- ナノ -

理由などそれだけで充分だった



海賊達を陸に上げぬため、海軍は休む間も無く砲撃を続ける。それをものともせず、海賊達は広場へ向かっていく。そんな氷上の戦場に、巨人など目でもないようなほど、巨大な影と足音が近付いてきた。


「行けェ、リトルオーズJr.!」


その巨大な影――“国引きオーズ”の子孫である、リトルオーズJr.と呼ばれる巨体は、一つ雄叫びを上げた。

あのような巨体に侵入されてしまえば、海賊達の突破口となり、海兵達もタダではすまないだろう。最悪、マリンフォード崩壊の可能性だってある。中将達はオーズJr.を見上げると、皆に湾内の侵入を阻止するように指示を出した。


『オーズ!駄目だ!お前のデカさじゃあ、標的にされるだけだ!!』

『エースぐん!今そごへ行ぐぞォオオ!』


海軍の巨人部隊もまた、オーズJr.に狙いを定めて動きはじめる。オーズJr.はエースにそう叫ぶと、自身に銃撃してくる軍艦を軽々持ち上げ、向かってくる巨人達に放り投げた。その勢いは巨人数人がかりでも受け止めきれず、彼らは軍艦と共に湾内の壁に押し込まれた。


『オーズが湾内への突破口を開いたぞォ!』

『続けェ〜!!』


海軍は湾内のラインを固めるため下がっていき、海賊達を広場へ上げるまいと抵抗を見せる。オーズJr.は巨人達を諸共せず、むしろ力で押しており、簡単に海軍を叩き斬ると、一人どんどんと進んでいく。そんな彼に忠告するように言葉を飛ばす白ひげだが、オーズJr.は一刻も早くエースを助けたいのだと言葉を返した。


『わかってらァ……てめェら!尻を拭ってやれ!オーズを援護しろォ!!』


白ひげの指示を受け、海賊達は突破口を作るオーズJr.の援護へと回っていく。

少しずつ湾内へ近付いていくオーズJr.は、ついに七武海の目前までにじり寄っていた。そんな彼の前に、くまが歩み出る。彼はオーズJr.を見上げ、両手のひらで挟み込むように、圧縮された周囲の大気を手の中へ納める。それを、オーズJr.めがけて放った。ゆっくりと向かっていたそれがオーズJr.の腹部に当たった瞬間、絶大な衝撃波となり彼と、そして周囲を襲った。


『オーズ!!やめろ……!ここへは来れねェ!!』


その威力は、オーズJrをたった一撃でボロボロにし、その巨体に膝をつかせるほど。オーズJr.の姿に、彼を止めようとエースは必死に声を張り上げている。だがオーズJr.は、落ちてしまった自身の編笠をじっと見つめた。それは以前、エースが自分のためにと編んでくれた、彼からのプレゼントであった。その当時のことを思い出し、オーズJr.はゆっくりと立ち上がったと思うと、再び湾内へと歩きはじめる。

額から血を流しながらも、オーズJr.は歩を止めない。そんな彼の巨体は格好の的であり、砲撃は彼の体に命中していく。ぐらりと傾く体で踏ん張り、オーズJr.はドフラミンゴ目掛けて拳を叩きをこんだ。その威力に、壁は簡単に粉々に砕け散る。だが、そこには既にドフラミンゴの姿はなかった。

ドフラミンゴは愉快そうに笑いながら、オーズJr.の頭上を飛んでいた。それを見上げたオーズJr.は、自身の異変に気付く。だがそれも遅く、彼の片足が何かによって切り落とされた。それでも彼は、広場へ踏み込み、処刑台にいるエースへと必死に手を伸ばした。

もう少しで、その大きな手のひらがエースへ届く。そんな時、彼の身をモリアの影が突き刺した。それでもエースへ手を伸ばしたオーズJr.だったが、既にくまの攻撃や、数々の砲撃でダメージが蓄積されていたこともあり、エースへと手を伸ばした姿のまま、その体はうつ伏せに倒れていった。

倒れ伏したオーズJr.の姿を見つめていた白ひげに、中将ロンズが攻撃を仕掛ける。だが彼の巨大な斧を振動で破壊したと思うと、頭部を鷲掴んで地面に叩きつけて振動を与え、投げ捨てた。巨人族、しかも中将が一捻りでやられたという事実に、“白ひげ”と呼ばれる男の強さを改めて見せつけられ、一端の海兵は恐怖に青ざめたような顔を浮かべる。


『オーズを踏み越えて、進めェ!!』


白ひげはオーズJr.の姿に一度目を伏せたが、皆にそう指示を出した。海賊達は突破口を作ってくれたオーズJr.の体を道に、広場へと駆け上がっていく。

戦場では海賊も海兵も、次々に倒れていく。しかし両者足を止めることも、戦意を失うこともなく、果敢に立ち向かっていた。そんな姿に、中継を見つめる島民達は息を呑み、呆然と映像を見上げている。

オーズJr.と“氷の魔女”ホワイティ・ベイにより、湾頭は二箇所の突破口が開かれた。海賊達はそこから大きく攻め込んでいく。そんな中、海軍の英雄である中将ガープが処刑台へ上がる。いったい何をするのかと思えば、彼は二、三人分ほどの間を空けて、エースの隣に胡座をかいて座った。

何を話しているのかはわからない。しかし、遠目ながらにも僅かに肩を震わせているのが、エヴァにはわかった。ガープとエースの関係性など彼女には当然知る由もなければ、彼から聞いてもいない。だが、二人がそう浅い仲でないことは察することができた。

そして――それは突然だった。続々と犠牲者が増え続けていくなか、海軍も海兵も何かを察知して、上空を見上げはじめたのだ。徐々に近付く多くの声に、皆がそちらを見ている。


「おい、どっかから声が聞こえないか?」

「空に何かあるの?」


皆が異変を感じて数秒後、電伝虫が映す映像に、その答えが映し出された。ジョズが持ち上げた氷塊によりぽっかりと空いていた海に、ピンポイントで軍艦が落ちてきたのだ。いったい誰の仕業だとどよめきが広がる中、犯人が姿を見せた。


『――エ〜ス〜!!』

『……ルフィ!!』

『エ〜ス〜!やっと会えたァ!!』


元王下七武海のサー・クロコダイル、ジンベエ、革命軍のエンポリオ・イワンコフ。そして――シャボンディ諸島で行方不明となった、モンキー・D・ルフィ。そんな彼らの背後には、過去名を馳せ、今はインペルダウンに投獄されているはずの海賊達がいた。

突然の登場に、海軍も海賊も、驚きで目を見張っている。何をするのかとエヴァが訝しがっていれば、クロコダイルが白ひげに攻撃を仕掛けようとしていた。彼の片腕――義手なのかフックになっている――が白ひげの体へと向けられる。しかし、それをルフィが間一髪で阻止してみせた。

突然に戦場へ落ちてきたルフィの目的は、白ひげ海賊団同様にポートガス・D・エースの奪還。それを白ひげも理解しているようだが、彼は威圧するような鋭い眼光で、ルフィを見下ろした。


『相手が誰だかわかってんだろうな……おめェごときじゃ、命はねェぞ!』

『うるせェ!お前がそんなこと決めんな!おれは知ってんだぞ……お前、“海賊王”になりてェんだろ!“海賊王”になるのはおれだ!!』


普通ならば意識を保つことさえ難しいような、そんな男を前にして、ルフィはそう啖呵を切った。その命知らずとも言える行動に、海賊も海軍も度肝を抜いている。

ピキリと、白ひげのこめかみに青筋が立った。彼は薙刀を頭上で回しはじめ、その風圧で竜巻でもできてしまいそうだった。薙刀をルフィへ振り下ろすのか、そう思われたが、白ひげは柄の先を地面に叩きつけ、口角を上げた。


『足引っ張りやがったら承知しねェぞ、ハナッタレ!!』

『おれはおれのやりてェようにやる!エースはおれが助ける!!』


意気投合とは言わないが、しかし互いに協力する形でおさまりはしたようだった。だが、あの“白ひげ”に張り合っている光景に、周囲は声も出ずに愕然としている。

二人はどうやら話をしているようだが、突然にルフィは飛び出した。そんな彼に続くように、白ひげ海賊団の隊長達や、ジンベエ、イワンコフ達が続いていく。そんな彼らを阻止すべくルフィの前に立ち塞がったボルサリーノは、向かってくるルフィに向けて蹴りを放つ。彼の足から放たれたレーザーは、巨大な爆発を起こした。

それを、イワンコフがウインク一つで衝撃波のようなものを生み、ルフィの体をレーザーからそらすことで危機を救った。だがそこに追撃するようにレーザーを放ったのは、くま。イワンコフはその大きな体を宙で回転させながら、レーザーを器用に避けてみせた。

ルフィはくまをイワンコフに任せ、広場へと駆けていく。そこに現れたのは“黒檻のヒナ”。彼女は両腕から檻を広げると、その檻でルフィを囲い込む。そのままルフィを檻に挟み込もうとするも、目にも止まらぬ速さでルフィは檻の範囲内を抜け出した。

次々襲いかかる海兵を相手しながら、ルフィは処刑台に向かっていく。しかしマリンフォードに集められた者は、皆実力のある海兵達であり、今彼の相手をしている海兵は皆将校クラス。そのため、流石のルフィもそう簡単には広場へ近付けないようだった。そんな彼の前に降り立ったモリアは、ゾンビ兵を生み出すとルフィを捕獲するよう命じた。

戦場であるマリンフォードでは、当然辺りに死体が転がっている。そのためゾンビを増やすことは雑作もない。どんどん増えていく敵の数に、ルフィは攻撃を受けながらも返り討ちにしていく。


『来るな!ルフィ!!』


そんな弟の姿を見つめていたエースが、大声で叫んだ。


『わかってるはずだぞ!おれもお前も海賊なんだ!思うままの海へ進んだはずだ!!おれにはおれの冒険がある!おれにはおれの仲間がいる!お前に立ち入られる筋合いはねェ!!』


怒鳴るように、咎めるように。進むことを止めないルフィへと、エースは声を荒げ続ける。


『お前みてェな弱虫がおれを助けにくるなんて……それをおれが許すとでも思ってんのか!?こんな屈辱はねェ!帰れよルフィ!!何故来たんだ!!』


そう言い放ち、エースは顔を俯かせた。その姿を見つめながら、エヴァはエースとの会話を思い出す。


「ルフィは泣き虫で弱虫で、おれらの後ろをついて回って……あの頃はちと鬱陶しくもあったが、今思い出せばかわいいもんだよ」

「火拳さんは、弟さんが好きなんですね」

「まァな。おれのたった一人の弟なんだ。あいつが立派になるまでは死ねないな」



彼は、弟を巻き込みたくないのだろう。たった一人の、大事な弟を。だから追い返そうとあんなことを言っている。それを察したエヴァは、苦しそうに顔を俯かせた。


『――おれは、弟だ!!』


戦場の激しさを伝える爆撃音に混ざって聞こえた言葉に、エヴァは顔を上げた。

弟だから。それだけを理由に、彼はマリンフォードの戦場に立っている。彼以外にも、エースを仲間だと呼ぶ海賊達が、家族だと呼ぶ海賊達が、息子だと呼ぶ男が、彼を取り返さんとしている。

自分は、何をしているのだろう。ふとエヴァは、そんなことを考えた。友人だと呼んでくれた彼の処刑の様子を、こうして眺めているだけの自分は。向こうが勝手にそう言っているだけだと、私は気にする必要なんてないんだと、冷めた自分は囁いている。しかしどこか、胸の奥の奥の方にいる自分が、彼の死を拒んでいる。

それはどうしてなのか。彼が自分と似ているからなのか。それも一つであるのだろう。だが、それだけではない。もっと別の理由があるようで、けれどもそれがわからない。


『何をしてる。たかだかルーキー一人に戦況を左右されるな!その男もまた、未来の「有害因子」!幼い頃エースと共に育った義兄弟であり、その血筋は――「革命家」ドラゴンの実の息子だ!!』


思考の渦にハマっていたエヴァは、映像から聞こえてきたセンゴクの声に意識を戻した。

ドラゴンとは、革命軍のトップであり、「世界最悪の犯罪者」として知られている男だ。その事実に記者達はまたも慌てふためいている。


「ドラゴンのところ?バカも休み休み言え。あそこの奴らのほとんどが、コイツの敵のようなもんじゃねえか。たとえトップが許したとして、部下共全員が受け入れやしねェだろ」


脳内で再生された声を聞きながら、エヴァは映像を見つめる。ロジャーまでとはいかずとも、ドラゴンもまた海軍にとっては巨悪に変わりはない。そんな男の子供を、みすみす見逃すような真似はしないだろう。


『好きなだけなんとでも言えェ!おれは死んでも助けるぞォオ!!』


相当なリスクを犯して、今後政府により追われる立場となるにもかかわらず、それをものともしない強さ。それがエヴァには、ひどく羨ましく思えてしまった。