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恋と憧れは紙一重らしい


夕食を食べ終えた水世は、葉隠や麗日に連れられて、談話スペースで過ごしていた。談話スペースには大体のクラスメイトが揃っているようで、各々好きに過ごしている。テレビには全国放送されているバラエティ番組が流れており、それを見ている瀬呂や上鳴はお腹を抱えて笑い、轟や飯田は真面目にコメントをこぼしていた。

夕食の後はいつも後片付けと食器洗いをしていた水世は、それをしなくてもいいというのが、なんだか慣れなかった。それにこんな大勢でテレビを見たり、会話に花を咲かせるというのも、正直未知の感覚だった。


「もうね、すごいかっこいいんだよ〜!前に映画でやってた役もかっこよかったけど、今のドラマの先生役も素敵なの!」

「あの俳優さん人気よなあ……めっちゃ顔整ってるし」

「穏やかそうな人だよね。好青年、って感じの」

「そうなの!」


恐らく足を軽くパタパタさせているのだろう葉隠は、キャーキャーと興奮した様子を見せている。前々から好きだと言っていた俳優の新ドラマが、先週から始まったのだ。きっと実際に見ていた時も、こんな感じでドラマを楽しんでいたのだろう。水世は葉隠の話を相槌打って聞きながら、そんな彼女を想像した。


「水世ちゃんは、好きな俳優とか、タレントとかいないの?」

「私……?私は……考えたことなかったなあ」


水世はテレビを見るより、本を読んでいることの方が多かった。ここ数年でようやく人並み程度にテレビを見はじめたが、ニュースやクイズ番組が主なため、俳優やモデルなどに詳しくないのだ。


「ならなら、好きなヒーローとか、憧れてるヒーローは?」

「ヒーローか……」


見えないが、葉隠の目は輝いているのではないだろうか。水世はたじたじになりつつ、いつものように兄であるグラヴィタシオンの名前を言おうとした。だが、すぐに口を止めた。

グラヴィタシオンという答えも嘘ではない。だがクラスメイトたちは、自分のことを知りたいと言ってくれた。その言葉に真摯に向き合うのであれば、今までのような態度ではダメだ。そう考えなおして、水世は改めて口を開いた。


「好きなヒーローは、グラヴィタシオンだよ。でも憧れっていうか……私にとってのヒーローは、幼馴染と、恩人のお兄さん二人、かな」

「恩人?」

「うん。その三人が、私のヒーロー」


幼い自分に手を差し伸べてくれた満月。いつも自分の手をひいてくれていたイナサ。そして、下ろした手を掴んでくれたもう一人の恩人。その三人が、水世にとってのヒーローであった。

もちろんオールマイトだって、あまりにも眩しく、あまりにも大きなヒーローであることに間違いはない。雄英で教師としての彼と接し、ヒーローである彼と接し。やはりどうにも眩しすぎて、遠すぎる存在だと改めて認識すると同時に、彼のその英雄気質に触れた。しかし水世にとっては、「自分という人間を救ってくれた」その三人が、どんなヒーローよりもかっこよかった。


「恩人のお兄さんって、どんな人?」

「一人は、掴み所がなくて、たまに意地悪で、でも優しくて温かい。もう一人は……うーん……あんまり、わからない。その人とは、一回会ったきりだから」


彼女にとって三人目のヒーロー。それは、両親が死んだあの日に出会った、自分を救けてくれたプロヒーロー。しかし元々こちらの方で活動しているわけではないため、それっきり会うことはなかった。以前一度だけ、名前は書かずに手紙を送ったことはあるが、それ以降はなんだか恥ずかしくて送れず、ファンレターだって結局その一回きりである。


「もしかしてさ、その掴み所のないお兄さんって、水世ちゃんの初恋?」

「え?」

「あ、そういえば、水世ちゃんの好きなタイプ、そんな感じやったよね」


麗日に指摘されて、しばし水世は考えた。そういえば合宿の時に、そんな話をしたと思い出す。確かに自分は好きなタイプにそんな人を挙げていた。期待のこもった瞳を向けられた彼女が苦笑いを浮かべていれば、「なんの話?恋バナ?」と芦戸が顔を出した。その後ろには、耳郎、蛙吹、八百万もいる。

これは、逃げられない気がする。葉隠と麗日から経緯を聞いた四人が、パッと表情を変えたと思うと、芦戸がぐいぐいと水世に詰め寄った。やはりヒーローを目指しているとはいえ、女子高生。林間合宿の時同様に、恋の話題には皆興味津々である。


「で、そうなの?どうなの?教えてよ〜!」


いつの間にか、退路を塞ぐように水世の右隣に八百万が座っている。彼女の顔も少しばかり期待が滲んでいて、水世はしどろもどろになって誤魔化そうとしたが、女子のワクワクのこもった視線には抗えず、諦めて口を動かした。


「初恋ではないよ……好きだけど、多分、そういうのじゃない。ただ憧れてるだけ」


いかんせん「好き」の違いがわからないため、水世の中では全て画一だ。そこに順位はあれど、明確な意味合いの違いはない。否、わからない。果たして「恋」とはどんな感情であるのか、水世には上手く掴めなかった。満月曰く「人に喜びを与え、苦しみを与え、怒りや悲しみも与え、数多の者を狂わせる」そうだが、彼女には少々わかりにくかった。


「その、恋って、どんな感じ?」


いつの間にか自身の初恋話で盛り上がっている芦戸たちに、水世は恐る恐る尋ねてみた。話が止まって、視線が水世に集中する。会話に水を差してしまったかと後悔した彼女だが、女子たちはそんなことまったく気にしていないようで、嬉々として話してくれた。


「恋はね、その人のことを考えると、胸がぎゅーっと締めつけられるの!」

「今何してるかとか、何が好きかとか、その人のことが知りたくなってしまって……」

「その人の言葉や行動に一喜一憂して、ドキドキするのよ」

「なんていうか、こう……相手だけ輝いて見える感じ」

「理由もないのに会いたくなっちゃうわけ!」


その説明を聞いて、水世はなるほどと頷く中で、何か引っかかりを覚えた。胸が締めつけられて、相手を知りたくなって、ドキドキして、輝いて見えて、理由もないのに会いたくなる。そんなこと、確か前にあったような。


「あんまり綺麗だったから、空から天使が落っこちてきちゃったかと思ったよ」


何故か不意に、そう言って笑った、おかしなヒーローの顔が浮かんだ。途端、水世の顔が真っ赤に染まった。そんな反応に目を丸くした女子たちだったが、すぐにその瞳に期待が浮かぶ。


「水世、もしかしてさ、好きな人いるの?」

「え?いや、いないよ……その、ただ、アレがそうだったのかなって……そう、思っただけ」


耳郎から尋ねられ、水世は慌てて首を横に振った。だが嬉々として詰め寄ってくる芦戸や葉隠に、水世は恥ずかしそうに顔を伏せながら、例の一度会っただけのお兄さんのことだと、口をモゴモゴさせながら呟いた。途端に女子の歓声が上がるので、水世は困ったように笑った。


「水世ちゃんは、まだその方がお好きなんですか?」


窺うような顔で尋ねた八百万に、水世はぱちぱちと目を瞬かせた。


「今は全然……本当に、憧れだけ」


照れくさそうにはにかみながら答えると、水世は少し赤くなっている頬を手で押さえて、また恥ずかしそうに笑った。