- ナノ -

輪から追い出されるだけ


数々の叫び声と、一名の暴言などが止んだのは、夕方の四時を過ぎた頃だった。クタクタの体を引きずりながら宿泊施設へ戻った皆を待っていたのは、大量の食材や調味料、箱型のレトルトカレーや調理器具だ。

ピクシーボブが昨日さりげなくこぼした、「世話焼くのは今日だけ」という言葉は、そのままの意味だったのだ。これから最終日まで、自分たちが食べるご飯は自分たちで作ることは決定事項らしい。材料は用意してくれてはいるものの、調理過程は一から十まで自分たちで用意するのだ。

疲れた体で調理というのも大変ではあるが、まず料理ができるかできないか、という根本的な問題も出てくる。皆用意されているテーブルやその上に乗っているものを見て、余計にぐったりしているようだった。

ラグドールは生徒たちに反してテンション高めに笑い声を上げており、疲れているからと雑な料理は作らないように、と注意を促す。そんな彼女の言葉に真っ先に反応を示したのは、A組委員長である飯田であった。


「災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環……流石雄英無駄がない!世界一旨いカレーを作ろう、みんな!」


やる気に満ち溢れた様子の飯田の声に、やる気のない「オ〜……」という声が響いた。

二クラス分の材料や器具は用意されていたので、体操服から着替えた後、A組B組で分かれて調理を行うこととなった。疲れていることもあり、まずいご飯は食べたくない。そのため失敗を防ぐためにもと、各々でできる役割をすることとした。


「俺、お米洗っておくね」

「じゃがいもってどんな形に切ればいい〜?」

「隠し味何がいいかな?」

「げっ、玉ねぎあんじゃん!」


始まってみると、疲れていたことが嘘みたいに騒がしさが辺りを包んだ。水世は葉隠にじゃがいもの切り方を教えながら、慣れたように大量の人参を切っていった。


「誘さん、慣れてるね。普段から料理してるの?」

「うん。尾白くんも率先してお米洗ってくれてるし、料理するの?」

「全然。手伝い程度だよ」


洗い終えた米をライスクッカーに分けながら、尾白は苦笑いを浮かべた。手伝い程度だとしても、母親の家事の手伝いをしているというのは立派なことだと、水世は笑った。


「水世ちゃんも、お手伝いしてたの?」

「私……?私は……」


どう答えようかと一瞬迷った水世が、笑って「そうだね」と無難な答えを喉元まで持ってきたとき。不意に、隣のテーブルにいた伊世が彼女の名前を呼んだ。包丁を置いて布巾で手を拭いた彼女が、パタパタと彼の方へ歩み寄る。どうしたのだと首を傾げる水世を見下ろした彼は、黙ったままだ。

眉を下げて困り顔を浮かべている水世に、伊世は突然、「怪我は」と尋ねた。


「“個性”の強化訓練、ずっと発動状態だったろ。昨日相澤先生から概要は聞かされた」

「ああ……平気。相澤先生が消失してくれるから、今のところは大丈夫。伊世くんに迷惑はかけないよ」


彼の表情が歪んだ。言葉を間違えたのかと水世が弁解しようとしたが、またも伊世が口を開いた。今度は話が突然飛んで、彼は「おまえ、普段何入れてる」と尋ねる。


「えっと……牛乳は入れてるけど……」

「どんくらい入れてんだ?タイミングは?」


次々に投げかけられる質問に、水世は不思議に思いながらも素直に答えていった。満足したらしい伊世がわかったと頷いたことで二人の会話は終わった。いったい何だったのかと首を傾げている水世だが、言及することはせず、A組の方のテーブルへ戻ろうかと踵を返しかけた。


「水世んちは隠し味牛乳か?うちはチョコ入れてるらしいぜ!」

「私のところはすりおろしたリンゴを入れますぞ!」

「うちはトマトジュースって言ってたなあ」

「俺んとこも同じだぜぇ」


突如会話に入ってきた鉄哲に続くように、そばにいたB組の生徒たちも加わってきた。水世は戻るタイミングを失ってしまい、とりあえず笑みを浮かべる。伊世は僅かに眉を寄せているものの、恐らく疲れていることもあってか、文句をこぼすことはしなかった。


「カレーって色々隠し味あるよね」

「ん」

「牛乳だとどんな感じになるんだ?」

「えっと……スパイスの風味が少し抑えられるから、味がまろやかになるよ」


隠し味一つで話が盛り上がっているというのは、水世には慣れない感覚だった。「カレーの隠し味」という話題でこうも多くの人が話に入ってこれて、尚且つ会話が続くというのは彼女には不思議な光景だ。自身がどれだけ周りと会話をできていなかったのか、周りの輪に入っていけてなかったのかが痛感できることでもあった。


「A組の奴がいったい何の用だい?僕らは今カレーを作ってるんだ、邪魔はよしてくれよ」


水を差すような声に、皆の視線は一点へ集中する。不機嫌そうな顔をした物間が、水世を捉えたまま、言葉に多量の棘を含ませて告げたのだ。拳藤の眉が寄って、彼を注意しようと口を開きかけたが、それより早く水世が謝罪を口にした。


「確かに、邪魔だったよね。ごめん。私も仕事放ってきちゃったから、戻らないと」

「べつに邪魔なんて思ってないよ。物間がごめんね」


毎度彼の言動に困っているのだろう、拳藤は呆れ顔で代わりに謝罪をした。水世は気にしてないと言うように首を横に振ると、一つ頭を下げてA組の方へ戻っていった。













峰田の叫び声に追撃をかますように、芦戸が壁の穴から酸を流し込んで壁を溶かしながら、その液体を峰田へ降りかけた。

昨夜、A組女子は入浴中に峰田から覗き未遂をされたのだ。そのことはすぐに相澤へ報告し、男子と女子の入浴時間はずらしてもらった。だが峰田のことだからと警戒をしていれば、彼は今度はB組の女子へと狙いを定めたようだった。

そのため、彼を油断させるためにとB組の女子にもあらかじめ協力を仰いでいた次第だ。


「峰田くん、覗きはあかん!」

「いつか捕まるわよ、峰田ちゃん」

「あっ、ドリルとか持ってきてるよ!用意周到すぎっ」


詰め寄る女子たちの姿に、逃げようとしていた峰田の表情はゆっくりと歪んだと思うと、それは憤怒の表情へと変わる。そして峰田は反省の「は」の字もない、「風呂場で服着てるなんざ、ルール違反だろうが!」という叫び声を上げた。

警戒して見回りに来ていたのだから、女子たちは当然ながら服を着ている。それが峰田には許せないようで、そんな彼の勝手極まりない言い分に、女子たちの導火線に火がついた。


「さいっ……てー!」

「ルール違反はおまえだ!」

「あぁ!?なんならオイラが脱いで見本を見せてや――」


峰田の言葉を遮るように、拳藤の巨大な手がフルスイングされる。彼はトラックに突っ込まれたかのような衝撃と共に飛ばされて、壁に激突した。恐る恐る水世が近付いて彼の様子を窺うが、ぴくりとも反応を見せない。


「……気を失ってるみたい。どうする、峰田くん」

「レンコーしちゃおう!」

「そうですわね。縛りつけてもらっておいた方がいいかと」


八百万の言葉に大いに頷いている女子たちは、全員一致で彼を相澤たちのもとへ連行することに決めた。八百万はロープを創造すると、それで峰田をしっかりと縛りつけた。そのロープの先を持った芦戸は、ロープを引っ張って峰田を引きずりながら歩いていく。


「ごめんね、うちのクラスの男子が……」

「いいのいいの、むしろ忠告ありがとね」


申し訳なさそうな麗日に、拳藤はからりと笑った。連行は自分たちが責任を持ってしておくからと、B組の女子たちに別れを告げると、水世たちは宿泊施設の事務所の方へ向かった。


「男子もなんで気をつけてくれないかなあ?少しは峰田のこと見張っといてくれたらよかったのに!」

「多分、腕相撲しとるんやないかな?」

「そういや、夕飯の時言ってたっけ」


夕飯終わり、明日の夕飯は肉じゃがなため、牛肉か豚肉かを決めておくようにとマンダレイから言われていたことを、面々は思い出す。最初は委員長同士のジャンケンで決めようとしていたのだが、物間が難癖をつけてA組との勝負に洒落込んだのだ。今頃肉を賭けた勝負が行われている最中なのだろう。


「お肉なんてどっちでもいいよね、ぶっちゃけ」

「爆豪ちゃんは喧嘩を売られると買っちゃうタイプだもの」

「それでも峰田の監視はしといてほしかったや!」


これで懲りてくれればいいのだが。水世は引きずられている峰田を振り返りながら、学習しない彼に困ったように眉を下げた。