- ナノ -

好きなものはなんですか


部屋作りが終わる頃には、昇っていた日は落ちきって、代わりに月が顔を出していた。水世が一息ついてお茶でも飲もうと思っていると、控えめに部屋の扉をノックされた。誰だろうかと扉を開ければ、蛙吹を除いた女子たちの姿があった。


「水世ちゃん、部屋はできた?」

「うん」

「ならさならさ、お披露目大会しようよ!」


お披露目大会。復唱した水世に、芦戸が笑顔で頷いた。先程他の女子も誘ったところらしく、今から男子を誘いに行くのだそうだ。自分の部屋はそう面白いものでもないだろうが、ワクワクを隠しきれない彼女たちを見て、水世は二つ返事で頷いた。

やったー!と両手を上げて喜んでいる葉隠にそこまで嬉しいのかと不思議そうにしつつも、水世は五人と一緒に一階の共同スペースへ向かった。

一階には、爆豪以外の部屋作りを終えただろう男子たちが集まっていた。そんな彼らに駆け寄ると、芦戸が嬉々とした様子で、部屋のお披露目大会をしないかと持ちかけた。


「じゃあまずは、二階の緑谷の部屋からね!」


え、という男子たちの反応も、緑谷の慌てて止める声も気にとめず、女子たちは二階へ上がると、緑谷の部屋をガチャリと開けた。

中は彼の性格、基彼の趣味が大いに表れているオールマイトだらけの部屋だった。ポスターはもちろん、ブロマイドやフィギュア――最新版である雄英教師バージョンもある――カーペット、至る所がオールマイトで飾られている。緑谷ルームというより、これではオールマイトルームなのでは。そう思った水世だったが、言葉にはしなかった。


「やべえ、なんか始まりやがった……」

「でもちょっと楽しいぞコレ……」


ごくりと喉を鳴らす上鳴と瀬呂を尻目に、常闇は次の標的が己だと勘付いているのだろう。自身の部屋の扉に背を預けて通せんぼをしていた。そんな彼を、芦戸と葉隠が二人がかりで押し退けて、勢いよく扉を開けた。


「黒!怖!」


タンスの上には頭蓋骨やアロマキャンドル、壁には黒いローブや鹿の頭がかけられ、カーペットや包布、カーテンも真っ黒だ。ベッドの天井には何故か大きな目玉の壁紙が貼られている。好奇心の赴くままに中を物色するクラスメイトに、常闇は体を震わせながら渾身の「出ていけ!!」という声を上げた。

次に向かった青山の部屋は、常闇とは真逆の眩しい部屋だった。電気はミラーボールになっているし、スポットライトも付け足され、鏡が多く置かれている。


「思ってた通りだ」

「想定の範疇を出ない」


なんとも厳しい言葉を言いながら、芦戸と葉隠は部屋を出ていった。残りの二階の人は、と一番奥の部屋を見れば、峰田が目を充血させながら、人差し指をくいくいと動かし、部屋に入るよう促す姿があった。荒い息を吐き、血管を浮かばせているその顔に良からぬ気配しか察知しなかった面々は、峰田の部屋は無かったことにして早々に三階へ向かった。

まず入った尾白の部屋は、シンプルで特に飾り気のない、所謂「普通」の部屋であった。その次の飯田の部屋は難しそうな本が棚にずらりと並び、そのあまりの多さに入りきらなかった分は床に積まれている状態だ。そして壁には大量のメガネのストックが飾られており、麗日が噴き出していた。上鳴の部屋は物が多く、ゴチャゴチャとしている印象を与えた。三階最後の部屋は口田で、彼の部屋もシンプルであったが、ペットなのか白いウサギの姿があり、女子たちはウサギにすぐさま食いついていた。

三階の男子部屋を見終え、面々が廊下に出ると、上鳴が一言「釈然としねえ」と呟いた。その言葉に、部屋を見られた男子たちが大いに同意を示した。


「男子だけが言われっ放しってのは変だよなァ?『大会』っつったよな?なら当然!女子の部屋も見て決めるべきじゃねえのか?誰がクラス一のインテリアセンスか、全員で決めるべきなんじゃねえのかあ?」


女子たちの容赦無い舌剣が、男子たちの競争心に火をつけたのだ。峰田の言葉に思いの外芦戸は乗り気なようで、何故か突然に第一回――果たして今後第二回があるかは謎の――A組ベストセンス決定戦が開幕された。

しかしながら興味のない面々がいるのも事実で、障子なんかスマホを弄っている。水世が彼に何を見ているのかと尋ねれば、先日見つけた猫の写真を見ているとのことだった。


「わ、かわいいね」

「ああ。家の近くでくつろいでいたんだ」

「猫たち、この時期はたまに溶けてるもんね」


呑気に二人が話している間に、いつの間にかクラス一の部屋王を決めることで話はまとまったようで、まずは男子部屋から見ていくとのことだった。早速四階へ上がり、既に寝ている爆豪を除いた他二人の部屋を見ることとなった。


「じゃあ切島部屋!ガンガン行こうぜ!」

「どーでもいいけど、多分女子にはわかんねぇぞ……この男らしさは!」


あんな柄のカーテンとか時計あるんだ。水世は炎柄のカーテンと、両腕の生えた時計を見て、そんなことを思った。切島の部屋は、何故か大漁と書かれたポスターや、数枚の書き初め、彼が憧れている紅頼雄斗のポスターなどが壁に貼られ、筋トレグッズや週刊少年誌などが置かれていた。


「彼氏にやってほしくない部屋ランキング二位くらいにありそう」

「アツイね、アツクルシイ!」


二位というのが中々なリアルさを醸し出している。麗日は恐らくフォローしているつもりなのだろうが、あまり意味はなく、切島は若干目に涙を滲ませていた。

次の障子の部屋は、面白いものどころか必要最低限の物以外何もなかった。あるのは布団と机、座布団だけだ。所謂ミニマリストというもので、本人曰く幼い頃からあまり物欲はなかったらしい。


「こういうのに限ってドスケベなんだぜ」


瞬間、峰田の首は障子に絞められた。

四階の男子部屋を見終え、一階上がって五階へとやってきた面々は、まずは瀬呂の部屋に入った。アジアン家具でまとめられた部屋は、今まで見た中では一番オシャレという言葉が似合うだろう。存外家具などにはこだわるようで、これがギャップかと水世は一人感心した。

次の部屋は、女子たちが密かに期待している轟の部屋だった。クラス屈指の実力者であり、クラス屈指のイケメン。普段からクールな彼の部屋はどんなものなのか。そんなドキドキを抱えているとは知らない轟は、「さっさと済ましてくれ、ねみい」と告げて扉を開けた。瞬間、皆驚愕で部屋を凝視し、声を上げた。


「造りが違くね!?」


轟の部屋は、和室に変貌を遂げていた。フローリングであったはずの床には畳が敷き詰められており、電気も家具も、全部和物で統一されている。曰く、実家が日本家屋なためフローリングは落ち着かないとのことだが、この寮に来たのは皆今日が初めて。部屋の内装はどこも同じであったというのに、当日即リフォームという行動力の速さに驚くのは当然のことだろう。当の本人は「頑張った」の一言で済ませるのだから、中々である。


「じゃあ次!男子最後は!」

「俺。まー、つまんねー部屋だよ」


男子最後は砂藤の部屋だった。轟の部屋のインパクトが強すぎることもあって、砂藤の部屋はパッとするものはない。しかし部屋に入った途端香る甘い匂いや、オーブンレンジやボウル、泡立て器等、これまでの部屋では見なかった物も置かれていた。

部屋に入った尾白が匂いについて触れると、砂藤は慌ててオーブンレンジに駆け寄った。


「シフォンケーキ焼いてたんだ!みんな食うかと思ってよォ……ホイップがあるともっと美味いんだが……食う?」

「模範的意外な一面かよ!!」


シフォンケーキという単語に、女子は真っ先に飛びついた。砂藤から一欠片貰った水世も、お言葉に甘えて一口食べてみる。ふわふわの食感もさることながら、ホイップやチョコなどをかけていない状態でも感じる甘みに、水世は目をぱちくりさせた。


「美味しい……砂藤くん、すごいね」

「そうか?でも、褒められて悪い気はしねえな」


女子たちからの高評価に、砂藤は照れたように頬を赤くしながら頭を掻いた。皆砂藤の作ったシフォンケーキの美味しさに感嘆しながら、今度は女子部屋を見るために、再び一階へと降りていった。


「まずは二階の水世ちゃんの部屋だね!」


男子同様下から見ていくようで、女子部屋のトップバッターは唯一二階部屋である水世の部屋だった。特に何もないけど、と前置きした彼女は自室の扉を開けて、クラスメイトを中へ招いた。


「お、おお?」

「どシンプルだ……」


水世の部屋は、障子ほどとは言わないが、物が少なく、また色味もなかった。カーテンは無地のクリーム色と白いレースで二重になっており、白のベッドシーツに、小花柄の白い包布。学校側の用意したタンスや机は特に装飾もなく、カーペットも黒一色のもの。黒のボックス本棚の中には小説以外にも童話が並べられ、テレビ台には買い置きしているのか、未開封の新品のノートが積まれており、折り畳み式の白い丸テーブルが隅に置かれていた。ほとんどが黒と白で固められた部屋の壁にかけられた雄英の制服は、この空間では少し浮いている。


「なんか意外な部屋かも……」

「なんつーの、モノクロ?」


予想外の内装だったのか、皆興味深げに水世の部屋を見回している。そんな中で、一つ鮮やかな色を放つものが、目覚まし時計のそばに置かれていた。


「緑谷くん?どうしたの」

「あ、いや……これなんだろうと思って」


緑谷が指差したのは、一枚の写真だった。夕焼けに染まった海が切り取られているそれは、この空間では些か浮いていた。水世は目をぱちくりと瞬かせたと思うと、ああ、と一言呟いて、ふわりと笑った。


「幼馴染がね、海に行った時にお父さんが撮ったんだって。私が好きだろうからって、くれたの」

「水世、そういうの好きなのか?」


緑谷との話を聞いていたらしい轟が、写真と水世とを交互に見ながら尋ねた。頬を掻いた水世は少し悩むように苦笑いを浮かべた。言いあぐねているかのようなその仕草に、轟は咄嗟に水世の腕を掴んだ。


「俺、水世のこと何も知らねえから。だから、知りたい。教えてほしい。好きなものでも、嫌いなものでも、何でも」


目を丸くしている水世を、轟は真剣に見つめている。えっと、と困ったように眉を下げている彼女をよそに、私も!と八百万の声が聞こえた。


「私も、水世ちゃんのことたくさん知りたいです!」


どこか目を輝かせているようにも見える八百万に、水世は益々困惑した表情を見せた。そんな彼女を知ってか知らずか、他の人まで便乗するように俺も、私も、と言いはじめる。急にどうしたのかとクラスメイトを見つめる水世に、切島が「俺たち」と話しはじめた。


「水世のこと、何も知らねえんだって気付いたんだよ」

「水世ちゃん、自分のこと話してくれないからさ」

「だから誘さんのこと、みんなもっと知りたいんだよ」

「そーそー!てかさ、すげえ今更なんだけど、誘のこと名前で呼んじゃってもいい?」


その言葉に、水世はパクパクと口を開閉させると、おずおずとこぼした。


「写真が好き、っていうか……ううん……『この風景』が好き、かな。あと、呼び方は、好きなように呼んでもらって大丈夫。名字だと、伊世くんとややこしいだろうし……」


それより、もう次行こうよ。何故か注目を浴びて恥ずかしくなったのか、水世はみんなに部屋から出るよう促した。そこでようやく本来の目的を思い出したらしい芦戸や葉隠が、駆けるようにエレベーターの方へ向かった。

三階に上がると、まずは耳郎の部屋を見せてもらった。中にはドラムやギター、キーボードなどの楽器や、コンポ、ヘッドフォンなど音楽関連の物が置かれていた。部屋を見られるのが恥ずかしいのか、照れたようにイヤホンジャック同士を合わせている耳郎に、上鳴と青山の不躾な言葉が飛ぶ。そんな二人をイヤホンジャックでぶっ刺しながら、耳郎は次を促した。

次に入ったのは葉隠の部屋だ。花柄の包布を被せたベッドの上には大きなぬいぐるみが置かれ、棚にもニワトリやカエルなどのぬいぐるみが飾られている。いかにも女の子らしい部屋に、男子たちは興味を惹かれているようだった。そんな中で堂々とタンスを開けようとしていた峰田は、耳郎のイヤホンジャックの餌食となった。

続いての芦戸の部屋は、柄物多めだがゼブラ柄やハート柄など、女の子の好きそうなデザインで固められている。麗日の部屋はござが敷かれており、豚型の蚊取り線香や急須、扇風機など、庶民的でシンプルな内装だ。蚊取り線香なんかは幼馴染の家でも見たことがあるもので、水世はなんだか親近感を覚えた。

最上階である五階に戻ってきた面々は、次は蛙吹の番かと振り返る。だが蛙吹の姿が見えないことに疑問を感じていれば、麗日が彼女は気分が優れないようだから、と教えてくれた。


「じゃ、最後は八百万か!」

「それが……私見当違いをしていまして……少々手狭になってしまいましたの」


八百万の部屋の中を見せてもらい、真っ先に目に入ったのは、天蓋のついたベッドだった。部屋の半分を埋めているその存在感に圧倒され、またそのせいか些か狭くなってしまっている部屋にもまた驚きを受ける。


「私の使っていた家具なのですが……まさかお部屋の広さがこれだけとは思っておらず……」


お嬢様なんだね。クラスメイトの心の声が一致した瞬間であった。

蛙吹と爆豪、峰田以外の部屋を見終えた面々は、一階の談話スペースへと戻って、早速投票を行った。水世はそれぞれの部屋を思い出して考え、麗日に票を入れた。

見せてもらった部屋の中で、彼女の部屋が個人的に安心感があった。きっと幼馴染の家にもあった物がちらほら置かれていたからだろう。紙に名前を書いて折りたたんだ水世は、投票ボックスの中に紙を入れた。


「それでは!爆豪と梅雨ちゃんを除いた……第一回部屋王暫定一位の発表です!投票数五票!圧倒的独走単独首位を叩き出したその部屋は――砂藤力道!!」


選ばれた砂藤本人が一番驚きの声を上げた。全て女子票とのことだが、投票理由はケーキが美味しかったというものなため、最早部屋は無関係である。だが女子からの支持を得たということもあり、砂藤は上鳴と峰田から文句を言われながらも嬉しさを隠しきれないようだった。

突発的に始まった部屋王も終わったことだしと、水世はあくびをしながら、いそいそと部屋に戻った。

どうにも、大勢との生活が慣れない。そもそもこれまでの水世は、家族と暮らしながらも、家族と過ごしていなかったのだ。伊世や重世とまともなコミュニケーションを取りはじめたのだって、親が死んだあとのこと。それまでは、同じ家に住む他の四人とは最低限の関わりしかなかった。だからこそ、これからの共同生活というのは、彼女にとっては未知であった。

家族と上手く生活できなかった自分が、他人と上手く生活できるのだろうか。そんな悩みに、彼女は一人ため息を吐いた。


《気にすることはねえ。むしろ、これからは家事が減ると考えりゃあ楽じゃねえか。掃除は自分の部屋だけでいい、洗濯も自分の分だけ、飯も作らなくていいんだぜ?》

《でも一日のルーティンが変わるから、なんか、やっぱ慣れないよ》

《なに、最初のうちはそうでも、少しずつ順応するさ》


だといいなあ。呟いた水世は、もう一度あくびをこぼして、部屋に入った。