- ナノ -

まるで友達のようなんて


水世が八百万に約束していたクッキーを手渡すと、彼女はこれでもかというほど目を輝かせながら受け取った。今食べてもいいかと聞く彼女に、渡した時点で自分のものだから聞かなくてもいいのに、なんて思いながら水世は頷いた。

嬉々として、八百万はラッピングされた袋からクッキーを取り出した。彼女がぱくりと一口かじると、サクッとした音が鳴った。黙って咀嚼する八百万を、水世は少し不安を抱えながら見つめた。舌が肥えているであろう彼女の口に合うかどうかわからないため、自分の料理に満足してもらえるか、正直そこまで自信がないのだ。

八百万の喉が上下に動き、クッキーを飲み込んだのだとわかった。彼女がどんな反応をするのかと僅かにドキドキしている水世に、八百万は口を開いた。


「とっても美味しいです……!水世ちゃんは、お菓子作りがお上手なのですね!」

「口に合ったみたいでよかった」


心の中で安堵の息をこぼした水世は、パクパクとクッキーを食べていく八百万に、苦笑いを浮かべた。そんなに大したものではないし、彼女の家のシェフが作るものの方が何倍も美味しいはずだ。それでも目を輝かせ、頬を綻ばせながら美味しいと笑う八百万の姿は、水世には少し不思議に映った。


「あれ、ヤオモモそれ何?クッキー?」


教室に入ってきた耳郎が、水世と八百万を見て、彼女たちの方へ歩み寄った。

ヤオモモとは、八百万のあだ名である。彼女の名字と名前を縮めたもので、先日の敵襲撃時の放課後に水世の机に女子たちが集まった際、決まったあだ名だった。彼女はそういったあだ名で呼ばれるのは初めてなのだと、嬉しそうに言っていた。


「はい。水世ちゃんの手作りなんですよ」

「常闇くんにマントのお礼にって作ったの。余ってたから持ってきたんだけど……耳郎さんも、良ければ」

「ウチもいいの?」


笑って頷いた水世は、紙袋の中からクッキーを入れたラッピング袋を取り出した。八百万がとっても美味しいんですよ、なんてハードルを上げていて、水世は苦笑いをこぼしてしまった。

受け取った耳郎は早速袋を開けて、クッキーを食べはじめた。パッと目を丸くした彼女は明るい声音で美味しい!と笑った。


「水世、料理できんの?」

「よく作るから、一応。そんなに大したものは作れないけど」

「いやいや、お菓子作れる時点で充分大したもんだよ」


ウチはそういうの苦手だし。そうこぼしながら、耳郎はクッキーを取り出した。八百万の方も、料理はあまりしたことがないのだと頷いている。

水世が料理ができるのは、する必要があったからだ。しなくてはならない必要があったからに他ならない。お菓子作りも延長戦のようなものであって、できた方が幅が広がり、伊世のためになるのではないかと思ったから、なんて単純な思考でのことだった。


「そういう趣味、なんかいいね。お菓子作りってなんかこう、女の子っぽい感じあるよ」

「そうかな……?」

「うん。他には何作れたりすんの?」

「シフォンケーキとか、ガトーショコラ……ゼリーと……プリンも作れるかな……和菓子なら、白玉善哉、おはぎ、お団子とか」

「そんなに色々作れますの?」


驚いている二人に頷けば、八百万も耳郎も尊敬するような眼差しを水世へ向けた。その視線がくすぐったくて、居心地が悪くて、水世は視線をそらした。するとぱちりと、轟と目が合った。近くでうるさくしてしまっただろうかと水世が謝ろうとしたが、彼はすぐに視線をそらした。

三人で話をしているうちに、続々とクラスメイトたちが登校してきた。女子三人で集まっている中に、他の女子も集まってきて、また水世と八百万の席が囲まれるような形となった。

水世は良ければ、と芦戸たちにクッキーを手渡せば、皆パッと表情を明るくさせて喜んだ。最後の一つを麗日に渡すと、水世は紙袋をたたんでバッグの中へ入れた。


「美味しい〜!水世ちゃん、料理上手だね!」

「ありがとう。麗日さんは、美味しそうに食べるね」

「え?そ、そうかなあ……」

「うん。美味しく食べてもらえたら、作った甲斐があるよ」


頬を赤らめた麗日は、照れたように微笑んだ。

存外好評なことを安心しながら、水世は葉隠の方を見た。浮いているクッキーが少しずつ欠けていく様を観察していると、蛙吹が水世の分はないのかと尋ねた。水世は家でいくつか食べているし、今日持ってきたのも八百万と、あと誰かいる人がいればと思ってのものだ。そのため自分の分は必要ないと笑った。


「じゃあ、私と一緒に食べましょう」

「え?いいよ、蛙吹さんの分だから」

「みんなで食べたらもっと美味しいと思うの」

「あ、じゃあみんなの一個ずつ渡したら、ちょうどよくない?」


何がちょうどいいのだろうか。水世がそう思うも、芦戸の提案にみんな賛成している。八百万がポケットティッシュを取り出すと、水世の机の上にティッシュを一枚置いて、その上に一人ひとりクッキーを置いていく。計六枚のクッキーが置かれると、水世は少し困惑しながら六人を見た。

遠慮するものの、皆も頑なだった。このまま攻防を続けてHRが始まるのも困るため、水世はお礼を言いながら、そのクッキーを食べることにした。


「あれ、何それ?もしかして誰かの手作り?」

「水世ちゃんが作ったんですよ」

「マジで?え、俺も欲しい」


パッと輪の中に入ってきた上鳴が、クッキーを見て顔を輝かせた。水世が自分の分を譲ろうかと提案しようとしたが、それより早く、耳郎がもうなくなったことを伝えた。


「俺も食べたかった……女子の手作り……!」

「残念だったね〜」

「一枚くらい慈悲は?」

「ないかな」


やり取りを見ながら、水世は自分の机の上にあるクッキーを一枚手に取って、上鳴の方へ差し出した。彼の瞳が彼女の方へ向くと、目をぱちくりさせて水世とクッキーとを交互に見ている。


「どうぞ。私、家でけっこう食べたから」

「いいの?あれこれそのまま食べていい感じ?」

「?いいよ」


会話が噛み合っていないが、水世は気付いていない。上鳴は自分の心臓がバクバクと音を立てていることに気付いた。喉を鳴らした彼は、水世の手元をじっと見つめて恐る恐る近付いていく。

だが、上鳴が食べようとしたクッキーを葉隠がヒョイっと取ると、彼女はそれを水世の口に入れた。突然のことに、上鳴も水世も目をぱちくりとさせている。


「ダメだよ水世ちゃん!軽率にそういうことするの!」

「そうそう。調子乗るよコイツ」

「水世にあげたんだし、水世が食べてよ!」


注意するような口調の葉隠に、水世は首を傾げつつ謝りながら咀嚼した。耳郎は葉隠に同意しているし、芦戸は先程葉隠が水世にしたように、彼女にクッキーを食べさせようと口へ持っていっている。それを見た八百万が、「私も……!どうぞ!」とクッキーを手に取り水世の口元へ持っていき、顔を見合わせた蛙吹と麗日も便乗しはじめた。

困惑する水世をよそに、上鳴は心底悔しがっている。そんな彼のもとに、登校したばかりの峰田が丸い瞳を見開いて、やや充血させながらものすごい形相で近付いた。


「おまっ、上鳴、おまえー!何オイラがいない間に美味しい展開になりかけてんだよ!」

「もうちょっとで美味しい展開だったんだよ!二重の意味で!」

「ざまあみやがれ!」


騒いでる二人を丸っきり無視して、自分を餌付けするかのようにクッキーを差し出してくる八百万たちに、水世は眉を下げた。結局、彼女は自分で食べると頑なに譲らないまま、しっかり自分でクッキーを食べた。