- ナノ -

全部呆気なく終わってく


『さぁ、上げてけ鬨の声!血で血を洗う雄英の合戦が今!狼煙を上げる!!』


あっという間に十五分は経った。水世は自分が下になると何度も言ったが、伊世は彼女を無視して肩車してしまい、水世は内心恐々としていた。彼に自分を抱えさせてしまったという感情でいっぱいである。

しかし、筋力差などを考えればそれも当然のことだ。自分が下になって迷惑をかけるよりはこっちの方がずっといい。そう考え直して、水世はハチマキを額に着けた。周囲も騎馬を作り、騎手はハチマキを着けて準備万端のようだった。

カウントダウンが始まった。周囲と違い二人だけということで、騎馬というよりは肩車。安定性や人数で既に不利ではあるが、伊世のためにも頑張らなければ。水世は静かに呼吸を整えた。


『――START!』


合図と共に、一斉に緑谷の方へ騎馬が向かっていったが、伊世はそれに混ざることはしなかった。チーム決めの際に、ある程度の作戦は立てておいたのだ。

十五分という時間制限があるなか、序盤で仮に1000万を取ったところで逃げ切るのは難しい。あれだけの大きなポイントをみんなが狙うことは目に見えている。それを勝ち抜けるかも些か微妙なところである以上、他のポイントを狙った方が得策だと言えた。


「俺の壁とおまえのバリアでしのいでもいいが、おまえはリセットの必要がある。俺の壁も、大人数で来られたら壊されちまう。上空に逃げるのもアリかどうか……おまえだけならまだし、騎馬が地面を離れるのが審判にアウト判定される可能性もある」

「ごめんね……」

「責めてねえよ」


伊世は周囲を見渡すと、小大チームの方へ駆けていった。伊世は彼女たちの“個性”の説明を水世に行なった。騎手の凡戸固次郎は「セメダイン」。顔にある穴から接着剤を分泌し、乾く早さは調整可能。同じく騎手の吹出漫我は「コミック」。発声した擬音を具現化する。小大唯の“個性”は「サイズ」。触れたものの大きさを変えることが可能。ただし生物には適応されない。

凡戸の背に隠れるように、騎手の小大が乗っており、その後ろに吹出がいるようだった。凡戸の巨体と「セメダイン」が少々厄介ではあるが、そう大きな問題はないだろう。水世が“個性”を発動させると同時、伊世が魔法陣を展開させた。


「!?なんだ、壁?」


凡戸が、ガラスのような壁にぶつかった。キラキラとした輝きを放っているその壁は、凡戸を囲むように設置されており、閉じ込められた状態となっている。水世は小大が壁を小さくしないうちに魔法陣を展開させると、綱渡りの際に使った瞬間移動で小大チームの上空に移動した。伊世がそれに合わせて壁を消し、落下する際に小大のハチマキを奪った水世は再び瞬間移動で伊世のもとに戻り、彼の肩に乗っかった。

水世がハチマキを首に巻いているうちに、伊世は今度は角取チームの方へ向かっていく。どうやらB組側のハチマキを狙いにいく算段らしい。一瞬、伊世はクラスなにか恨みでもあるのだろうかと思った水世だが、単に狙いやすい位置にいるのがB組だっただけなのだろう。

先程同様に奇襲のような形でハチマキを奪った水世だが、ポイントの総数としてはそう大きなものではない。早くも七分が経過しており、掲示板の方へ視線を移せば、緑谷チーム以外はどうもパッとしない。油断したのか不意を突かれたのか、爆豪もポイントを奪われている。

フィールドは混戦状態が続いでおり、ついに一位を狙いにいったのか、轟チームが緑谷チームと対峙していた。騎馬をしている八百万が何かを創っており、何かしらを仕掛けにいくようだった。創り出した布を轟たちが被ったと同時、上鳴が無差別放電を放った。

伊世と水世は同時に壁とバリアを四方に張ってそれを防いだが、群がっていた他の騎馬たちは放電で動きを止められ、足を凍らされて完全に身動きが取れなくされている。


「厄介だな」

「でも確か、上鳴くんの放電は使い過ぎたら本人がショートする……簡単に言えば、アホになるらしいから……」

「マヌケなデメリットだな」


制限時間は残り五分弱となっており、今の二人のポイントでは上位四チームには食い込めない。どこか別チームからポイントを奪う必要がある。伊世が周囲に視線を送ろうとすれば、二人に奇襲をかけられてポイントを奪われた二チームが向かってきていた。

前後から挟まれる形で迫ってくる彼らに、伊世は鬱陶しそうに顔を歪めた。一つため息を吐いた伊世が軽く爪先で地面を叩いた。瞬間、向かってきていた二チームの足を埋めるように、地面が盛り上がって騎馬の足にまとわりついた。

残り時間が少ないこの状況で上位に食い込むならば、上位チームのハチマキを奪うことが最適だろう。現在緑谷と轟が対峙しており、爆豪は自身のハチマキを奪った物間チームと交戦していた。正直どちらも厄介で、あまり近付きたくはない。水世は視線を動かしながらそんなことを思った。

だが伊世を勝たせるならば、四チームのどれかからハチマキを取る必要があるだろう。掲示板の順位を見るに1000万は未だ緑谷チームが保守しているようだった。緑谷チームは氷でフィールドの端まで追い込まれている状況であり、邪魔な氷をどうにかする必要があるだろう。


「爆発で空中移動は厄介だな……壁とバリアが破壊される可能性もある。物間のコピーも面倒ではあるが、俺らのをコピーしたところで使いこなすのは難しい」

「そう考えると、その物間くんって人から奪うのがいいのかな……」

「あの爆豪ってのとぶつかるのが面倒だけどな」


伊世はそう呟くと、物間寧人の方へ駆け出した。爆豪の方もハチマキを取り返そうと物間のもとへ飛んでいる。まずい、と咄嗟にバリアを重ね張りした水世だったが、爆破の衝撃で割れた音が響く。

不意に額を何かが掠めたと思えば、彼女のハチマキが爆豪に奪われていた。割られたとはいえバリアで防いだため顔に傷自体はないが、そばで爆発を起こされるのは心臓に悪い。


「怪我は!?ごめんなさい、ハチマキも取られて……」

「んなことよりおまえ、怪我は!」

「な、ない……けど……」

「じゃあいい。俺の方に分厚いバリア寄越してどうする」


咄嗟に、水世は伊世へのバリアを自分より分厚く、強固にした。彼を守らなければと思っての判断で、彼の前に張られたバリアには傷一つない。一旦二チームから距離を取った伊世は、周囲の状況を見渡した。時間は残り一分を切っており、轟チームは上手く1000万ポイントを奪取に成功しているようだった。


「もう一回あっちに突っ込むよりは、一位の1000万奪った方が確実だ。残り時間も、まともに動けるチームも少ない。ギリギリ守り通せる可能性はある。幸い、氷相手なら俺らは強い」


物間からハチマキ奪取に成功した爆豪を見て、伊世は呟いた。彼の考えに水世は同意するように頷く。残り時間は二十秒余りとなっており、伊世は緑谷チームと轟チームのいる方へ駆け出していった。

爆豪チームも一位を狙いに行っているのだろう、氷の方へ駆け出している。彼の爆破で氷を溶かす気らしい。十秒のカウントダウンが聞こえるなか、水世は手から、伊世は足元から炎が噴き出し、氷を一気に溶かした。

牽制もあるのだろう、上鳴の放電に二人は壁とバリアを張りながら、轟チームの背後から彼の首に巻かれたハチマキを取ろうと水世が手を伸ばした。


『――TIME UP!』


だが、それも虚しく終了の声が会場に響いた。爆破で飛んでいた爆豪も、その声を聞いて地面へ顔から落ちていた。掲示板を見つめた水世は、深く息を吐いて伊世の肩から降りた。


「……ごめんなさい、私がハチマキを奪われたから……」

「べつに。俺がおまえに壁を張っときゃよかっただけだ」


プレゼント・マイクが順位を発表しているなか、水世は申し訳なさそうに伊世に呟いた。彼は気にした様子はないようで、軽く土埃を払っていた。

一位轟チーム、二位爆豪チーム、三位心操チーム、四位緑谷チーム。この上位四チームが最終種目への進出となる。上位をキープしていた鉄哲チームがいつの間にか0Pになっているのは気になるところではあったが、水世としては伊世を勝たせることができなかったことの方が重要だった。


「終わったんだ、一々気にしてる暇はない。それなりに“個性”も見せたし、ある程度のアピールはできただろ」


そう言って歩いていった伊世の背を水世は数秒見つめると、視線を下げた。プレゼント・マイクが午後の部は昼休憩を挟んだ後だと言っているのが聞こえて、周りの波に混ざるように水世は歩きだした。