- ナノ -

届かない背を見てるだけ


第二試合の轟VS瀬呂は、あっという間に決着がついた。瀬呂が先手を取り、轟をテープで拘束して場外へ放り出そうとした。だが一瞬で、これまでとは桁違いの氷結が瀬呂を襲った。

スタジアムの天井が空いていたことは幸いだったのか。見上げるほどの巨大な氷の塊が、空へと突き出している。観客席間近まで迫っている氷に、目と鼻の先に氷が迫っていた緑谷と飯田の口は開いたまま塞がらない。

テープも凍って砕け散り、瀬呂も体を固められて行動不能。よって二回戦進出は轟となった。会場からは瀬呂に対するどんまいコールが自然と沸き起こった。

氷を左手の炎で溶かしていく轟の姿を見つめながら、水世は彼から聞かされたことを思い出していた。父の“個性”である左の炎。彼にとって憎らしくて仕方がない存在であり、嫌悪している能力。彼の家庭環境を考えるとそうなるのも仕方はないのかもしれないとは思う。実際、水世だって自分の“個性”に対する感情は、決して好意的とは言えない。だから、人に言えないし、人に言わないのだから。本当に、自分は無神経なことを言ってしまったのだろうと今更ながらに反省した。

溶けた氷から溢れた水で濡れてしまったステージを乾かし終えると、第三試合の上鳴VS塩崎戦が始まった。しかしながら、この試合も瞬く間に終わる。上鳴が放電で一気に決めにいくも、それを物ともせずに塩崎は頭髪のツルを自在に操って、上鳴を瞬殺した。プレゼント・マイクは傷口に塩を塗るかのように、瞬殺という言葉を二度も言い放った。

最前列では、緑谷が持参していたノートに対策を書き連ねているようだった。他のクラスの“個性”を見れる機会はそう頻繁にはないため、今の内にまとめておきたいのだろう。水世は先日彼からグラヴィタシオンのことが書かれたノートを見せてもらったが、そちらもわかりやすく、詳細に分析が書かれていた。

そうこうしている間に第四試合が行われた。飯田は対戦相手であるサポート科の発目明から借りたのだろう、サポートアイテムをフル装備している。曰く、彼女のスポーツマンシップに心を打たれたらしい。双方合意ということもあり、彼もサポートアイテム使用可と判断されたため、そのまま試合開始となった。

プレゼント・マイクが試合開始を叫ぶと、発目は何故か小型マイクを使って喋りはじめた。彼女は自身が身につけているアイテムと、飯田に貸したアイテムの解説を始めたのだ。


「飯田くん鮮やかな方向転換!私の『オートバランサー』あってこその動きです!」


逞しい売り込み根性で、彼女はサポート会社に向けて自分と自分のアイテムを大いにアピールしている。この鬼ごっこは十分もの間繰り広げられ、満足した発目が自ら場外に出たことで、試合は飯田の勝利に終わった。発目は一仕事を終えたと言わんばかりに汗を拭っている。

素晴らしい商売魂だと一人感心している水世は、席を立った八百万に気付いた。控え室へ向かうのだろう、彼女の表情はあまり明るいとは言えなかった。

続く第五試合は、芦戸VS青山の勝負だった。芦戸は持ち前の身体能力で青山のレーザーを軽々避けて、彼の腰のベルトに酸を浴びせた。ベルトの故障に慌てた青山に、芦戸は容赦なくアッパーを食らわせて一発KOさせた。青山は失神により行動不能、よって芦戸の勝利となった。

第六試合は常闇と八百万の試合だった。常闇の黒影を八百万は盾を創造して対応するも、パワー負けして反撃の隙も与えられないままに、場外へと押し出された。あっという間についた勝負に、八百万は呆然としているようだった。

第七試合は切島VS鉄哲という、“個性”だだ被り対決だ。互いに真っ向勝負で殴り合いを繰り広げており、“個性”も実力も互角といったように見える。


「八百万さん、おつかれさま」

「……はい、おつかれさまです」


水世は、戻ってきた八百万に声をかけた。普段なら、彼女はにっこりと微笑んで返事をしてくれるのだが、今の彼女は無理をしたような笑い方だった。それが少し、水世の中にポツリと違和感のように残った。

しばらくの間切島と鉄哲の殴り合いは続いたが、どちらも同時に頬に一発入れられ、両者ダウンの引き分けに終わった。この場合は回復後に腕相撲などの簡単な勝負で勝敗が決められるとのことだった。

そしていよいよ、一回戦最後の試合が行われる。


『中学からちょっとした有名人!堅気の顔じゃねえ!ヒーロー科爆豪勝己!!バーサス……俺こっち応援したい!!ヒーロー科麗日お茶子!』


私情挟みまくりなプレゼント・マイクの紹介と共に、両者がステージで対峙した。

爆豪の性格を考えれば、相手が女子だろうが手加減はせずに攻撃を仕掛けるだろう。麗日の“個性”は触れないと発動できない。対する爆豪の方は攻撃威力も高く、範囲攻撃も可能。加えて彼自身の反射神経やバトルセンスも高い。実力は客観的に見れば爆豪の方が上なのは確かだ。

スタートと同時に、麗日は速攻を仕掛けた。事故でも触れてしまえば麗日は爆豪を浮かせることができる。彼からすれば間合いは詰められたくないだろう。故に取る行動は、回避ではなく迎撃。

向かってきた麗日に、爆豪は容赦なく爆破をかました。それにより煙幕が立ち込めるも、彼の反応速度ではあまり意味はないようだった。麗日は間髪入れずに何度も突進していき、その度に爆豪は爆破で迎え撃っている。ステージは一部爆破の威力で抉られ、真正面から爆破を受けている麗日の姿は、どんどんボロボロになっていった。

そういえば、と水世が首を傾げた。ステージが抉られている割りに、瓦礫が少ない。本来なら周りに飛び散っていてもいいはず。水世がステージ上やステージの周囲に視線を向け、ふと上を見た。


「あっ……」

「おい!それでもヒーロー志望かよ!」


一方的とも言える展開に、観客席の一部からブーイングが起こった。一人が声を上げ、それも便乗するような形で周りに広がっていき、次第にブーイングの声は大きくなっていく。


『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?素面で言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』


プレゼント・マイクからマイクを奪った相澤が、ブーイングを起こしている人たちに向けて、鋭い声色で吐き捨てるように言った。その声や言葉を聞けば、彼が怒っていることは明らかであった。


『ここまで上がってきた相手の力を認めてるから、警戒してんだろ。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断もできねえんだろが』


相澤の声を聞きながら、水世はずっと上空を見つめていた。彼女の視線の先、ステージ上空には、無数の瓦礫が浮かんでいた。麗日は何も捨て身で突進していたのではなく、爆豪に悟らせないために行動していたのだ。

麗日が“個性”を解除すると、まるで流星群のように瓦礫がステージへと降り注いでいく。流石の爆豪も、これには隙が生じるのではないか。水世がそう思いながら視線を彼に移した。

しかし、たった一撃。たった一撃の爆撃で、瓦礫を全て粉砕した。爆風に吹き飛ばされた麗日は、よろけながらも立ち上がり、再び彼へと向かっていった。向かっていこうとした。

だが彼女の思いも虚しく、力が抜けたように、麗日の体が傾いた。キャパシティオーバーとなったのだろう、彼女は起き上がることができない。


「……麗日さん、行動不能。二回戦進出、爆豪くん――!」


ミッドナイトの審判が下り、麗日はリカバリーガールのもとへ運ばれていった。プレゼント・マイクは普段よりもテンションが低くなっており、やはり私情を挟みまくりである。

一回戦が全て終わり、二回戦は小休憩を挟んでから開始されることになった。抉られてボロボロのステージを綺麗にする必要もあるからだろう。

少しすると、爆豪が席へ戻ってきた。彼はイラついているのか、それとも普段通りなのか、声をかけた瀬呂や蛙吹を睨みながら怒声を飛ばしている。


「まぁーしかし、か弱い女の子によくあんな思いきりの良い爆破できるな。俺はもうつい遠慮しちまって……」

「完封されてたわ上鳴ちゃん」

「……あのな、梅雨ちゃん……」


空いていた耳郎の隣にドカッと座った爆豪は、鼻を鳴らした。


「どこがか弱ェんだよ」


爆豪が吐き捨てるように呟いたのが、水世の耳に届いた。

麗日は、最後まで勝つ気でいた。勝とうとしていた。それだけ本気だったということだろう。そもそもあの場に立っている者も、あの場に立とうとしていた者も皆、本気でこの体育祭に挑んでいるのだ。

ああ、周囲との温度差が肌に刺さる。水世は心の中でひっそりと呟いた。

今こうして隣に座っている障子、前の席にいる爆豪や耳郎との距離は、物理的になら手を伸ばせば触れられるくらいに近い。近いというのに、彼女がどれだけ手を伸ばしても届かない位置に、彼らは立っていた。そもそも水世は、スタートラインにさえ立ってやしないのだから、その距離も当然のものだった。