- ナノ -

落ち着くなんて気のせい


今回のヒーロー基礎学は救助訓練だった。前回敵の襲撃により台無しになってしまったこともあり、今日に回したのだ。そのため、またもバスでUSJへと向かい、今度こそちゃんと救助訓練を学ぶことになった。

敵に襲撃されてから、まだそう日は経っていない。敵連合の二人には逃げられはしたが、怪我を負わせることには成功している。その傷もまだ治っていないなかで、立て続けに襲撃してくることはないだろうという判断から、今回の授業はオールマイトと13号の二人だけだった。今日はちゃんと、授業開始時からオールマイトは参加していた。


「今回は三人チームを組んで、救助を行ってもらいます。チームは既にこちらで組んでいますので、今から発表します。呼ばれたら、チームごとで一かたまりになってください」


チームが発表されていくなか、Cチームのメンバーに水世の名前が呼ばれ、彼女は僅かに肩を跳ねさせた。彼女の後に名前を呼ばれたのは、障子と砂藤だった。つまり水世はこの二人とチームということになる。水世は二人のところへ歩み寄り、よろしくと笑った。

全員の名前が呼ばれると、各チームが割り振られる場所が発表された。水世たちが割り振られたのは、火災ゾーンだった。


「各チーム、制限時間は十五分。終わり次第広場で講評を行います」


順番は相変わらずくじ引きで決めるとのことだった。また、救助訓練であるため、当然救助される側の者も必要となる。だがそちらは安全を考慮して、マネキンを使うらしい。確かに、常に燃えている状態の火災ゾーンに放置されるのは危険だし、倒壊ゾーンも上手く崩れないようにはなっているものの、一歩間違えば大惨事である。

早速くじ引きが行われ、初っ端からCチームを引かれた。水世は頬を掻きながら、両隣にいる二人に苦笑いを見せた。


「では三人とも、準備はできているかな?始めるぞ、救助スタート!」


火災ゾーンに踏み入れた三人は、オールマイトの合図と共に互いに顔を見合わせた。制限時間である十五分の間に、この場所のどこかにいる市民を避難させなければならないが、当然どこにいるのかは知らされていない。


「俺が要救助者を見つける」


障子が自身の肩から生えている二対の触手の先端に、目と耳を複製させた。腕を広げた彼はその目と耳を使って、要救助者がどこにいるのかを探してくれている。その間に、水世は砂藤と話し合いを行った。


「砂藤くんの“個性”は、時間制限があるんだよね?」

「ああ。十グラムにつき三分間だ。使いすぎると、脳機能が低下しちまう」

「あんまり時間はかけられないね……」


火災ゾーンの一番の特徴は、やはり炎だ。障子も砂藤も、炎を消すことはできない。そのため、燃え滾る建物内からどうやって要救助者を助けるかが難関であった。


「見つけたぞ」


複製された口は、水世と砂藤の方へ近付いたと思うと、パクパクと動いた。障子を先頭に、三人は火災ゾーンを駆けていく。暑さは尋常ではなく、水世は着込んだコスチュームでなくてよかったと少し安堵した。それでも汗が垂れ流しになっているわけだが。

辿り着いた建物は、五階建のマンションだった。障子によると、要救助者は四階の三号室にいるらしい。彼は二人の方を見ると、どうすると呟いた。


「……一人が万が一のために下で待機して、二人で救助、かな?」

「炎はどうすんだ?」

「それは、私がどうにかする。だから救助に向かう内の一人は私が行くよ」


障子と砂藤は顔を見合わせたが、わかったと頷いた。時間もないため長い話し合いはできない。数分もかからずに、救助に向かうのは水世と砂藤の二人となった。二人はマンションの入口に駆けると、非常階段の方へ向かった。

水世はすぐに“個性”を発動させると、手のひらから水の玉を出した。それを壁や床に配置していく。玉からは水が吹き出しているようだが、玉自体の水を使用しているせいか、少しずつ小さくなっているようだった。砂藤はそんなこともできたのか、と隣を走る水世を一瞥した。

火の手は上がっているものの、今のところは行く手を阻むほどの大きな炎はない。だが時間の経過と共に道はどんどん炎で塞がれていくため、二人は急いで要救助者がいるという四階の三号室へ向かった。


「ここだな」


砂藤が扉を蹴破ると、中は当然火が回っていた。まだそう強くはないようで、二人が慎重に中へ入っていくと、マネキンを二体見つけた。砂藤が一体を抱え、水世がもう一体のマネキンの腕を肩に回そうとした。

だが、突然、そばにあった棚や天井が崩れ落ちてきた。水世は咄嗟にマネキンを砂藤の方へ突き飛ばし、同時にドンッ!という大きな音を立てながら、水世と砂藤の間に壁を作った。


「誘、大丈夫か!」

「私は平気だから、砂藤くんは要救助者の方をお願い。今ならまだ、行きで通った道の水は消えてないはずだから。ただ、あんまり時間はないから急いで……!」


それなりの量の水を出したこともあり、水世の手の紋様は大きく広がっていた。一度リセットしてしまえば、水の玉も当然消える。せめて砂藤が建物から出るまではリセットはできないと、水世は砂藤を急かした。


「人命優先……!二人はそれなりにガスも吸ってるだろうから、ここで時間を取られてたら危ないと思うの。優先順位は私じゃなくて、要救助者だから……私は大丈夫だから、行って!」

「……わかった!」


水世の言葉を受けて、佐藤はベルトに装備されているポシェットから、粉末状の砂糖を取り出した。それを摂取すると、彼は要救助者であるマネキン二人を軽々抱えて、部屋を出ていった。彼は砂糖を摂取することで、三分間だけ通常の五倍の身体能力を発揮することができる。今の状態の彼ならば、二人を軽々抱えて走ってこの建物から出るなど容易いだろう。

水世はいつでもリセットできるよう、砂藤が建物から出るのを確認するためにベランダへ出た。外では障子が待機しており、彼には複製した耳があるため、事情は把握していることだろうと判断した。

出した水の玉の量が多い分、紋様はどんどん広がっていく。迷子にならないように、目印としての意味合いも込めて配置している。帰りまで残っているように、大きさもある程度のものにした。大きさに配置量、水量が加わって腕を覆うまでギリギリだ。


「――飛べ、誘!」


突然、障子が水世に叫んだ。目を丸くする彼女に、障子は腕を広げて受け止める体勢を作っていた。火はより勢いを増して、広がりを見せている状況だ。彼女の背後は既に落ちてきた天井や倒れた棚、そこから広がった炎で道は塞がれている。


「必ず受け止める。だから飛べ!」


珍しく複製した口で話していない彼に驚きつつ、水世は背後を見た。砂藤がここを出れば、水世は一度“個性”を解除することができる。そこから後ろの炎をどうにかして、下へ行くまでの時間と、今ここで飛び降りる時間。要救助者を助けて火災ゾーンを出ることがクリア条件であり、どちらの方がタイムロスがないかは明白だった。

水世はベランダの柵に足を引っ掛けると、柵の上に乗り上げて、下を見た。ちょうど砂藤が要救助者を連れて脱出してきて、水世は一度“個性”を解除した。

下で自分を見つめる障子に頷いて、水世はベランダから飛び降りた。落下してく感覚。浮遊感と、感じる風と。そういえば、前にも同じ感覚を味わったことを、水世は思い出した。

遠ざかっていくベランダをぼんやり眺めていれば、ポスッと大きな腕に収まった。凄まじい安定感に目をぱちくりさせている水世に、大丈夫かと障子が顔を覗き込んだ。頷いた彼女をゆっくりと地面に下ろすと、障子は砂藤が抱えていた要救助者を一人預かった。


「じゃあ、行くか!」


砂藤の言葉に頷き、三人は燃え盛る街を駆け抜けて、火災ゾーンから出ていった。

三人が広場に戻ると、オールマイトと13号が労りの言葉をかけた。そして、早速講評に移ることとなった。


「率先して要救助者を見つけだし、二人に的確に情報を伝え、案内した障子少年!流石だ!救助では、要救助者がどこにいるかを知ることが重要となる。今回はマネキン相手だったが、本来なら要救助者は人間だ。そのため、要救助者の位置はもちろん、どのような状態かを伝えることも大事なことだぞ」

「砂藤くんも、行きではなく帰りに“個性”を使ったことは良しと言えるでしょう。救助は迅速に行わなければなりません。君の“個性”は使用に制限がありますから、要救助者のもとに行った時には制限限界だった、となる事態は避けたいですからね」


オールマイトと13号が、それぞれの良かった点を褒めつつ、今後のためのアドバイスを伝えていく。障子も砂藤も二人の言葉をしっかりと受け取り、大きく頷いていた。


「今回のベストは誘少女だろう!火には水、君あんなこともできたんだね?自分たちの通り道に水を配置し、帰り道に火の手が回らないよう配慮する。素晴らしい判断だ!また火災での要救助者は、酸欠に陥るリスクも高い。それを理解していたからこそ、まずは要救助者優先としたのだろう」

「火災では建物や家具も崩れやすい。要救助者が巻き込まれないよう、そして助ける自分たちも巻き込まれないよう、注意する必要があります」

「その通り!最後、仲間を救わんと呼びかけた障子少年と、彼を信じて飛び降りた誘少女。まるでドラマのワンシーンみたいだったぜ」


最後の言葉は褒め言葉なのか謎だったが、水世はお礼を述べながら軽く頭を下げた。次のチームが別の場所で救助訓練を行うため、水世たちは適当な場所に腰を下ろした。

垂れていた汗を拭った水世は、体にこもるような暑さを軽減しようと、腰部分からレオタードとタイツの間に指を入れて風を通すように少し引っ張った。背中部分が露出していてよかったと思いながら、水世は一つ息を吐いた。肌に直接火が当たって痛かったりしたのだが。

スッと、水世に影が落ちた。顔を上げると、隣にいた障子が腕で日陰を作ってくれていた。“個性”柄腕を広げるとちょっとした傘のようになる彼は、水世の頭上に腕を広げて、室内の光を少し遮ってくれたようだった。共に火災ゾーンにいた彼も僅かに汗をかいており、マスクをしている分水世より熱はこもっていることだろう。


「障子くん、腕きついでしょ?気にしなくていいよ」

「誘は俺よりも炎に近かっただろ。気休め程度だが、少しは涼めるはずだ」

「お、いいなそれ」


反対側に座っていた砂藤が障子の腕を見ながら呟いた。彼も燃える建物内に入っていき、目と口元のみしか露出のない全身タイツ型コスチューム。自分よりも暑いはずだと、申し訳ない気持ちでいれば、それを察したのか砂藤は「俺は誘が水置いてくれてたから、そんな大したことねえよ」と笑った。


「俺も『複製腕』あったら、傘できんだけどな」

「誘はVIP待遇だな」

「それは悪いよ……暑さも、そんな大したことじゃないしさ」

「今回のベストはおまえなんだから、もっと誇れって」


背中を叩かれた水世は、少し驚いて肩をビクッと跳ねさせた。普段同性にやるようにしたのだろう、力加減が少し下手だった砂藤は、慌てて彼女に謝った。叩かれた背中をさすりつつも、水世は苦笑いを浮かべながら大丈夫だと答えた。


「誘はおまえより小さいんだ、気をつけろ」

「おう、悪い……」

「平気だよ。でも、砂藤くんも障子くんも、結構大きいよね」


身長を聞いた水世に、砂藤は185cm、障子は187cmだと答えた。目を瞬かせた水世は、それは大きいわけだと頷いた。水世も160cmと女子の中では大きい方ではあるが、やはり男子に比べると小さい。

そういえば、幼馴染も180cmを超えていたな。ふと浮かんだイナサの姿に、水世は少し懐かしんだ。身長的には二人とそう大差ないような感覚で、まるで幼馴染に挟まれているみたいだと思うも、それは少しうるさそうだと水世は軽く頭を振った。