- ナノ -

そばにいるのに届かない


翌日から授業は開始された。午前中は英語、国語などのごく一般的な必修科目、一般教養を行う。これらの授業もプロヒーローが行ってくれている。至って普通な授業に、生徒たちは少々拍子抜けたしたようだった。


「すっげえ普通の授業だったな……」

「ヒーロー科といえ、あくまで高校。必修科目は当然あると思うよ」


午前中の授業を終えると、生徒たちはぞろぞろと食堂へ向かっていく。水世は切島と並んで歩きながら、一緒に食堂へ向かった。


「あ、そうだ。あのさ、名前で呼んでも大丈夫か?誘って双子だろ?名字だとややこしい気がしてさ」

「いいよ。好きに呼んでくれて」


よっしゃ!と笑った切島に、水世も笑みを返した。













そして午後の授業。ヒーロー基礎学という、ヒーローの素地を作るために、様々な訓練を行う科目。単位数も最も多く、ヒーロー科特有の授業だ。

No.1ヒーローであるオールマイトが決め台詞と共に教室に入ってくると、教室内は途端にざわつき、色めき立つ。今まで彼を生で見る機会など滅多になかったことだろう。画面越しに見るよりも一層画風が違い、その筋骨隆々な体つきも相まって、迫力が桁違いだ。加えて声のボリュームも桁違いである。

水世にとって、プロヒーローは身近でもあり、遠い存在でもあった。血縁にプロヒーローをしている者がいるため身近に感じてはいるが、自身からは最も遠い存在。こうしてプロヒーローにご教授してもらえ、尚且つあのオールマイトからも授業を受けられるというのは、どうにも不思議な感覚だった。

オールマイトは教壇まで来ると、皆にBATTLEと書かれたカードを見せた。そして、今日のヒーロー基礎学は戦闘訓練を行うと告げた。教壇の隣の壁からガゴッと音がしたと思うと、出席番号が書かれたケースが入れられた棚が壁から出てきた。入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえられた、戦闘服だ。


「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!」


いつも以上に元気のいい返事を返したみんなは、自身のコスチュームの入ったケースを抱えると、慌ただしく教室を出て廊下を走っていった。水世も05と書かれたケースを取り出して、更衣室へ向かった。

ノックをしてから中へ入り、水世は適当なロッカーを開けて服を脱いでいった。他の女子生徒は嬉々として着替えており、キャッキャとはしゃいでいる。

上裸になった水世は黒いタイツを履くと、上からワインレッドのレオタードを着て、その上にまた黒いショートパンツを履いた。背中は腰椎の終わり辺りまでパックリと空いており、左腕には袖がない。白のブーツもヒールはなく、確かに要望が全て通っているコスチュームとなっており、水世は満足げに頷いた。


「うわっ、アンタら二人大丈夫?布面積少なくない?」


八百万と水世を見た耳郎響香が、目を剥いて驚いた。八百万と顔を見合わせた水世は、互いに気にしていないのか、首を傾げた。

ここまで露出が激しいのは八百万と水世だけ、かと思ったが、葉隠透はブーツと手袋のみだ。“個性”のおかげで姿が見えないため手袋が浮いているように見えるが、この状況から考えるに彼女は裸ということだろう。それは女性的にアウトではないのかとも思ったが、水世は口にしなかった。

全員着替えを終えたため、皆で更衣室を出て、グラウンド・βへと向かった。男子たちとも合流し、揃ってゲートを通る。近付く光に向かって進み、グラウンド・βへ一歩足を踏み入れた。そこは入試で使われた演習場と同じ場所だった。

今日行うのは屋内での対人戦闘訓練。敵退治は主に屋外で見られることは多いが、統計から見ると屋内の方が凶悪敵の出現率が高いのだとオールマイトは話した。


「真に賢しい敵は屋内やみに潜む!」


そこで、生徒たちは「敵組」と「ヒーロー組」に分かれ、二対二での屋内戦を行うことに。クラス全員が思っただろうことを、蛙吹梅雨が「基礎訓練もなしに?」と首を傾げて尋ねた。それに対して、オールマイトは基礎を知るための実践なのだと力強く答えた。

矢つぎ早に質問する生徒たち――青山はまったく関係ないことだったが――に、オールマイトは拳を握りしめながら、一度で複数人の言葉を的確に聞き分けた聖徳太子を切望しているようだった。

皆を静かにさせてカンニングペーパーを取り出したオールマイトは、状況設定の説明をはじめた。「敵」がアジトに「核兵器」を隠しており、「ヒーロー」はそれを処理しようとしている。「ヒーロー」は制限時間内に「敵」を捕まえるか、「核兵器」を回収する。「敵」は制限時間までに「核兵器」を守るか、「ヒーロー」を捕まえることが各チームの勝利条件。コンビ及び対戦相手はくじ引きで決めるそうだ。

順番にくじを引いていくなか、水世はクラスの人数からして割り切れないため、余った一人はどうなるのだろうと考えていた。だがそんなことを思っていたからなのか、余ったのは水世であった。「K」という文字にどうしたものかと考えていれば、オールマイトが「K」を引いた生徒は挙手するように言った。


「誘少女だったか!では君は、もう一度くじを引いてくれ。引いたアルファベットのチームに誘少女が入ることになる」

「一チームだけ三人、ということですか?」

「そういうことだ!人数の関係上一人余ってしまうからね」


言われた通りくじを引いた水世は、全員の視線を感じるなか――一つ舐めるような視線がある気がしたが――くじを引いた。書かれたアルファベットは「I」なため、葉隠と尾白猿夫コンビに加わることとなった。


「よろしくね」

「ああ、こちらこそ」

「水世ちゃん、よろしくね!」


大きく手を振る葉隠のもとに歩み寄った水世は、二人に軽く頭を下げた。

早速戦闘訓練を始めるようで、最初の対戦相手が決まった。Aチームの緑谷・麗日ペアがヒーロー、Dチームの爆豪・飯田チームが敵だった。四人だけはグラウンドに残り、他のみんなはオールマイトと共にビルの地下にあるモニタールームで様子を観察することになり、皆移動を始めた。

敵チームは先にビルに入ってセッティング、ヒーローチームは五分後に潜入して戦闘訓練はスタートとなった。相手確保は、配布された確保テープを巻きつけた時点で「捕えた」と判断する。制限時間は十五分、核の場所はヒーロー側には知らされていないため、有利なのは敵側だろう。

死角が多いビル内で、先に仕掛けてきたのは爆豪だった。彼の“個性”は昨日のテストで見る限り手のひらから爆破を起こすもの。だが尖兵を出すのであれば、彼よりも“個性”が「エンジン」の飯田の方が、機動力に長けるため有効なはずだ。作戦に穴があるのかと首を傾げた水世だが、音声は聞こえないが爆豪と緑谷の様子を見るに、爆豪の勝手な行動のようだった。

爆豪の奇襲を避けた緑谷は、彼の動きを読んだかのように彼の懐に入り込み、背負い投げを決めた。緑谷は麗日を先に行かせると、“個性”を使わずに爆豪の相手をしている。爆豪の方は緑谷以外眼中にないのか、麗日を追いかける素振りさえ見せない。

麗日が飯田のもとに辿り着いた頃、逃げ回って隠れていた緑谷が爆豪に見つかった。彼はあろうことか、手首にはめている籠手から巨大な爆破を噴出させて、ビルを損壊させた。その様子を見て、切島が訓練中断を提言したが、オールマイトは中断はさせなかった。だが先程の攻撃をもう一度撃つことは禁止とした。

屋内戦での大規模攻撃はただの愚策でしかないし、これはあくまで訓練。先程の攻撃を人に向けるには危険すぎる。爆豪は先程の大規模攻撃を封じられたため、単純な殴り合いに移行したようだった。

彼は戦闘能力に於いて圧倒的なセンスの塊のようだった。左右の爆発力の微調整、爆破での軌道変更など、意外にも繊細な動きも見せている。“個性”を使わずに立ち回っている緑谷もすごいが、やはり戦闘能力には明らかな差があった。

緑谷は自ら壁際に向かったと思うと、ついに“個性”を発動させて、殴りかかってくる爆豪に向かって腕を振りかぶった。しかし緑谷の右手は爆豪に当たることはなく、彼らの頭上に向かって突き上げられた。その結果天井が損壊、麗日は柱を自身の“個性”「無重力ゼログラビティ」で浮かせると、瓦礫を飯田に向けて打ち込んだ。そして対応が遅れた飯田の隙を突き、核を回収。

結果としてAチームの勝利に終わったが、負けた方はほぼ無傷、勝った方は倒れているという状況だ。麗日は“個性”のキャパシティを超えたのだろう、顔を真っ青にして吐き気を催していた。緑谷はボロボロな状態で、小型搬送用ロボに担架に乗せられ、保健室へ運ばれていく。

今の両チームの戦闘訓練を一言で表すなら、凄まじい、だろう。皆モニターに映し出されている戦闘に圧倒され、釘付けだったのだから。

搬送された緑谷以外がモニタールームに戻ってくると、講評が行われた。今戦のベストは勝利したヒーローチームではなく、負けた敵チームの飯田。理由は明白で、彼が一番状況設定に順応していたからだ。

爆豪の行動は論外。戦闘では私怨で動き独断行動、屋内での大規模攻撃という愚策。緑谷も同様に大規模攻撃はヒーロー側、敵側共に、取る行動として良案ではない。麗日は中盤での気の緩みから飯田に気付かれ、最後の攻撃は核をハリボテとして扱っていたからこその乱暴で危険な行為だ。


「相手への対策をこなし、且つ“『核』の争奪”をきちんと想定していたからこそ、飯田さんは最後対応に遅れました」


オールマイトが言いたかっただろうことを完璧に言い当てた八百万に、その場がシーンと静まり返った。

気を取り直して第二回戦。先程のビルは損壊が著しいため、場所を移動しての続行。次はヒーローが轟焦凍・障子目蔵のBチーム、敵が尾白・葉隠・水世のIチームだった。葉隠は本気を出すと言って手袋とブーツを脱いでおり、それは倫理的にどうなのだろうと水世も尾白も感じたが、言葉にはしなかった。

ハリボテの核兵器は四階北側広間に設置すると、どういう作戦でいくのかと短い作戦会議を行った。


「まず、お互いの“個性”を把握してたいんだけど……まあ、俺は見たまんま、尻尾がある」

「私も見たまんま〜!」

「私は……昨日のテストで見た通り、レーザー撃てたりとか……尾白くんの戦闘方法はどんな?」

「俺は近接」


水世は近接よりも遠距離・中距離型だ。となると、核のそばには尾白がいるべきだろう。葉隠は隠密行動に長けているため、奇襲に徹する方がいいはずだ。


「じゃあ、葉隠さんは隠密行動。尾白くんが核を守って、遠距離や中距離型の私が見回りしておくね」

「わかった。何かあったら互いに無線で報告しよう」


ヒーローチームが潜入するまで五分しかないため、早々に作戦会議を終えて、各々が配置へ移動する。葉隠は小型無線機が浮いているため辛うじてそこにいることがわかるが、しかし距離が離れるとどこにいるかなんて本当にわからない。便利な“個性”だと思いながら、水世はとりあえず一つ下の階へ向かった。