- ナノ -

剣にも盾にも変わる僕ら


「あ、見て見て!オールマイトが一時間で三件の事件解決だって!」


葉隠が見せたスマホ画面には、オールマイトの名前がネットニュースのトップを飾っていた。今朝の通勤途中だろう、連続強盗殺人犯の退治、轢き逃げを捕まえ、立てこもり事件を瞬く間に解決したのだ。流石はNo.1ヒーロー、そんな彼にこの後からのヒーロー基礎学を教えてもらえるなんて、と芦戸と葉隠ははしゃいでいる。

だが今日のヒーロー基礎学を見てくれる教員は、オールマイトだけでなかった。相澤から、今日は人命救助訓練を行うこと、自分とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることを伝えられた。今回のコスチュームの着用は、各自の判断に委ねるとのことだった。中には活動を限定するようなものもあるため、その配慮だろう。爆豪の籠手がいい例だ。


「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう!」


みんなが着替え終えると、飯田が張り切ってみんなを先導した。どこから取り出したのか、私物なのか、笛まで吹いている。皆苦笑い気味に彼の指示通りに並んだものの、バスのシートは横向きのロングシートタイプだったため、あまり意味は成さなかった。そのため、結局それぞれが好きな場所に座ることになった。

ロングシートの座席は、バスに乗り込んですぐの左右四人ずつ、計八人分のみ。残りはよく見かける前向きの二人用シートが並んでいる。水世は空いた席はないかと奥へ進み、ふと轟の隣が空いていることに気付いた。


「お隣、失礼するね」


声をかけて座席に着くと、窓の外を眺めていた轟が少し眉を寄せた。一人で座りたかったのか、はたまた水世だったことが嫌なのか。彼は何を言うでもなく彼女から顔を背けた。

クラスメイトがバスに乗り込み、好きな席を選んでいくなか、水世が不意に、轟に声をかけた。彼がなんだとでも言いたげに彼女に視線を向ければ、水世は少し聞きたいことがあるのだと笑った。


「轟くんは、推薦入学でしょ?他にどんな人がいたのかなって気になって。何か気になる“個性”の人とか、いたりした?」


不審げに片眉を上げた轟は、覚えてねえと彼女の質問を一蹴した。目をぱちりとさせた水世は数秒間を置いて、そっかと微笑んだ。

全員が乗り込んだかを確認する相澤の声が聞こえるなか、轟はじっと水世を見つめた。その目は鋭さを帯びているが、彼女は返事を待っているようで、何も言わない。


「どうでもいいだろ、そんなこと」


バスが出発した。吐き捨てるように告げた轟の言葉に、水世は少し眉を下げると、「……うん、ごめんね」と困ったような表情を浮かべて、前を向いた。

自分に対してはえらく失礼な発言をしたくせに、他のクラスメイト、たとえば飯田や八百万に対しては、褒めるような発言をしている。何を聞いてくるのかと思えば、他の推薦入学者について。まるで自分は眼中にないとでも間接的に言われているかのような気分だ。被害妄想なのかもしれないが、一度そう思うと、もう全部そういう風に思えていく。先日の彼女の発言から、水世に対していい感情を抱いていないこともあってか、彼女の一挙一動や、表情に対してどうも苛立ちが募る。

轟は自身の思考や隣の彼女への苛立ちにうんざりしながら、一度切り替えようと瞼を閉じて、寝の態勢に入った。水世はそんな彼の様子を一瞥すると、幼馴染を思い浮かべた。

――イナサくん、イナサくんの言ってた通りだったよ。

この場にいない幼馴染に伝えるかのように、水世は心の中で呟いた。

二人が会話――そう呼んでいいのかは謎だが――をしている間に、クラスメイトたちは“個性”の話で盛り上がっているようだった。

蛙吹から、怒ってばかりで人気が出なさそうだと指摘された爆豪が、身を乗り出しながら怒鳴っている。前の座席に座っているためその声はよく届き、表情は見えないものの、子どもが見たら泣くような剣幕なのだろうと、水世は彼の後ろ姿を見ながら思った。


「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめェのボキャブラリーはなんだコラ殺すぞ!!」


爆豪の隣に座っている耳郎は、彼の怒声にさぞ迷惑していることだろう。帰りは彼の隣に座らないようにしておこう。そう決めて、水世も瞼を閉じた。

到着した救助訓練専用の演習場は、まるで一種のテーマパークのようだった。轟々と燃えたぎる街、渦を巻いているプール、土砂崩れなどなど。敷地面積だけでなく、各エリアの規模とリアリティは、本格的な構造である。誰かが「すっげー!!USJかよ!?」と叫んだ。


「水難事故、土砂災害、火事……etc.あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルーム!」


頭文字を取ればUSJとなり、先程誰かが言った喩えが、まさか本当にそうだったとは、と水世は少し目を瞬いた。

今日のヒーロー基礎学を担当するもう一人の教師は、災害救助で目覚ましい活躍をしている、スペースヒーロー13号だった。宇宙飛行士然としたマスコットのような見た目や、紳士的で穏やかな振る舞いも相まって、市民からの人気も高いヒーローである。

どうやらオールマイトはまだ到着していないようだったが、相澤は彼を待つ時間が惜しいのだろう。仕方がないと、授業を始めるよう促した。だがその前にと13号がお小言が一つ、二つ、三つ、と数えはじめており、増えていくお小言の数に皆げんなりしはじめた。


「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んで、チリにしてしまいます」

「その“個性”で、どんな災害からも人を救い上げるんですよね」


緑谷の隣で、麗日が残像が見えるくらいの勢いで、首を縦に振っていた。不意にぽろっと落ちそうだ、なんて物騒なこと水世は密かに思った。


「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です。みんなの中にもそういう“個性”がいるでしょう」


13号のその言葉に、辺りがしんと静まり返った。

現在の超人社会は、“個性”の使用を資格制とすることで、厳しく規制している。公的な場所での一般人の“個性”使用は、緊急時を除いて法律上禁止されいる。他人に向けたりしなくとも、警察から“個性”乱用として注意を受けることになったりするのだ。あえて他人を傷つけることに使わなければ、見つかっても精々厳重注意で済みはする。しかし、それ故に、堂々と“個性”を使える職業はほぼヒーローに限られている。一部の職業では特別に“個性”の使用が許可されることもあるのだが。

だが今や総人口の八割が“個性”を持っている時代。各々の“個性”は画一的ではなく、それぞれで系統、影響範囲などはもちろん違う。“個性”を自分でコントロールすることができない者だっているだろう。それら全てを取り締まるには、時間も人員も足りないのが現状である。


「一歩間違えれば、容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを、忘れないでください」


水世が、ぐっと拳を握った。薄暗い金色の瞳に、より影が増していくことには、誰も気付かなかった。


「相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います」


知っていた。既に、その危うさを知っていた。水世は一人、心の中で呟いた。


「この授業では……心機一転!人命のために“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。たすけるためにあるのだと、心得て帰ってくださいな」


ご静聴ありがとうございました。13号が一礼をすると、皆から拍手や歓声が上がった。飯田は誰よりも大きな声で「ブラボー!」と叫んでいる。水世は拍手をしながら、自身の“個性”は、果たして人のために使えるようなもなのかと考えていた。

人を救けるために“個性”を使ったことよりも、“個性”で人を傷つけたことの方が多いような、そんな気がしたのだ。


「そんじゃあまずは……」


拍手喝采が止み、早速授業を始めようと相澤が生徒に指示を出そうとした。だが突然、広間の噴水の前に、黒いモヤが出現した。それは徐々に広がっていき、中の見えない真っ暗なモヤから、人の手が伸びてきた。


「一かたまりになって動くな!13号!生徒を守れ!」


え?という素っ頓狂な声を上げたのは飯田だった。皆突然の事態に目を丸くして、状況を上手く飲み込めていない。

モヤはいつの間にか最初に現れた時よりも広がっており、そこから続々と人が現れてくる。中には異形型の容姿を持つ者もいた。明らかに生徒でも、ましてや教師でもないその集団。相澤は鋭い声を飛ばした。


「動くな、アレは――敵だ!!」


侵入者用のセンサーは当然配備されている。しかしそれが反応しないということは、敵の中にセンサーの妨害が可能な“個性”を持つ者がいることは明白だった。その上ここは校舎から離れた隔離空間。そこに人が入る時間割が把握されている。


「バカだが、アホじゃねえ。これは、何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」


広場を見下ろしながら、轟が冷静に呟いた。

確かに彼の言う通りだろう。隔離空間に少人数が入る時間帯を狙う。プロヒーローは三人、残りは子ども。侵入者用センサーを妨害して助けをが来ることを防ぎ、数を集めて叩く。それらは計算されての行動だ。


「13号、避難開始! 学校に連絡でんわ試せ! センサーの対策も頭にある敵だ、電波系の“個性やつ”が妨害している可能性もある。上鳴、おまえも“個性”で連絡試せ」

「ッス!」


相澤は広場から目を離すことなく、素早く的確に指示を飛ばした。普段の様子とは一変、彼がプロヒーローであるのだと認識させられるようだった。


「先生は!? 一人で戦うんですか!?」


指示の中に相澤自身の行動含まれておらず、彼は戦闘態勢に入っている。その様子を見て、緑谷が黙っていられないと言うように声を上げた。敵は続々増え続けており、これ以上増える可能性もないわけではない。

イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、敵の“個性”を消してからの捕縛。正面戦闘では不利ではないのか。緑谷がそう提言した。


「一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん」


13号に生徒たちを任せると、相澤は一人敵の中へと素早く飛び込んでいった。敵は一人で正面から突っ込んできた相澤に、自身の“個性”で攻撃を仕掛けようとするも、彼の“個性”でその攻撃手段を消され、簡単に捕縛布で縛られ、互いの頭をぶつけられた。

異形型の“個性”相手では相澤の“個性”は通用しない。だが近接戦闘を仕掛けてくる傾向の多い異形型の敵の攻撃を難なくかわして、簡単に倒していった。多対一という状況下だが、相澤の方が優勢のように見えた。

水世は13号の後に続いて、他の皆と一緒にゲートへと走る。だが目前で、目の前に黒いモヤが広がった。


「初めまして。我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに、息絶えていただきたいと思ってのことでして」


その言葉に、恐らく誰もが耳を疑った。敵の中にはそういうことを思う者、考える者もいただろう。しかしそれを実行に移す者はいない。それほどまでに、オールマイトという存在は敵にとっての脅威であり、圧倒的な力であった。


「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ……ですが、何か変更があったのでしょうか?まあ、それとは関係なく……私の役目はこれ……」


低い声で、慇懃的な口調で語る敵は、揺らめくモヤを広げようとした。13号は素早く右手の人差し指の栓を開けたが、彼らの間に爆豪と切島が飛び出して、同時にモヤに対して攻撃を仕掛けた。


「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

「危ない危ない……そう、生徒といえど優秀な金の卵」


危ない?水世が敵の発言に疑問を感じたと同時。13号が、飛び出した二人にその場からどくように叫んだ。だが、黒いモヤは一瞬で皆を囲み、覆った。水世は咄嗟に腕で顔を隠したが、黒いモヤは容赦無く彼女の体を包んだ。

ドンッ、と落とされたと思うと、凄まじい風と水滴を浴びせられる。水世が目を開けると、そこは市街地だった。だが薄暗くて、暴風と大雨が吹き荒れている。


「ここは……」

「多分、ワープさせられたんだと思う。あのモヤの人の“個性”だろうね……」


水世のそばに、常闇と口田甲司が黒いモヤから摘み出されるように落ちてきた。彼らは、モヤに包まれたときに水世の近くにいた二人だ。


「お、来た来た……獲物だ……!」

「おまえらに恨みはないが、悪く思わないでくれよ?」


建物の影に隠れていたのか、ゴロツキのような輩が三人を囲んだ。水世たちは立ち上がって、それぞれで背を合わせるようにして前を見据える。敵は四方八方を囲んでおり、全部で七人。ジリジリとを近付いてくる敵に、水世は“個性”を発動させた。


「かかれー!!」


一人が合図をかけると、敵たちは一斉に襲いかかってきた。常闇は黒影に指示を飛ばし、水世はエネルギー弾を撃ち込んでいく。


「一時身を隠すぞ」


常闇の言葉に頷いて敵を一掃すると、三人は近くの建物へ走った。