひげは仁王立ちのまま、しかしその体には刃物が突き刺さったまま、銃弾の穴が空き、とてもじゃないが生きていられるような状態ではなかった。


「お前じゃ、ねェんだ……」


しかし、白ひげは荒い呼吸を繰り返しながらも、しっかりとティーチを見据えていた。まだ生きている。その事実に、ティーチは怯えたように体を跳ねさせた。そんな彼を見つめながら、ロジャーが待っている男はお前じゃない、と白ひげは告げた。


「ロジャーの意志を継ぐ者達がいるように……いずれ、エースの意志を継ぐ者も、現れる……“血縁”を断てど、あいつらの炎が消えることはねェ……そうやって、遠い昔から脈々と、受け継がれてきた……!」


そして未来のいつの日か、その数百年分の“歴史”を全て背負い、この世界に戦いを挑む者が現れるのだと、白ひげは語る。「世界政府」はその、いつかくるだろう世界中を巻き込むほどの“巨大な戦い”を恐れていると。


「あいつら同様……おれも、宝に興味はねェが……あの宝を誰かが見つけた時……世界はひっくり返るのさ……!」


その宝を誰かが見つけだす日は、必ず訪れる。呟く白ひげに、センゴクは焦りをその表情に滲ませていた。最後の力を振り絞るように、白ひげは大きく息を吸い込んだ。


「“ひとつなぎの大秘宝”は、実在する!!」


世界を震撼させるような宣言だった。怒りをあらわにするセンゴク、高笑うティーチ、涙を流し続ける海賊達。そんな彼らの声を聞きながら、白ひげはそっと瞼を下ろした。


「……し、死んでやがる……立ったまま……!」


頭部半分を失い、その身に何百もの刀傷や銃弾を受けながらも、彼は地に伏せることなく、その生涯に幕を閉じた。敵を薙ぎ倒すその姿は、まさに“怪物”であった。その誇り高き後ろ姿には、あるいはその海賊人生に、一切の“逃げ傷”無し。

享年七十二歳。かつてこの海で“海賊王”と渡り合った男、白ひげ海賊団船長、“大海賊”エドワード・ニューゲート、通称“白ひげ”。マリンフォード湾岸にて勃発した、白ひげ海賊艦隊VS海軍本部・王下七武海連合軍による頂上決戦にて死亡。

“白ひげ海賊団”の一員であり、ロジャーの息子エース救出失敗、そして船長“白ひげ”の死。それは瞬く間に世界に広がった。末々に語られるこの歴史的大事件を目の当たりにした者達は、ただ声を呑むだけ。

海賊達は涙を抑えることができないままに、船へと走り出す。彼の最期の船長命令を聞くためにも、立ち止まるわけにはいかなかった。

白ひげの死体を前に、ティーチは何をするつもりなのか、自身と白ひげとを黒い布で覆い隠した。


「見せてやるよ、最高のショー……」


隠れた二人を囲うように、黒ひげ海賊団の面々が海兵の牽制をしている間、ジンベエはルフィを抱えて戦場を駆けていた。


「ルフィくん……!しっかりせェよ……!生きにゃいかんぞ!エースさんがもうおらぬ、この世界を……明日も明後日も!お前さん……しっかり生きにゃあいかんぞ!!」


彼自身、既に体はボロボロでありながらも、ルフィをこの戦場から逃がさんと必死であった。しかし、そんな彼を、彼らをそう易々と逃してくれるわけもなかった。

いつの間にか、海はクザンの手で凍らされいた。それにより、船が動かせず脱出の足を失ってしまう。そこに、サカズキも姿を見せた。


「そのドラゴンの息子、こっちへ渡せ……!ジンベエ……」

「……そりゃあ、できん相談じゃ。わしはこの男を、命に代えても守ると決めとる」


サカズキの体から、ボトボトとマグマが垂れ流されていく。対峙するジンベエに加勢するように、海賊達もまたルフィを守らんと声を上げ、サカズキへと向かっていく。だが、そんな彼らの背後から巨顔が飛んできた。


「おどきィ、ジンベエ〜!麦わらボーイには手出しはさせナ〜ブル!地獄のヘルWINK”!!」


大きな音が戦場に響いた時には、黒い布の中に入っていたティーチが姿を見せた。白ひげも彼も、一見異変は見られないが、黒ひげ海賊団はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべている。


「海軍……おめェらに、おれの“力”ってモンを見せておこう……晴れて再び敵となるわけだ……ゼハハ……“闇穴道ブラックホール”!」


地面に黒い沼のようなものが広がると、たちまち海兵達は足を取られたように、ズブズブと沈む。そうして、ティーチは見覚えのある構えを取った。それは、白ひげが能力を使う際のものだ。

ティーチが思いきり拳を叩きつけると、ピシリと大気がひび割れた。そして、それは震動という衝撃となって要塞を破壊する。その能力は、“グラグラの実”の能力そのものだった。


「ゼハハハ!全てを無に還す“闇の引力”!全てを破壊する“地震の力”!手に入れたぞ……これでもう、おれに敵はねェ!おれこそが“最強”だ!」


あの布の中で何が行われたいたのかは不明だが、ティーチが白ひげの能力を、何らかの方法で奪ったということは確かであった。あまりの出来事に、皆何が起こっているのか信じられないような顔でティーチを見ている。中には、“グラグラの実”の脅威が終わっていないという事実に恐怖している者もいた。


「よォく世界に伝えときなァ……!平和を愛するつまらねェ庶民共!海兵!世界政府!そして海賊達よ!!この世界の未来は決まった……ゼハハハハハ……そう……ここから先は……!!おれの時代だァ!!」


その宣言と共に、要塞は崩壊していく。何百年とこの世界の海を守り続けたその正義の要塞は、今や見るも無残な姿へと変わっていた。


「力が!!体の中から湧き上がってきやがる……!!」


白ひげの能力を手に入れたティーチは、まるで無敵になったとでも言いたげに、高笑いを上げている。血走ったように目を開き、彼は不気味に笑みを象らせた。


「どれ……手始めに……このマリンフォードでも沈めていこうか……」


その発言で、とうとうセンゴクが動いた。彼は巨大な大仏の姿へと変わったと思うと、衝撃波を黒ひげ海賊団へ浴びせた。


「要塞なら、また建て直せばいい……しかし……ここは世界のほぼ中心に位置する島、マリンフォード。悪党共の横行を恐れる世界中の人々にとっては、ここに我々がいることに意味があるのだ!仁義という名の“正義”は滅びん!軽々しくここを沈めるなどと口にするな、青二才がァ!!」


怒りの形相で叫んだセンゴクに、黒ひげは不敵に笑った。

湾頭では、ルフィを抱えたジンベエが海へ逃げ込もうとしていた。しかし既に先手を打たれ、海は氷漬けにされた状態であり、ジンベエは顔を顰めた。そんな彼の背後から、イワンコフとイナズマを退けてきたサカズキが迫ってきていた。

ルフィをサカズキの拳から庇うように壁となったジンベエだが、彼の体を貫いて、マグマがルフィの胸を抉る。心臓までは到達していないが、それでも一刻を争うような状況であった。氷に落ちたジンベエとルフィを今度こそ仕留めんと、サカズキが再び拳を構える。

だが、その前に、どこからか現れた砂の刃が、サカズキの体を切り裂いた。


「“砂嵐サーブルス”!!」


突如現れたクロコダイルが、砂嵐でルフィとジンベエの体を舞い上がらせたと思うと、船に乗り込んでいる海賊達に、受け取って船に乗せろと叫ぶ。


「守りてェもんはしっかり守りやがれ!これ以上こいつらの思い通りにさせんじゃねェよ!!」


舞い上がったジンベエは、宙へと投げ出される。それを受け止めたのは、空中にいたバギーであった。まさか二人が飛んでくるなど思ってもいなかったバギーは、血塗れの彼らに驚いて声を上げている。だが、飛んできたマグマの拳にそれ以上に驚いて、慌てて二人を抱えたまま逃げていく。

地上では、白ひげ海賊団の隊長達も加わり、サカズキの足止めをしていた。

基地前ではセンゴクとティーチが、湾頭付近ではサカズキと隊長達が争っており、どこからも激しい戦闘音が響き渡っていた。そんな状況でどこに逃げるのだと、バギーは怒りながら参っていた。

そんな時、海上に一隻の船が姿を見せた。


「麦わら屋をこっちへ乗せろ!」


現れた潜水艦から出てきた男は、上空のバギーに向けて叫んだ。


「麦わら屋とはいずれは敵だが、悪縁も縁、こんなところで死なれてもつまらねェ!そいつをここから逃がす!一旦おれに預けろ!おれは医者だ!!」


姿を見せた黄色い潜水艦の甲板、船の主であり船長であるトラファルガー・ローが、マリンフォードに姿を見せた。