- ナノ -

頑張ったねと笑いかけて


『さぁ、いよいよラスト!雄英一年の頂点がここで決まる!決勝戦、轟対爆豪!!今!!スタート!!!』


決勝戦は、A組のツートップによる対戦だった。

開始早々に轟が動いた。彼は大きな氷結で爆豪を覆い、閉じ込めた。瀬呂戦ほどの規模ではないにしろ、一撃で相手を行動不能にするには充分な威力の氷結である。しかし、氷の中から何か音が聞こえてくる。それは徐々に大きくなっていったと思うと、氷が砕け散って穴が空いた。

爆豪が爆発で氷結を防いで、氷の中を掘り進めたのだ。彼は轟を避けて飛ぶと、彼の左肩と左側の髪を掴み、思いきり投げ飛ばした。轟は氷壁で場外を回避すると、さながらサーフィンのようにその上を滑りながら爆豪へ近付いていく。

轟は炎を使う気はないのか、氷だけの単調で単純な攻撃を続けている。対する爆豪はわざわざ左側を掴んだり、爆発のタイミングを調整したりと、自身の戦闘センスを大いに発揮している。どちらも実力は高いが、“個性”の相性を考えると爆豪の方が有利に見えた。


「てめェ、虚仮にすんのも大概にしろよ!ブッ殺すぞ!!」


炎を使おうとしない轟に痺れを切らしたのか。怒号を飛ばした爆豪は、特大火力に回転と勢いを加え、人間榴弾のように彼に突っ込んでいった。

――一瞬、轟が炎を出した。しかしそれは本当に一瞬で、揺らめいていた炎は静かに消えていった。

轟はまたしても氷で爆豪に対抗しようとしたが、やはり相性からしても不利だった。爆豪の起こした爆発により、ステージ上には爆煙が立ち込めている。それが晴れた時、ステージにいたのは爆豪だけだった。轟は場外で、氷の瓦礫の上で気を失っていた。そんな彼を見た爆豪が掴みかかっていくも、ミッドナイトの“個性”で眠らされ、倒れ込んだ。


「轟くん場外!よって――爆豪くんの勝ち!!」


以上で全ての競技が終了した。今年度の雄英体育祭一年の優勝は、爆豪に決まった。













少しの時間を置いて、表彰式が行われた。しかし一位である爆豪は目を覚ましてからずっと暴れており、厳重に拘束されていた。生徒たちもそんな彼の姿にやや引き気味だ。

本来ならば三位決定戦が行われるところだが、飯田が家の事情で早退したため、常闇が三位となった。詳しく事情は知らないが、会場を出ていく彼の姿は、ただならぬ空気をまとっていたように水世には映った。


「メダル授与よ!今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!」


ミッドナイトの高らかな声に合わせるように、スタジアムの天井から、オールマイトがお決まりの言葉を叫びながら降り立った。だがミッドナイトと見事に言葉のタイミングが被り、やや締まらない登場となってしまった。

オールマイトは三位から順に言葉を送り、ハグも付けてメダルを首にかけていく。そして拘束されている爆豪の順番となり、口に嵌められていた拘束をオールマイトが外した瞬間、爆豪はものすごい形相を浮かべた。


「オールマイトォ……こんな一番、なんの価値もねぇんだよ……世間が認めても、じぶんが認めてなきゃゴミなんだよ!!」


どうやら彼は、勝ち方に納得していないようだった。頑なにメダルを受け取ろうとしない爆豪の口に、オールマイトは半ば無理矢理メダルを引っ掛けた。


「さぁ、今回は彼らだった!!しかし皆さん!」


振り返ったオールマイトが、選手や観客に、そしてテレビの向こうでこの映像を見ているだろう人たちに向けて声を張り上げた。


「この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!更に先へと登っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」


高らかに叫んだオールマイトは、最後に皆でご唱和くださいと握り拳を作った。ここはお決まりのあの言葉だろうと、皆同じ気持ちだった。


「せーの――」

「プルスウル――」

「おつかれさまでした!!」


衝撃の終了だった。誰もがここは校訓だろうと思い口を開いたが、オールマイト一人だけまったく違う言葉が上がり、皆が困惑したように声を上げる。そこはプルスウルトラだろうというブーイングがそこかしこから上がったが、当のオールマイトはみんなが疲れているだろうからと、大きな体を気まずげに縮こまらせていた。


「天然……?」

「だね」


ポツリと呟いた水世に、そばにいた耳郎が笑いながら頷いた。













明日、明後日は休校とのことだった。プロからの指名等は学校側がまとめてくれるらしく、発表は休み明けとなる。今日の疲れを、二日間で充分に癒せということだろう。今回一番の活躍を見せているのは轟と爆豪の二人だ。指名は大いに偏るだろうと水世は予想した。

HRも終わり、教室内がガヤガヤと騒がしくなった。恐らく、体育祭の熱が引いていないのだろう。興奮冷めやらぬ状態のクラスメイトを尻目に、水世は帰る準備をいそいそとしていた。


「……八百万さん?」


ふと、自分の前の席に座っている八百万の背が、暗く見えた。水世が軽く肩を叩いて声をかけると、ビクッと大きく肩を跳ねさせた彼女は、慌てて振り返る。どうされました?と八百万は笑ったが、普段の凛とした空気はなく、やはり無理をしているように見えた。


「大丈夫?体調悪い?」

「いえ、平気です。お気遣い感謝します」


微笑んでいる八百万をじっと見つめた水世は、少し考えを巡らせた。

体育祭の一回戦で常闇に負けた辺りから、彼女の元気がないような気がした。やはり、負けたことが悔しいのかもしれない。そう思い、水世は少し考えるような仕草をすると、不意に八百万へ手を伸ばした。ポン、と彼女の頭に手を乗せた水世は、髪をボサボサにしないようゆっくりと頭を撫でた。


「水世ちゃん……?」

「……八百万さん、頑張ってたから」


頑張った人は褒めてもらえるらしい。水世はそれを思い出し、よく周りがされていたように、八百万の頭を撫でた。そしたら元気が出るのではないかと。何故彼女に元気を出してほしいのかよくわからないけれど、そう思った。

八百万は突然な水世の行動に目を白黒させて、へにゃりと眉を下げた。行動が間違っているのだろうかと手を止めた水世は、八百万から手を退けた。


「……あんまり、思い詰めないようにね。ゆっくり休んでね」


バッグを肩に掛けた水世は、小さく微笑んでドアの方へ向かった。ドアの近くで切島や常闇、砂藤が集まって話しており、水世は三人におつかれさまと軽く笑った。


「水世もおつかれ!もう帰んのか?」

「うん。切島くんたちも、なるべく早く帰って休んでね。爆豪くん、結構容赦無く撃ってたし」

「悔しいが、戦闘におけるセンスは随一だったな……最後のアレは、魔界の王も顔負けの風貌だったが」


常闇の呟きに、水世は苦笑いを浮かべた。確かにあの姿を見るとあながち間違いではないような。あれではまるで、身柄確保状態の敵である。


「常闇くんも黒影くんも、惜しかったね。相性悪くなかったら、決勝いけそうだったけど」

「俺は常闇がいくんじゃねえかと思ったしな」


砂藤は深々と頷いている。確かに常闇の“個性”は攻守共に優れており、リーチも長い。一対一ならば最強にも近いのではないかと思えるような、強力な“個性”である。だが、爆豪との“個性”相性が痛かった。影である以上、それを消す光にはどうしても弱くなってしまうのだ。

三人と軽く話しを交え、水世は教室を出た。出る前に自分へと手を振る葉隠や芦戸などに軽く手を振り返して。水世は一人、だだっ広いガラス張りの廊下を進んでいった。


「誘……!」


前に出した足を止めて、水世は振り返った。彼女を追いかけてきたのか、バッグを手にしていない轟がいる。彼は水世に近付くことはなく、二人の間には妙な距離があった。轟は何かを言いたげに、口を開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返している。普段ハッキリとした物言いの彼にしては、少し珍しかった。


「…………大丈夫?」


随分ハッキリしない轟に、水世が尋ねた。彼は目をぱちくりさせると、不思議そうな表情を浮かべた。


「炎、使い慣れてないんじゃないかなって。普段使ってなかったみたいだし……って、あんまり知ったような口聞いたら、また轟くんを怒らせちゃいそうだね」


苦笑いを浮かべた水世は、轟に遅ればせながらも準優勝おめでとうと祝いの言葉を送った。轟はあまり喜べてはいないようで、少し浮かない表情を浮かべた。


「…………俺、一番に……一番の、ヒーローになりたい……」


ようやっと口を開いた轟は、決意表明にしては自信なさげに、小さな声で呟いた。自分が彼を怒らせてしまった時に聞いたことの答えなのだろうか。水世は僅かに俯いている轟を見つめながら、数時間前のことを思い出した。


「それは私に言うよりも、もっと別の人に言う方がいいと思う」

「別の人……」

「うん。その時は、今みたいにな風じゃなくて、ちゃんと顔を見て言ってあげてね」


思い詰めたような表情のまま瞳を瞬かせた轟に、水世は微笑んだ。


「あなたは、まだやり直しがきくよ。改めてスタートできると思う」


そう言って前を向き直した水世は、廊下に立ち尽くしている轟を置いてその場から去った。

一階の靴箱が見えはじめると、伊世が壁に背を預けながらスマホを操作している姿が水世の視界に入った。恐らく、前々からインストールしていたゲームをしているのだろう。玄関まで来た水世に気付いた伊世は、スマホをしまって壁から背を離した。


「帰るぞ」


彼の言葉に頷いた水世は、急いで靴箱へ駆けて靴を履き替えた。

大丈夫。まだ、まだ彼の役に立つチャンスは、彼の踏み台になれるチャンスは残ってる。