- ナノ -

君のために生きてきたの


職場体験は一週間。肝心の職場は、指名があった者は個別にリストを渡され、その中から自分で選択する。指名のなかった者は、あらかじめ学校側がオファーした全国の受け入れ可な事務所四十件の中から選ぶことになっている。

ヒーローによって、活動地域や得意なジャンルは異なる。たとえば13号は対敵よりも事故・災害等の人命救助中心の活動をしているし、隠密行動が得意なヒーロー、対敵が得意なヒーローと様々だ。

皆渡されたリストを見つめて、自分の目指したいヒーロー像や、職場体験で経験したい活動などを考え、リストに並ぶヒーロー事務所を見つめている。提出は今週末までとなっているため、残り二日の間に決めなくてはならない。希望体験先は第三希望まで書けるが、何かしらの不都合がない限りは、第一希望先に行けるだろう。

授業後はもちろんのこと、昼休みにも、話題は職場体験のことで持ちきりだった。一週間という短い期間ではあるが、実際にプロヒーローの職場を肌で感じることができる絶好の機会。皆期待に胸を膨らませているのだ。

水世は相澤から渡された個別リストの束を眺めた。一覧には若手ヒーローからベテランヒーローまで、幅広く名前が並んでいる。この人たちが自分に指名をくれたというのが、水世は正直、あまり信じられなかった。


「八百万さんは決まった?」

「いえ、まだ……こうして私を見初めていただいていますから、じっくり検討しようと思っております。水世ちゃんも、指名がきてましたよね。良さげな事務所はありましたか?」

「今のところはまだ。一回全部見てから決めようと思って」


八百万と昼食を摂りながら、水世はリストを捲った。六百件以上の事務所を一気に見ていくのは、存外目を酷使する。自分以上に指名がきていた轟や爆豪はもっと大変なことだろうと、彼女はひっそり思った。


「水世、ヤオモモ、一緒にいい?」

「いいよ。八百万さんも大丈夫?」

「はい。どうぞお座りください」


耳郎と芦戸の二人がひょっこりと顔を出した。どうぞと隣の席に促せば、耳郎は八百万の隣に、芦戸は水世の隣に座った。話題はやはり、職場体験先の事務所についてだ。


「二人は指名きてたもんね。どう、決まった?」

「ううん、まだ」

「ねえねえ、どこからきてるか見てもいい?」


ワクワクした表情も芦戸に頷いた水世は、リストを彼女に手渡した。耳郎、それに八百万も気になるようで、三人で水世の個別リストを覗き込んでいる。


「あ、これエッジショットじゃない?」

「知ってる!No.5だ!」


焼き魚の身をほぐしながら、水世はそんなところからもきてたのかと他人事のように思った。主に芦戸と耳郎がはしゃいでいる声を聞きながら水世が食事をしていると、八百万が何かに気付いたようで、「この事務所……」と呟いた。どうかしたのか水世が顔を上げると、八百万が彼女の名前を呼んだ。


「これ、この事務所……グラヴィタシオンから指名がきてますよ……!」


リストを顔の前に突き出された水世は、八百万が指差した箇所を見た。そこには確かに、「グラヴィタシオンヒーロー事務所」とハッキリ書かれている。目を丸くして驚く水世に、八百万はまるで自分のことのように笑って、喜んでいた。


「水世ちゃん、グラヴィタシオンに憧れて雄英を受けたと言っていたでしょう?憧れのヒーローに見初めてもらえるなんて……」


八百万の言葉に、耳郎と芦戸もよかったじゃん!と笑った。水世はありがとうと笑みを浮かべながら、返してもらったリストをじっと見つめた。













放課後になり、水世は第一希望にグラヴィタシオンの事務所を選んだ。第三希望まで全て書くかは任意であるため無理をして書かなくてもいいのだが、一応、念のためにと、第二・第三希望先を選んでいた。だが彼女は、ほぼ確実に、第一希望で通るだろうと確信していた。


「悩んでいるのか?」


シャーペンを回していた水世が顔を上げると、常闇が少し首を傾げて彼女を見つめた。彼の隣には切島もいて、どうやら二人で話していたようだった。水世は第二と第三希望で悩んでいるのだと苦笑いを浮かべると、希望用紙を指差した。


「へえ、グラヴィタシオンか……!結構人気のヒーローだよな!でも、第一希望決まったなら、出せばいいのに」

「第一希望ダメだった時のためにと思って。二人は?」

「俺は、フォースカインド!」


切島はフォースカインドの事務所を第一希望としたらしい。彼は“個性”の「四本腕」を活かした近接戦闘を得意とするヒーローで、彼のところから指名がきていたそうだ。切島も“個性”柄近接向きであるため、相性はいいのかもしれない。


「常闇くんは?」

「俺は、ホークスのところだ」

「……ホークス……?」


ホークスは、現在No.3の九州の地方ヒーローだ。彼は十八歳という若さでデビューし、その年の下半期にはビルボードチャートトップ10入りを果たしている。十代でトップ10入りを果たしたのは未だにホークスだけであり、世間からは「速すぎる男」と言われている。

そんなプロヒーローから指名がきていることに、切島は驚きながらも常闇の背を軽く叩いて、すごいな!と興奮気味に言った。それを眺めながら、水世はぼんやりと記憶を思い起こしていた。

憎らしくなるくらいに眩しい太陽と、恨めしいくらいに晴れた空を見上げていた。どんどん遠くなるそれらを、見上げていたあの日。燃えるような紅は、鮮明に思い出せるほどに水世の中に焼きついていた。


「水世?どうしたー?」


軽く肩を叩かれ、水世は我に返った。不思議そうに自分を見る常闇と切島に、第二・第三希望先を考えていたと笑えば、二人は特に疑うこともなく納得した。


「でも、それなら常闇くんは九州か……割と長旅だね」

「まだ受け入れてもらえると決まったわけではないがな」

「でも指名がきてたならさ、そんな心配する必要ねえと思うぜ」


同意するように水世が頷いていると、切島がそうだ!と声を上げた。彼女と常闇の視線が彼に向けば、切島はスマホを取り出し、歯を見せながら笑った。


「連絡先交換しとこうぜ。そんでさ、職場体験の話とかしよう!」

「情報交換か……」

「まあ、そんな感じ!」


切島の提案を、水世も常闇も受け入れた。数少なかった彼女の連絡先だが、雄英に入学してから徐々に増えていっている。少し新鮮さを覚えつつ、水世はスマホをしまった。

ようやく第二・第三希望を書き終えた。シャーペンや消しゴムをペンケースにしまい、バッグへ入れた彼女は、帰るついでに提出してくると告げて立ち上がると、バッグと用紙を持って職員室へと向かった。

広い校内を進んで職員室へ辿り着いた水世がノックをしようとすると、先に中から扉が開いた。驚いて半歩下がった彼女の前には、鉄哲が目をぱちくりさせて立っている。


「よう水世、おまえも職場体験の希望用紙提出しに来たのか」

「うん。鉄哲くんは、もう出したの?」


頷いた彼は、指名がきていたフォースカインドの事務所を第一希望にして、先程B組担任のブラドキングに提出したそうだ。ついさっき、切島もフォースカインドを第一希望にしていると聞いたことを思い浮かべたが、伝える必要もないかと水世は判断した。

鉄哲から水世はどこの事務所にしたのかを聞かれ、素直に指名がきていたグラヴィタシオンの事務所を第一希望にしたと伝えた。


「じゃあ、伊世と同じか。やっぱ双子の神秘みたいなのってあるんだな!」


彼の言葉に、水世は苦笑いを浮かべた。帰るのだろう、靴箱へ向かいながら手を振ってくる鉄哲に、困った風に眉を下げながら、彼女は小さく手を振り返した。

改めて職員室の扉をノックした彼女は、扉を開けて失礼しますと中へ入った。自身のデスクに座っている相澤を呼ぶと、彼は水世に気付いて立ち上がった。


「職場体験の、希望先用紙の提出に来ました」

「ああ……」


渡された用紙に目を通した彼は、グラヴィタシオンか、と呟いた。水世が頷くと、相澤は少し考える素振りを見せた。そして、何故この事務所にしたのかを聞いた。


「グラヴィタシオンより上の事務所からも、指名はきてたろ。なんでここだったんだ?」


もし少しでも甘えがあるのなら、これは受理しない。ハッキリと告げた相澤に、水世は焦ったように首を横に振った。


「……意味があるのだと、そう思ったんです。わざわざこうして、グラヴィタシオンとして指名をくれたということに」


グラヴィタシオンより上だろうプロヒーローからの指名があったのは確かだ。それでも、彼にはなにか考えがあって、自分へと指名を送ってきたのだと彼女は思った。


「それに……それに、私に指名がきたってことは、伊世くんにも指名がきてる。なら伊世くんは、グラヴィタシオンを選ぶから……」

「なんでそれがわかる。双子とはいえ別人だ。兄の方は、別のヒーローを選ぶかもしれないだろ」

「わかります。私は、彼の役に立つことを考えて過ごしてきたので」


じっと水世を見下ろした相澤は、一つため息を吐きながらも、確かに受け取ったと告げて自分の机へ戻っていった。受け取ってもらえたことに安堵した水世は、失礼しますと綺麗にお辞儀をしてから職員室を出た。