- ナノ -

不可解に生まれる疑問符


いつ来ても混んでいる食堂で、水世と轟は向かい合わせになるようにして座っていた。

昨日の下校前、水世は轟から今までの言動について謝罪され、そして仲良くなりたいと言われた。具体的内容も込みで。その中の一つに、お昼を一緒に食べたいというものがあったため、今日は水世は轟と一緒に食堂へ訪れていた。


「轟くん、おそば好きなの?前も食べてたよね」

「ああ。温かくないやつ」

「ざる?」

「ざる」


以前食堂で轟と会った時、彼はそばの乗ったトレイを手にしていた。そして今日も轟はそばを食べている。よっぽど好きなのだろうと思いながら、水世はエビフライを食べた。


「誘も、前そば食べてたよな?好きなのか?」

「そうだね、嫌いじゃないよ。温かいのも、冷たいのも、どっちも。麺類は作るのも楽だし」


スーパーで冷凍のものを買って、パックから取り出して鍋に入れるだけなのだから、お手軽である。よっぽど作る時間がないときでなければ、早々冷凍食品は使わないのだけれど。

衣のサクサク感に少し感動しながら水世がお米に手をつければ、何故か轟からじっと食事姿を見られている。

最初は気にせず食べていた水世だが、そばを啜りながらも轟の視線が自分へと向いているため、とうとう我慢できず、彼女は自分の顔に何かついているのかと尋ねた。彼はそばを飲み込むと、いや、と首を横に振った。


「なんかわかんねえけど、妙に美味そうだなって」

「そうだね、美味しいと思うよ。一個いる?」

「……貰う」


箸を置いた水世は、エビフライの乗った皿を手に取り、轟の方へと寄せた。彼はエビフライを一本箸で掴むと、もそもそと食べはじめる。水世は皿をトレイに乗せると、自分の食事を再開した。

エビフライを食べ終えた轟は、ゴクンと飲み込むと、美味いと一言こぼした。そして水世を見ると、一度自分のトレイに視線を落としてから、再び彼女の方を見た。


「……俺のも一口食うか?」

「そばは、ちょっと難しくないかな?」

「そうか……」


どこか落ち込んだ風に見える轟の頭に、垂れた犬の耳のようなものが見えた気がした。水世は疲れているのかと目を擦って、気持ちだけ貰っておくと眉を下げながら笑みを向けた。

轟は、誰かとシェアなどをしたいタイプなのだろうか。八百万はよくおかずを分けてくれるし、葉隠や芦戸も一口ずつ交換しようと持ちかけてくることが多い。ちょっと意外だと思いながらサラダを食べる水世を、轟はまたじっと見つめていた。


「轟くんは、人が食べるところ見るの好きなの?」

「いや、べつに」


では何故こうも凝視されているのだろう。彼の行動がよくわからない。人から食事姿を食い入るように見つめられることは初めてなため、謎の気まずさや、居心地悪さのようなものを感じる。水世は、これは気にしないでおくことが正しいのだろうかと考えながら、ひとまず食べ進めた。


「……轟くん、やっぱ、私の顔なんかついてる?それとも、ネクタイの結び方おかしい?箸の持ち方変かな?」

「いや。何もついてねえし、ネクタイもちゃんと結べてる。箸の持ち方も綺麗だと思う」

「そう……じゃあ、その……流石にそんな見られてると、ちょっと食べづらい」


だが一向に外れない視線に、いっそ直接聞いてみようと、水世はストレートに尋ねてみた。轟は目をぱちくりとさせると、何故か考えるような素振りを見せた。本人も無意識での行動だったのかと水世が僅かに首を傾げていると、轟は「なんつーか……」と呟いた。


「他の奴が飯食ってる姿は全然興味ねえけど」

「うん」

「誘のは、気になる」

「うん?」


自分でも理由はよくわからないらしく、水世と轟は二人で不思議だと首を傾げた。曰く、水世の行動は一々気になるそうで、気付けばそちらを見ているのだとか。


「私だけ?」

「誘だけ」


変な話だと眉を寄せた水世だったが、ふと思い至った。もしかすると、仲良くなりたいから気になるのではないか。そう伝えてみれば、轟は目をぱちりとさせた。数秒考えた彼は真面目な顔でそうかもしれないと頷いて、自分の中でも納得したようだった。

そして二人は、スッキリした面持ちで食事を再開させると、言葉少なではあるが会話をしながら、共に食堂を出ていった。


「……え?何今の。え?」

「これ俺らがおかしいのか?」


先程まで水世と轟が座っていたテーブルの隣で、男子生徒二人が困惑をあらわにしていた。彼らだけではない、二人の近くに座っていた面々は、皆戸惑いという感情に襲われている。

体育祭一年部門の準優勝者であり、エンデヴァーの息子である轟は、校内でもちょっとした有名人だ。そして水世もまた、トーナメント出場はしていないものの“個性”の強力さで兄共々それなりに周囲から認知されている。そんな二人が一緒に昼食をとっている光景に、そばに座っていた生徒たちは、こっそりと二人の様子を気にしていたりした。

そのため会話内容が聞こえていたのだろう。周囲の人間が数名頭上に疑問符を浮かべながら、額に手を置いている。「いやそれってもしかして……」と、恐らく周囲の心は一致していることだろう。


《いやマジかよ。おまえら馬鹿かよ》


そんな他の生徒たち同様の気持ちを抱いていた満月の、心底呆れ返った声音の意味は、水世にはわからなかった。













《轟くんって、手紙とかマメそう》

《筆マメとか関係あんのか?》


轟と連絡先を交換して二日ほど経ったが、彼は存外、頻繁にメッセージを送ってきていた。仲良くなりたいというのはどうやら本当らしい。

内容はそう大したものではなく、今日の夕飯、見ているテレビ、授業内容についてなど、取り留めのない話である。正直嫌われているとばかり思っていたため、まさか連絡先を交換したり、一緒にお昼を食べたりする仲になるとは。水世は、世の中わからないものだなんて感想を抱きながら、伸ばした生地に餡を包んでいった。

玄関から聞こえてきた「ただいまー」という声に、重世が帰ってきたのかと水世は顔を上げた。リビングに入ってきた彼に挨拶をすれば、彼はキッチンにいる彼女に不思議そうな顔をしている。


「あれ、どうしたんだ水世。饅頭?急だな」

「……クラスの奴に強請られたんだと」


ソファーの肘置きで頬杖突いていた伊世が、刑事ドラマを見ながら答えた。最近人気の若手俳優が準主役として出ているドラマで、葉隠は毎週欠かさず見ているのだと話していた。その俳優は、端正な顔立ちをした、爽やかそうな好青年だ。

水世は一度作業を中断して、ダイニングテーブルの上に置いていた夕飯をレンジにかけようとしたが、重世は自分でやるからと制した。


「へえ……友達か?」

「どうなんでしょうか……ただ、仲良くなりたいと、そう言われました。連絡先を交換したり、一緒に昼食をとったり、手作りのお菓子を貰えるような仲になりたい、と」

「随分直球な子だな」


味噌汁をレンジに入れながら、重世はおかしそうに笑った。彼は食器棚からコップ、冷蔵庫からお茶を取り出すと、それをテーブルへと持っていった。


「にしても、珍しいな。伊世に作るついでとか、お礼で作るじゃなくて、他人に欲しいって言われたから作るって」

「イナサくんにも、たまに作っていましたが……」

「夜嵐くんはまた部類が違うさ。クラスメイトと上手くやってんだな」


上手くやっているのだろうか。しかし小中学校の時に比べたら、確かにそれなりに上手く付き合えているだろうという自負は水世もあった。“個性”を知られていないし、水世がヒーローを目指しているわけでないということも知られていない。要は上手く勘違いしてもらえているからこそ、そうして馴染んでいるように見えるのだろう。

しかし、そういえば。水世はふと疑問を覚えた。何故自分は、轟の「誘と仲良くなりたい」という言葉を受け止め、真面目に返そうとしているのだろうかと。何れは彼らとの関係も消えていくものだ。全部バレてしまえば、周りが離れていくのは目に見えているというのに。今まで通り関わらないことは無理だから、深くまで関わることはせず、一線を引いたまま、中身は空っぽな関係を築いていけばいいのに。

ここ最近、自分はおかしい。餡を全部包み終えた水世は蒸し器を用意しながら、グッと眉を寄せた。

自分はいったい、どうしてしまったのだろう。