- ナノ -

知らぬ間に糸は結ばれる


「今日は保須に行くぞ」


そんな急な言葉で、伊世と水世はグラヴィタシオン、それにテレキスと共に保須に来ていた。

昨晩保須市に敵が大量発生し、またヒーロー殺しステインと敵三人が逮捕された。新聞やニュース、ラジオにネットニュースと、様々なメディアはそれをこぞって取り上げた。それだけステインという存在は、世間の注目の的だったのだ。

ステイン逮捕の功労者は、エンデヴァーであった。本来保須市は彼の管轄外だが、グラヴィタシオンの言う通り、彼はステインの犯行を分析、傾向を把握し、彼が再び現れる場所は保須であると確信したことから、そちらに出向いていたのだ。

ステインと共に逮捕された三人の敵についても報道された。三人はいずれも、先日雄英を襲撃した敵――脳無と呼ばれる、対オールマイト用として用意されていた怪人だ――と酷似していたのだ。その外見的特徴に加え、更にマスコミの取材班がカメラに捉えた二人の不審な男の姿がUSJを襲撃した主犯格に似通っていたことから、ステインと敵連合には繋がりがある可能性も示唆されている。

ニュースの内容を説明したグラヴィタシオンは、保須は今三人の敵が大暴れしたことで、道路やビル、果ては電車までもが損壊状態になっているのだと話した。


「そこで、俺とテレキスが瓦礫の撤去援助に向かう。俺らの“個性”は、そういうの得意だしな」


とのことで、水世たちは保須市を訪れていた。昨晩の火事は収まってはいるものの、歩道に植えられていた木はボロボロで、道路やビルも抉られていたりと、散々な状態である。


「グラヴィタシオン、お待ちしておりました!管轄外ですのにすみません」

「いえ、お気になさらず。じゃあテレキス、おまえはオールド・ニックとあっち頼む。俺はアンジュとここら辺片付けるから」


指示を飛ばすと、グラヴィタシオンは瓦礫に重力球を入れていった。水世はテレキスに呼ばれ、彼のあとをついていった。

昨夜寝る前に、水世は緑谷に一言「大丈夫?」とだけメールを送っていた。今朝返信がきており、彼はステインと居合わせたのだと説明してくれた。ニュースでプロヒーローの他に高校生三名がその場に居合わせたとの報道があったが、その三名は緑谷、飯田、轟だったそうだ。緑谷が送った位置情報はSOSであり、エンデヴァーと共に保須市に訪れていた轟は、それを見て現場に駆けつけたとのことだった。

三人は怪我を負ったものの、命に別状はなく、現在病院にいるとのことだった。寝起きにそのメッセージを見た水世は、安堵したものである。


「俺がサイコキネシスで瓦礫を浮かせるから、オールド・ニックちゃんは人除け頼んでいい?」

「はい」


グラヴィタシオンのサイドキックである彼も、また有名なのだろう。周囲は少しざわついている。警察がテープを張ってはいるものの、少しでも近くで彼を見ようと周囲に人が集まってきていた。サイドキックの彼で僅かに人集りができるのだから、グラヴィタシオンの方はもっと人がいることだろうことが予想できた。

水世が市民の方へ行き危ないから離れるよう説明している間に、テレキスはサイコキネシスで瓦礫を浮かせると、それを粉砕していく。小さくして危険性を減らそうということなのだろう。

瓦礫が飛んできては危ないからと、水世が周囲の人に声かけをしていたとき。彼女の足元を小さな何かが駆け抜けた。振り返れば、首輪とリードのついた子犬だ。


「ココ!」


続けざまに、小さな男の子がテープの下を抜けた。子犬がテレキスのもとへ駆け寄っていくのを見て、水世は咄嗟に駆け出した。ふと、心なし普段よりも体が軽いような気がした。男の子を捕まえたと同時、テレキスの慌てるような声がした。見れば足元に子犬がじゃれついている。

水世が瞬間移動で子犬を抱き上げたが、それに驚き、犬の登場で僅かに緩んでいたテレキスの“個性”が完全に解けた。浮いていた瓦礫は、テレキスの“個性”が解けたことで即座に落下していく。

それは衝動的な行動だった。水世は子犬を抱きかかえたまま、瞬時に男の子のもとへと瞬間移動した。後先なんてあまり考えないで、思考よりも身体に従って、水世は足元に魔法陣が展開し、ドーム型のバリアを発現させた。

バリアの中で、水世は男の子と子犬とをしっかり抱きしめた。ガンッ!とバリアに瓦礫が当たる衝撃音がして、そのまま曲線を滑るように地面に落ちていく。地面に落ちた瓦礫を確認した水世は、肩の力を抜くようにフッと息を吐いて男の子と犬を見た。


「大丈夫?怪我は?」


首を横に振った彼に安堵しながら、水世は“個性”を解除した。慌てて駆け寄ってきたテレキスが深々頭を下げて謝るので、水世は慌てて頭を上げるように頼んだ。幸い誰も怪我はなく、テレキスは男の子の手にリードをしっかりと握らせると、離さないようにね、と笑った。


「お姉ちゃん」

「うん?」


少年が水世を見上げるので、彼女は膝を折って目線を合わせた。


「僕とココのこと、守ってくれてありがとう!」


にぱっと笑った少年に、水世は驚いたように目を丸くさせた。ココと呼ばれた犬も尻尾をブンブン振って、お礼を言うように一鳴きする。彼女はゆるゆると首を横に振ると、眉を下げて笑った。

大きく手を振って駆けていく少年に軽く手を振り返した水世は。じわじわと広がるほのかな熱に、首を傾げた。











自分はハンドクラッシャーかもしれない。真面目な顔で言い放った轟くんに、思わず飯田くんと笑っていれば、手にしていたスマホから通知音が鳴った。確認すれば、誘さんからのメッセージだった。「朝返せなくてごめんね。三人とも無事でよかった」と書かれている。そして続いて、もう一つメッセージが送られてきた。


「……飯田くん。誘さんが、心配してるみたい」

「誘くんが?」

「うん」


続いてきたメッセージには、飯田くんについて書かれていた。連絡先を知らないそうで、直接彼に聞けなかったのだという。「職場体験前、思い詰めてる風だったから」という文字を見せると、飯田くんはそういえば、と何かを思い出したように呟く。

職場体験に行く前、飯田くんは誘さんと一緒に昼食を食べたらしい。その時、彼女から頑張ろうと言われたのだとか。普段はスラスラと言葉を吐く誘さんが、その時は言いにくげに、まるで言葉を探すようにして。


「互いのなりたいもののため、なりたいものを目指して頑張ろうと言われたんだ。今思い返すと、彼女は俺の様子に不信感を抱いていたのかもしれない……視野が狭くなっていた俺のことを、なんとなく察していたのかもしれない」


兄であるインゲニウムをステインに襲われた飯田くんは、体育祭の日からずっと、苦しんで、悲しんで、そしてステインへの恨みや憎しみを募らせて、復讐に駆られていた。彼がそこまで思い詰めていたことに、僕は友人ながらに全然見えていなかった。飯田くんが平静を装い、僕らに気を遣わせないよう振舞っていたこともあるのだろう。

誘さんは、そんな彼の苦しみを、僅かに感じ取っていたのだろうか。


「職場体験が終わったら、謝らなければならないな……彼女は、俺が委員長に適任だと言ってくれたというのに……不甲斐ないばかりだ」

「誘さんが?あ、もしかして……あの時の飯田くんへの一票って……」

「ああ、誘くんが入れてくれたそうだ。俺は彼女の期待を裏切ってしまった。しっかりと謝り、彼女の期待をこれ以上裏切らぬよう、誠心誠意努めなくては」


真剣な表情の飯田くんは、誘さんに平気だと伝えておいてほしいと僕に頼んだ。それに頷き、飯田くんは大丈夫だと返信すれば、思いの外早く既読がついた。時間帯を考えると、今は昼食休憩を取っているのかもしれない。


「……おまえら、誘と仲良いのか?」


黙っていた轟くんが、ポツリと呟いた。僕と飯田くんは顔を見合わせて、どうだろうかと首を傾げた。

誘さんとは、何度か話をしたくらいだ。グラヴィタシオンが好きだという彼女と、たまに彼についての話をしたり。僕よりも、クラスの女子や、切島くん、それに常闇くんの方が仲が良いように思える。そう伝えると、轟くんは静かにそうかと呟いた。

どうかしたのかと尋ねようとすれば、轟くんは視線を下に向けながら、少し言いづらそうに口を開いた。


「誘と、仲良くなりたくて。でも俺、アイツに結構色々言ったから、嫌われてんじゃねえかと思って。謝んなきゃなんねえってのはわかってんだけど……声かけようにもタイミングが合わねえし、いざ一人でいる時見かけても、正直嫌われても仕方ねえこと言ったから……なんか、声かけづらい」


意外だ。割とストレートにズバズバ言ってのける轟くんが、こうも言い淀んでいるのも、声をかけづらいというのも。僕と飯田くんは再び顔を見合わせた。彼は驚いたように目を丸くしていて、きっと僕も同じような表情を浮かべていると思う。

轟くんが誘さんにどんなことを言ったのかは知らないが、彼がこんなに気まずそうにしているのを見ると、よっぽどのことを言ってしまったのだろうか。僕も飯田くんもどうアドバイスをするべきかと悩んでいれば、また通知音が鳴った。


「……轟くん。多分、嫌われてるかもとか、あんまり気にしなくていいかも」


少しメッセージのやり取りをして、僕は画面を見ながらそう呟いた。不思議そうに顔を上げて僕を見た轟くんに、スマホの画面を見せた。そこには、轟くんを心配する誘さんからのメッセージが書かれているはずだ。そして――。


「誘さん、轟くんのこと嫌ってないって。自分の方は嫌われてるかもだけど、誘さん自身はそんなことないって」


メッセージには、轟くんには自分が心配していたことは教えないでほしいと書かれていた。曰く、自分はよく轟くんを怒らせてしまい、嫌われているだろうからと。誘さんの方はどうなのかと試しに返してみると、彼女は轟くんを嫌ってなどいないとすぐに返信がきたのだ。


「轟くんも誘くんも、互いに相手は自分を嫌ってる、と思い込んでいたんだな……」


僕のスマホ画面を凝視している轟くんは、少し安心したように眉を下げた。そんな表情もできるのか、なんて驚いていれば、彼は僕にありがとうとお礼を言った。


「……職場体験終わったら、俺も誘に謝らねえと」


呟いた彼に、僕も飯田くんも頑張って!と声をかけた。轟くんは一つ頷くと、パッと僕の方を見上げた。


「俺、ちゃんと仲良くなれっかな」

「なれるよ!自信持って!」

「緑谷みたいにメッセージのやり取りしたり、飯田みたいに一緒に昼飯食ったり、八百万たちみたいに手作りの菓子貰えるくらいには仲良くなりてえんだけど」

「思った以上に仲良くなりたいんだな君」


僕らの予想以上に誘さんと仲良くなりたかったらしい彼に苦笑いを浮かべつつ、もう一度応援の言葉をかけた。