- ナノ -

言い訳を探す悪い癖


わたしがカルデアに来たのは、医療班としてスカウトされたのがきっかけである。そのため医療スタッフとして働いているのだが、その実マスター適正というものも持っていると知ったのは、カルデアに来てから行った健診でだった。

では、わたしはマスター候補に加えられたかと言えば答えはノーだ。何せわたしにはレイシフト適性がなかった。ゼロではないが、値が低いのだ。また、わたしは魔術の「ま」の字も知らない一般人。そのためマスター適性を持ちつつも候補にはならず、医療班で働いていた。

しかしゲーティアによる人理焼却や、異星の神による人理漂白など立て続けに起きた人理の危機。藤丸くんは唯一生き残ったカルデアのマスターとして日々奮闘し、わたしも僅かに生存できたスタッフとして仕事に明け暮れていた。

そんななかで、わたしがサーヴァントを召喚することはなかった。わたしはレイシフトが行えないし、ただの一スタッフだ。そのためサーヴァントを召喚する必要性がなかったのだ。そのためいくつかの異聞帯を攻略していったが、その間も召喚はもちろんサーヴァントとの契約もしていなかった。


「わたしが、サーヴァントを召喚、ですか?」


今日も今日とて、いつも通りの業務をこなしていたところ、管制室への呼び出しを受けたわたしは、現在所長とダ・ヴィンチさんの前にいる。何か仕事中にミスを犯しただろうかと内心恐々としつつ話を聞けば、サーヴァントの召喚をしてほしい、ということだった。


「うん。召喚じゃなくとも、今召喚に応じてくれている内の誰かと契約をしてくれる、ってだけでもいい」

「理由をお聞きしても?」

「端的に言えば、万が一を考えてのことだ」


カルデアのサーヴァントは、その大半がカルデアからの魔力供給を受けて現界している。だがそれが、裏を返せばカルデアの魔力供給が途切れてしまえば、途端にサーヴァントたちは退去してしまうということでもある。しかし多くのサーヴァントを現界させるほどの魔力を一人のマスターが賄えるわけがない。当然、マスター適性のあるわたしが半分を請け負っても結果は同じだ。

そのため、もし万が一何らかの不具合や襲撃などで、魔力供給に割く電力が使用できなくなった場合のために、動けるサーヴァントがいてほしい、とのことだった。

なるほど、と二人の言葉に納得する。確かに万が一、念のために備えるのは大事なことだと。


「ありがとう、助かるよ。じゃあどうする?召喚でも、今いる誰かとの契約でも」

「相手への説明も必要になる。余程気難しい相手でない限り、承諾してくれるとは思うが……」

「そうですね……」


たとえば今現界してくれているサーヴァントの方々の内、誰か一人を選ぶとして。真っ先に浮かんだのは、アスクレピオス先生だ。今現在の医療班の要と言ってもいい存在であることに間違いはない。しかし、仮に彼の現界が叶わなくなったとしても、ネモ・ナースさんがいる。技術面もダ・ヴィンチさんや他のネモさんたちもいるので、戦闘面に優れたサーヴァントの方がいいかもしれない。

けれど、戦場に立ったことのないわたしに、果たして彼らは契約を持ちかけ、頷いてくれるかどうか。これが藤丸くんの提案ならば上手く事が進むかもしれないが、わたしは一介のスタッフに過ぎない女だ。

それを考えると、今いるサーヴァントの方に話を持ちかけるよりも、召喚したサーヴァントの方とそのまま契約を結ぶ方がまだ拗れたりせずに済むのかもしれない。


「――決めました。召喚でお願いします」


二人にわたしの考えを話せば、わかったと頷いてくれた。善は急げと、ダ・ヴィンチさんに促されるまま管制室を出たわたしは、道中会った藤丸くんも共に、召喚室を訪れた。


「なんか、人の召喚見るのって、自分がするのとはまた違ったドキドキ感ある……!」


後ろで目を輝かせる藤丸くんに苦笑いをしつつ、深呼吸を一つ。サークルの前に立ったわたしは、先程与えられたカルデア式令呪の刻まれた手を見つめ、サークルの方へ突き出した。

起動させた召喚サークルがたちまち光を放ち、バチバチと火花が散るような音をさせていく。

サークルから放たれた光に、思わず目を閉じる。数秒すると、瞼越しにも感じた眩さが徐々に小さくなっていったのがわかって、恐る恐る目を開ければ、サークルの真ん中に、人が立っていた。

赤みを帯びた短髪に、赤い瞳の三白眼。三味線を背負った細身の男。その姿を視界に捉え、認識した途端、え、と無意識に声が漏れた。


「やあやあ、僕が超弩級アーチャーこと、長州が生んだ奇跡の、って…………は?」


気分良さげに、愉快そうに、召喚された際の口上を述べていた声が止まる。しっかりと、わたしと彼との目が合った。彼は驚いたような顔をしているが、きっとわたしも同じ表情を浮かべているはずだ。

後ろに控えている所長や藤丸くん、ダ・ヴィンチさんたちは、お互い無言で見つめ合っているわたしたちに、多分不思議そうにしていると思う。

けれども、しかし、仕方がないのだ。だってまさか、彼が来るなんて思ってもいなかったから。

――なんでも、サーヴァントを召喚するにあたって、触媒と呼ばれる、その英霊とゆかりの深いものを用いると、指定したサーヴァントを召喚させることができるらしい。また、触媒が複数の英霊に対応していた場合は、マスターとの相性が良い英霊が召喚されるそうだ。たとえば「円卓の欠片」を使えば円卓の騎士の内の誰かが。「アルゴー船の残骸」ならば、アルゴノーツに所属していた誰かが。


「…………ナマエ?」


さて、この場合。わたし自身が触媒としての機能を有していた、ということになるのだろうか。













高杉晋作。山口県は萩で生まれ、坂本龍馬や新撰組と同じく幕末の時代を生きた人。そして何を隠そう、わたしの夫である。正確に言うと前世のわたしの、だが。

そんな彼が召喚されてから一週間。わたしはいつも通りの仕事に務める日々をおくっている。サーヴァントを召喚したからと言ってマスターに転向なんてことはないし、マスターとしての役割を果たすこともない。あくまで一スタッフ、万が一のための召喚である。

あの直後、召喚室はてんやわんやであった。晋作さんはいち早く状況を理解すると大喜びな顔でわたしを抱きしめて、何が何だかわかっていなかった藤丸くんたちに、わたしを自分の妻だと紹介するものだから、当然彼らは驚く。混乱気味な所長や藤丸くんに落ち着いてもらい、まずわたしと彼との関係を簡単に説明。そして晋作さんにも召喚理由を説明し、納得してもらった。

そのため室内の混乱は、晋作さんが召喚されてすぐだけだった。契約も彼は拒否することなく、むしろ乗り気で頷いてくれたのだが、一つ条件を提示された。

それは、「わたしを前線に出さない」こと。その条件を断る理由はなく、わたしはマスターに転向するわけではない。そのため承諾が難しいものではなかったため、所長もダ・ヴィンチさんもあっさりと条件を呑んだ。

そんなわけで、わたしは何の縁か前世の旦那のマスターとなってしまった。

晋作さんは普段はカルデア内で好きに過ごし、藤丸くんに頼まれればカルデアのサーヴァントとして協力もしてくれている。ここには坂本さんや岡田さんなど、懐かしい知人もいるし、彼が興味を持つだろう英雄たちも数多く所属している。毎日楽しく生活できているので何よりだ。

何より、なのだが。


「ナマエ」


ベッドに腰掛けたわたしの前に立っている彼の手は、わたしの両頬を包んでいる。微笑む彼と視線が絡んで、膝の上で手を握りながら、ギュッと目を瞑った。フッと彼が笑った音が聞こえて数秒後、唇に触れる熱に手を一層強く握った。

晋作さんは必ず夜になるとわたしの部屋に来て一緒に寝るのだが、召喚されて三日ほど経った夜から、こうしてキスをされるようになった。最初はあまりにも突然のことに何の反応もできなかったが、二度目は止めたのだ。

今のわたしと彼はマスターとサーヴァント。恋人でも夫婦でもないのだ。それなのに、そういう行為をするのはよろしくない。わたしの頭の中ではそんな思考がぐるぐると回っていたわけだが、晋作さんはキョトンとした顔で、ナマエは相変わらず照れ屋だ、なんて笑うだけ。

あまりにも平然としている彼とは対照的に、わたしは混乱していた。何か理由があるはずだと尋ねてみれば、不思議そうな顔をされたのは記憶に新しい。


「何でって……変なことを聞くんだな、ナマエは。僕とナマエなんだから、これくらい、おかしいことじゃないだろ?」


そう言ってわたしを抱きしめた晋作さんの返答を、わたしはしばし考えていた。わたしと彼、すなわちマスターとサーヴァント。この関係性の中ではこれくらい普通のことなのか。生憎わたしにはマスターとしての知識なんてほとんどないので、自分なりに様々調べてみたところ、該当する情報があった。

曰く、魔力供給の一環らしい。サーヴァントとパスが繋がっているなら、何もせずに魔力を送ることができるとのことで、本来は必要ないもの。そもそも、物理的な方法での魔力供給は非効率的だそうだ。

晋作さんには、充分に魔力は供給できている。だからこそ彼は現界できているわけで、だからまあ、わたしとのこの行為も非効率的な上に、大して必要ないはずのことなのだ。けれど、それ以外に理由が見当たらない。だからきっと、これはそういうことな、はず。

触れるだけキスを何度も繰り返しながら、彼は指先でわたしの目尻をそっと撫でる。そうして頬から離れた右手は、膝の上で握られているわたしの片手を取り、指を絡めるようにして握られた。

生前でも、ここまでスキンシップを取られたことはない。そもそも晋作さんはほとんど家にいなかったので、それも当然なのだけど。夫婦であった頃よりも、所謂主従的な関係となる今の方が男女のスキンシップが多いというのは、なんだか複雑である。

彼の触れる部分が、熱い。きっとわたしの肌が真っ赤になってしまっているから。鏡を見れないので定かではないけれど、耳どころか首まで染まっているのではないかと思う。ここ数日同じことを繰り返しているけれど、慣れることはなさそうで。


「ナマエ」


内緒話をするみたく囁き声で呼ばれた名前は、本当に自分を指しているのかと困惑してしまう。おずおずと目を開ければ、至近距離で目が合って、思わず身体が強張った。手の甲をそっと撫でられながら、ゆるりと細まる赤い瞳がわたしをジリリと焼いていく。

わたしとこの人は、あくまでマスターとサーヴァント。今はもうそれ以上でも以下でもないはずなのに。

まるで、大事なものを手に取るようにわたしに接するものだから、変な勘違いをしてしまいそうで、胸が苦しい。













ハッと目が覚めて、瞬きを三回。目の前で眠っている晋作さんの顔をやや呆然と見つめながら、寝起きのわりに覚醒できている頭で、記憶を思い返す。

夢を見ていた。過去のことではなく、まったくもって記憶にない夢だ。わたしが、サーヴァントである晋作さんを召喚するという、とても不思議な内容だった。けれども夢の中のわたしの心情はリアルで。もしわたしが夢の中の自分の立場であったなら、同じことを考えていたと確信を持って言えた。


「ん……?ナマエ……?」


寝起き特有の、少し舌足らずな声で呼ばれ、反射で返事をする。薄らと目を開けている彼はじっとわたしを見つめており、背中にまわっていた手が、わたしの顔に垂れていた髪をどけた。


「おはようございます、晋作さん」

「うん……おはよう……」


まだ眠いのだろう、ぼんやりとした表情をしている。それが少し梅之進に似ていて――この場合、梅之進の方が晋作さんに似ているのだが――少し微笑ましく思う。

髪から目尻、目尻から頬へ手のひらが移動すると、ゆるゆると撫でられる。それにくすぐったさを感じてつい笑い声をこぼすと、晋作さんは少し口角を上げて、わたしの額に口づけた。

ふと、夢を思い出す。


「あの……変なことを、聞くのですが……」

「うん?」


そう前置きをしつつ、まだ覚醒しきっていない晋作さんに、夢のことは秘密なままにして、もしわたしが晋作さんのマスターだったら、と「もしも」の話を持ち出した。

もしわたしがマスター適性を持っていて、晋作さんを召喚したら、どんな風にわたしと接するのか。それを尋ねてみると、彼は瞳をぱちりと瞬かせながら、んー、と声を漏らしてわたしの髪を撫でた、


「どんなも何も、今と変わらないよ。ああでも、ナマエを前線には出したくないからなあ……その辺りは要交渉で……」

「今と変わらない、ってことは、その……こういう、今してるようなスキンシップも込みだったり……」

「ん?そりゃあもちろん」


楽しそうに笑って、今度はわたしの目尻に唇が寄せられる。


「それは、魔力供給の意味合いがあったりとか……」


恐る恐る、一番気になっている部分について触れてみる。夢の中のわたしは、マスターとサーヴァントという関係性から彼の行動を「魔力供給」と捉えた。正直な話、わたしもそれに頷いてしまうところはある。ただ、彼はわたしが思っている以上にわたしのことを大事に想ってくれていることを知ったから、悲観的になりすぎている可能性は高い。

やや緊張気味に晋作さんの言葉を待っていれば、彼は驚いたように目を丸くさせて、ええ、と眉を寄せた。


「アレは非効率的で、供給される量もたかが知れてるから、よっぽどのことじゃない限り、やる意味ないし……」


長い指先がわたしの頬を滑り、唇に触れた。


「そもそも、僕とナマエに、そんな『魔力供給』って言い訳じみたことはいらないよ。だって僕たち、夫婦なんだから」


緩んだで細まった瞳に見つめられる。愛おしそうな表情から、大事なものに触れるような手先から、彼の愛が充分過ぎるほど伝わってきて、胸がじんわりと温かくなっていく。


「そうですね……ふふっ、そうですよね」

「うん?そうだとも。今日はご機嫌だね、ナマエ。何かいい夢でも見たのかい?」


難しく、後ろ向きに考えてしまうのはわたしの良くないところだ。一人で勝手に思い込んで、完結して、傷ついている。夢の中の自分もそれが著実に表れていたが、これで夢の中のわたしも報われることだろう。


「いい夢ではなかったのですが……いえ、いい夢になったの、かも?」


なんだかおかしくなって、笑い声を抑えきれないまま、晋作さんに抱きついた。彼はわたしの様子に不思議そうにしながらも、抱きしめ返してくれた。

夢の内容を話したら、果たして彼はどんな反応をするのだろうか。あまりにも見当違いことを思っていたわたしに、そんなわけがないだろう、と驚いてしまうかも。そんな予想をしながら、不思議な「もしも」の話を聞いてもらうため、口を開いた。