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君に蹴落とされたかった


第二関門は、言うなれば綱渡り。大小様々な足場がいくつもあり、それらを結ぶのは縄だけである。設置された縄の長さもそれぞれ違っていた。

蛙吹がひたひたと縄を這っていくなか、どこからか笑い声が聞こえてきた。水世がそちらに視線を向けると、頭から足までサポートアイテムを身に付けている、サポート科の女子生徒がいた。

サポート科は、公平を期すために自分で開発したアイテム・コスチュームに限って装備オッケーとされている。そうなると、あれだけの量のサポートアイテムを彼女は入学して約一ヶ月の間で開発したのかと、水世は密かに感嘆した。

ヒーロー科にとって、体育祭はプロヒーローに自分をアピールする場であるように、サポート科にとっては己の発想や開発技術を企業にアピールする場であるのだ。そのため会場に来ているだろう企業にどれだけ自分を売り込んでいけるか、自分のアイテムを売り込んでいけるかが肝なのだろう。

サポート科の女子生徒は、自身のサポートアイテムを駆使して、綱渡りゾーンを進んでいっている。その間にも、先頭の轟は難なく一抜けしていた。

水世は少し考えると、“個性”を発動させた。彼女の足元に魔法陣が現れた瞬間、水世の姿が消えて近場の足場に姿が現れた。伊世の方を見れば、どうやら小さな旋風を生み出し、その上に土で地面を乗せ、小さな足場を作り出しているようだった。流石だと感嘆しながら、水世は短距離の瞬間移動を繰り返した。


『おいおい、あの双子マジかよ!兄は空中通って、妹は瞬間移動って、おまえら逆に何ができないんだよ!?』

『あの二人は、おおよそは万能だからな』


伊世と同時に第二関門を抜けた水世は、後ろを振り返った。まだそれなりの選手が第二関門で躓いている。自分より前を行く人数はそう多くはないはずだ。

水世としては、この第一種目で落ちてもべつにかまわないとは思っている。ヒーローになろうとは思っていないのだから、わざわざプロヒーローに自分を売り込む必要性がない。しかし伊世の双子の妹として、彼の迷惑にならない、恥じない結果を残すべきだと感じた。ダメな妹を演じてしまうのもアリではあったが、それは彼が嫌う。故にこそ、伊世のためにも悪い結果は残せなかった。

合計人数から考えて、予選通過人数を四十から五十と仮定すれば、今の位置ならば予選突破はできるだろう。ある程度前に行きすぎない位置を保ちたいところ。次の関門で少し調整するかと考えながら、水世は最終関門に辿り着いた。

そこは一面地雷原となっていた。地雷の位置はよく見ればどこに配置されているかわかる仕様にはなっているが、見るに敷き詰められている。威力自体は大したものではないとはいえ、これだけ敷き詰められていれば、避けながら歩くのは中々に難しそうだ。

先頭付近では、轟と爆豪がリードしながら小競り合いをしている。水世は少し考えるような仕草をした。地雷を利用して進む者、地雷を避けて進む者と、方法は“個性”にもよるが様々ある。先頭が一番避ける地雷の数が多い分不利で、後ろに行くにつれて避ける量は変わる。

思考を巡らせながら、瞬間移動は不利だと早々に切り捨てた。これでは移動先に地雷があった場合即爆発である。レーザーを駆使するのも良しとは言えない。こうも人が混み合っている中で後ろ向き移動はぶつかってタイムロスだ。連鎖的に爆発する可能性だってある。

水世は紋様を一度リセットすると、魔法陣を展開させた。薄い紫の膜が道のように現れたと思うと、水世はその上を駆けていく。彼女が踏みつける度に膜はパリンッと音を立てて割れていった。もっと膜を厚くさせることも可能ではあったが、そうなると紋様の広がりが大きいため、薄い膜を複数枚通り道として並べることにとどめた。

不意に、後方から大きな爆発音が聞こえた。地雷一つが爆破したような音ではないと思っていれば、緑谷が爆風を利用して先頭に追いついていた。

先頭争いに緑谷が加わったと思うと、彼はもう一度爆風を利用することで、早々に地雷原を抜け出した。それを見るに、一位から三位は決まったと見ていいだろう。水世は膜の上を通りながら、爆発を回避して地雷原を抜けることに成功した。

あとは会場へ戻るだけであり、前を走る伊世を見ながら水世は僅かに失速した。

最初に通ったスタートゲートを通り抜けた彼女は、呼吸を繰り返しながら汗を拭った。約四キロを走り抜けた後ということもあり、体が温まっている。加えて障害物を対処しながらで、存外体力を使う。水世は上着の前を開けながら、ミッドナイトがいる朝礼台の方へ歩いていった。


「水世ちゃん、伊世ちゃんの方もだけど、本当に色々できるのね」


水世の後にゴールした蛙吹が、彼女と少し前を歩いている伊世とを見て呟いた。水世は苦笑い気味にそんなことはないと呟きながら、左腕を撫でた。

全員が戻ってくると、ミッドナイトが一気に順位を発表した。水世は十三位、伊世は十位に入っていた。予選通過は上位四十四名であり、次からがいよいよ本選だとミッドナイトは告げた。

またもドラムロールが流れたと思うと、ルーレットが始まった。投影ビジョンに映し出された文字には騎馬戦と書かれている。参加者は二人から四人のチームを自由に組み、騎馬を作る。基本は普通の騎馬戦と同じルールとなるが、先程の結果に従って各自にポイントが振り当てられることになっていた。つまりは、組み合わせによって騎馬のポイントが変わってくるのだ。

与えられるポイントは下から五ずつ。水世が脳内で計算していると、一位に与えられるポイントが1000万だという驚愕の数字が聞こえてきた。周囲が一位の緑谷に注目するなか、水世は一人で、それぞれのポイントを見ていた。


「上をいく者には更なる受難を。雄英に在籍する以上、何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra!」


周囲の視線が緑谷に集中している中で、ミッドナイトは早速騎馬戦のルール説明を行なった。騎馬戦の制限時間は十五分。振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はポイント数が表示されたハチマキを装着する。終了までにハチマキを奪い合い、保持ポイントを競うサバイバルゲーム。取ったハチマキは首から上に巻くことも、ルールとして組み込まれていた。


「そして重要なのは、ハチマキを取られても、また騎馬が崩れても、アウトにはならないってところ!」


つまり、全部の騎馬は常にフィールド場にいることになる。“個性”発動もアリとされているが、悪質な崩し目的での攻撃等はレッドカードで一発退場である。

たとえハチマキを取られても取り返せばいい。そもそも一位が規格外のポイントなのだから、誰でも彼を狙えば一気に逆転が可能になる。ほとんどの狙いが一位の緑谷チームに集まりそうだと、水世は少し同情した。


「それじゃあこれより十五分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!」


ミッドナイトの合図で、各自が組んでほしい相手のもとへ駆けていった。水世はどうするべきかと棒立ちになっていれば、彼女のもとに伊世が歩み寄った。彼はぶっきら棒に組むぞ、と一言告げる。彼女は何度か目を瞬かせたが、ハッとして大きく頷いた。

水世のポイントは160、伊世は175なため、この時点で合計して335Pある。水世が伊世に、他に誰か組みたい相手がいるのかを尋ねると、彼はいないと即答した。


「予選は蹴落としあい。この騎馬戦は、自分の勝利が=としてチームメイトの勝利になる。相性はもちろん、他人の“個性”を把握しておきたい。俺とおまえの“個性”は組み合わせとしては悪いもんじゃないはずだ。且つ、俺はB組の、おまえはA組の奴らの“個性”ならある程度は把握している」

「確かに、私と伊世くんの組み合わせは、知識的にも有利ってことか……」


周囲を見れば、皆着々とチームを組もうと声をかけていっている。そして続々と騎馬の組み合わせができてきていた。だが、やはり同じクラス同士のチームが多いようで、他クラス同士の水世たちは少し浮いていたような気がした。