- ナノ -

カルデアが壊滅されたことでスタッフの人数は一気に減少した。そのため、看護師であるわたしが触診や診察をすることはよくあった。けれど医療に長けたサーヴァントの方々も召喚され、触診は主にアスクレピオス先生が受け持ってくれるようになった。とは言え彼もサーヴァントなため、常時医務室にいるわけにもいかない。マスターの要請でレイシフトしたり、時には周回に連れて行かれたりとやることは多い。

わたしはカルデアのスタッフや、藤丸くん、マシュちゃんの触診や診察、定期検査などを行っているのだが、時にはサーヴァントの方々を相手にする時もある。たとえば怪我の処置や、診察などだ。アスクレピオス先生が不在であったり、検査などで人手の足りない時に駆り出されている。

今日は医務室にアスクレピオス先生は不在だったために、わたしが医務室に在中している。と言うのも、先日アヴェンジャークラスの信長さんの頭部が消え去るという事件が起きた。それが解決したと思えば、またも頭部が消えるということが起きたのだ。

二度目の頭部紛失――この言い方で正しいかは謎だが――事件が解決し、無事に頭が戻ってきたことを知った先生が、何か不調があってはいけないと嬉々として信長さんのもとへ向かったのだ。頭部が消えるという稀な症例に、それはもう楽しそうな笑みを浮かべていた。

わたしは今回レイシフトに同行した岡田さんや茶々さんたちをはじめ、新しくカルデアのサーヴァントとして加わった蘭丸さんの診察を行っていた。

それも一段落した頃。医務室に坂本さんが姿を見せた。普段の真っ白なスーツではなく、和服を着ている。お竜さんもセーラー服でなく着物姿だ。なんでも今回のレイシフトで、坂本さんはランサークラスになったのだとか。和服姿の二人は新鮮で、少しばかり凝視してしまう。


「新しいお竜さんの姿を見せにきたぞ、マサ。どうだ、こっちのお竜さんも美少女だろう」

「ええ、とっても素敵です。流石お竜さんですね」

「そうだろうそうだろう」


フフンと自慢げに胸を張る姿が可愛らしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。お竜さんは、もっと近くで見てもいいぞと笑いながら、こちらに近寄った。

お言葉に甘えて着物姿のお竜さんを眺めながら、何か用事があってここに来たのではないかと、坂本さんに尋ねた。


「ああ……ちょっとね。今回の特異点について、何か話は聞いたかい?」

「いえ、何も。でも、岡田さんは少し複雑そうなお顔をされていましたね」


特異点の発生場所は各スタッフに知らされるが、その特異点での出来事や原因の情報に関しては、状況によって共有されたり、されなかったりする。緊急性が高いもの、各自情報共有が必要なものはすぐに知らされる。特に、わたしの所属は医療部。場合によっては帰還次第すぐに治療が必要なこともあるので、その際はすぐに連絡が入る。しかし、たとえば夏の水着サーヴァント云々や、ハロウィン、クリスマスの件などはその類いではない。

そのためわたしは、特異点に関しては記録を見ていないものもある。その分、藤丸くんやマシュちゃんなどから話を聞いたりはしているが、あくまで彼らによる人伝だ。

今回の特異点については、まだ解決したばかりということや、医療部の出番は不要とのことで、詳しいことについてはまだ何も知らない。藤丸くんは現在所長に報告中なため、帰還した彼ともまだ会っていないので、話も聞いていない。ただ、医務室で軽い触診や診察を行っていた際に、岡田さんは何故か始終困ったような表情をしていた。どうかしたのかと尋ねるも、何と言えばいいのかわからない風で、結局理由はわからず仕舞いだ。


「そっか……以蔵さんは、言わない方がいいと思ったのかな……」

「お竜さんはどっちでもいいと思ってるぞ。話したところで、何があるわけでもないしな」

「それはそうなんだけど……」


何やら悩んでいる様子の坂本さんだったが、自分の中で答えを決めたのだろう。彼はわたしをじっと見据えて、口を開いた。


「実は、今回の特異点で、とある人に会ったんだけど……」

「とある人?お知り合いの方ですか?」

「うん」


まず彼は、今回の特異点について掻い摘んで教えてくれた。場所は埼玉。明治と大正をすっ飛ばして、昭和維新真っ只中な日本。発端は戊辰戦争の最中に起こった戊辰聖杯戦争。召喚されたサーヴァントたちは戦いではなく話し合いで勝者を決めようと、史実通り無血開城をするはずが「流血開城」事件が起こり、幕府も薩長も、尽くが血の海に沈み、滅んでしまったそうだ。その結果特異点は消滅せず、聖杯も五騎のサーヴァントも残ってしまった。

以降、魔術を導入した科学力が急速に発達したようだが、反抗勢力である勤王志士たちが蔓延っている。そんな都市が、今回の特異点である「維新都市SAITAMA」らしい。

特異点先で出会ったサーヴァントは四人。一人は武市瑞山。一人は田中新兵衛。一人は出雲阿国。

武市瑞山と言えば、坂本さんや岡田さんと同郷で、土佐勤王党の盟主。SAITAMA基サイタマでは昭和勤王党の首魁として攘夷活動を行なっていたらしい。田中新兵衛は岡田さん同様に幕末四大人斬りの一角、「人斬り新兵衛」その人。武市瑞山と義兄弟になって以降、攘夷浪士として活動していた人物で、今回も武市瑞山のもとで昭和勤王党に属していたそうだ。

出雲阿国は坂本さんたちと年代は異なるが、安土桃山時代の有名な女性芸能者だ。諸国を巡って踊りを披露し、その踊りが様々な変化を遂げ、現在の歌舞伎へと連なったと言われている。


「坂本さんや岡田さんにとっては、昔馴染みの方々との再会でもあったんですね」

「そうだね。状況としては懐かしむ余裕があまりなかったけど、でも、嬉しかったよ」


照れたように笑う坂本さんに、わたしも笑みを返した。カルデアには同年代で活躍した偉人や英雄がいる。坂本さんであれば、新撰組の方々や岡田さんなどがそうだ。けれども生前新撰組の方々と坂本さんたちは追う追われるの関係で、友人とはとても言えない。そのため坂本さんやお竜さんにとっては、カルデアには岡田さんくらいしか昔馴染みの友人、といった相手がいない。

現状こちらには召喚される予定はないようだが、もしかするとひょんなことから再会できるかもしれない。ここでの楽しみが一つ増えたのではないかと尋ねると、坂本さんは嬉しそうに頷いた。


「それで、もう一人はどなただったんです?やはりそちらも顔馴染みの方で?」

「まあ、うん。そうだね」

「でしたら、中岡慎太郎とかですか?それとも、木戸孝允か西郷隆盛……?」


あの時代での坂本さんの知人だろう人の名前を挙げてみるが、彼は苦笑い気味に首を横に振った。当たらずとも遠からず、なようで惜しいかな、と呟くと、少しだけ困ったように髪を掻いた。


「――高杉晋作。出会ったのは、高杉さんだったんだ」


妙に、彼の声が響いたような気がした。それはきっと、医務室が静かだからだ。告げられた名前を何度も頭の中で繰り返して、ようやっと脳がそれを理解すると、「そうですか……」と小さな声が漏れた。異様に、喉が渇いていくようだった。


「相変わらず、面白い人だったよ」

「それは、あの人にとっては、最高の褒め言葉ですね」

「……雅さんのことは話してないんだ。中々、ゆっくり話す時間もなかったし……」

「いえ、大丈夫ですよ。彼がそちらで何をしていたのかは知りませんが、なんとなく、色々忙しなく奔走していたような気はしますし、信長さんの頭部の件もありましたから、思い出話に花を咲かせる暇もなかったでしょう。改めまして、おつかれさまです」


労わるように言葉をかければ、坂本さんは眉を下げながらもお礼をこぼした。

それからは軽い雑談をしながら、二人の触診を終えた。霊基が変化したが、今のところ不調はないようなのでひとまず経過観察といったところだろう。何かあればいつでも医務室に来るよう伝えて、二人を見送った。

扉が閉まり、トボトボと椅子に戻る。一つ息を吐きながら腰掛けて、くるりと椅子を回してパソコンへ向き直った。診察した面々のデータ確認を行ってはいるものの、目が滑るばかりでまったく集中できない。

考えなかったわけではない。出会った現地サーヴァントはそのほとんどが生前攘夷活動に関わっていて、尚且つ坂本さんの知人。ともなれば、あの人だってそれに当てはまるし、彼がサーヴァントになっていたっておかしな話ではない。加えて特異点の場所は、彼の先生が辞世の句で遺した場所だ。だからもしかして、とは頭の隅っこで考えていた。その予想はどうやら正しかったらしい。

いつか、彼もここに来るのだろうか。来たとして、わたしはどういう気持ちで迎えればいいのか。向こうはわたしを見て、どんな反応をするのか予想ができないし、想像もできないまま、考えを打ちはらうように軽く両頬を叩いた。