- ナノ -

逃げ場なんてあるわけも


三日にも及んだ筆記試験を終えると、ついに演習試験当日が訪れた。筆記終了のチャイムが鳴り響いた途端、上鳴と芦戸は飛び跳ねながら、勉強を教えてくれた八百万に手応えアリだと報告していた。

全員がコスチュームに着替え終えると、バス停前に集合している教員たちの前に並ぶ。ロボット演習にしては妙に多い教員の数に、耳郎と共に水世は首を傾げた。

全教員というわけではないか、八人の教員が生徒たちの前に並んでいる。こんな大勢で演習試験の採点をするのかと水世が思っていれば、相澤が口を開いた。


「諸君なら、事前に情報を仕入れて何するか薄々わかってるとは思うが……」

「入試みてぇなロボ無双だろ!」

「花火!カレー!肝試――」

「残念!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」


モゾモゾしていた相澤の首もとから現れた校長は、余裕げな上鳴と芦戸の声を遮った。彼の発言に上鳴と芦戸のテンションは下がるどころか、動きを止めて思考をフリーズさせてしまっている。相澤の肩から降りた校長は、今回の試験内容の変更の意図について、簡単に説明をした。

端的に言えば、敵活性化の恐れが原因である。ロボとの戦闘訓練は実践的とは言えない。対人間と対ロボットでは敵の根本が異なるのだから。マニュアルやデータ通りの規則的、また機械的なロボットと、感情や各々の思考が画一的でない予測不可能な行動をする人間とでは、実践度が増すのは当然後者だろう。

ロボットは入学試験という場で人に危害を加えるのか、というクレームを回避するための策として導入したもの。USJの襲撃やヒーロー殺しと敵連合の繋がりなど、様々な事件を踏まえ、これからの社会は現状以上に対敵戦闘が激化する予想が考えられる。そのため今回の演習試験は、対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するという方針結果によるものであり、対ロボットではなく、対人戦闘を模したものへと変更となったのだ。


「というわけで……諸君らにはこれから、二人一組チームアップでここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」


その発言に、生徒たちの間に緊張感と不安が走った。何せ相手は教師である前に一プロヒーロー。自分たちよりもずっとずっと上の実力者たちばかりだ。数に有利とは言えど、実戦経験や技術、知識共々向こうの方が格段に上回っていることは確かである。

動きの傾向、成績、親密度など諸々を踏まえて、既に独断でペアの組み合わせ、対戦教師を決定しているらしい。そのため即席ペアで教師一人と戦うこととなり、コミュニケーション能力はもちろん、順応性や自身と味方、そして相手の“個性”の対策や活用も考慮しなければならないのだ。


「まず轟と八百万がチームで、俺とだ」


早速一組目が発表された。轟・八百万ペアの対戦相手は、相澤。つまりイレイザーヘッドとなる。相澤は生徒たちが言葉を挟む暇を与えないとでも言うように、続けて二組目の発表をした。


「そして、緑谷と爆豪がチームで……相手は――」

「――私が、する!」


相澤の後ろから現れたのは、No.1ヒーロー、オールマイト。普段の明るくややお茶目な雰囲気はどこへやら、威圧感と圧迫感をまとわせた彼の登場に、クラス内でも特に仲の悪い緑谷と爆豪は目を見開かせて、彼の巨体を見上げた。

続々とペアと対戦する教師が発表されていく。そして十組目の飯田・尾白ペアとパワーローダーまで発表された。目の前にいる教師は十人であり、クラス人数は二十一名。つまり一人余ることとなる。その余りである水世はもちろん、周囲も、初めての戦闘訓練同様に、どこかのチームが三人一組になるのかと予想した。

だが、そこにもう一人、別の人物の声が入ってきた。


「すみません、間に合いましたかね?」


教師たちの後ろから聞こえた声に、彼らが少し身をずらした。現れたその存在に、生徒たちが大きく目を見開かせる。何よりも誰よりも、水世が一番、現れた人物に釘付けになっていた。


「いえ、良いタイミングです。最後の一組の発表だ。誘水世、対戦相手は――グラヴィタシオン」


呆然としている水世に、グラヴィタシオンは軽く手を振った。


「ま、待ってください!二人一組で教師一人と対戦というルールですのに、水世ちゃんだけが一人でプロヒーローに挑むのは、彼女に不利すぎるのでは?」


真っ先に異議を唱えたのは、八百万だった。確かに水世だけが誰とチームを組むことなく、現在進行形で活動しているプロヒーローと戦うというのは、どう見ても水世に分が悪い。だが相澤はそんな八百万の意見を一蹴した。


「当然教師側にハンデはある。俺たちを戦闘不能にしろというルールでもない。何より、雄英側の教師よりも、誘のことをよく知っている存在が相手をする必要があると判断したまでだ」

「でもなんで、グラヴィタシオンが……?職場体験先だったから……?」

「いや、答えは至って単純なものだよ、緑谷くん。この場にいる誰よりも、水世のことを知っているのが俺だからってだけの話さ」


益々疑問符を浮かべた周囲に、グラヴィタシオンは「とりあえず、一応自己紹介だけしておこう」と笑った。


「俺はグラヴィタシオン。本名を――誘重世だ。あ、職場体験の件はべつにコネやら贔屓やらじゃないからな」

「誘って、まさか……!」


水世と同じ名字を名乗った彼に、皆が二人の関係性を理解することは早かった。


「時間がもったいない。それぞれステージも用意してある。十一組一斉スタートの予定だ、速やかに学内バスに乗って移動を開始しろ。試験概要は各々の対戦相手から説明を受けることになってる」


生徒たちの驚愕の視線が水世に注がれた。誰かが口を開こうとしたが、相澤の言葉で誰も声を発することはなかった。

どのチームも対戦相手の教師に引率され、バスへと乗り込んでいく。水世は手のひらを握ったまま不安を表情に映して、グラヴィタシオンの手招きに導かれるまま、バスに足を踏み入れた。

無言状態でバスに揺られること数分程度。水世にはその数分が長く感じられた。胃が痛むような感覚を覚えるなか、降り立った場所は市街地であった。


「制限時間は三十分。おまえの目的は、『ハンドカフスを俺にかける』もしくは『このステージから脱出』の二択だ。戦闘訓練とはわけが違うからな。相手は格上、今回は極めて実戦に近い状況での試験だ。故に、俺を敵そのものと考えて動け」


会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるならば戦うも良し。実力差が大きすぎるならば逃げて応援を呼んだ方が賢明な場合もある。要は戦って勝つか、逃げて勝つかという単純な二択。生徒側の判断力が試されるものだ。

だが相手を考えると逃げの一択であると考えてしまう。故にハンデとして、サポート科に制作してもらった超圧縮重り両手足に装着する。重りは自身の体重の約半分の重量となっており、古典的ではあるが、動き辛さはもちろん、体力だって削られるものだ。グラヴィタシオンの場合は“個性”柄重さに強いため、プラスのハンデで体重の七割分の重さになっている。当然ながら重りの重力を操作するなど御法度なため、身体の重力を操作したとしても、普段より充分に動きづらい状況である。

受験者はステージ中央からのスタートとなり、脱出には指定ゲートを通らなければならない。教師はゲート付近で待ち伏せするも良し、生徒たちに向かってくるも良し。各々の判断に任せる、というものだ。


「……重世さんを倒すなんて……私には……」

「言っただろ。これは敵を必ず倒す試験じゃない。そして、目の前にいる俺を敵だと認識しろ。じゃないと合格は無理だぞ。俺はおまえを、全力て叩き潰す気でいくぞ」


そう告げると、グラヴィタシオンは重りを感じさせないような跳躍力でゲート前へと行ってしまった。一人残された水世は、俯いたままコンクリートの地面を無意味に見つめるだけだった。


『みんな位置についたね』


リカバリーガールの声を、ぼんやりと水世は聞いていた。


『それじゃあ今から雄英高校一年、期末テストを始めるよ!レディイイ――ゴォ!!』


リカバリーガールの声がマイク越しに全会場に響いた。水世はハッとすると、辺りを見回した。市街地は高層ビルが立ち並んでおり、環境的にグラヴィタシオンの“個性”と相性はいい。己の重力方向を変えられてしまえば、彼は壁面に立つことだって可能となるのだから、辺り一面床のようなもの。瓦礫が増えれば向こうの手数も増えることになる。

ここは戦うよりも、逃げに転じた方がいい。水世は即座に判断すると、辺りを警戒しながら脱出ゲートへ向かって走り出した。