- ナノ -

誰かとの話し方を教えて


期末テストまで、残すところ一週間を切っていた。それに気付いた上鳴は、教室の中心で勉強してねー!と叫んでいる。体育祭や職場体験と行事が重なったこともあり、勉強する時間がすっかり抜け落ちていたのである。

中間試験は入学したてということもあり、範囲も狭く、易しい問題も多かった。そのためそう大した苦労はなかったのだ。だが期末テストは中間のように筆記のみではない。


「実技試験もあるのが、辛えとこだよな」


余裕げに自身の席で頬杖を突いている峰田に、ワーストである上鳴、芦戸が文句のようなものを飛ばしている。曰く峰田は同族だと思っていたらしい。だが二人の予想に反して、峰田の順位は九位と、上から数えた方が早い順位である。


「芦戸さん、上鳴くん!が、頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」

「うむ!」

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねえだろ」


緑谷は励ますように声をかけ、飯田は腕を大きく振って同意している。そんな彼らのそばで単純な嫌味のようなものを告げる轟に、恐らく悪意はないのだろう。かく言う彼らは緑谷から順に四位、二位、五位と成績優秀であり、上鳴は険しい表情で胸もとを押さえ「言葉には気をつけろ!!」と嘆いている。


「お二人共、座学なら私、お力添えできるかもしれません」


中間試験成績一位である八百万が、二人にそう申し出てくれた。上鳴と芦戸にとっては救いの手を差し伸べられたようなものであり、打って変わって大喜びしている。だが八百万は落ち込んだように、諦めのように、演習の方はからっきしだろうと呟いた。その言葉が聞こえた水世は、不思議そうに首を傾げた。

そんな八百万のもとに、耳郎、瀬呂、尾白が自分たちも教えてもらっていいかと声をかけた。頼られたことが嬉しいのだろう、歓喜に表情を染めて、いいですとも!と彼女は両手を大きく上げた。


「では週末にでも、私の家でお勉強会を催しましょう!」


張り切っている八百万は、プリプリしながら母親に頼み講堂を開けなければと呟き、勉強会に来るメンバーにご贔屓の紅茶はあるかと尋ねている。ナチュラルに生まれの違いを叩きつけられた面々ではあるが、八百万の可愛らしい張り切りようを見て、どうでもいいかと微笑ましい表情を浮かべている。


「なんだっけ?いろはす?でいいよ」

「ハロッズですね!」


流石は八百万の人徳と言うべきだろう。切島にもそれを指摘された爆豪は、ガンを飛ばすような表情で教え殺すぞと言い返している。その言い方に何も言わず、むしろ頼むとお願いをしている切島の懐の広さに、水世は少し感心してしまった。

水世は中間試験の順位は七位とそれなりの好成績だった。しかし今回は内容が不透明な演習試験もあり、筆記試験も授業範囲内とはいえ中間に比べて範囲が広まっているため、油断はできない。自分も何かしら対策は立てておくべきだろうかと考えていれば、ふと気配を感じた。


「ミズセは勉強できル?」

「ん?ある程度はなら、一応」


するすると近付いてきた黒影は、水世の周りをぐるりと回った。すると黒影と常闇を繋いでいる細い影が水世の体の周りを囲う。どうやら黒影の方が自分の意思で来たようで、常闇は不思議そうに黒影と水世の方へと歩み寄り、水世も黒影をきょとんと見つめた。


「フミカゲに教えてあげてヨ!」

「……常闇くんに?」


黒影の言葉に常闇はギョッとした。対する黒影は水世の周囲をちょろちょろとしている。彼女は目をぱちくりとさせたが、「常闇くんがいいなら、私はいいよ」と頷いて常闇の方を見た。彼は黒影の勝手な行動に眉を寄せたが、困ったように一つ息を吐いた。


「……よろしく頼む」


常闇は中間試験は可もなく不可もなく、真ん中くらいの順位であった。座学に関しては得意不得意の差が少々激しい部分があるからだろう。彼自身、家で勉強漬けの日々を送らなければならないか、と考えていたなかでの、黒影の行動。彼としては、ありがたい内容ではあったのだ。


「黒影が勝手にすまないな」

「ううん、大丈夫。でも、人に教えたことないから、下手だったらごめんね」

「そうなのか?意外だな。教授は得意なように見えるが」

「教えてもらうことの方が多かったの」


たとえば満月だったり、たとえばイナサだったりに、彼女はよく教えてもらっていた。イナサは、存外勉強ができる。ただ教え方に感覚的なところがあるので、あまり上手とは言えなかった。それでも一生懸命教えてくれており、水世がイナサの教え方に慣れたのか、彼の説明を上手く理解することができるようになっていた。

本当に意外だったのだろう。常闇は水世の言葉に目を瞬かせて驚いている。水世は黒影に頬をつつかれながら、ふと顎に手を置いた。


「……教える側になるの、なんか緊張する……」

「そう気負うことはない。出来得る限り己の力で乗り越える」

「初めてだから、お手柔らかにお願いします」


眉尻を下げながら笑った水世の言葉を、自身の席に座ったままだった峰田の耳が拾った。ギュルンという効果音がつきそうな勢いで振り返った彼は、血走ったような目で水世を見つめたと思うと、ゆっくりと彼女に近付いて、名前を呼んだ。


「い、今の、もう一回言ってくんねえか……?」


峰田の形相に思わず驚いて肩を跳ねさせた水世は、首を傾げながらも「は、初めてだから……」と先程常闇に言った言葉を呟いた。僅かに峰田の鼻息が荒くなり、水世は大丈夫なのかと心配そうに彼を見つめた。


「誘、今の言葉の前に、『峰田くん』ってつけて ―― 」

「黒影」

「アイヨッ!」


彼の考えを不服ながら察した常闇は、即座に黒影を呼んだ。気前良く返事をした黒影は峰田を一発ビンタすると、目を丸くしている水世の方へ寄っていた。彼女は峰田の方を気にかけるようにそちらに視線を送っている。


「あの、いいの?」

「問題はない」

「水世、気にしちゃダメだよ。アレは峰田が悪い」


呆れた様子で峰田を見ていた耳郎は、ため息を落として水世に声をかけた。そばでは芦戸や尾白が深々と頷いている。その様子に、上鳴は水世の言葉に自分も峰田と同じようなことが浮かんだということは、心の中だけに留めた。













「んだよ、ロボならラクチンだぜ!」


緑谷がB組の拳藤から、演習試験の内容について教えてもらったのだと話した。どうやら入試の時のような対ロボットの実践演習らしい。それを聞いた上鳴と芦戸は、安堵したように余裕げの笑みを浮かべている。二人の“個性”は対人の場合調整が大変なのだ。

これで林間合宿に行けると喜んでいる二人を見て、帰ろうとしていた爆豪が、相手が人でもロボでもやることは同じだと吐き捨て、アホと直球で罵倒した。


「アホとはなんだアホとは!」

「うるせえな、調整なんか勝手にできるもんだろアホだろ!なあ、デク!」


振り返った爆豪は、緑谷を怒鳴るように呼んだ。彼は職場体験が終わって翌日の戦闘訓練のことを言っているのだろう。“個性”の使い方が前よりも格段に上がっている緑谷に、つくづく自分の神経を逆撫ですると告げる。


「体育祭みてえなハンパな結果はいらねえ……!次の期末なら、個人成績で否が応にも優劣つく……!完膚なきまでに差ァつけて、てめェぶち殺してやる!」


緑谷を指差して宣言した爆豪は、彼のそばにいた轟を見て、てめェもなと地を這うような声で言った。そして彼の瞳が水世を捉えたと思うと、薄っぺら野郎!と呼んだ。


「言っとくが、てめェもブッ潰す!」


勢いよく扉を開けたせいで、ガン!と大きな音を立て、反動で扉が跳ね返った。


「久々にガチな爆豪だ……」

「焦燥……?あるいは憎悪……」


水世は、やはり先日の授業参観の時の発言がまずかったかと、頬を掻いた。八百万が先の爆豪の発言に、心配そうに水世に声をかけた。彼女は困ったように微笑みながら「とりあえず、大丈夫」と返した。

しかし、まさか自分まであのような宣戦布告を受けるとは。それほど彼のプライドを傷つけてしまっていたのだろうか。そのことに対して自覚という自覚はないのだが、それは余計にタチが悪いと水世は反省した。もっと上手く周囲と付き合っていけるくらいの能力があればいいのだが、水世には経験が足らなすぎた。


「でも、ロボ相手ならなんとかなりそうだよね」

「入試といい体育祭といい、散々相手したしなー」


教室内の空気はしばし微妙なものになっていたが、次第に演習試験についての話題が戻ってきた。試験形態は不明なままではあるが、相手がロボットだとわかったことは大きいだろう。これで各々対策もしやすい。あとは筆記試験を落としさえしなければなんの不安も心配もない、と筆記の方に不安を覚えている面々は安堵している。


「常闇くん、いつにする?場所も決めないとだよね」

「誘の都合に合わせるぞ」

「場所については、図書館とか図書室とかがいいかなって思ってるんだけど……」


その二ヶ所ならば参考書なども置かれているだろう。そう伝えると、常闇は確かにと頷いた。放課後か週末の二択であれば、水世が一番時間を取れそうなのは後者だろう。常闇は水世の都合に合わせてくれると言うので、ならば日曜日はどうだろうかと提案した。彼は一つ返事で頷いたので、時間と集合場所を決めていった。


「確かあそこら辺、図書館あったよね?」

「ああ。駅から少し歩くが、あるぞ」


二人は話を進め、そう悩むこともなく日程を決めた。伊世たちやイナサを除いて他者と休日に会う約束をするのは、水世は初めてなのではないかと思った。勝手を知る相手ではないため粗相のないようにしなければ。水世はまだ日曜まで日はあるというのに、今から気合いを入れた。