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亀の歩みでも一歩は一歩


すさまじい破壊音が響く体育館で、水世は魔法陣同士を繋ぐ特訓を始めた。二つの魔法陣から別のものを出す、というのは存外簡単にできたため、次はそちらに移行したのだ。試しに直列で二つの魔法陣を展開させて、後ろの魔法陣から鎖を出現させてみた。

しかし、彼女の思いに反して、どちらの魔法陣からも鎖が出てきた。しかも後ろの魔法陣から出てきた鎖が前の魔法陣に当たり、壊してしまったのだ。

あれ?と目をぱちくりさせた水世は、もう一度同じやり方でやってみるも、結果は同様だった。何がおかしいのかと頭を捻る彼女に、満月が単純なことだと笑った。


《開く方が逆なんだよ》

《逆?》

《ああ。スタートの魔法陣はそのままでいいが、ゴールになる魔法陣は、ドアを反対につけなきゃならねえ》

《つまり、魔法陣同士を向き合わせるってこと?》

《そういうことだ。そして尚且つ、ゴールは開けただけの状態にしておく必要がある》


魔法陣の方向を変えるということは、攻撃方向が向き合うということだ。仮に自身の前で展開させれば、一つの魔法陣の攻撃方向が自分に向くということになる。そのため、間違えば怪我を負うリスクが高いのだ。故に、そこから何かを出すのではなく、ただ開けただけの状態をキープする必要がある。

こればかりは感覚を掴む他ない。水世は一つ息を吐いて、数歩離れた地面と、そこから数メートル離れた上空に魔法陣を展開させた。魔法陣の方向を変えることは然程難しくはない。問題は、片方の魔法陣を開けただけの状態にしておくこと、であった。

試しに一度鎖を出してみると、案の定上下どちらの魔法陣からも鎖が飛び出して、互いにぶつかり合ってしまった。困ったように頬を掻いた彼女は、一度“個性”を消してから再び発動させた。


「ドウダ、感覚ハ掴メソウカ?」

「いえ……まだ何とも……」


水世は今までずっと、魔法陣を展開する度にそこから何かしらを出現させていた。これがどちらも展開させるだけならば問題はないのだが、片方だけをその状態でキープというのが難しかった。

片方ずつ魔法陣を調整させる必要がある。それはまるで、右手と左手で別々のことを同時にしているのかようだった。水世は眉間にしわを寄せながら、ひとまず手当たり次第に挑戦を続けた。まぐれで一回でもできたなら、そこから感覚を掴めるかもしれない。そんな考えである。

ガチャン、ガチャン、と金属音のぶつかる音が何度も響く。だが爆発音や破壊音が鳴り止まない体育館では、誰もそんな音気にはならなかった。水世も音で思考が途切れることのないくらい、集中していた。


「誘少女、調子はどうだい?」


ガチャン。何度目かの金属音に混じり、穏やかな声が自身を呼んだ。水世が“個性”を解いて振り返れば、右腕に包帯を巻いてアームリーダーをつけたオールマイトの姿があった。今や筋肉のない細身な体になっているが、まだまだ見慣れないために、少しばかり違和感を生んだ。


「必殺技の構想はできてるかな?」

「いえ、まだ……とりあえず今は、魔法陣同士を繋げる特訓をしてます」


自身のしている特訓内容について、満月から聞いた話も交え、水世はオールマイトに説明をした。ふんふんと相槌を打ちながら聞いていたオールマイトは、なるほどと呟くと、顎に手を置いて何かを考えはじめた。


「誘少女……魔法陣は扉なのだろう?」

「はい」

「ならば、うん。役に立つかはわからないが、そうだな……ドアは、出るためだけのものではないよ」

「え?」


にっこりと微笑んだオールマイトは、それだけ告げると今度は別の生徒の方へアドバイスに向かった。彼の言葉に、水世は頭上に疑問符を浮かべながら首を傾げた。そばで同じアドバイスを聞いていたエクトプラズムは何かに気付いたような顔をすると、納得したように深く頷きを見せ、そばの少女をそっと見つめた。

ここで答えを教えるのは簡単だ。しかし、答えを教えるだけが教師の仕事ではない。答えを自分で導きだすことが重要であり、そのためのヒントを与えることが教師の役目なのだ。だからこそ、エクトプラズムはアドバイスの真意をまだ理解できていない生徒を見守ることに徹した。













鎖同士がぶつかる音に被さるように、相澤の休憩を告げる声がした。水世は一つ息を吐くと“個性”を解除して、少し小高い岩場を降りた。

どうにも進展しない必殺技の特訓と、オールマイトからのアドバイスに頭を捻りながら、持参していたペットボトルを手に取って、水を喉に流し込んだ。

疲れたー!と床に座り込んだ葉隠の隣に、汗を拭いていた耳郎も腰を下ろした。水世も座れば?と声をかけられ、彼女も頷いて隣に座った。


「必殺技の方向性は掴めても、やっぱ想像通りにはできないもんだね」

「ね〜!私と耳郎ちゃんは“個性”がサポート向きだしさ、こう、できる範囲が狭いのもあるよねえ」

「うん。だから上手いこと攻撃に転換できないかな〜って考えて、色々試してはみるけど、やっぱ簡単にはいかないや」


少し切れてしまっている指を見ながら、耳郎が呟いた。彼女の指に視線を落とした水世が大丈夫かと尋ねた。楽器を嗜む彼女にとって、指先は大事なものだ。あまり音楽に詳しくない水世でもそれくらいはわかる。そんな彼女に耳郎は少し目を瞬かせて、大丈夫だと笑った。


「水世ちゃんはどう?必殺技、できそう?」

「私も、まだ全然」


エクトプラズムの提案から、まずは魔法陣同士を繋げることができるように特訓中であることを話し、水世はまた水を飲んだ。


「水世は“個性”で色々できすぎる分、逆に難しいかもね」

「うん……でも、エクトプラズム先生にも言われたけど、炎とか風とか、そういうのに関しては、それ単一の“個性”の人の方が扱い方は上手いんだよね。炎の扱いなら轟くんの方が上だろうし、土ならピクシーボブの方が長けてる」


できることが多いとは、それだけ可能性が広がるということである。しかし全部が全部完璧に能力を扱えるかとはまた別であった。単一“個性”であれば、それ一つを極めればいいが、彼女の場合は手数が多い。故にできること全てを平等に鍛えるというのは時間を有し、また能力の得意不得意も出てくるものであった。

エクトプラズムの言う通り、単一“個性”持ちの者に比べれば、水世は一つ一つの能力の扱いは劣ってくるのだ。炎であれば炎の“個性”を持っている轟やエンデヴァーに、土であれば「土流」の“個性”を持つピクシーボブに、風であればその“個性”を持つイナサに。ある程度使いこなせはしても、相手の得意分野基“個性”には技量で劣る。

だからこそ、彼女のみが使えるような、魔法陣を用いての能力で必殺技を考えた方がいいと、エクトプラズムは提案したのだ。


「既に候補っていうか……必殺技としてカウントしてもいい攻撃手段はできてるけど、魔法陣の扱いを伸ばせば、もっと色々できるかもしれないから」

「そっか……じゃあ、お互い頑張らなきゃだね!」


気合いを入れるように、葉隠はグッと両手の拳を胸元で握った。大きく頷いた水世は、紋様のない左腕に視線を落とした。

まだ、“個性”のコントロールが上手くできていない。一次拘束ならまだしも、二次拘束に入れば一気に意識は持っていかれる。その点も大きな課題であるが、そちらは一向に進展しそうにない。しかしとりあえずは、できることから一つずつ、だ。


「休憩終了だ、各自特訓に戻れ!」


相澤の言葉に、水世は一つ深呼吸をして立ち上がった。