- ナノ -

その正しさを選び取った


教室に入ってきた相澤は、紙束を教卓に置くと、昨日の戦闘訓練のVと成績を見させてもらったことを告げた。そして些か問題のあった爆豪と緑谷にアドバイスのような言葉をおくると、HRの本題に話を移した。


「急で悪いが、今日は君らに……学級委員長を決めてもらう」


学校っぽいのきたー!という声が教室内の至る位置から同時に上がった。皆、ヒーロー要素の強い行事も楽しみにしているが、やはり夢の高校生活。学生らしい、学校らしい物事も楽しみにしているのだ。加えて、ヒーロー科での学級委員長という役割は、集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられる役でもある。

あちらこちらから上がる挙手や立候補。本来なら雑務等を任されるため、こうはならないだろう。だが先に述べたヒーロー科ならではの理由により、皆がやりたがる役割なのである。


「静粛にしたまえ!」


立候補者の声で溢れかえっていたなか、飯田の厳格な声が響いた。どうしたのだと教室内は静かになり、彼に視線が集中する。

曰く、学級委員長は“多”を牽引する責任重大な仕事であるため、「やりたい者」がやれるモノではない。周囲からの信頼があってこそ務まるものである。ここは民主主義に則り、みんなでリーダーを決める、すなわち投票で決めてはどうか、と。そう発案するわりに、飯田の右手はまっすぐにそびえ立っているわけだが。

まだ知り合って日も浅く、信頼関係はそう深く構築されているわけではない。加えて皆自分に投票することは目に見えている案件だ。周りからは異議が上がっているが、故に、だからこそ、複数票を得た者こそが真に相応しい人間になるのだと、飯田は力説している。

彼の主張に、一理あると水世は頷いた。確かに一人一票、自身への投票もアリとなれば、立候補者が多いこの現状、皆自分へ票を入れるだろう。だが、少なからず水世は自分に入れる気はなかった。その時点で水世の票が他者に入ることとなり、誰かが複数票を得る確率が上がる。中には立候補していない者もいるため、恐らく誰かに複数票が入るはずだと水世は予想した。

相澤も時間内に決まるのならばその方法はなんでもいいと言っていることもあり、飯田の主張が通り、投票で決めることとなった。

投票用紙を手にした途端、どこからもペンを走らせる音が聞こえた。皆迷いなく名前を書いており、大方自身への票を入れるのだろう。

水世は回ってきた紙に、飯田の名前を書いた。先程の、自身も学級委員長をやりたいながらに、その重要性を説いてこうして投票制にするべきだという発案。昨日の戦闘訓練での状況設定への順応。また普段から規律を重んじる姿勢や真面目さ。それらを総合し、彼が向いていると思ったからだ。

全員が投票を終え、開票してそれぞれの名前の隣に正の字の一画目が付け加えられていく。二十一票全ての開票を終えると、八百万に二票、緑谷に三票が入れられていた。その結果に一番驚いているのは緑谷本人で、彼は目を丸くして黒板を見つめている。

飯田は他の人へと票を入れたようで、自身に入っている一票にひどく感動していた。真面目というか馬鹿正直というか。そんなことを思いながら水世が飯田の方を見つめていると、視線に気付いたのか彼が水世の方を見た。数秒視線が合い、水世は彼に微笑みかけて、前を向いた。













芦戸や耳郎に誘われ、水世は共に食堂を訪れていた。ヒーロー科以外の学科の生徒も利用するこの食堂は、いつも人で溢れていた。食堂に勤務しているクックヒーローランチラッシュが、一流の料理を安価で提供してくれているからだろう。有名なプロヒーローの作った美味しい食事を安く食べることができる、というのは魅力的なのだ。弁当を持参している者ももちろんいるが、やはり食堂を利用する者の方が圧倒的に多いだろう。

水世は伊世の弁当を作るついでに自分の分も作ろうかと考えていたが、彼から弁当は必要ないと言われている。彼の分を作らないのに自分の分だけを作ることはできず、そのため、彼女は食堂を利用している。


「水世はミートスパ?」

「うん」


人でごった返す中を進み、なんとか空いた席を見つけた三人は昼食をテーブルに置いた。

フォークで器用にパスタを巻いた水世は、それを口に運んで咀嚼していく。この味を安価で食べれるのならば、この食堂の人気も大いに頷けるものだ。芦戸と耳郎も目をパッと見開いて、舌鼓を打っている。


「あーあ、学級委員長やりたかったな〜」

「投票で決まったんだし、仕方ないけどさ。そういや水世は、自分に入れてなかったよね。誰に入れたの?」

「飯田くん。彼が適任に思えたから」


名字では伊世と混乱するからと、名前で呼ばれるようになったのはついさっき。なんだかこそばゆいような感覚を持ちつつも、水世はそれを表に出すことはせず、耳郎に返答をした。二人ともなんとなくわかる気がするのか、「あ〜、確かに」と頷いている。


「まあ、爆豪がやるよりはまだいいんじゃない?」

「乱暴そうだもんね、爆豪!でも轟に入ってないのはちょっと意外だったかも」

「そうなの?」

「うん。だって昨日の戦闘訓練もすごかったしさ」


その二人が一番合わないだろうから、妥当ではないか。水世はそう思ったものの、無駄に不和を生むのはよくないと口に出さなかった。

強いものが上に立つのは当然の摂理ではあるが、強さのみでは脆いだろう。オールマイトは確かに圧倒的な強さも持っているが、彼はそれだけでNo.1に君臨したわけではないはずだ。飯田も言っていた通り、学級委員長は“多”を牽引する存在。強さしかない、他を顧みないリーダーに、その“多”はついていこうとするのだろうか。

恐らく二人は、その器を持っていない。これは精神面の話だ。爆豪は見ての通り自尊心が強く、言動からも伝わってくるが、自分本位な面が強い。爆豪の方が目立って周りはそちらばかりに目を向けるものの、轟も口には出さないが周りを見下している節がある。水世はそう感じていた。

いつの間にか、会話は学級委員長の話から戦闘訓練の話に移り変わっていた。女子は話の展開や移り変わりが早いと思いつつ、水世は二人の会話に相槌を打ちながら聞いていた。だが突然、けたたましい警報が鳴り響いた。


『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』


アナウンスに皆が食事の手を止める。そして一斉に席を立って、我先にと非常口へ駆けていった。どこからか、校内に侵入者が入ったのだという声が聞こえてきた。

生徒たちは互いを押し合いながら迅速に避難をしているが、逆にパニックを起こしてしまっている。水世たちは人の波に飲まれていき、前後左右から体を押され、あっという間に離れ離れになってしまった。水世は壁の方へと押し込まれてしまい、動けないまま壁と人とに潰されかけていた。

食事の後に流石にこれはきつい。ぐっと眉を寄せ、目を瞑って苦しさに耐えていたが、不意に「大丈夫?」と声をかけられた。声の位置からして至近距離だと目を開けると、自分よりも十数センチほど高い位置に、知らない男子生徒の顔があった。彼は視線を彷徨わせながら、水世を庇うように人と彼女との間に入っていた。両手を壁につきながら盾になってくれているようで、水世は目をぱちくりさせた。


「その、ごめん……もう少し、離れたいんだけど、人が……」


些か震えているような声音で、彼は眉を寄せた。鋭めの三白眼がより鋭くなっている。なるべく体が密着しないように僅かに隙間を空けてくれているが、流石にこれだけの人混みで、互いに押し合い圧し合いをしているのだ。充分配慮してくれているし、そもそも見ず知らずの自分なんかを庇ってくれている時点で、この男子生徒の優しさは水世には伝わっている。

しかしずっとこのままでは、彼の方が辛いだろう。このパニックが止まらないことには、誰も身動きは取れないわけだが。

ふと、水世の目に空中に浮かんでいる飯田の姿が映った。彼は自身のふくらはぎにあるエンジンを使って凄まじい勢いで回転したと思うと、非常口の標識のようなポーズで、非常口看板の上に乗った。


「皆さん……だいじょーぶ!!」


皆が目指している非常口の上で声を張り上げた彼に、皆が注目した。水世も、水世を庇っていた男子生徒もそちらを見つめた。


「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません!」


飯田がパニックになっている生徒たちに、落ち着くことを促すよう声を上げる。彼の機転で大騒ぎになっていた食堂は、徐々に沈静化していった。皆も落ち着きを取り戻していき、先程までのおしくらまんじゅう状態も止まった。

ハッと息を吐いた男子生徒は、水世を見て瞬時に距離を取った。そしてカタカタと震えながら、眉間にしわを寄せて彼女へ謝罪をこぼしている。


「いえ、とても助かりましたので。むしろ謝罪をするのは私の方です。私を庇ってしまい、あなたに様々な体重がかかったと思います。すみません。そして、ありがとうございます」

「いや……一応俺も男だし、潰されかけてる女の子を放っておくなんてできなかっただけで……」


人見知りなのか、彼は水世にチラチラと視線を送りながら、しどろもどろに言った。水世は彼に笑みを向けながら、もう一度お礼を伝えて頭を下げた。


「水世ー?どこー?」


芦戸の声に、水世は声が聞こえてきた方を向いた。どうやら自分を探しているようで、彼女は男子生徒に三回目のお礼を伝えると、失礼しますと声が聞こえた方へ歩いていった。

騒がしかった昼休みを終えて午後の授業が始まる前に、緑谷と八百万が黒板の前に立ち、他の委員決めについての話をはじめた。だがその前に、と緑谷が飯田の方を見つめた。


「委員長は、やっぱり……飯田くんがいいと思います!」


食堂での彼の活躍を理由に、飯田が委員長をやる方が正しいのだと、緑谷は彼を指名した。そのことに特に反対する者もいないこともあり――相澤から時間がもったいないから早く進めろと睨まれたこともあるかもしれないが――結局学級委員長は飯田に決まった。

マスコミがどうやって侵入してきたのかは、結局謎のままだった。