- ナノ -

自分勝手に傷の舐め合い


最終種目発表の前に、予選落ちした選手たちへの朗報が伝えられた。なんでも全員参加のレクリエーション種目も用意されているらしく、本場アメリカからチアリーダーも呼ばれていた。


『ん?アリャ?』

『なーにやってんだ……?』


どーしたA組!?と驚くプレゼント・マイクの声が会場に響いた。それもそうだろう。何せA組の女子たちは皆、チアリーダーの格好をしていたのだから。

遡ること昼休み。峰田と上鳴から、午後は女子は全員応援合戦をしなければならないと言われた。当然そんな話は聞いていなかったし、急に知らされても何の用意もしていない。その時点で怪しさは満載ではあったが、相澤先生からの言伝であると言われると、そうなのかと思ってしまった。

途中で合流した水世は八百万からその話を聞き、そうなのかと頷いて、彼女が出してくれた衣装を着た次第である。知らせに来たのが峰田と上鳴という時点で気付くべきであったが、時既に遅しだった。

案の定騙さていたわけで、自分たち以外の女子生徒は体操服だ。鵜呑みにせず確認を行うべきだったと反省している八百万の背を、水世は麗日と一緒に撫でた。


「まあ、本選まで時間は空くし、張り詰めててもシンドイしさ……いいんじゃない!?やったろ!」


意外と葉隠が乗り気なことや、着替えにいく時間もないことから、仕方がないと七人はチアリーダーの格好のまま通すことになった。これが一人だったなら羞恥も倍増ではあったが、みんなでやるならそれも軽減である。

水世は周囲から浮いていることは特に気にせず、両手に持っているポンポンを揺らしていた。初めて見たそれに少し好奇心をくすぐられ、シャラシャラと鳴る音を楽しんでいると、肩に上着をかけられた。そして腕が前へと回されたと思うと、ポンポンを奪われた。以前似たようなことがと振り返れば、前回とは違い、そこには伊世がいた。

眉間にぐっとしわが寄っており、見るからに怒っていることがわかる。その表情に水世は内心ハラハラとしながら、何かしてしまったかと脳内で記憶を振り返った。


「着替えるまで着てろ」


拒否は認めないという副音声がついてきそうだった。水世は頷いて腕を通せば、彼が即座に上着の前を閉めた。そしてポンポンを彼女に返すと、B組の方へ戻っていく。鉄哲が伊世に何かを言っていたが、怒りに触れたのか、軽く蹴りを入れられていた。離れたところから峰田が何か言っているが、よくわからなかった。

気を取り直して、総勢十六名からなるトーナメントの組み合わせ決めが行われようとしていた。組み合わせはくじ引きで決めるそうで、雄英はくじ引きが好きなのだろうかと水世は今までの授業などを思い返した。

組が決まればレクリエーションを挟んで、最終種目が行われる。このレクリエーションに関しては、進出者の十六名に限って参加は任意とのことだった。ミッドナイトが一位チームから順番にくじを引かせようとしていれば、尾白がスッと手を上げた。


「俺、辞退します」


彼の発言に、周囲がざわついた。最終種目のトーナメントは完全な一対一であり、プロへのアピールとして一番最適な場だ。会場にもプロヒーローは来ているが、テレビ中継だってされているため、今この場にいないプロはテレビを通して体育祭を見ている場合も当然あり得る。混戦となっていた第一種目、第二種目ではテレビにあまり映る機会がないが、最終種目では確実に自身の姿が流れるのだ。

皆が困惑や驚きを浮かべるなか、尾白は思い詰めたような表情で辞退理由を話した。

第二種目の騎馬戦。彼は終盤ギリギリまでほぼぼんやりとしか記憶がなかったらしい。本人は何故そうなっていたかの原因はおおよそ把握しているようで、奴の“個性”のせいで、とこぼした。


「みんなが力を出し合い、争ってきた座なんだ。こんな……こんな、わけわかんないままそこに並ぶなんて……俺はできない」


彼は自分の行動が、チャンスを棒に振るような行為であることは自覚しているようだった。葉隠や芦戸が考え直すように声をかけるも、自分のプライドの問題なのだと口もとを覆い、身を僅かに震わせながら俯いた。

尾白の発言に続いて、B組の庄田二連撃も同様の理由でトーナメントを棄権したいと申し出た。


「実力如何以前に……何もしてない者が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」


トーナメント前に二名の選手が棄権。この事態は、主審のミッドナイトの判断に委ねられた。彼女は冷めたような声で「そういう青臭い話はさぁ……」と呟いたと思うと、思いきり鞭を鳴らした。


「――好み!!」


彼女の好みで意外にもあっさりと、二人の棄権が認められた。だがそうなると枠が二つ空くこととなる。繰り上がりとして五位だった拳藤チームから誰か二名が出場となるが、当の拳藤一佳は、ほぼ動けなかった自分たちではなく、最後まで上位をキープしていた鉄哲チームが上るべきだと提言した。

こうして、鉄哲チームから鉄哲、そして塩崎茨が繰り上がることになり、一位チームから順にくじ引きが行われ、トーナメントの組み合わせも滞りなく決定した。


『よーしそれじゃあ、トーナメントはひとまず置いといて、イッツ束の間!楽しく遊ぶぞ、レクリエーション!』


トーナメントが決まると、出場者の十六名は各々散っていった。それぞれ息抜きをして緊張をほぐしたい者、温存しておきたい者、精神統一などで神経を研ぎ澄ませたい者といるだろう。水世はトーナメントには出場しないため、全員参加のレクリエーションを行わなければならなかった。


「常闇くんは体力温存?」


会場から出ていこうとしている常闇に、水世は声をかけた。


「ああ。喧騒の中ではなく、静かな場に身を置こうと思ってな」

「そっか。トーナメント頑張ってね。黒影くんも」


黒影がにょろっと出てくると、グッとサムズアップをした。その姿に愛らしさを感じ、水世は無意識に彼を撫でた。すると黒影は照れたようにピャッと跳ね、彼女はハッと手を引っ込めた。まずかったかと謝ろうとしたが、常闇は気にするなと口角を上げると、通路の方へと消えていった。

麗日と八百万は、レクリエーションを行う傍らで応援を行うようだった。大玉転がしや借り物競走が行われるなか、芦戸や葉隠はぴょんぴょんと飛び跳ねて応援をしている。葉隠の柔軟さに驚きつつ、水世は八百万の隣でポンポンを軽く振った。


「八百万さん、トーナメント出場おめでとう。頑張ってね」

「ありがとうございます。ですが私が出場できたのも、轟さんの恩恵が大きいですから……」

「?轟くんも確かにすごかったけど……でも、騎馬戦では八百万さんは轟くんのことを助けてたと思う。上鳴くんの放電を彼が受けなかったのは、八百万さんの“個性”のおかげでしょ?だから、八百万さんが轟くんの恩恵を受けてるんだとすれば、彼も八百万さんの恩恵を受けてるよ」


あまり自信がない様子の八百万に、水世は少し首を傾げながら思ったことを伝えた。彼女は水世の方を見ると目をぱちくりとさせて、少し緊張がとけたような表情で微笑んだ。













チアリーダーの格好から着替えた水世は、生徒用の観客席へと移動した。クラスごとに分けられているようで、A組用の観客席に行く前に、一度B組の方へ顔を出した。


「あの……」

「ん?あ、誘の妹……って、君も誘か」


彼女に気付いた拳藤が、からりと笑った。水世が自身の名前を教えると、明るい笑顔でよろしくと告げられた。軽くお辞儀をした水世が伊世を呼ぶと、彼は水世の方を振り向いて歩み寄った。


「ありがとう。これ」

「ああ」

「お、水世じゃねえか!おまえといい伊世といい、“個性”の汎用性高いな!」


大きく手を振る鉄哲に目をぱちくりさせた水世は、少し戸惑いながら苦笑いを見せた。伊世から相手にするなとばっさり切り捨てられ、つい乾いた笑いがこぼれた。

用事を終えた彼女はB組の生徒に軽く頭を下げて、A組用観客席へ移動した。水世は席を一度見回して、空いていた障子の隣に腰掛けた。

会場には既にセメントスが作ったステージが出来上がっており、緑谷と、その対戦相手である心操人使――以前戦線布告に来た普通科の生徒だ――がステージに上がっていた。

ルールは至って単純だ。相手を場外に落とすか、行動不能にするか、あるいは「まいった」と言わせるか。怪我をしてもリカバリーガールが待機しているため、命に関わりさえしなければどれだけ暴れても問題ないということだ。危険だと判断すれば、即座にセメントスとミッドナイトが止めに入るようになっている。


『ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!』


プレゼント・マイクの実況にも心なし熱が入っているようだった。会場も熱気で沸き、どこもかしこも歓声が上がっている。


『そんじゃ早速始めよか!レディィィィイ START!!』


開始早々、緑谷の体が止まった。それを見て、尾白が頭を抱えながら忠告したのに!と嘆いている。恐らく相手の“個性”にかかっているのだろうが、どのような“個性”なのかと水世は前の席にいる尾白に尋ねてみた。


「憶測だけど、人を操る“個性”だよ。問いかけに答えた直後から記憶がほぼ抜けてるから、そういうギミックなんじゃないかな……」

「初見殺しだね」

「でも多分、万能ってわけじゃないと思う。何かしらの衝撃で解ける可能性は高い。実際俺は、鉄哲チームの騎馬とぶつかってから、意識は覚めたから」


ただ、一対一という状況だ。そういった衝撃を与えてくれる外的要因は期待できそうにもない。その間にも、緑谷は場外に向かって足を進めている。このままあっさりと勝敗が決まるのかと、そう思われた。

だが突然、緑谷の手元に突風が起こった。それにより緑谷の意識が戻っていることを考えると、心操の指示ではない。恐らくは“個性”を暴発させたのだろう。自身の“個性”が解かれたことに驚いていた心操だったが、彼はもう一度緑谷に口を開かせようと叫んでいる。

しかし、緑谷は答えなかった。必死に声を張り上げている様子の心操へとまっすぐに向かっていく。肩を掴まれた心操は緑谷の頬を殴ったが、彼はそこで踏みとどまることなく心操を場外へ押し出そうとしている。

二人は揉みくちゃに押し合いながらも、緑谷が心操に背負い投げを食らわせ、彼の体を場外へ出した。


「心操くん場外!緑谷くん、二回戦進出!」


尾白が安堵の息を吐いた。会場から拍手が起こるなか、心操も、勝った緑谷も、どこか浮かない表情をしているようだった。

なんとなく、なんとなく水世には、心操が自分とどこか重なっているように見えた。彼のことを深くは知らないし、そもそも話したことさえない。だが直感で、自分と似たようなことを言われてきたのではないかと感じてしまった。