- ナノ -

傍観者を選んだくせに



湾頭では、白ひげ傘下の海賊達が海軍中将との戦闘を繰り広げていた。

そんな中、湾頭の海軍達が少しずつ後退していき、左右から軍艦が押し寄せていた。海賊達が湾内へ突撃しようと息巻いていたようだが、しかし白ひげが指示を出したのか、湾頭の海賊達は左右へそれていき、周囲の軍艦を襲いはじめた。

湾内では、ジンベエとルフィ、そして彼らに追いついたイワンコフによって、海軍が蹴散らされていた。そんな彼らの前に立ち塞がったモリアの相手を買って出たのはジンベエだった。

モリアのゾンビ兵は海水に弱いため、ジンベエの前では通じない。そのためか、彼は海兵の影を切り取ると、それを己の体内へ取り込んだ。すると、モリアの体がより大きく変化した。彼は巨大な鋏の刃を二つに分け、ジンベエへと猛攻を仕掛けていく。それを軽々避けたジンベエは、「魚人空手」を用いて刃を止め、そしてモリアの体に正拳突きを入れた。

ダメージを受けてカパリと開いたモリアの口から、取り込んだ影が抜けていく。それに伴い、彼の体は元の大きさへと戻っていった。

ジンベエにモリアを任せて先を進んでいたルフィの前に現れたのは、海軍准将であるスモーカーだ。彼は瞬く間にルフィのもとへ移動すると、海楼石入りの十手で彼を殴り飛ばした。ルフィはスモーカーに攻撃を繰り広げるも、自然系である彼には効かないようで、拳が体を突き抜けていく。

覇気が上手く使えない現状では、自然系の能力者の体を掴むことは不可能であり、今のルフィでは相性の悪い相手であった。スモーカーは下半身を煙と変えてロケットのようにルフィに近付くと、十手を彼の首に突き当てて抑え込んだ。

万事休すかと思われたルフィだったが、突然にスモーカーの体が蹴り飛ばされた。それは、“海賊女帝”の異名を持つ女海賊、アマゾン・リリーの皇帝、ボア・ハンコック。彼女はその長い脚で自身よりも屈強な体躯をしたスモーカーを、油断していたとは言えいとも容易く退けてみせた。彼女たち九蛇の部族は戦闘に長けており、覇気をも有している強力な戦士達なのだ。故に、“煙”であるスモーカーの体も捉えることが可能であった。


「“海賊女帝”が麦わらを庇ったのか?」

「なんで女帝がそんなことを……」

「いや、見ろ!石にする気だ!」


その場にいる海兵だけでなく、映像を見上げた者達もハンコックの行動に驚きを隠せていない。だがハンコックがルフィの前に立ち、何かをしようとしているのを見て、彼女がルフィを捕らえようとしているのだろうと皆が予想づける。

そんな周囲の反応などよそに、突然にルフィが彼女へしがみついたと思うと、体から離れて駆け出していく。ハンコックの方は胸を押さえながらその場にぱたりと座り込んだ。周囲は“海賊女帝”が倒された、と愕然としている。

しかし、いったい何があったのか。ハンコックは苦しそうにしていたというのに、ルフィを追いかけていったスモーカーを止めにかかっていた。そうして、見下しすぎて逆に見上げるという姿勢でスモーカーの前に立っている。

先を急ぐルフィの前には、今度はくまとドフラミンゴと対峙するイワンコフの姿があった。ドフラミンゴは戦う気がないのか、死体の山に腰掛けている。くまの方は容赦なく、ルフィとイワンコフへレーザーを発射すると、瞬時に彼らの背後に移動した。そこにはイワンコフの仲間だろうおかしな格好をしている集団がおり、手袋を外したくまは、その手のひらの肉球で攻撃を与える。

それを見たイワンコフは、怒りのままにくまへ突進していくと、巨大な顔を高速で移動させる。するとそのスピードのあまり、顔の残像が現れていく。その多くの顔から一斉に放たれたウィンクが、くまの巨体を吹き飛ばした。そして、立ち上がったくまに飛び蹴りを入れた。

イワンコフはくまの相手をするようで、ルフィはイワンコフの仲間と共に処刑台へ向かう。その一方で白ひげのそばでは、クロコダイルがまだ白ひげの首を狙っているようだった。戦争そっちのけに白ひげの部下と争っていたクロコダイルだったが、猛スピードで突進してきたジョズに吹き飛ばれる。

だが、その先にいたドフラミンゴにより、ジョズの体がピタリと止まった。そうして新たに、ジョズの上に乗ったドフラミンゴと、クロコダイルとの睨み合いが勃発しはじめた。

そしてルフィの前には、黒刀を抜いたミホークが立っていた。彼の瞳はルフィを捉えており、そちらへ向かって彼の斬撃が飛び、致命傷は逃れたものの斬撃の勢いのまま、ルフィは壁へと激突する。ミホークはすぐさま高く跳び上がると、ルフィ目掛けてその刀で串刺しにしようとした。

間一髪で避けたルフィは反撃に出ようと腕を彼に向かって伸ばそうとしたが、寸前でその拳を地面へ叩きつけた。恐らくあのまま彼へ腕を向けていたら、その刀で腕は切断されていたはずだ。それを、ルフィも本能で察知したのだろう。

だが、まだミホークの射程範囲であることに変わりはない。彼が放った一振りを寸で避けたルフィだったが、しかし黒刀の斬撃は、氷の壁と化していた津波を斬り裂いた。ずれ落ちていく氷塊は砕け散り、隕石のように海や軍艦へ降り注がれていった。


「あれが世界一の斬撃……」

「あんなの食らえばひとたまりもねェぞ……!」


逃げるルフィを追いかけ、ミホークは次々に斬撃を飛ばしていく。そんな二人のそばに、クロコダイルの放った砂嵐が近づいてきていた。ルフィはその中で巻き込まれているキャプテン・バギーを見つけて手を伸ばしたと思うと、あろうことか彼を身代わりに、黒刀を受け止めた。

真っ二つにされたバギーの体だったが、しかしそれを意にも介さず、バギーはルフィに怒鳴り散らしている。だがそんな彼を無慈悲にもミホークへ投げ飛ばし、バギーの体は千切りのように細かに切り刻まれた。しかし、刻まれたバギーの体は一瞬でくっついて、元の姿へと戻っていった。

好き放題にされた怒りのままに、バギーは靴から小さな玉を飛ばした。だが簡単に打ち返されと思うと、小さな爆発が起こった。ルフィはその隙に、ミホークの横を通り抜けて広場の方へと走っていく。

それを逃すわけもなく、ミホークはルフィを追いかけていく。そこの乱入して黒刀を受け止めたのは、白ひげ五番隊隊長、“花剣のビスタ”。彼は両手に持った二本の剣を巧みに使い、ミホークを足止めしている。

刻々と迫る処刑時刻を前に、次々と明らかになっていく衝撃的事実。鉄壁の大監獄「インペルダウン」で、まさかの二百人を超える大脱走劇に、戦場へとなだれ込む名だたる凶悪な囚人達。目の前に映し出されるのは、まるでこの世とは、同じ世界で起きているとは思えない光景。それは世界の歴史を塗り替えるほどの、まさに頂上決戦だった。

世界中の人々はただ息を呑み、ここに託された揺れ動く未来を、見守ることしかできない。

エヴァは必死に兄を助けんとするルフィの姿を見つめながら、グッと唇を噛み締めた。自分にも彼のような勇気が、無謀さが、強さがあったのなら。そうすれば、あの時――。

今更悔やんだところで、もうどうにもなりはしないことなどわかっているというのに。それに、あれがあの時の最善であったのは確かだと、頭では理解できている。それでも、目の前の光景を見ていると、どうにも後悔が押し寄せてやまない。エヴァは記憶に思いを馳せながら、悔しげに表情を歪めていった。


「あれ?」

「おい、処刑の準備が始まったぞ!?」


騒めきから聞こえてきた言葉に、エヴァは僅かに反応を示す。顔を上げた彼女が映像を確認すると、確かに処刑の準備が進められていた。しかしまだ予定時刻よりも随分と早く、映像の前に集まっている人々は困惑とどよめきを見せている。

着々と処刑準備を進められる最中、海賊達は大急ぎに広場へと向かっていく。そんな時、湾頭から何者かが海賊達の船を破壊した。見れば、そこには何体ものバーソロミュー・くまの姿が並んでいた。

開戦より約一時間半の死闘を経た頃、「海軍」は大きく仕掛けてきたのだ。戦争は急速に流れを変えていき、そして、最終局面へと一気に雪崩れ込んでいった。