- ナノ -

建前で踊るつもりはない


実技試験を終えてしばらくすると、小柄の老女が演習場に現れた。雄英高校の看護教諭である、リカバリーガールだ。彼女は自身の“個性”を使い、怪我人の治療を行うために各演習場に足を運んでいるようだった。


「おやまあ、こっちもわざわざ倒しちまったのかい?今年の受験者は血気盛んなことだね」


地面に伏している巨体を見たリカバリーガールに、水世は静かに頷いた。「こっちも」という言葉は、他の演習場でもお邪魔ギミックを倒した受験者がいることを表していた。

明確な合否の採点はわからない。プレゼント・マイクは「仮想敵を行動不能にしてポイントを稼ぐのが目的」とは言ったが、「敵を多く倒してポイントを得た受験者が合格する」とは言っていない。それを考えると、仮想敵を倒すことで得たポイント以外にも、何かしらの配点があるのだろうか。


「さあ、怪我のない子は出入口へお行き。バスが待ってるよ」


思考を巡らせていた水世だったが、リカバリーガールの声で意識を戻した。彼女の指示に従い、水世は出入口の方へ歩きだした。

伊世くんは大丈夫だろうか。彼の“個性”であれば、これくらいの仮想敵はただの鉄屑、鉄塊でしかない。たったこれしきのことで、私如きが伊世くんを心配するなんて烏滸がましいくらいだ。ああ、けれど、怪我がなければいいのだが。


「待ってくれ!」


水世の後ろから、駆けてくる足音と誰かに呼びかける声が聞こえた。


「0P敵を破壊したあんた!」


私を呼び止めていたのか。足を止めた水世が振り返ると、何故0P敵を倒したのかを聞いてきた黒髪の少年がいた。彼は水世に駆け寄ると、第一に「あんな呼び止め方で悪い……名前、知らなくて……」と、謝罪をこぼした。気にする必要はないという意を込めて、水世は首を横に振った。


「何か御用ですか?先程の件でしたら、些か偉そうな物言いになってしまい、申し訳ありません」

「いや、俺の方こそ悪かった。失礼なこと聞いたよな」

「?あなたの疑問は尤もでしょう。利点のない行動を取った私に対する質問として、正しいものだと思います」


立ち止まり話すのは、他の受験者を待たせてしまうことになる。そのため水世は歩きながら話すことを持ちかけ、彼は頷いた。横並びで出入口へ向かっていれば、少年の方が視線を水世へと向けた。


「さっきの攻撃、すごかった。あんだけの巨大ロボットを一撃で仕留めるなんてよ」

「ありがとうございます」

「でも何よりも、メリットデメリットも考えないで、敵に立ち向かっていった度量。すげえって思ったし、なんか自分が恥ずかしくなった」


恥ずかしくなった?首を傾げた水世に、少年は深く頷いた。


「最初に『ギミック』だって説明されてさ、俺はアレを、『敵』じゃなくて『ギミック』だって思った。倒してもポイント入らねえし、あのデカさだ。それにこれは試験だから、アレを相手するより、点が貰えるロボットを相手した方がいいって思った」


彼の判断はある種合理的なもの。あれだけの巨体、敵わないと悟ればまずは逃げることが懸命。実際に活躍しているプロヒーローも、敵との“個性”の相性が悪ければ、相性が良いプロヒーローが来ることを待つのだから。

自分はあの敵を倒せる“個性”だった。だから破壊した。無理だと思えば、自分だって周り同様にあの場は逃げていただろう。故に、褒められる行為でも、敬意を表される行為でもない。それにそもそも、彼が思っているような正義感などで、自分はアレを倒したわけではない。

ヒーローとしての資質を問われる試験だから、ヒーローならばこうするだろう、を考えての行動だ。体が勝手に動いたわけでもないし、周りの受験者の安否を気にしてたわけでもない。ただ、どんな行動を取ればヒーローらしく見えるのか。それを考えた結果、ああしただけのこと。水世は口には出さずに心の中で答えながら、少年の方を見た。


「倒せる敵を倒さないヒーローはいない。それだけの話だと思いますので、どうかお気になさらず」


巨大なゲートが見えてきた。既にバスに乗り込んでいる受験者もいるようで、待たせては悪いと思い、水世は歩くスピードを少しばかり速めた。少年もそれを察したのか、彼女の歩行スピードに合わせた。


「あっ、あのさ、俺切島。切島鋭児郎。名前、教えてもらってもいいか?」

「……誘(いざな)水世です」

「そっか。誘、お互い合格したときは、よろしくな!」


水世は笑みを見せた切島に軽く頭を下げて、バスへ乗り込んだ。適当に空いている座席に腰掛けて、出発までの間、瞼を閉じて待った。

脳の奥から声が聞こえてくる。水世が耳を傾ければ、先程壊した仮想敵について文句を飛ばしているようだった。曰く、粉々にしてやればよかったのに、と。あの巨体を粉々にする威力となれば、一次は即座に外れるだろう。それは禁じられているため、水世は素直にそれは無理だったことを伝えた。


《二次には移れない。見境いもないし、リセットもできないから》


不満げな声に水世が返事をしていれば、エンジンのかかる音が聞こえた。どうやらバスが出発したようで、演習場から校舎の方へ向かっていく。走行時間は短いが、少しの休息にはなるだろう。瞼を閉じたまま、水世は少しの間バスに揺られた。

バスが停車し、校舎に到着したことを告げられる。皆に混ざってバスを降りた水世は、更衣室で素早く着替えを終えると、試験内容の説明を行った講堂に再び足を運んだ。

最初と同じ席へ向かっていれば、伊世は既に席に着いていた。水世は慌てて彼の隣に座り、一言謝罪を伝えた。彼は水世を一瞥しただけで、何も言うことはなかった。


「おつかれ、リスナーの諸君!」


プレゼント・マイクの声が講堂内に響く。彼は受験者に労りの言葉をかけると、早速合否の通達についての説明を行った。

一週間後には、全受験者の元に、雄英高校から合否の有無が、手紙で通知される。長いようで短い七日間を、皆ドキドキしながら待つことになるのだ。水世が周囲に視線を向けてみれば、自信なさげな者、むしろ自信しかない者、と様々な様子を見せていた。


「ではさらばだ諸君!入学、待ってるぜ?」


シーユーネクストアゲイン!プレゼント・マイクは声を張り上げた。ものすごい声量に喉を痛めたりしないのだろうかと、一人些かズレたことを思いながら、水世は伊世の方へ視線を向けた。彼は席を立つと、出ていく受験者の波に向かっていく。水世も立ち上がり、彼の後ろをついていった。

やっと講堂から出れた水世は、眩しい光に目を細めた。伊世の半歩後ろを、彼女は人の波に従いながら歩いていく。


「どうだった」

「多分、大丈夫だと思う」


やっと人混みを抜けた頃、伊世は突然にそう尋ねた。軽く笑みを浮かべながら答えた水世に、彼は一言、そうかと呟いた。


「あんな施設がたくさんあるのは、正直予想外だった。でも、イナサくんが志望校にしてた理由は、なんとなくわかる気がする」


伊世は答えることなく、だが突然に足を止めて、彼女を振り返った。水世もそれに合わせて立ち止まると、彼は「この試験、おまえはどう見た」と一言問うた。


「……ただ仮想敵を倒してポイントを得るだけ、ではないと思う。倒すだけなら、あの0P敵を無得点にする必要はない。ただのお邪魔ギミックにしては、あのサイズも、残り時間僅かでの出現も、各演習場に一体のみ配置も、疑問しかない。敵を倒して得たポイント以外にも、配点基準があるんじゃないかな」


彼女の言葉に納得したのか、だろうなとだけ呟くと、伊世は再び歩き出した。そして考え事をはじめたのか、黙り込んでしまっている。

校門を出て駅の方へ向かう最中、互いに無言の時間が続いた。しかし二人にとって、それは日常茶飯事であったため、気まずい沈黙ではなかった。


「ああ、二人ともおつかれさま。試験は終わった?」


不意に二人の頭上から、声が降ってきた。同時に顔を上げた二人の視界には、空と、電柱の上に立つ一人の男性が映った。彼を視界に捉えた途端、伊世は思いきり顔を歪めた。男はそんな伊世の反応など気にせず、軽やかに地面に降りた。


「試験はどうだった?」


人の良い笑みを浮かべた男に、伊世は舌打ちを落とした。そんな彼を宥めながら、水世は簡単に試験内容の説明をした。男はなるほどと頷いて、「じゃあ、どんな思惑があると思う?」と笑みを二人に向けている。


「……ヒーロー科の試験なら、ヒーローにおいて必要な能力だって見られているはずだ。それらを敵退治に加算する形として。それだけなら、わざわざ0P敵をあんな形にする理由としては弱い」


突然、伊世が口を開いた。自分の中である程度考えがまとまったのだろう。水世も男も、彼の言葉を静かに聞いていた。


「ヒーローは奉仕活動だ。国、社会、人への奉仕。そうなってくると、敵退治のみのポイントとは思えない」

「ヒーローは敵を倒すことだけが仕事じゃない。あの場所は市街地で、それを踏まえると、ただ敵を倒すだけではダメなのではないかと」

「ヒーローが人の暮らす場所を壊す場合は、最低限で最小限が理想。且つ市民への安全の考慮。あの0P敵は放っておけば被害を拡大させるだけ。倒してもポイントはないが、それがあくまで、敵退治のポイントにおいて0だとしたら」


男の方を見ていた伊世が、水世の方を振り返った。


「0P敵を倒すことは、被害拡大を防ぐと同時に、市民を守ることにも繋がっていく。けれど大量のポイントをあの敵に付与すれば、“個性”によっての有利不利が明確になる。そして敵を倒す目的が、ポイントを得ることにすり替わる。逃げることも時には大事な行動故に、ポイントを0とした」

「勇気と無謀は紙一重だ。ヒーローは、その勇気と無謀がなけりゃ成り立たない。アレは立ち向かう勇気と同時に、無謀な行動をしないことを見れる。一石二鳥だな」


これで満足かと言いたげに、伊世が男の方を見た。彼は二人の言葉ににっこりと微笑むと、「うん、満足」と拍手をした。伊世はそれはよかった適当に呟いて水世に声をかけ、止めていた足を動かし、彼の横を通り抜けた。水世は会釈をして、伊世の後ろに続いていく。

歩いていく二人の背中を見つめながら、男は通話中のスマホを取り出した。


「どうです?贔屓目無しに見ても、中々だと思いますが」

「"まったくだね!うん、君の提案、受け入れることに異論はないよ"」

「感謝します」


クスクスと笑った男は、ご機嫌な様子で通話を切った。