- ナノ -

肩身が狭いなどわがまま


一週間ぶりのヒーロー基礎学は、運動場・γで行われた。いつもは大きな声で登場するオールマイトは、今回は静かに登場した。


「ハイ、私が来たってな感じでやっていくわけだけどもね。ハイ、ヒーロー基礎学ね!久しぶりだ少年少女!元気か!?」

「ヌルっと入ったな」

「久々なのにな」

「パターン尽きたのかしら」


小声で「尽きてないぞ、無尽蔵だっつーの」と言い返しつつ、オールマイトは今回のヒーロー基礎学は、職場体験直後ということで遊びの要素を含めた、救助訓練レースを行うと話した。救助訓練ならば本来はUSJで行うが、USJは災害発生時においての救助訓練用施設。そのため今回は、運動場・γにて行うのだと言う。

運動場・γは、迷路のような細道が複雑に入り組んでいる、密集工業地帯。訓練は五人ないし六人の四組に分かれ、一組ずつ行っていくそうだ。

ルールとして、オールマイトがどこかで救難信号を出したら、街外から一斉スタート。誰が一番にオールマイトを助けるかの競争が訓練内容。建物の被害は最小限にと言いながら、オールマイトは爆豪単体を指差した。

早速一組目がスタート位置へ着くと、巨大なモニターで見学している残りのメンバーの間で、トップ予想が行われた。一組目はクラス内でも機動力の良い面々が固まっており、強いて言うなら緑谷が若干の不利のように見えた。


「確かに、ぶっちゃけアイツの評価ってまだ定まってないんだよね」

「何か成す度、大怪我してますからね……」


八百万の言う通り、緑谷は“個性”を使う度に大怪我をしており、強力な“個性”ではあるのだが、言わば諸刃の剣のようだった。


「俺、瀬呂が一位」

「あー……うーん、でも、尾白もあるぜ」

「オイラは芦戸!アイツ運動神経すげえぞ」

「デクが最下位」

「怪我のハンデがあっても、飯田くんな気がするなあ」


ブレない爆豪にここまでくると最早尊敬の域にまでいきそうだと思いつつ、水世は五人が映っているモニターを見上げた。耳郎から、水世は誰が一位だと思うかと尋ねられ、少し考えて飯田の名前を挙げた。こうも複雑に入り組んだ場所では、下よりも上を行く方がいい。それを考えると滞空性能の高い瀬呂が有利ではあるが、一種の希望的観測も込めて飯田を選んだ。

スタートの合図と共に、五人が一斉に動き出した。やはり瀬呂はテープを駆使して上へ飛び出し、他の面々よりも先へと進んでいる。このまま瀬呂が一位だろうかと皆がモニターを見ていれば、突然に緑谷が飛び出してきた。

彼は力強く足場を蹴りながら、軽々と足場から足場へと移動していく。両足を骨折していたと聞いたが、もう克服したのだろう。素早く前へ前へと進んでいく彼に、モニターを眺めていたメンバーも驚いている。何より、“個性”を使用していながら怪我を負っていない。“個性”コントロールに関しても克服したようだった。

この調子ならば、緑谷が一位か。みんなそう思ったことだろう。しかし瀬呂のテープや尾白の尻尾のように、彼には命綱となるようなものがない。パイプへの着地を失敗させて足を滑らせた緑谷は、呆気なく落下していき、結局瀬呂が一位で一組目は終了した。

二組目は、水世、麗日、障子、上鳴、爆豪だった。この中で有利なのは、やはり爆発で上を行ける爆豪だろう。麗日も浮遊できるとはいえ、彼女の場合キャパシティオーバーで酔ってしまう。

水世はどう行くべきかと考えながらスタート位置へと移動した。瞬間移動でもいいが、足場が不安定な部分がある。所々でそれを駆使して移動もいいが、途中は移動方を変える必要があるだろう。火と水は論外だ。となると、伊世が体育祭でしていた、風と土とを使って足場を作るのが一番いいだろう。とは言え同時使用は紋様の広がりも大きい。あくまで足場がない場合のみで行うのが最善か。


「START!」


合図が聞こえ、水世はまずは建物の屋根に移動した。そこから安定した足場へ短距離での瞬間移動を繰り返す。爆豪は案の定「爆破」を駆使して跳んでおり、流石というべきである。

途中安定した足場が見当たらない箇所では、旋風の上に土で足場を作り、その上を移動することでしのいだ。その甲斐もあってか、水世は爆豪に次いで二位でオールマイトのいる場所へと到着することができた。

爆豪は「助けてくれてありがとう」と書かれたタスキをかけている。おめでとうと水世が声をかけると、何故か思いきり睨まれた。もしかすると虫の居所が悪かったのかもしれない。水世は苦笑いを浮かべる他なく、酔いで気分を悪くしている麗日の方へ行って彼女の背を撫でた。













更衣室では、女子七人で先程の戦闘訓練に関する反省を話し合っていた。

短パンを脱ぎながら、水世は各々の課題や反省点に相槌を打っている。中でも葉隠は、グローブで握り拳を作りながら大きな声で話していた。


「私、機動力が足りない!」

「それはウチもだよ」

「“個性”柄仕方ないんだけどさー!」


蛙吹は舌や跳躍力や吸着力があるため、今回のような救助訓練でも“個性”を活かすことができるし、八百万の「創造」も状況に応じての行動を可能とすることができる。だが葉隠や耳郎の“個性”では、隠密行動や情報収集、索敵といった後方支援に特化している分、後手に回ってしまうのだ。今回のような場合では、“個性”を活かすことができないのである。

それを本人も充分に自覚しているからこそ、浮いている葉隠のグローブはブンブンと大きく揺れている。耳郎も彼女の言葉に同意するように、深々と頷いた。


「でも私も、酔いっていうデメリットあるから、負担の多い飛躍になるんよねえ……」

「向き不向きがあるとはいえ、自分の課題を補う点を見つけないとだね」

「自身の短所を自覚し、その点の対策も立てないといけませんね」


救助に行くはずが、自分が要救助者になっては元も子もない。しかし実際問題、“個性”の向き不向きというのは大きなものである。“個性”のみではなく、単純な身体能力の向上も視野に入れるべきなのだろう。

流石はヒーロー志望だ。自身の弱点、欠点を自覚して克服、補おうともう考えている。ここにいる人は皆向上心の塊のようで、水世は一人で劣等感のようなものを抱いた。周りとの差に、周りとの方向性の違いに。向いている先が違うのだから、当然スタートとゴールが同じなわけがないのだけど。


「なんか対策考えないとだね〜」

「でも、長所を伸ばすのも大事だと思うわよ」

「まあ結局は、臨機応変な対応ができることが、大事なんじゃないかな」


レオタードを脱いで下着を着けながら、水世は振り返って葉隠たちに微笑んだ。それに同意するように「確かに!」「順応性は大事ですものね」と面々が頷いていると、耳郎が人差し指を立ててみんなに静かにするよう言った。


「峰田が隣で騒いでる」


タイツも全部取っ払った水世は、ロッカーから制服を出しながら首を傾げた。隣には、男子更衣室がある。耳郎は“個性”柄聴覚が人より優れている。そのため隣の会話が聞こえたのだろうかと思っていたが、どうやらそんなことはなかった。


「八百万のヤオヨロッパイ!芦戸の腰つき!誘の尻!葉隠の浮かぶ下着!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァアアア――」


壁に空いていた穴から、ズブッ!と耳郎のイヤホンジャックが刺さったと同時、心音攻撃を受けた峰田の断末魔が男子更衣室に響き、そして隣の女子更衣室まで聞こえてきた。煩悩塗れの叫びをハッキリと聞いていたため、女性陣は誰一人同情することはない。


「ありがと、響香ちゃん」

「何て卑劣……!すぐに塞いでしまいましょう!」


八百万の“個性”で壁に空いていた穴を塞いでいる最中、水世は下着姿のまま、自分の背中を見るように振り向いて視線を下へ向けた。


「私のお尻って、なにかいいものなの?」

「真剣に考えなくていいんだよ、水世ちゃん!」


葉隠から注意されるように言われたため、わかったと頷いて、彼女はスカートを履いた。隣では峰田の「目から爆音があああ!!」という声が聞こえてきていた。男子高校生らしいと言えば男子高校生らしい煩悩ではあるが、些か度の過ぎた欲望である。