- ナノ -

視野の狭さに気付かない


今日も今日とてみっちりと扱かれた面々は、疲れた体に鞭打って夕食を作り上げた。相変わらず切島や上鳴たちが美味い美味いと声を上げて、わいわいと楽しく明るい夕食を過ごした。

分担して後片付けをするなか、水世はふと、隣で一緒に食器洗いをしている常闇を見て、昨夜の蛙吹の言葉を思い出した。


「……常闇くんの“個性”はさ、黒影くんなんだよね」

「ああ」

「自分の中に別の生物がいるってさ、なんか、こう……ちょっと特殊な“個性”でしょ?最初は、なんか言われたりしなかったの?」


些か不躾な発言にあたるかもしれないと、言った後に思う。すぐに謝った方がいいだろうかと彼女が考えると、常闇は特に気にした様子もなく、「まあ、そうだな。昔は畏怖されることは少なくなかっただろう」と呟いた。


「黒影に恐怖する幼子は今でも多いからな」

「そっか……」

「おまえも怖がられていたのか、常闇」


ゴミ捨てから帰ってきた障子が、話が聞こえたのだろう、会話に加わった。おまえ「も」ということは、彼も周りの輪から少し外れていたのだろうか。水世がぱちくりさせながら障子を見上げると、彼は自分の複製腕に視線を向けた。


「本来の人の形とは異なるぶん、怖がられることが多かった」


話を聞き、水世は失礼な事を聞くけど、と前置きして、おずおずと尋ねた。


「何で、二人はヒーローを目指したの?その、“個性”で怖がられたりしたのに」


意外な質問だったのか、常闇と障子は互いに顔を合わせた。そして愚問だとでも言うように笑みを浮かべる。


「憧憬を抱いた。それに尽きる」

「俺の“個性”は戦闘に向いたものではない。それでも、ヒーローとしてできることはあると、“個性”を役立てることができると……誰かの助けになることはできると、そう思っている」

「周囲に恐怖されようとも、黒影は俺の一部であり、俺の相棒だ。俺が“個性”コイツを否定しては、誰が“個性”コイツを認める。否定し続けても何も得られないならば、受け入れ、肯定し、認め合い、得るものを探す方が有意義だろう」


二人の答えは、ひどく水世には新鮮で、想像もできなかったもの。“個性”を受け入れて、共存する道を選んだ彼らは、自分と同じ境遇にいながらも、まったく別の思考や考えをしていた。


「水世の“個性”は、人気が出そうだな」

「幼少の頃から周囲の目を集めていたんじゃないか?」


彼らの言葉に、水世は曖昧に笑った。そんなことないよ、そう呟きながら。













肝試し?皿洗いを終えた後にはしゃぎだした芦戸や上鳴を見て、水世は首を傾げた。夕飯の後にクラス対抗肝試しを行うらしいことは初耳だったのだが、どうやら昼間の訓練中にその話は既にあったらしい。考え事に没頭していた水世の耳にはまったく入ってこなかっただけのようで、彼女は反省した。

夏といえば、ですぐに出てくるだろうイベントに、やはりまだ高校生。心なし期待した風に見える周囲。だが相澤がまったく心のこもっていない声音で、大変心苦しいが、とこぼした。


「補習連中は、これから俺と補習授業だ」


瞬間、芦戸の瞳がギュルンと剥き出され、彼女は汗をダラダラ流しながら「ウソだろ!?!?」と叫んだ。相澤は容赦なく補習メンバーを拘束すると、嫌がる面々を引きずって宿泊施設の方へ向かっていく。あれだけ楽しみにしていたイベントだというのに一切参加できないことに、水世だけではなく、他の人たちも同情しているようだった。


「なんつーか、ドンマイだわ……」

「芦戸さん、期末試験前から楽しみにしていましたのに……」


補習メンバーの切望の声が小さくなっていくなか、ルール説明は行われた。脅かす側の先攻はB組で、既にルートの各ポジションにスタンバイしている。A組は二人一組で三分置きに出発し、ルートの中央地点にある名前を書いたお札を持って帰る、という簡単なルールだ。脅かす側は直接接触は禁止であり、“個性”を使用した脅かしネタを使う、という人によっては中々不利なものだ。

ペアは公平を期して、くじ引きで行われた。マンダレイが数字の書かれた割り箸の束を手に、順番に生徒に引かせていく。水世は一番左側にあった割り箸を引いて、先の方に書かれた数字を見た。


「水世ちゃん、何番?」

「私は八番。最後だよ。蛙吹さんは?」

「私は五番よ」

「あ、じゃあ梅雨ちゃんとペアだ!」


麗日が手を上げて、蛙吹へ駆け寄った。梅雨ちゃんとペアでよかった〜!と安堵している彼女は、もしかすると怖がりなのかもしれない。

A組は二十一人中五人が補習となっており、本来ならば一人余りが出るのだが、偶数になっているため平等に二人一組ができあがる。水世が続々とペアができていく様子を見つめていれば、緑谷がおずおずと彼女に声をかけた。


「誘さん、誘さんって、八番?」

「うん。緑谷くんも、もしかして……」


少しぎこちない動作で割り箸を見せた彼。そこにはしっかりと、「8」という数字がマジックで書かれていた。


「よろしくね、緑谷くん」

「こ、こちらこそ……!」


意外なペア、相性の良いペア、逆に混ぜてはいけないだろうペアと様々な二人一組ができあがった。特に轟と爆豪なんて、こうしたくじ引きのように運任せな決め方でないと、滅多に見れないペアだろう。

最後ってなんか嫌だね、と顔を見合わせて苦笑いを浮かべた水世と緑谷は、早速始まった肝試しの順番を待った。


「三分って意外と長いね」

「僕らは最後だから、余計にそうだよね」


三組目の耳郎、葉隠が出発したのを見ながら、水世は緑谷と、B組はどんな脅かし方をしてくるだろうか、と話す。B組の“個性”を詳しく知らない二人は、未知な相手だと予想立てをしていく。体育祭や伊世の情報から数人程度の“個性”しかわかっていない分、その判明している“個性”を向こうがどういった風に使用し、工夫してくるのだろうか、なんて二人で話しあった。


「物間くんは補習らしいから、彼の“個性”は抜くとして……」

「鉄哲くんの“個性”は脅かしには使いにくいと思うんだ。逆に塩崎さんは使い道がありそうだし、こっそりツルを忍ばせて、とか」


話し合っていれば、耳郎と葉隠の悲鳴がどこからか聞こえてきた。既に十二分は立っており、次は五組目の蛙吹・麗日ペアが出発する時間だ。先の悲鳴で恐怖がより煽られたらしく、麗日は少し怯えながらスタートしていった。

だが、そのすぐ後。焦げ臭い臭いが鼻を掠めた。そしてふと、森に黒煙が上がっていることに気付く。水世が首を傾げていると、突然、「きゃっ!?」という悲鳴が近くから聞こえた。

悲鳴を上げた張本人であるピクシーボブの体が何かに引き寄せられたと思うと、ガンッ!と鈍い音がその場に落ちた。ガラスが割れたような音がして、少量の血が飛んだと思うと、見知らぬ二人組がその場に姿を現した。それは決して、一般人でもヒーローだとも思えない。


「何で……!万全を期したハズじゃあ……!何で……――何で敵がいるんだよォ!!」


それは、明らかに敵であった。すぐさま生徒を庇うように虎とマンダレイが前に出る。緊迫した、ピリピリとした空気感が水世の肌を刺していた。

瞬間、ピクッと何かが脳を走ったような感覚が、水世だけではなく他の生徒も襲う。それはマンダレイの“個性”だ。彼女は即座にテレパスで敵二名が襲来したことを告げると、他にも敵がいる可能性があること、動けるものはすぐに施設へ避難し、会敵しても交戦しないことを指示した。


「ご機嫌よろしゅう、雄英高校!我らは敵連合開闢行動隊!」


トカゲのように緑色の肌に、紫色の髪という毒々しい組み合わせの色合いの男が、両腕を広げながら高らかに名乗った。隣にいたサングラスをかけた男が、手にしている縦長の鈍器のようなものを、ピクシーボブの頭部にゴリゴリと擦りつける。彼女の頭を今にも潰さんとするその様子に、虎が憤慨を見せた。

だがトカゲのような男が二人を宥めたと思うと、彼は「生殺与奪は全て、ステインの仰る主張に沿うか否か!」という言葉を吐いた。その言葉だけで、ヒーロー殺しにあてられた人物であると理解できる。


「申し遅れた、俺はスピナー。彼の夢を紡ぐ者だ」


通りで、ステインを模した風な格好をしているわけだ。水世はニュースで見たステインの姿を思い出しながら、スピナーと名乗った敵と彼との衣服等の類似点を浮かべた。

スピナーの武器は、どうやら背中に背負っていた無数の刃物をベルトや鎖で束ねたような巨大な剣らしい。彼は瞳を大きく開くと、ギザギザの歯を見せて笑った。


「何でもいいがなあ、貴様ら……!その倒れてる女……ピクシーボブは、最近婚期を気にしはじめてなぁ。女の幸せ掴もうって……いい歳して頑張ってたんだよ」


頭部を強く打ちつけ、気絶しているピクシーボブの姿を一瞥した虎は、沸々とした怒りを抑えきれぬように告げる。


「そんな女の顔キズモノにして、男がヘラヘラ語ってんじゃあないよ」

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!!」


ヒーローが、人並みの幸せを夢見てはいけないのだろうか。スピナーの言葉に、水世が一瞬眉を寄せた。ヒーローだって人間だ。幸せを夢見るくらい、幸せを得ようとすることくらい、許されたっていいだろう。人間にはその権利があるはずだ。人並みの幸福を得る権利が。

戦闘態勢に入った虎とマンダレイは、襲いかかってくるスピナーを迎え撃とうと、敵から視線を外さないままに、飯田にその場にいる生徒の引率を任せた。緊急事態の中で生徒たちを庇いながら闘っていては力を存分に奮うことはできない。それに、一刻も速く生徒たちを安全な場所に避難させることは、プロヒーローにとっては当然の責務だ。

不意に、水世はマンダレイと虎、その前にいる敵二人を追い越して、黒い煙が上がっている森へと向けて、息を呑んだ。そんな彼女のそばマンダレイを見つめていた緑谷は、飯田に先に行くように告げる。


「マンダレイ!僕、知ってます!!」


彼は、何をとは言わなかった。だがマンダレイには、彼の言わんとしていることが伝わったらしい。緑谷はそれだけ告げると、迷うことなくどこかへ走り出した。飯田や尾白たちの止める声も聞かないままに駆けていく彼を追いかけることは、今はできる状況ではない。飯田は悔しげに唇を噛み締めると、残っている水世たちに「行こうみんな!」と叫ぶ。


「…………行けない。私、行けない」

「誘くん!君まで何を言い出すんだ!」


振り返った飯田は、水世の表情を見て目を見開いた。彼女の顔色が、みるみるうちに青くなっているのだ。小さく首を横に振った彼女は、もう一度行けないとこぼした。


「誘くん!?」


水世の姿が消えたと思うと、スピナーたちの背後に現れる。反応できなかった彼らは何が起こったのだと言いたげに振り返るが、そんな視線を気にする余裕は水世にはなかった。


「伊世くん……!」


絞り出すような声は、誰にも聞こえなかった。