- ナノ -

これは終末の予兆



不自然なまでに静まり返っていたマリンフォードに、どこから現れたのか、突如海賊船の大艦隊が迫ってきていた。“遊騎士ドーマ”、“雷卿マクガイ”、“ディカルバン兄弟”、“大渦蜘蛛スクアード”など、何れも“新世界”に名の轟く、“白ひげ”の傘下である船長達が連なっている。

海軍が“白ひげ”の姿を探す最中、湾内の中央。泡が海面に浮かんできたと思えば、海上へと影が浮かび上がっていき、それはどんどん大きさを増していく。水面に波紋が広がりはじめ、そうして海中から、巨大な船が身を乗り出すように姿を現した。

モビー・ディック号――白ひげ海賊団の船と、次いで三隻の船が海上へと浮かび上がってきた。その甲板には、白ひげ海賊団の隊長達の姿もあった。


『グララララ……何十年ぶりだ?センゴク……』


カツン、カツン、と音を立てながら、一人の男が白鯨を模した船首の上に姿を見せる。途端、マリンフォードに走る緊張感。


『おれの愛する息子は、無事なんだろうな……!』


“白ひげ”エドワード・ニューゲートその人。齢七十を越えた身でありながら、その屈強な体躯や鋭い眼力、醸し出される威圧感は衰えを知らないかのように、彼は堂々とマリンフォードに君臨した。

白ひげと海軍との睨み合い、先に動いたのは白ひげだった。彼は突然に両腕で空気を殴りつけたと思うと、大気に亀裂が走り、ミシミシと音を立てる。途端、モビー・ディック号の両隣から爆発したかのように、ボコリと水面が膨み上がる。その大きな揺れに、海兵達はたちまち慌てふためいた。

しかしそれも少しするとおさまり、海兵達は今のは何だったんだと、困惑しながら白ひげの姿を見つめていた。


『……オヤジ……みんな……おれはみんなの忠告を無視して飛び出したのに……何で見捨ててくれなかったんだよォ!おれの身勝手でこうなっちまったのに……!!』


そう叫ぶエースの声も、表情も、悲痛にまみれていた。自分のために、自分のせいで、仲間が危険に身を投じることになった。それが彼には耐えられなかったのだ。そんな息子の言葉に、白ひげは淡々とした態度で「いいや」とこぼす。


『おれは行けと言ったはずだぜ、息子よ』

『なっ……!?バカ言ってんじゃねェよ!あんたがあの時止めたのに、おれは……!』

『おれは行けと言った……そうだろ、マルコ』


エースの言葉を否定し、白ひげはそばに控えていた一番隊の隊長、マルコの方へ視線だけを寄越した。そんな彼に、マルコは同意するように「自分も聞いていた」と発言する。


『とんだ苦労かけちまったなァ、エース……この海じゃ、誰もが知ってるはずだ……おれ達の仲間に手を出せば、いったいどうなるかってことくらいなァ!』


途端、海上から湧き上がるのは、エースを奪還せしと集った海賊たちの気合に満ちた声。誰も彼もがエースの命を救わんと、覚悟を持ってこのマリンフォードへ現れたのだ。

両者揃い踏み、今か今かと緊張の糸が張り詰められているなか、突然に水位が減っていく。そうして、恐ろしいほどの地鳴りが辺りに響いた。海兵達は地面にまっすぐに立つことも困難な揺れに襲われ、状況を把握できていない様子。

そんな彼らのもとに向かってくるのは、巨大な波の塊。先程白ひげが仕掛けた海震が、大津波と変わって戻ってきたのだ。その波は、海軍本部を遥かに超える高さを持って、マリンフォードに襲いかからんとしていた。

白ひげが食べたのは“グラグラの実”。即ち彼は、地震人間。天災とも呼べる災害を、己で引き起こすことができるその力は、いとも簡単に世界を壊すことを可能とする。この津波がそれを事実として見せていた。


「ああ……始まるぞ……戦争が!」


“白ひげ”率いる四十七隻の海賊艦隊と、政府の二大勢力“海軍本部”と“王下七武海”による戦争が、たった今始まった。この戦争はどのような結末を迎えたとしても、時代が変わることに違いはなかった。

あまりの出来事に逃げ出すこともできない海兵をよそに、白ひげは大きな笑い声を上げる。このままではマリンフォードは沈められるだろう時、処刑台の眼下に腰掛けていたクザンが飛び出した。彼は宙高く飛び、両手から氷を飛ばしたと思うと、瞬く間に津波を氷漬けにしてみせた。

彼はそのまま、白ひげ目掛けて氷でできたトライデントを飛ばす。だが、白ひげは焦ることなく、拳一つで起こした震動で、トライデントのみならず、自身の体を凍らせているクザンをも砕いた。だが砕けた氷は海へ落ちていくと、たちまちクザンの姿へと変わり、一瞬で湾内の海を凍らせた。これにより、海賊達は艦の動きを封じられてしまう。

その隙を突かんばかりに、湾岸に沿うように配置されている大砲が、モビー・ディック号を破壊しようと、一斉に砲撃をはじめる。それを恐れることなく、隊長達に続くように、海賊達は氷を足場に、広場目掛けて走り出した。それを阻止せんと現れたのは、海軍本部の中将たちだ。


『薙ぎ倒して湾内へ進めェ〜!!』


至る所から聞こえる銃撃戦や爆破音は、戦争の開始を表していた。白ひげ海賊団とその傘下達が海兵や中将を相手取っているなか、最前列で仁王立ちをしていたミホークが、一歩前へ出た。背負った巨大な黒刀を抜いたと思うと、彼は思いきり振り下ろした。

たった一太刀。世界最強の剣士と名高い男が振り下ろした刃から放たれた斬撃が、氷の海を割りながら白ひげへと一直線へ向かっていく。食らえばひとたまりもないだろうその斬撃を前に、白ひげは眉一つ動かすことなく、仁王立ちのまま動かない。皆がハラハラと見つめる中、氷上に響いたのは、大きな金属音。

モビー・ディックの前方で、世界一の斬撃が受け止められ、上空へと飛ばされたのだ。晴れた煙から姿を見せたのは、その体躯のほとんどをダイヤモンドで覆っている、一人の男――三番隊隊長“ダイヤモンド”・ジョズ。その体には傷一つ見られず、まさにダイヤモンドの如き硬度を誇っている。

“鷹の目”と称されるミホークの眼力は、その視線だけで相手を威圧する、圧倒的な強者たる気風やオーラを持っている。それを見つめながらも顔色一つ変えぬジョズを見つめ、ミホークは刀を納めた。その行動に、ジョズはスッと笑みを浮かべる。

海軍の砲撃部隊は、後方にいる傘下の海賊船に狙いを定めているようで、そちらに集中して砲撃をはじめた。

そんな中、次に動いたのはボルサリーノだ。彼もまた白ひげに照準を定め、光の弾丸を放つ。だが、それを全て防いだのは、全身に青い炎を纏ったマルコ。ボルサリーノの攻撃を真正面から受けたにもかかわらず、意にも介していない。その両腕はまるで巨大な翼を象っており、幻想的な美しさを有していた。

悪魔の実は、大きく三つに分類される。「超人パラミシア系」、「動物ゾオン系」、そして三つの中でも希少価値の高い「自然ロギア系」。しかしその自然系よりも希少とされているのが、動物系「古代種」と、もう一つ。動物系「幻獣種」。

マルコもまた、その動物系「幻獣種」の実の能力の一人。いかなる攻撃を受けても、炎と共に再生する。それが、彼が“不死鳥マルコ”と呼ばれる由縁であった。

マルコの姿が鳥へと変わったと思うと、ボルサリーノの攻撃を軽々受けながら接近していく。そうして元の姿に戻り、彼に強烈な蹴りを叩き込んだ。それをボルサリーノは、片腕で受け止めたと思うと、彼は地面へと叩き落とされた。

ボルサリーノの呼び声に、巨人部隊が武器を構えた。そこに、ジョズが腕力だけで海上を凍らせた氷を砕き、巨大な氷塊を本部目掛けて投げ込んだ。迫ってくる氷塊を見上げたサカヅキがゆっくりと立ち上がったと思うと、彼の片腕が途端に燃えたぎり、マグマのようにグツグツと煮えていく。それは巨大な拳を模して、落ちてくる氷塊に叩き込まれた。

爆発音と氷塊が溶ける音が響き、巨大であった氷塊が跡形もなく蒸発する。そうして、火山弾が氷上へと降り注がれていった。それは湾内に現れた船の一隻を一撃で打ち壊すほどの威力。燃え盛る船から命からがら逃げ出す船員達の姿は、この世の終わりかのようだった。

船首から動ないまま、白ひげは自身に向かってくる火山弾の一つを、手に持つ薙刀で容易に受け止め、息を吹きかけてマグマを消して見せると、不敵に笑った。