- ナノ -

救える手を掬おうとした


受験者全員が収まるほど広く大きな講堂では、実技試験についての詳しい説明が行われる予定となっている。ざわつく会場には、受験番号順に並ぶ受験者たちが溢れていた。水世は隣に座る伊世と共に、静かに時間を待った。

しばらくすると、突然室内の電気が全て消えた。講堂内にいる全員がモニターを確認できるほどに大きなスクリーンをバックに、スポットライトが灯る。そこにはプロヒーローであるプレゼント・マイクの姿があった。瞬時に静まり返る会場内に、プレゼント・マイクの大きな声だけが響いた。

試験内容を説明するのは彼の役目なようで、彼はテンション高めに――恐らくそういう性格なのだろう――今日の実技試験についての概要を話しはじめた。

受験者は十分間「模擬市街地演習」を行う。演習会場は受験票に既に表記されているため、説明を終えたら各自指定会場へ向かうことになっていた。

演習場には仮装敵を三種・多数配置している。それぞれの攻略難易度に応じて、1〜3Pまで設けてある。“個性”を使ってそれらを行動不能にさえすれば、ポイントを得ることができる。他人への攻撃は不可、持ち込みは自由。自身の“個性”を上手く使いこなして行う、至って単純な試験。


「質問、よろしいでしょうか!?」


凛とした声がして、まっすぐに伸びる腕が水世の視界に映った。受験者の一人が、プリントに記載された内容と、プレゼント・マイクが説明した内容との違いについて指摘したのだ。

確かに、プリントにはA〜Dの四種の仮装敵が載っている。写真の隣にはA=1などの記号が記載されていた。それを見るにDは0、つまりポイント無しということなのだろうと、水世は結論付けた。


「四種目の敵は0P!そいつは言わばお邪魔虫!」


水世の予想通り、四種目はポイント無しの敵だった。0P敵は、各会場に一体ずつ配置されているギミック。倒したところで無意味ということ。

しかし何故、一体だけなのだろうか。お邪魔虫だと称すのであれば、もっと多く配置した方が良いのではないか。一体しか置けない理由があるのか。水世が少しばかり考えている間に、質問をしていた受験番号7111の少年が席に着いた。


「俺からは以上だ!最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう」


プリントを見つめていた水世は、顔を前へと向けた。


「“Plus Ultra”!!」


プレゼント・マイクは、そう声を張り上げた。ラテン語で「もっと先へ、もっと向こうへ、更なる前進」を意味する言葉。どうやら英雄ナポレオン=ボナパルトの言葉である、「真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者」が基となった校訓らしい。となると、意味合いとしてはナポレオンの言葉を含め、「困難を乗り越える」といった風な感じか。一人見当違いなことを、水世は考えていた。

試験の説明が終了し、受験者はそれぞれ指定された演習場へ向かいはじめた。伊世が立ち上がったのを見て、水世も席を立った。


「協力させる気はないらしい」

「連番同士で同じ演習場、ってわけじゃないもんね。私たち、別の演習場を指定されてるし」

「あくまで自分一人の力、ってわけか……」

「そうみたい」


伊世と水世は同じ中学校に通っている。それもあり、受験番号は連番。しかし指定されている演習場は別。恐らく受験を公平に行うための措置なのだろう。

水世は、どこか不安げに伊世の方を見た。彼はそんな視線を気にすることなく講堂から出ていく。どうやら各々動きやすい、また“個性”を生かせるような服装が許可されているようで、更衣室へと向かっていく。


「二次にならないよう気をつけろ。離れてるんじゃ、俺が止めれない」

「うん」


それだけ告げると、伊世は男子更衣室に入っていった。水世は数秒彼の背中を見つめ、自身も女子更衣室へ入った。

着替えを終えて、バスに揺られて着いた場所は、最早一つの街と思えるほどの広さだった。高層ビルが並ぶ街が、複数敷地内に存在しているという雄英の土地面積の広さに、皆驚いている。これだけの広大な面積や豊富な施設環境、プロヒーローからの本格的指導。雄英高校ヒーロー科の人気を裏付けるには充分な材料だと、水世は感じた。


「ハイ、スタート!」


どこからか、プレゼント・マイクの声がした。巨大なゲートは既に開いており、皆慌てて演習場へ駆け込んでいく。水世も中へ入りながら、周辺環境に目を向けた。

場所は街。街とは本来は人で溢れ返っているが、当然演習場であるここに人はいない。しかし環境面への影響も頭に入れておくべきか。仮にこれが本物の都市とすると、建物損壊は避けた方がいい。なるべく被害を最小限に抑えてポイントを稼いでいくことにしよう。

水世は脳内会議を終えて、仮装敵を探すことにした。

総数、配置は知らされていないため、自身で探しにいかなければならない。十分間で敵を探して、戦闘不能にする。時間との勝負になってくるため素早く対象を発見し、即座に駆けつけ、瞬時に行動を判断していかなければ。やることは少々多いが、仕方がない。

街中を駆け回っていれば、突然そばにあったビルが崩れた。現れたのは1Pの敵。相手はこちらを標的として捉えたようで、攻撃体勢に入っている。

水世の左手の甲に黒い紋様が現れた。彼女は向かってくる敵を視界に捉えながら、左手のひらを向けた。すると黒い魔法陣が展開し、紫色の禍々しい、手のひらサイズの球体が生み出された。それは迷うことなく敵の方へと向かっていく。そして球体が敵の装甲へ触れた瞬間、爆破音を立てた。

敵の損壊は一部分ではあるものの、行動不能にするには充分なダメージであった。水世は周囲に被害がないかを視線だけ向けて確認し、その場を早々に去った。

ポイント数が上から順に定員数までの受験者が合格になるのか。水世は頭を捻らせたが、しかし一々数えるのは面倒だとポイント数については脳内から消して、水世は目に入った敵を壊していった。ある程度壊し終えた頃、彼女の腕に浮かんでいた紋様は消えた。

あちこちから聞こえる騒音は、受験者たちが各々のポイントを稼いでいることを表していた。時折プレゼント・マイクが残り時間を伝えてくれる。それにより、確実に合格できるくらいのポイントを稼ごうと、皆には焦りも生じているのだろう。

そういえば、0P敵が見えない。一体しか配置されていないため、これだけの広さなら会うことがないというのもわかる。だが、お邪魔ギミックにしてはおかしな話だ。水世が眉を寄せていると、突然地割れのような音が響いた。

巨大な影が街を覆ったと思うと、地響きの原因が現れた。


「……一体しか配置できないわけだ」


現れたのは0Pのお邪魔ギミック。その正体は、ビルよりも巨大なロボット。これは確かに一演習場に一体しか無理だろう。倒したところで無駄というよりは、倒すことが難しい。受験者たちは押し潰されまいと、全力でギミックから離れていく。

倒してもポイントは入らない。しかしこの巨大さは邪魔になり、尚且つ放っておけば市街への被害も広がっていくことは明白。一般人ならばわざわざ倒しにいく必要はない。しかし、これはヒーロー科の試験。

ヒーローに、倒すことが無意味な敵など、いるのだろうか。

巨体を見上げた水世は、逃げ遅れた受験者がいないかを確認すると、ゆっくりと手のひらを向けた。左手の甲に紋様が現れたと同時、魔法陣が展開され、球体も共に出現する。だが今までと違い、サイズは手のひらよりもどんどん大きくなっていく。それに伴い、紋様も手の甲から手首、手首から肘へと、徐々に広がっていった。


「……ギリギリ、かな」


球体は水世を越す大きさになっていた。彼女は狙いを定めると、その球体を0Pの敵に向けて飛ばした。軌道はブレることなくまっすぐに敵へ向かっていく。少しズレたところで、よっぽどのノーコンでない限りはあの巨体に当てられるのだが。

放たれた球体が0P敵に触れた瞬間、轟くような爆発音が響いた。衝撃の風圧を浴びながら、水世は腕を下ろして紋様を消した。

衝撃波で起こった煙が晴れると、壊れた敵が後ろ向きに倒れていく。その光景を、水世は静かに眺めた。


「お、おい、なんだよ今の……」

「あの“個性”、いったいなんだ?」


足を止めて彼女の行動を見ていた他の受験者が、あまりの出来事にざわつきはじめた。その中で一人、彼女に声をかけた者がいた。


「なあ、何でアレをわざわざ倒したんだ?ポイント、入らないんだぜ?」


黒髪の少年が、恐る恐るといった風に水世に聞いた。彼女は彼を見つめると不思議そうに首を傾げた。


「敵が現れ、その敵を倒す力を持っていたから。それ以外に、理由は必要ですか?」


彼の瞳が見開かれた。それと同時、プレゼント・マイクの試験終了を告げる声が、全演習場に響き渡った。