- ナノ -

弱さを見せる強さもなく


建物の影に身を潜めながら、水世たちは一度状況を整理しようと、小声で話を進めた。

まず敵連合はこの計画をあらかじめ考えていたこと。先日のマスコミ騒動は、彼らが仕向けたことだと推測された。目的はオールマイトを殺すことで、わざわざこうして無茶を起こすということは、相手にはその算段があるのだろうということもなんとなく把握できる。


「この際、オールマイトを殺す理由は置いとくとして……多分、みんなUSJ内のどこかのゾーンにバラけさせられてると思う。外に逃さないようにああして立ちはだかったわけだし」

「だろうな。ここに敵がいたということは、他の区域にもいると見ていい」

「うん。ここは……暴風・大雨ゾーンかな。この広さだから、敵はまだどこかに潜んでるはず」

「しかし、先程の奴らは大した強さではなかった。有象無象の集まりに過ぎん」


確かに、と水世と口田は頷いた。質より量を取ったのか、個々の強さとしてはそう強大なものではない。あくまで生徒の相手をさせるため、プロヒーローの時間を稼ぐために用意したのかもしれない。恐らく全てのゾーンにこうして敵を配置しているはずだろう。


「しかし、こう暗いとなると……フム……」

「どうしたの?常闇くん、鳥目?」

「鳥目ではない。恐らくだが、奴らは俺たちの“個性”については把握していないと見ていい」


首を傾げる二人に、常闇は自分の“個性”の性質について話をした。

常闇の“個性”である黒影は、闇が深ければ深いほど凶暴且つ強力になる。だがその一方で制御しづらくなる。逆に昼間などの日光下では攻撃力が中の下となるほど弱体化するが、その代わりに制御がしやすくなるという、やや癖の強い“個性”だった。

三人がいるゾーンはドームの中にあり、暴風と大雨が吹き荒れており、薄暗くなっている。確かに常闇の“個性”を考えると、こうした薄暗い場所よりも、火災ゾーンに送った方が相手にとっては有利であったはずだ。


「どうあれ、どこの区域にいる奴らもあの程度であれば、他の皆も区域との相性が悪くない限り、心配は不要だろう」


自身の“個性”の弱点とも言えることをわざわざ教えて説明してくれた常闇に、水世は申し訳なさと、尊敬のような念を抱いた。この場にいるのが三人だけだったということもあるのだろう。しかし、自分は他者に“個性”の弱みを話せるのだろうか。そもそも“個性”についても話せやしないのだから、無理に決まっていた。


「どうした、誘」

「ん?あ、いや……その、ごめんね。常闇くんの“個性”の弱点、話させてしまって……」

「気にするな。俺自身の“個性”を用いて説明した方が良いと判断しただけのことだ」

「気にスンナ!」


黒影にもそう言われ、水世は小さく頷いた。存外気さくなのか、黒影は爪の長い手らしきものを軽く上げて、彼女に言葉をかけた。


「しかし、口田。おまえはどう戦う」


口田の“個性”である「生き物ボイス」は、人以外の生物を操るもの。屋内であるUSJ内には生き物は見当たらなかった。そうなると彼は自分の身で戦うことになるわけだが、相手は武器を所持していることを考えると、危険性がある。


「……下水とかには、何かいたりしないのかな……?」

「下水か……ネズミ辺りならいるんじゃないか?」


常闇に促され、口田はそばにあった排水溝の方へ顔を寄せた。てっきり超音波的なものや、生物にのみ通じるテレパシーだとかとで命令をするのかと思ったが、口田は口元を囲うように手を寄せた。


「もしそこにいるのであれば、この場で暴れているならず者を打ち倒すため力を貸してください……!」


非常に早口で、存外可愛らしい声だった。少し驚いていた水世と常闇だったが、どこからか聞こえてくるチューチューという鳴き声に意識を戻した。下水に住み着いていたらしいネズミが、呼びかけに応えたのだ。水世はこの雨で炎は使えないが、それ以外の攻撃方法は持っている。これで、水世たちの戦闘についての問題はなくなった。

索敵ができないため、このゾーンに何人の敵がいるのかはわからない。大雨も暴風の影響が重なることでより強く感じられ、薄暗さもあるために、あまり遠い場所は目視で確認できない。それが少し痛くはあるが、それは向こうも同じ状況下だった。


「単独行動は危険だ。三人でかたまりになって動くぞ」


水世と口田は頷き、常闇の声かけで行動を開始した。敵も個々で相手をするより数で勝負をしようと考えているのだろう。バラけて行動はしていないのか、中々遭遇しない。

ピシャピシャと歩くたびに水音が鳴るなか、不意にその音が大量に聞こえてきたと思うと、こちらに向かってきている。三人が立ち止まりそちらを見れば、ざっと見十数人の敵が揃っていた。

まだこんなにいたのか。そんなことを思いながら、水世は“個性”を発動させる。敵は三人の“個性”を把握していないため警戒しているようだったが、数で圧倒している分余裕があるのか、一斉に三人へと向かってきた。


「黒影!」

「アイヨッ!」


黒いマントを広げた常闇の腹部から、気前のいい返事をした黒影が伸びていった。水世も魔法陣を展開させてエネルギー弾を撃ち込み、敵を気絶させていく。口田は下水道にいるネズミに指示を出して、敵の方へと向かわせた。

近接戦闘向きの敵が多いようで、水世たちは間合いに入れない遠距離・中距離タイプ。量がいるため中には近くまで迫ってくる敵はいれど、その都度射程距離の長い攻撃が可能な常闇や水世が対応していく。

数は減ってきてはいるが、予想以上の人数が集っていたようだった。少しでも戦力を分散させることはもちろん、時間稼ぎの目的もあるのだろうと踏んでいたが、恐らく“個性”が不明な生徒たちをバラけさせて数で攻め落とす考えもあるのだろう。


「っ、黒影!」


不意に、銃声が聞こえた。まっすぐに水世へ向かってきていた銃弾を黒影が弾いたおかげで、水世は怪我をせずに済んだ。どうやら敵は近接戦闘タイプのみではなかったらしい。距離が離れているのだろう、目視で確認ができない。

再び、銃声が聞こえた。だが今度は同時に二発の銃弾が別方向から向かってくる。常闇と水世がそれらを対処すると、黒影が弾いた銃弾は触れた瞬間消えてしまった。


「幻影か?」

「本物、ではなかったね……そういう“個性”なのかな……」


次に撃たれた銃弾も、片方は偽物で触れた途端消えてしまった。囲んでいた敵は倒せたものの、銃を撃ってくる敵の姿は未だに見えない。

聞こえた銃声に、今度は銃弾が三つになって三人に向かってきていた。うち二つは偽物であり、これらを考えるに本物が偽物を増やしているということになる。


「分身、って感じだね……」

「その通り!俺の“個性”は『分身』……分身を消したところで、本体である俺が倒れない限りは分身は増え続けるぞ!」


どこからか、ご丁寧に説明をしてくれた辺り、存外いい人なのか。いや、それはないか。余裕があるからこそ自身の“個性”を話したのだろう。水世はそう結論付けて、一度“個性”を解除した。

本体が倒れない限り、ということは分身から分身が生まれることはないのだろう。銃弾は触れた瞬間に消えたことを考えると、強度としてはそう大したものではないことがわかる。問題は本体が雨で遮られていて見えないという点だろう。どうしたものかと考えていれば、常闇が口田に近付いた。


「ネズミを使役し、本体の居場所を突き止めることはできないのか?」


口田は頷くと、しゃがみ込んでネズミに小声で呼びかけた。ネズミたちはサーっと走っていくと、徐々に見えなくなっていった。次どこから銃弾がきても大丈夫なように警戒していれば、噛まれたのか痛みを訴える声が聞こえてきた。

ネズミが戻ってくると、水世はすぐに“個性”を発動させた。彼女の前に七つの小さな魔法陣が現れ、そこからネズミが現れた方向へ向けて連続でエネルギー弾が放たれていく。

魔法陣を一つ展開させる場合と、同時に複数個を展開させるとでは、後者の方が紋様の広がり方が大きい。そのため、水世は魔法陣の展開は一個にとどめていた。だが居場所がわかった今、確実に当てるためにそちらに移行させた。

じわじわと水世の左腕に熱と締めつけが帯びていくなか、呻き声のようなものが聞こえた。どうやら分身ではなくちゃんと本体に当たったらしい。


「今ので最後か……?」

「多分……」


“個性”を解除した水世は、フッと息を吐いた。左腕をさすりながら、辺りを見回した。目視できる範囲では敵の姿は見えないが、まだ警戒は解けない。しかしひとまずは大丈夫だろうと判断し、しばらくは目が覚めないだろう彼らを尻目に、三人は今後どうするかという話に移った。

暴風・大雨ゾーンは他のゾーンと違い、広いドームの中にある。USJ自体が隔離空間であるが、その中にある隔離空間といったものだ。そのため外の情報もないため、今広場や他のゾーン、ゲート前で何が起こっているのか定かでないし、ドームを出ない限りわからない。

そして、このゾーンは一番ゲートにも広場にも近い位置にあるのだ。


「外の状況がわからない以上、無闇に出るのは得策とは言えない」

「しばらくは、ここにとどまるしかないね……」


びしょ濡れのタイツや髪が肌に張り付き、少し気持ち悪い。水世のコスチュームは布が薄く、背中や胸元、左腕は露出している。そのため風や雨に晒されている状態であり、少しずつ体が冷たくなっていく感覚はしていた。

この大雨くらいは止まればなあと彼女が思っていれば、彼女の肩に布が被せられた。真っ黒なそれは、常闇が着ていたマントだ。目を瞬かせた水世が彼の方を振り返った。


「着ておけ。それも濡れているが、僅かだが雨除けにはなる」

「でも、それじゃあ常闇くんが……」

「おまえが一番薄着なんだ。まだしばらくは、この場に留まることになる。風邪をひくぞ」


口田も彼の意見に同意しているようで、何度も大きく頷いていた。水世は呟くようにお礼をこぼしてマントの襟元を握った。