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思い込みという刷り込み


テストは出席番号順に行なっていくようで、水世は五番目だった。幼馴染の“個性”ならばだいぶ使い勝手がいいが、水世のはそうもいかない。どうせなら席順が良かったと思いつつも、仕方がないと諦め、前四人から何かしらヒントを得ようと注視した。

第一種目の五十メートル走は、早速ヒントが得られた。出席番号一番の青山優雅の“個性”の「ネビルレーザー」。彼はベルトから射出したレーザーを使うことで走ることなく――一秒以上の放出は腹痛に襲われるため、途中背中から転けていたが――五十メートル走を終えていた。

水世はその手があったかとスタート位置に立ち、ゴールに背を向けたまま左腕を前に出した。隣に立っている麗日お茶子が不思議そうに彼女を見たが、水世は気にしなかった。

スタートの合図と同時、水世が“個性”を発動させると、左手の甲に紋様が出現した。彼女が軽くジャンプしたと同時、手のひらの前に黒い魔法陣が展開されたと思うと、そこから紫色のレーザーが放出された。水世はそのレーザーの勢いのまま五十メートルを駆け抜け、半分を超えた辺りで“個性”を解いてゴール地点前に着地。勢いで靴底が地面を滑り、そのままゴールした。

威力は大幅に抑えたため、記録は五秒台だった。だがそれなりの記録だろうと水世は息を吐いた。

第二種目の握力では有効なものが見つからなかったため、特に何をするでもなく、普通に測定した。立ち幅跳びでは五十メートル走同様にレーザーで対応し、反復横跳びは普通に測定。水世は“個性”を使用したり使用しなかったりしつつ、測定を終わらせていった。

八百万は“個性”で創り出した道具でどの種目でもすごい記録を出しており、他にも“個性”を発揮して突出した記録を上げている者もいれば、“個性”が不利なためにパッとしない記録の者もいる。水世は所々でそれなりの記録を出しているため、全体の順位も上位でなくとも真ん中辺りは狙えるだろう、と予想していた。


「誘!やっぱおまえの“個性”すげえしかっけえな!レーザーも出せるなんてさ!」


立ち幅跳びを終えた切島が、自身の番を終えて他のみんなが終わるのを待っていた水世に声をかけた。彼女は笑みを浮かべてお礼を伝えた。


「俺の“個性”は『硬化』だから、地味でさ。おまえみたいなのには、ちょっと憧れるな」


歯を見せて笑いながら言った切島に、水世は少し首を傾げた。


「そうかな?『硬化』は攻撃力も防御力もあるから利便性が高いし、単純に強いと思う。それに派手さより、その“個性”の使い道とかの方が重要だと思うよ」


いい“個性”だよ。彼女が切島の方を見てそう伝えると、彼は目をぱちくりとさせた。まさか褒められるとは思っていなかったのか、水世の言葉にサンキューと呟きながら、切島は照れたように笑った。

第五種目のボール投げは、水世は特に“個性”を使うことはせず、普通に投げて終えた。彼女の次に行った麗日は∞という記録を叩き出し、これを超える記録はもう誰にも出せないだろう。

水世が残りのクラスメイトの順番を待っていれば、一人顔を真っ青にした少年が目に入った。パッとしない記録続きで最下位になる焦りや恐怖からなのか、今にも倒れそうなくらいに顔色が悪い。緑谷、と名前を呼ばれた彼の順番が回ってきて、ボール投げの位置についた彼の顔色は悪くなるばかりだ。水世が心配しつつ彼のことを見ていれば、緑谷出久は険しい表情を浮かべて勢いよく振りかぶった。

記録は、四十六メートル。緑谷は、何か不可解なことがあったのか、困惑をあらわにして自身の手のひらを見つめている。


「“個性”を消した。つくづくあの入試は……合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学できてしまう」

「消した……あのゴーグル……そうか……!抹消ヒーローイレイザーヘッド!!」


緑谷の言葉に、クラスメイトたちはざわつきを見せている。どうやらイレイザーヘッドというヒーローを知らない者が多いようで、名前だけは聞いたことがある、と知名度自体はそう高いわけではないらしい。

前髪を逆立てさせた相澤は、緑谷のもとに歩み寄りながら何かを告げている。何を話しているのか定かでないが、相澤が離れたあと、緑谷はボールを持ったまま取り憑かれたように一人で呟いていた。

彼が再び腕を振りかぶったと思うと、先程の記録が嘘のような、爆豪並の大記録を打ち出した。ものすごい勢いで飛んでいくボールに目を瞬かせた水世は、緑谷の方を見て目を丸くした。彼の人差し指が、変色して腫れ上がっている。瞳に涙を溜めながらも拳を握りしめた彼の表情は、やはり顔色がいいとは言えない。

相澤は何故か飛び出していった爆豪を抑え、緑谷の方はまだテストを続ける気でいるらしい。彼を保健室に向かわせた方がいいのではないかと思ったが、相澤は続けさせる気であるようなので、特に意見しなかった。

その後他のテストも終え、結果発表の時間となった。トータルは単純に、各種目の評点を合計。相澤は口頭でも説明は時間の無駄だからと、結果を一括開示した。

結論から述べると、一位は八百万、最下位は緑谷となった。水世は真ん中辺りの平均的ラインであり、妥当な位置だろうと一人納得し、満足した。


「ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」


その言葉に、最下位であった緑谷だけでなく、麗日、飯田も大きな声を上げた。相澤はそんな彼らの反応を無視して、テスト終了と、教室にあるカリキュラム等の書類に目を通すことを告げた。そして去る前に緑谷にリカバリガールのもとに行くように言うと、保健室利用書を手渡した。


《アレは本気だった。合理的虚偽ってのが嘘だな》


嘘を撤回したということは、何かしら理由があるのだろう。しかしもう終わったことだ。結果として除籍は誰もいなかったのだから、それでいいだろう。水世はぼんやりとそう思いながら、着替えるために更衣室へ向かった。













更衣室で着替えを終えた水世が教室へ戻れば、それぞれの机の上に書類が置かれていた。水世は自分の席に座って書類に目を通していった。

教室へ戻ってきた生徒たちは、水世同様に書類に目を通す者、近くの席の人と話をしたり連絡先を交換する者など、各自好きなように過ごしている。相澤は教室に戻ってくる気配はなく、“自由”という校訓がピッタリな学校だと、水世は実感した。


「誘!誘の“個性”のレーザーって、なんかデメリットとかあるの?」


カリキュラムなどを見終えた水世に、芦戸が駆け寄ってきた。彼女の突然の問いに不思議に思いながらも、水世は特にないことを告げると、彼女は廊下側の列の一番前の方を振り返って笑った。


「じゃあ青山のレーザーより便利じゃんか!青山、一秒以上出したら腹痛になるらしいし!」

「なっ!?」


じょーいごかんだ!と笑う芦戸に、水世は苦笑いを浮かべた。

自分の“個性”はレーザーではないことは、水世は口にはしなかった。デメリットというものがないわけでもないが、青山のように腹痛などの痛みを訴えるものではない。説明が少々ややこしくもあるし、そもそも“個性”を話すつもりもないのだから。相手側が勝手に勘違いして、そういう“個性”なのだと認識してもらえるのなら、それに越したことはなかった。伊世が言っていた通り、周りの都合の良い勘違いに上手く乗っておけばいいだけだった。

明日からどんな授業があるのだろうかとワクワクしている芦戸と軽い世間話程度の言葉を交わしていれば、教室の扉が開いた。保健室に行っていた緑谷が戻ってきたのかと思ったが、扉を開けたのは違う人物だった。見知らぬ生徒に視線が注目するも、彼は気にすることなく水世を視界に捉えた。


「帰るぞ、水世」

「伊世くん。うん、わかった」


一言告げた伊世を見て、水世は立ち上がって書類をバッグに入れた。「伊世って確か、もう一人の特別推薦じゃなかったか?」「そういや、二人とも名字が誘だったよな」と教室内がざわついている。芦戸に双子か聞かれた水世は、曖昧に笑いながら頷いた。


「私が、妹。伊世くんが兄なの」


双子は初めて見た、と二人を交互に見た芦戸は、存外似てないことに首を傾げた。水世は二卵性だからと笑った。


「おまえ!実技試験でなんかスッゲーことしてた奴!光属性魔法みたいなのしてた奴じゃん!」


伊世を見た金髪の少年が、立ち上がって声を上げた。どうやら伊世と同じ演習場だったようで、彼は興奮した様子を見せている。伊世は視線だけ向けたが、片眉を上げて「誰だおまえ」と淡白に呟いた。


「俺は上鳴電気。おまえと同じ演習場だったんだよ。ビビったぜ、アレ。何百本も矢を出してさ、でっけえ敵をボッコボコ!」


興奮した面持ちの上鳴を見つめる伊世だったが、彼は視線を水世に向けて彼女を急かした。水世は慌ててバッグを肩に掛けると、芦戸に軽く頭を下げて伊世の方へ行き、クラスメイトにお辞儀をして教室を出た。