- ナノ -

君らと僕とは歩調が違う


必殺技修得のための特訓は、早くも四日が過ぎていた。進歩は個々で異なり、ようやくスタイルを定めはじめた者もいれば、既に複数の技を修得しようとしている者もいた。中にはコスチュームの改良をしている者もいる。

水世はと言うと、魔法陣の扱いに今も手こずっており、進展という進展はなかった。コスチューム改良も、彼女は現状の機能に不満や心配があるわけでもないため、行うことはなかった。

ガチャン、ガチャン、と鎖同士がぶつかる音を聞くのは何度目か。既に百回以上は聞いている気がする。そんなことを思いながら、水世は眉を寄せて魔法陣を見つめていた。オールマイトからのアドバイスを脳内で何度も繰り返すが、その意図も掴みあぐねている。

ドアは、出るためだけのものではない。あれこれと考えてみるが、オールマイトが伝えたいことが何か、困ったことに理解できない。周囲はどんどん先を進んでいくなかで、自分一人躓いたまま。そもそも自分はようやくスタートできたのだから、差があるのは当然なのだが、やはり焦りは生まれてくる。そのせいか、どんどんドツボにはまっていっている気がして、水世はため息を落とした。


「思ウヨウニイカナイカ」

「そうですね……簡単にできるとは思っていませんでしたけど、こうも行き詰まるとは……」


苦笑いをこぼしながら、水世はまたため息を吐いた。どこか落ち込み気味な生徒に一声かけようと、エクトプラズムが口を開きかけた。だが、上の方から聞こえてきた爆発音に、水世もエクトプラズムも、音の発生源の方へと視線を向けた。

セメントスが造りあげた岩場の天辺は、爆豪が陣取っている。どうやら彼は水世とは反対に、順調に必殺技が仕上がっているようだった。流石だな、と彼女が爆豪の方を見上げながら関心していると、突然、彼が爆破をぶつけた分厚い壁が欠けた。大きな塊となって落ちていくその下には、オールマイトの姿があった。


「あ、オイ、上!!」


焦ったように爆豪が声を上げ、慌てて相澤が布に手をかけた、そんな時。何かが、オールマイトと瓦礫との間に飛び込んできた。

タン、と軽く跳んだその存在――緑谷が、脚を鞭のようにしならせて、瓦礫に蹴りを入れた。途端に、大きな塊だったその瓦礫が砕け散り、オールマイトの上に落ちてくることはなかった。


「緑谷くん、スタイル変えたんだ……」


華麗に着地を決めた緑谷を見ながら、水世は呟いた。今までパンチャーであったというのに、突然のスタイル変更。驚きと感心の詰まった瞳をぱちくりさせた水世は、一言、すごいな、と無意識にこぼした。

最初の頃は“個性”を使うたびにボロボロになっていた彼だが、気付けば“個性”を使いこなし、ああして新たなスタイルも身につけている。水世はそんな彼に、純粋に尊敬の念を抱いた。恐らく自分と理由は違うだろうが、“個性”で思い悩んでいるという点で、僅かな親近感を抱いていたのかもしれない。だが、彼は壁にぶつかっても、どんどん乗り越えていく。自分と違って。

ついつい緑谷と自分とを比べて、水世は余計に気分が落ちていくのを感じた。勝手に比べて勝手に落ち込んで、なんとも自分勝手だ。そう思うと、余計に劣等感が刺激された。


《人間ってのは、自分と他人を比べたがる生き物なのさ。なに、気にすることはない。おまえはおまえなりに歩けばいい。周囲の歩調に合わせる必要はないんだ》

《うん……》


自信なさげな返事に、満月は少し困ったように水世の名前を呼んだ。元々自己肯定感が低く、自分に対する自信というものが欠落しているのだ。他人と自分を比べてしまえば、自己嫌悪と劣等感に苛まれていくのは目に見えていた。だからなるべくそうならぬようにと言葉をかけたが、必殺技が思うようにいかぬ焦りと、“個性”コントロールの件と、どんどん成長していく周囲とが重なって、彼女は無意識に比較してしまっている。

どうしたものかと困りながら、満月が水世に必殺技のヒントを与えようとした。


「そこまでだA組!」


だが、扉の方から聞こえてきた声のせいで、タイミングを失ってしまった。舌打ちを落とす満月の気も知らない水世は、彼の反応に不思議がりながら、扉の方を見た。そこにはヒーローコスチュームに着替えているB組の生徒たちがいた。どうやら、今日は午後からB組がこの体育館を使う予定とのことで、ブラドが体育館を出るように促した。まだ十分弱はあるというのに、なんとも強引である。


「ねえ知ってる?仮免試験て半数が落ちるんだって!A組キミら全員落ちてよ!」


そう言ってストレートに感情をぶつけてきたのは、やはり物間であった。高笑いしている彼のその態度にも既に慣れきっているA組の面々は最早スルーしている。上鳴なんかは拳藤に、物間のコスチュームについて聞いていた。曰く「“コピー”だから変に奇をてらう必要はない」とのことだが、腰のベルトに時計を三つもつけて、黒いジャケットを羽織ったタキシードを連想させるデザインのどこが奇をてらっていないのかとツッコミたくなる。


「しかし、尤もだ。同じ試験である以上、俺たちは蠱毒……潰し合う運命にある」

「だから、A組とB組は別会場で申し込みしてあるぞ」


相澤の発言に、物間が笑顔のまま固まった。

ヒーロー資格試験は毎年六月と九月に全国三ヶ所で一律に行われることになっている。ヒーロー資格試験の合格者が多いということは、学校側のメリットにも繋がってくる。そのため同じ学校の生徒同士での潰し合いを避けるためにも、どの学校でも時期や場所を分けて受験させるのがセオリーとなっていた。

それを知った物間が、一瞬安堵したように息を吐いた。だがすぐにいつもの調子に戻って高笑いを浮かべるので、病名のある精神状態なのでは、と呆れられていた。


「“どの学校でも”……そうだよな、フツーにスルーしてたけど、他校と合格を奪い合うんだ……」

「しかも僕らは、通常の修得課程を前倒ししてる……」


仮免試験の難易度を見ても、一年の時点で仮免を取るのは全国でも少数派であり、本来は訓練期間を長く取り、経験を積んでから挑ませる学校の方が多い。しかし今回、水世たちは入学一年目で試験を受けるのだ。必殺技の修得ばかりに気を取られて忘れていたが、多くのライバルが一つの会場に集まることになっている。それを思い出すと、水世は益々不安になってきて、今日何度目かのため息を落とした。


「試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのも良くないが、忘れないようにな」


相澤がそう告げると、ブラドは思い出したようにA組に体育館を出ていくように再度声を上げた。相澤は眉を寄せてため息を落としたと思うと、仕方がないとでも言いたげに生徒たちに撤収を伝える。上鳴や芦戸は不満げではあったが、午後からB組が体育館を使うというのは、事前に予定されていたことに変わりはない。

ぞろぞろと体育館を出ていくクラスメイトについていくように、水世も扉の方へ向かった。一瞬物間と目が合うと、彼は水世を鋭く睨みつけた。相変わらず敵意が混ざるその目から逃げるように視線をそらした彼女は、そそくさと体育館を出ていこうとしたが、咄嗟に伸びてきた手に、腕を掴まれた。


「……どうだ、調子は」


振り返った先には、伊世が立っていた。心配するような瞳で見つめてくる彼に、水世は彼がまだ怪我のことを案じているのだろうと考えた。林間合宿の時に負った傷は、痕など一つの残らず綺麗に治っている。体の調子も悪くないし、あれから後遺症なんかもない。安心させようと、笑って大丈夫なことを告げると、彼は一言「そうか」とこぼした。


「必殺技、上手くいってるか?」

「……ううん。あんまり、思うようにいってないの」


自身が今やろうとしていることを説明した彼女に、伊世は何かを言おうと口を開いた。だが言葉を吐き出す前に開きかけた口を止め、瞬きを一つ落とした。


「わざわざそんなややこしいことしなくても、今のままでも、必殺技はできるだろ」

「そうだけど……でも、魔法陣の調整が上手くできたら、できることが広がる気がするの。できなかったことも、できるようになるかもって」


もしかすると、今までできなかったことだって、できないと思い込んでいただけかもしれない。魔法陣の調整という細かな作業ができるようになれば、“個性”のコントロールの助けにもなる可能性だってある。水世のそんな意図を、伊世だって察しているはずで。彼は一瞬眉を寄せたと思うと、すぐに普段の無愛想な表情に戻った。


「……無理は、あんまりするなよ」

「うん。ありがとう」


ゆっくりと、手が離れた。水世は伊世に小さく礼をすると、先を行くクラスメイトたちを走って追いかけた。双子のやりとりを見ていた相澤は、目を細めて水世の方を見つめている伊世を見ていた。