- ナノ -

新たな視界で見えるもの


伊世へのモーニングコールに本人の許可を貰えた水世は、少しばかり機嫌が良かった。自分にも!と頼んできた葉隠などのお願いを断り――申し訳なさはあるが――、久しぶりの教室に足を踏み入れた。

自分の席に座ると、ぶわりと懐かしさを感じさせた。夏休みに入ってからは中々教室に入ることなんてなかったし、つい先日まで病院のベッドの上だったのだ。教室に入ってようやく、戻ってきたのだと水世は実感した。

時間通りに教室に入ってきた相澤に、皆抜群の反射神経で席に戻り、私語も消えた。相澤は教卓の前に立つと、早速話をはじめた。


「昨日話した通り、まずは“仮免”取得が当面の目標だ」


はい!とシャキッとした返事が教室に響く。相澤は教卓に両手を突きながら顔を上げて、厳しげな表情で生徒たちの顔を見回した。

ヒーロー免許は人命に直接関わってくる、責任重大な資格となる。そのため当然取得の試験は審査が厳しく、たとえ仮免といえど、その合格率は例年五割を切るほどである。

自身の“個性”は、あまりにも危険を抱えている。だからこそ、人命を背負えるだけの責任が、自分にはあるのだろうか。不意に不安を覗かせた水世だったが、こんなままの自分ではダメなのだと考え直し、頭を振った。


「そこで今日から君らには、一人最低でも二つ……」


不意に相澤が、ドアの方へ向けて人差し指をクイッと動かした。まるで誰かを呼ぶような仕草に不思議がっていれば、突然に教室の扉が開いた。そこから現れたのは、セメントス、エクトプラズム、ミッドナイトの三人だった。


「必殺技を、作ってもらう!」

「学校っぽくてそれでいてヒーローっぽいのキタァア!!」


必殺技という単語に、クラスは大いに沸いた。ヒーローと言えば、やはり当然、必殺技が付き物。ヒーローに憧れる子どもなら、誰もが一度は己の必殺技を考えたりしたことだろう。


「必殺!コレスナワチ必勝ノ型・技ノコトナリ!」

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない。戦闘とは、いかに自分の得意を押しつけるか!」

「技は己を象徴する!今日日必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」


一気にテンションの上がったクラスメイトたちの熱量に、水世は一人驚きつつも、少しドキドキしていた。最近になってようやっと、自分もスタートラインに立てた。この鼓動が、真にヒーローを目指す彼らとの温度差が、少しずつ縮まっていっているのを表しているようで、水世はぎゅっと心臓辺りを押さえた。


「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館γへ集合だ」


相澤の言葉に気合充分な返事をした生徒たちは、皆自身のコスチュームが入ったバッグを持って、大急ぎで更衣室に向かった。この服に着替えるのも、なんだか久しぶり。水世はそんなことを思いながら袖を通した。

着替え終えた生徒たちが集合したのは、体育館γ。通称トレーニングの台所ランド、略してTDLと呼ばれる場所だ。流石にその略はまずいのではないかというツッコミは、皆心の中にとどめた。

どうやらこの施設の考案者はセメントスらしく、生徒一人一人に合わせた地形や物を用意できる、という意味を込めての台所らしい。なるほどと水世が感心していれば、飯田が勢いよく挙手をした。


「何故仮免許の取得に必殺技が必要なのか、意図をお聞かせ願います!」

「順を追って話すよ」


勢いの有り余っている飯田を落ち着けと諭しながら、相澤は彼の質問に対しての返答を話した。


「ヒーローとは、事件・事故・天災・人災……あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然、その適性を見られることになる」


情報力、判断力、機動力、戦闘力という一般的なものから、コミュニケーション能力や魅力、統率力など、様々な適性を、毎年違う試験内容で試されることになる。そんな中でも戦闘力は、これからのヒーローにとっても極めて重視される項目になるのだと、ミッドナイトは語った。備えあれば憂いなし、技の有無は合否に大きく影響してくるのだと。

状況に左右されることなく、安定した行動を取れるのならば、それは高い戦闘力を有していることにもなってくるのだ。そして必殺技は、必ずしも攻撃手段である必要はない。索敵や拘束、防御など、どんな手段でも問題はない。


「例エバ飯田クンノ“レシプロバースト”。一時的ナ超速移動、ソレ自体ガ脅威デアル為、必殺技ト呼ブニ値スル」


エクトプラズムの言葉に、飯田は深く感じ入っているようだった。つまりは、「これさえやれば有利・勝てる」という型、それが必殺技。水世はなるほどと頷きながら、果たして自分の“個性”にそんな技はあったかと首を傾げた。


「中断されてしまった合宿での“個性”伸ばしは……この必殺技を作り上げるためのプロセスだった。つまりこれから後期始業まで……残り十日余りの夏休みは、“個性”を伸ばしつつ必殺技を編み出す――圧縮訓練となる!」


セメントスが即席で作り上げたセメントの岩場に、エクトプラズムが作り出した分身を配置させた。どうやら一人一人を、個別でエクトプラズムが見てくれるということだろう。


「尚、“個性”の伸びや技の性質に合わせてコスチュームの改良も並行して考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」

「――ワクワクしてきたぁ!!」


溌剌とした声が体育館に響く。皆の表情は、期待や高揚、真剣さを帯びていた。一方水世はと言うと、少し神妙な表情を浮かべていた。

必殺技の考案の前に、彼女の場合は“個性”の完全なコントロールができていないのだ。だからこそ、契約をして能力制限――所謂リミッターをかけている。一次拘束状態ならまだしも、二次拘束に到達でもしたら、試験どころの騒ぎではなくなる。


「誘」


意気揚々と岩場に駆けていったクラスメイトとは別に、考えるように顎に手を置いて立ち止まっている水世の姿に、相澤が声をかけた。ハッと顔を上げた彼女は慌てて自分も岩場に行こうとしたが、もう一度相澤に名前を呼ばれ、ちょいちょいと手招きをされた。


「おまえの課題は、“個性”のコントロールだ。だがとりあえずは、一次拘束状態でも問題なく扱える必殺技も考えろ」

「一次拘束状態でも、ですか……」

「ああ。“個性”コントロールは時間が必要になってくる。仮免試験には間に合わないだろ。だからこそ、だ」


水世がわかりましたと頷くと、相澤は皆の方へ行くように指示した。一礼をした彼女は、一人余っているエクトプラズムのところへと駆け出した。


「すみません、先生」

「気ニスルナ。ソレヨリ、必殺技ノ方向性ハ考エテアルノカ?」

「その、それが……あまり……」

「フム……君ノ“個性”ハ、手数ガ多イ。ダガ炎ヤ風ナドハ、ソレ単一ノ“個性”持チニ比ベレバ扱イガ劣ル。ナラバソレ以外ノモノニシテハドウダロウ」


少し考えた水世は、いくつか候補を挙げた。使用頻度の高いエネルギー弾、黒槍。そしてあまり使うことのない、矢と鎖。


「エネルギー弾ト黒槍ハ見タコトガアルガ……他二ツハドンナモノダ?」

「見せた方が早いですよね」


水世は“個性”を発動させると、人のいない方向に向けて左手をかざした。彼女の手のひらの前に魔法陣が展開したと思うと、そこから出現したのはエネルギー弾や黒槍ではない。黒い光をまとった矢が、勢いよく噴出してきた。それはセメントスが作ったセメントの壁に亀裂を入れた。


「これが矢です。大きさによって出せる数が変わってきます。小さければその分一度に多く出せますが、大きな矢を出すなら一本ずつになります。鎖は、攻撃よりは拘束の方が得意ですかね」


そう呟くと、彼女は同じ魔法陣から今度は黒い鎖を出現させた。勢いよく飛び出したその鎖は、エクトプラズムの体に巻きつくと、ギュウギュウと締めつけた。


「鎖は私の意思で自由に動くんです。なのでこちらに引っ張ることもできます」


パッと水世が“個性”を消すと、魔法陣も鎖も瞬時に消えた。すみません、と謝る彼女に首を振ったエクトプラズムは、今度は必殺技のビジョンが見えているかを尋ねた。水世は少し考えると、なんとなくはとこぼしながら、言葉を続けた。


「魔法陣は複数出せるので、それで相手を囲んでエネルギー弾なり矢を放ったり……そんな感じになるかな、と」

「ナルホド。確カニソレラハ必殺技ニナリソウダ。シカシ“個性”ヲ伸バス為ニモ、色々試シテミルノモ手ダ」


そう告げたエクトプラズムは、いくつか質問をしてもいいかと尋ねた。首を傾げた彼女だが、はいとすぐに頷いた。


「二ツノ魔法陣カラ別々ノモノヲ出スコトハ可能ナノカ?」

「したことはないので、なんとも……」

「デハ、魔法陣同士ヲ繋グコトハ?」

「魔法陣同士を繋ぐ……?」

「例エバ魔法陣ヲ対極ニ設置シ、片方カラ鎖ヲ出シ、モウ片方ノ魔法陣ニ入レル、トイウコトハ?」


魔法陣でスタートとゴールを作る、ということか。そう尋ねると、エクトプラズムは一つ頷いた。

それは、考えたこともなかった。新たな視点が開けたような気分だ。しかし果たして、それが可能かは謎だ。彼女自身、自分の“個性”に詳しいわけではない。何せ完全にコントロールができないし、だいぶ能力の制限を行なっているのだ。実は自分が知らない能力があってもおかしくはない。ここは自分よりも詳しい存在に聞いた方が早いだろう。そう結論を出した水世は、満月に声をかけた。


《エクトプラズム先生が言ってることって、実際できるの?》


果たして教えてくれるだろうか。少し不安に思いながらも返答を待てば、彼はすぐに答えを返した。


《魔法陣同士を繋ぐことはできる》

《え?できるの?》


素直に教えてくれたこともそうだが、「可能」であるという答えに、彼女は驚いた。しかしどんなメカニズムなのだと疑問に思えば、その疑問をわかっていたかのように、満月はスラスラと語った。


《魔法陣は扉と同じだ。古くは魔法円って名前で、召喚したモノから召喚者を守るための結界のような用途だった。つまり、その円は聖域を定義する物質的基盤……邪魔な外部の霊的諸力を遮断する結界だ。その円の中は、異界と一緒なんだよ》

《異界……》

《ああ。それが長い年月をかけて用途が変わってきたわけだが……そこが扉なことに変わりはねえ。異界を繋ぐ、扉なことにはな。おまえの瞬間移動、あれも魔法陣を展開させて使うだろ?鎖も矢も、アレらは魔法陣という扉から出してると考えてみりゃあいい。その軌道上にもう一個扉を置くようなもんだ》

《じゃあ、魔法陣から別のものを出すのは?》

《同じ魔法陣から同時に出すのは無理だが、同時でなけりゃ可能だ。同時に出したいなら別の魔法陣を展開させる必要がある》

「大丈夫カ?」


じっと黙りこくってしまっていた水世に、エクトプラズムが心配そうに声をかけた。満月との会話に意識を向けていた彼女は、今が特訓中であることを思い出して我に返り、慌ててエクトプラズムに謝った。


「その、同じ魔法陣から同時に二つのものを出すことはできませんが、魔法陣同士を繋ぐことも可能です。ただやったことはないので……感覚は、掴めてないです」

「ソウカ。ナラ、マズハソノ感覚ヲ掴メルヨウニシテミヨウ。ナニカ必殺技ノヒントニモ繋ガルカモシレナイ」

「はい……!」


ビジョンはまだ見えないが、ひとまず方向性は決めることができたと考えていいだろうか。肩の力を抜くように一度深呼吸をした水世は、よろしくお願いします、とエクトプラズムに頭を下げた。