- ナノ -

ここはお一つ手を繋ごう


岩盤地帯は、まるで地震でも起きたかのように地形が崩れきっていた。その状況で混戦が行われており、戦況はグチャグチャになっている。ここで狙われやすい雄英生が単身で降りていけば、格好の的になりそうだ。水世はそう考えて、岩陰に隠れて隙を狙った方がいいだろうと、バレない内に瞬間移動で岩陰へ降りた。


「ん?」

「え?」

「あ」


降り立ち一息ついた水世が顔を上げると、キョトンとした顔の傑物学園の生徒が数名、彼女を見ていた。突然現れた魔法陣の上に出てきた存在に、理解が遅れている表情だ。対する水世も、まさか既に先客がいるとは思っていなかったために、固まってしまっている。


「えっ、と……雄英高校一年、誘水世です、お邪魔します」

《おまえ、実は焦ってるか?》


おかしな沈黙を破ったのは、水世だった。彼女も少々困惑しており、何故か自己紹介を始めるという謎の行動に出てしまっている。満月に即座にツッコミを入れられるほどだ。

互いに固まっていた水世と傑物学園の生徒たちだが、ハッと我に返った彼らが、彼女から距離を取った。明らかな臨戦態勢に、水世はまずいところに降りてしまったな、と内心呟く。流石に一対多では状況が悪い。どうにかあの混戦に巻き込んで、上手いこと勝ち抜けれないかと水世は考えて、良策が浮かんだ。恐らくこれでいけるだろうと信じ、彼らから軽く距離を取ると、“個性”を発動させた。


「ごめんなさい、急に」


苦笑い気味に謝罪をこぼした水世は、もう一度同じように彼らに謝った。「これは、これから起こるだろうことへの謝罪ということで……」と呟くと、彼女は両手のひらを彼ら向けて突き出した。


「これからあの混戦にあなたたち諸共突っ込もうと思うので……お互い、頑張りましょう」

「は?」


真堂が訝しげな表情を浮かべた。瞬間、彼女は手のひらから突風を起こした。目を見開いた彼らは、避ける間もなく突風に飛ばされ、混線真っ只中の戦場に押し出された。ひくりと真堂の口端が引きつったが、水世は気付くことなく自分もその中へと混ざるように飛び込んだ。

突風に押し込まれて倒れている彼らの上を、彼女が跳ぶ。真堂と中瓶の間に着地しようとした水世だったが、素早く体を起こした真堂が、着地寸前の水世の体に腕を伸ばした。

がしりと、真堂の手が水世の腕を掴んだと同時、彼が“個性”を発動させた。彼の“個性”は、触れた物に振動を与えるもの。その影響で、水世はぐらりと、脳が揺れるような感覚に襲われた。視界が転がって、体の内側から揺すられているような衝撃に、水世の体勢が崩れた。

傾いた体は、彼女の前に立っていた真堂の方へと倒れそうになる。それを咄嗟に支えた真堂は、周囲を見回して舌打ちを落とした。


「おまえらさっさと起きろ!悠長に寝てる暇ないぞ!」


目眩で視界がぐるぐるしている中で、真堂の声に鼓膜まで揺れる。水世は頭を押さえながら、ようやっと焦点が定まってきた視界で周囲を見れば、押し退け合うようにこちらに狙いを定めている他校の生徒たちが見えた。


「くそっ、せっかく機を窺ってたってのに……」

「すみません……ですが、ちゃんと、お詫びはしますので」


支えてくれてありがとうございます。そう告げた水世は、真堂から体を離すと即座に“個性”を解除して、再度発動させた。


「二十人ほどを一か所に集めることは、誰かできますか?」


水世はひとまず、彼らと自分とをドーム型バリアの中に閉じ込めた。飛びかかってきた受験者たちがバリアに弾かれたのを見ながら、真堂たちに視線だけを向けて尋ねた。何をする気なのかとこちらの真意を探るような視線に、水世はまだ少し痛む頭を押さえつつ、彼らを振り返った。


「私も皆さんも、仮免を合格したいのは一緒です。だからこそ、ここは手を組んでみませんか?」


突然の提案に、彼らが目を丸くした。当然だろう。この試験は同校は協力しあえるが、逆に考えれば他校を蹴落としていくものだ。そこで、競い合う他校同士で手を組むというのは互いに裏切られるリスクが高い。そのため、出し抜き合いになるのは明らかだ。

しかし真堂は、すぐに「俺たちへのメリットはなんだ?」と尋ねた。競い合う他校同士での協力は、互いの無利益では成り立たない。何かしらの利益を得られると理解してもらってからが本番である。即座に自分たちへのメリットについて聞いてきた真堂は、その点をよく理解していた。慎重で、疑り深く、それに賢い。試験前は関わることを避けたいと感じていた相手だが、水世は心の中で評価を改めながら、彼の言う「メリット」を語った。


「この勝ち抜けの通過です。この試験は、そもそも相手の“個性”がわからない状態で、動き回る的にピンポイントで当てなければならない。そうなれば、時間もかかります。なので、動きを封じるんです」


雄英生のデメリットは、体育祭で受験者のほとんどに、“個性”を知られていることだ。自分の手の内を知られているため、狙われやすい。他校の生徒が真っ先に雄英を狙ったのもそれが理由である。しかし本来ならこの試験は、相手の“個性”を探りながら、臨機応変に対応していくものである。それに、プロヒーローになれば手の内を知られていることなど前提条件。そのため、悲観するほどのデメリットでもない。第一、体育祭の時から何も変わっていないわけではないのだから、“個性”を知られていたところで、それほどの問題はない。


「皆さんの中で、大人数を長時間確実に拘束できる“個性”を持つ方、いますか?」


水世の質問に、返答はなかった。沈黙は肯定とみなした彼女は、一つ笑った。


「私は、できますよ」

「……なるほど。俺たちが協力する代わりに、君は俺たちが合格できる分の人数も確保してくれる、と」

「はい。悪い条件ではないと思います。私自身、この大人数を一人で相手するのは大変なので」


他校生は、試験開始と同時に示し合わせたように雄英を狙った。その際に他校同士であっても協力的な姿勢であったのは、「雄英」という共通の敵がいたからだ。しかしその共通の敵が分散し、徐々に合格枠が減っていく今、受験者たちは焦っている。そんな混戦状況に「一人の雄英生」が現れたとき。

他の受験者たちは、まず共通の敵として見なすだろう。だが次第に、その共通の敵を奪い合い、内部分裂を起こす。何せその一人を脱落させたところで得られる結果は、自分たちの中の誰か一人が試験を通過、もしくは通過へリーチをかけるかの二つしかない。

ここで水世と真堂たちが手を組めば、水世は一人で大勢を相手しなくてもよくなるし、彼らは自分たちが合格できる分の人数を確保してもらえる。大勢の受験者とたった一人を奪い合うよりも、得られる成果は大きいはずだと、水世は彼らの答えを待った。

中瓶たちは、答えを仰ぐように真堂を見た。彼は水世を見つめたまま黙り込んでいるが、数秒して、口を開いた。


「わかった。君の案に乗ろう」


聞きたかった言葉を聞けて、水世はお礼と笑みを返した。


「できれば、このバリア内に合格に足る分の人数を入れたいんです。これでは混戦していて、人数が多すぎるので」

「ここにいる全員を拘束はできないってこと?」

「そうですね……少し難しいです」


小規模ならば一次拘束状態でいられるが、この場にいる全員を拘束するには、二次拘束に到達するリスクが高い。そうなれば試験どころの話ではない。二次拘束を過ぎた三次拘束――満月との意識の入れ替えに一気に持っていけるならまだしも、そこに到達するまでの過程は大変だ。何せ、二次拘束に陥らずに通り越す必要があった。

紋様の関係上仕方ないことなのだが、それは言わずに彼女は苦笑いを浮かべると、真堂たちの“個性”について尋ねた。互いにそれを知っていないと、作戦の立てようもないため、彼らは存外あっさりと、水世に“個性”を教えてくれた。

“個性”の簡単な能力を聞いた水世は、思考を素早く回転させて、この状況からバリア内に決まった人数のみを誘導する方法を考えた。


「あの、作戦なんですけど――」


内容を手早く説明した水世は、どうですか?と彼らの反応を窺った。お互いに顔を見合わせた真堂たちは、問題ないと言う風に頷いた。


「位置はいいですか?三秒後、バリアを消します」


水世を中心に、傑物学園の生徒が彼女を囲うよう配置に着いた。

三、二、一。水世がカウントを取り、きっちり三秒経った瞬間、彼女は“個性”を解除した。覆っていたバリアが一瞬で消え、周囲の受験者たちは今が好機と言わんばかりに突っ込んできた。水世はすぐに“個性”を発動させると、軽く地面を爪先で叩いた。すると彼女の後方に土でできた反り返りの壁が形成される。それに真堂が触れた途端、壁に亀裂が入っていき、後方にいた受験者たちを下敷きにした。

そうして一度“個性”を解除しすぐさま発動させると、向かってくるボールを風で弾きながら、人数を確認する。


「うわっ、なんだ!?」

「身体が……!?」


水世は必要な人数分だけ小さな旋風を生み出すと、それで十数人の受験者たちの足を掬わせ身体を浮かせながら、背中から水でできた細長い棒を生み出した。その棒を真壁が硬質化させると、中瓶たちが三人がかりでそれを持ち、他の受験者たちを薙ぎ払っていく。

周囲の受験者たちを返り討ちにしたのを確認し、水世が“個性”を解除すると、浮いたままだった受験者たちが落下していく。彼らの叫び声を聞きながら、彼女は“個性”を再発動し、両腕を交差するようにして突き出した。すると、受験者たちの体をふわりと風が包み、落下速度が低下する。それと同時に、彼女の周囲の地面と受験者たちのそばに、いくつもの魔法陣が展開した。


蜘蛛のアラクネー


呟いた瞬間、水世の周囲に展開した魔法陣から、勢いよく鎖が飛び出した。それは受験者たちの体に巻きついて拘束していくと、鎖の先はもう一方の魔法陣へ入っていく。


誘惑アダマス


鎖を引き寄せるように水世が腕を引いて呟くと、拘束された受験者たちが、水世たちの周囲に展開された魔法陣の方へと、磁石のように思いきり引っ張られていった。

水世はバリアを張って一つ息を吐き出すと、既に二つのターゲットが光っている受験者を選び、三つ目のターゲットにボールを当てた。


「待ってくれよ、君、一年だろ?それにこんな強い“個性”を持ってるんだ……まだ先があるし、チャンスがあるだろ……なあ、俺に譲ってくれよ……」


二人目の受験者にボールを当てようとしたとき、縋るような声に水世は一瞬手を止めた。だが、彼女は死刑宣告を告げるように、その受験者のターゲットに手を伸ばした。


「あなたが言う『先』も『チャンス』も、私にとっては、今がそうなんです」


淡々と呟いて、水世はターゲットにボールを当てた。すると、ピピッと自身のターゲットから起動音がして、三つ全部が光った。

控室への移動を促すアナウンスが聞こえ、彼女はまだ動こうとしない傑物学園の生徒たちを振り返ると、どうぞとボールを当てるように促した。彼らは少し驚いた顔を浮かべたが、拘束された受験者にボールを当て、無事勝ち抜けを通過した。


「ありがとう、誘さん!」


水世が“個性”を解くと、受験者たちを縛っていた鎖が消える。急ピッチで仕上げた必殺技であったが、上手くいってよかった。安堵しながら控室の方向を探そうと水世が辺りを見回すと、駆け寄ってきた中瓶に両手を掴まれた。驚いて肩を跳ねさせた彼女は、言葉を詰まらせながらも首を横に振った。


「いえ……私だけでは困難でした。先輩方の協力があってこそです。それに混戦に巻き込んでしまったこともありますので……お礼を言うのは私の方です」

「いい子だ……!ヨーくん、この子いい子だよ!」


振り返った中瓶は、少し興奮気味に真堂に声をかけている。そんな彼女をはいはいと軽く流した真堂は、控室へ行こうかとクラスメイトに声をかけた。そして彼は水世の方を見ると、軽く髪を掻いて彼女の方へと歩み寄った。


「……ありがとう」

「!いえ。こちらこそ、ありがとうございました」


水世が頭を下げていると、ターゲットの中から移動を急かす声が聞こえた。水世はその声に顔を上げて、アナウンスが指示する方向へと向かった。

アナウンスの声に従い歩けば、会場の端の方に、控室らしき建物があるのを見つけた。どうやら自動ドアなようで、ウィーンと音を立てて開いたドアを通れば、中には多くの通過者が各々自由に過ごしていた。


「あ、誘さん」

「水世ちゃん!よかった、無事通過したんですね」

「あれ、水世意外と遅かったのな〜」


パッと表情を明るくさせて駆け寄ってきた八百万に、水世は笑って頷いた。どうやらA組はほとんどが勝ち抜けに通過できているようで、密かに安堵した。


「あちらにターゲットを外すキーがありますので、そちらでターゲットをお外しください」

「外したターゲットは、ボールバックと一緒に返却棚に戻せばいい」


教えてくれた八百万と障子にお礼を伝えた水世は、奥に置かれている棚の横にかけられているキーでターゲットを外していった。彼女の後から傑物学園の生徒がぞろぞろとやって来たので、彼女は少し横にずれて、ターゲットをバッグの中へ入れていく。


「誘さん、次もお互いに頑張ろうね」

「はい」


隣に並んだ中瓶は、クラスメイトの方へ行く水世に軽く手を振った。それに小さく頭を下げた彼女は、パタパタと小走りにA組が固まっている場所へ駆け寄った。


「水世、おつかれ。遅かったから、心配した」

「轟くんもおつかれさま。中々大変だったから、遅くなっちゃった」

「なんか飲むか?腹減ったなら、食べ物もある」


どうやら控室には、水分だけでなく食事も置かれていた。これでエネルギーを回復しろ、ということなのだろう。八百万のように食事をエネルギーに変換して使う“個性”もあるため、そういった配慮も万全であった。水世は空腹感はなかったが喉は乾いていたので、テーブルに置かれた紙コップを一つ取ると、ペットボトルの水を注いで、ゆっくりとそれを飲んだ。


「A組はこれで十二人か」

「残りの枠はあと十人ね」

「A組は……」

「あと九人……」


水世と傑物学園の生徒八人が通過し、残りの枠は十人。A組は九人が残っており、全員通過は難しいかと、八百万や耳郎が不安を覗かせた。そんな二人に水世は水を飲み干すと、大丈夫だよ、と微笑んだ。


「みんな、最後まで諦めない人たちだからさ」

「……そうだね。ウチら全員、負けず嫌いだし」

「それに、とても強い人たちです」


頷いた水世は、空になった紙コップを潰すと、それをゴミ箱へ捨てに向かった。ゴミ箱のそばにいた受験者に一言かければ、彼は慌てて体を退かしてくれた。すみません、と一言謝罪をこぼした水世は、部屋の中をぐるりと見渡し、イナサの姿を見つけると、彼を呼んだ。


「水世ちゃん!おつかれさまっス!」

「うん、おつかれさま」


駆け寄った彼女をまたも抱え上げたイナサだったが、今度はすぐに地面へ下ろした。イナサはじっと水世の姿を見つめたと思うと、僅かに首を傾げる。


「水世ちゃん、寒くないスか?」


ヒーローコスチュームを見ての発言だろうか。露出の激しい自身の格好を見下ろした水世は、首を横に振った。動き回った後なので、寒いどころか暑いくらいだった。水世の反応に、イナサは数秒間を空けて、そっか!と笑った。


「それより水世ちゃん、小さくなった?」

「ううん。イナサくんが大きくなったんだよ」

「あ、なるほど!」


前に会った時よりも伸びている気がする。彼の顔を見上げた水世は、首をさすりながら言った。すると、何故かイナサがスッとしゃがんだ。彼の行動に不思議そうな顔をした水世だったが、すぐに目線を合わせてくれたのだろうと察しがついた。


「水世ちゃんの戦い、見たかったっス!」

「そんなに戦闘はしてないよ。傑物学園の人に手伝ってもらったし」

「他校の人に?」


頷いた水世が経緯を説明すれば、イナサは目を輝かせながら、流石っスね!と笑った。何が流石なのかわからなかったが、水世はとりあえずお礼を返した。