- ナノ -

二回目は君にあげるから


翌日、どのチャンネルの話題も同じことばかりだった。昨日逮捕された死穢八斎會の若頭や組員について、その逮捕に貢献したプロヒーローであるナイトアイの殉職、そして敵連合による護送襲撃。重要証拠品の紛失も確認され、世間の警察への批判は高まっていた。

治崎逮捕には様々なプロヒーローが関わっており、その中には水世のクラスメイトのインターン先であるリューキュウやファットガムの名前もあった。ヒーローたちのほとんどが病院へ搬送されたそうだが、幸い一般人の死者はなく、軽傷で済んだとのことだった。

クラスのメッセージグループでは、様々言葉が飛び交っている。どれも緑谷たちを心配するものばかりだが、当の本人たちはまだ病院にいるのか、返信どころか既読さえついていない。


「インターン中にあれだけのことが起きたからねえ……今朝、学校側から連絡が入ったんだよ」


ホークスの事務所に到着して早々、水世と常闇はホークスから学校側との協議があったと聞かされた。学校側としては、今後も継続してインターン活動を行うことに良しとは言えないようで、それは他のプロヒーローたちも同意見なようだった。


「流石に、こればっかりは俺も大丈夫でしょって軽く言えないし……だから、まあ、今回のインターンはこれが最後になるかな」


本来、インターンは最低でも一ヶ月の期間が必要となる。しかし今回ばかりはそうも言っていられず、双方の話し合いの末、しばらく様子見という結論に至ったようだった。水世も常闇も、ニュースを見た時点でこうなることは予想できていたため、すんなりと受け入れた。


「でもまあ、せっかくだから、今日は夕方までいなよ。帰りの切符、もう用意しちゃってるしさあ」


そう言って笑ったホークスは、パトロール行こっかといつもの軽い調子で歩き出していった。そんな彼の後ろをついていき、二人もパトロールに同行した。

既に外で待っていたサイドキックの二人と合流すると、ホークスは即座に翼を広げて、地面を離れていく。水世はそれを見上げ、彼の行く方向へと駆け出そうとした。


「水世」


呼ばれた名に彼女が振り返れば、常闇がマントを脱いで、それを黒影へと羽織らせている姿が目に入った。


「共に空を翔ける日は、そう遠くはならなそうだ」

「待っててネ!」


フッと笑った常闇と黒影の言葉に水世が首を傾げた瞬間、彼が軽く地面を蹴った。そうして、ぱちりと、彼女は瞳を瞬かせた。


「……常闇くん、飛んでる」

「飛んどるねえ……」

「しっかり飛んでますね」


普段は外套のように着ている黒のマントを風に靡かせながら、確かに彼は空を飛んでいる。ホークスほどの速さはないが、しかしそれでも、元々高かった機動力がより一層に上がっていた。

黒影のエネルギーは闇である。そのため真っ黒なマントで彼を包むことで光を遮断し、そして常に浮遊している黒影に抱えてもらい、常闇は飛ぶことを可能にしたのだ。浮遊中は黒影は身動きが取りにくくはあるが、伸ばした腕を交差させる形で常闇を抱えているため、大きな手のひらは自由なまま。また常闇自身の両腕も空いている分、自由度は高いと言えた。

空を飛ぶ方法はないか。ここ最近それを模索していた常闇だったが、ようやっと掴めたのだろう。飛んでいく彼を見上げながら、水世は自然と笑みを浮かべた。













昼休憩をとりながら、水世は向かいに座っている常闇を見た。


「空、飛んでたね。びっくりしたよ」

「ああ。なんとか、インターンの間に形にすることができた。水世の助言のおかげだ。感謝する」


黒影とのコンビネーションについて考えて、浮かんだ案であったのだと常闇は話した。まだ飛び慣れていない分スピードも出せず、安定性も不充分であるため今後は調整しながら、確実に実戦でも使用できるようにしていくのが新たな彼の課題であった。


「ちなみにあの形態?には名前はあるの?」

「もう考案済みだ。漆黒を纏い空を翔ける……その名も『黒の堕天使』」

「堕天使……かっこいいね」


常闇らしい名前のセンスだと水世は笑い、サンドイッチを一口かじった。噛むたびに瑞々しいレタスが音を立てるのを聞きながら、ごくりと飲み込む。咀嚼した塊が食道をゆっくりと進んでいくのを感じながら、水世はお茶で流し込んだ。


「やっほ。二人ともちゃんと食べてる?」


水世が半分ほどサンドイッチを食べた頃、ホークスが二人のもとに歩み寄り、空いている常闇の隣に腰を下ろした。その自然な流れに、他人の懐に入るのが得意なのかと、水世は一人そんな感想を抱いた。当のホークスはカップラーメンの乗ったトレイをテーブルに置くと、蓋を剥がしながら二人の方に顔を向けた。


「常闇くん、飛んでたねえ。俺もびっくりしちゃった。空初心者にしては中々上手く飛んでたよ」

「恐縮です」


パキッ、と音を立てながら割り箸を割ったホークスは、上手く割れなかったそれを見つめて何度か瞬きをしたが、深く気にすることはなく、いただきますと手を合わせた。空初心者という単語は少し面白いと水世が思っていれば、ホークスは彼女へと瞳を向ける。休憩中だからか、ゴーグルは外されており、彼の裸眼が彼女を見つめた。


「水世ちゃんも、飛べたらいいねえ。空はいいよ。風が気持ちいいし、障害物もない。その上陸より自由。物事だって俯瞰して見られる」


ズズズ、と麺を啜るホークスを見ながら、水世は一拍置いて、そうですねと頷いた。


「お、前より空飛びたくなってきた?」

「話を聞いてたら、少しだけ」

「うんうん、それならまた今度散歩でもする?」

「えっと、それは……ご迷惑でしょうから……」

「別に迷惑じゃないよ。水世ちゃん軽いから全然抱えてられるし」


へらっと笑うホークスの言葉に、水世は昨夜のことを思い出し、少し顔を赤くした。つい最近気付いたことではあるが、このプロヒーローは、彼女にとっては初恋の相手になるのだ。そういった類いには疎くて鈍い水世とて、それを恥ずかしがるくらいの乙女心は持ち合わせていた。

なんと返すべきかもわからず、彼女は視線を下げてサンドイッチを口に含んだ。そんな水世の心情を見透かしているのかいないのか、ホークスは軽く笑いを漏らしている。


「水世ちゃん、そうやって年相応な表情だとかわいいねえ。いや、元々かわいい子とは思ってるけどね?」

「え、ぁ……えっと……」


大袈裟に肩を跳ねさせた水世は、より頬を染めながら視線を彷徨わせ、いそいそとお茶を飲んだ。からかわれているとは理解していても、言われ慣れていない言葉である分、反射的に照れてしまうのは仕方のないことであった。


「……ホークス。冗談であれ、俺の友を口説くのはやめてくれ」

「なら、本気だったらいいってこと?」

「ホークス」

「それこそジョーダン。あ、かわいいってのは嘘じゃないよ」


些か鋭さを増した常闇の瞳も軽くかわしながら、ホークスは水を飲む。どこまで本音であるのか掴めない態度の彼を常闇がジトリと見ていれば、突然に黒影が飛び出した。


「ミズセ、ホークスと空、飛んダ?」


ぐぐっと詰め寄るように顔を寄せてきた黒影に驚きながら、水世は少し頭を後ろに引いて、一つ頷いた。すると彼はムスッとした表情を浮かべて、ぐるりとホークスを振り向いた。ラーメンを食べていた彼は不思議そうに黒影を見たが、自身の方へ移動した黒影にポカポカと頭を叩かれ、んぐっ!と声を上げた。


「え、なに?痛い痛い、結構痛いよ?」

「黒影!よせ、突然にどうしたんだ」

「ダッテ!ミズセがハジメテ空飛ぶの、俺とフミカゲとだったのニ!」


その言葉に、常闇は僅かに瞳を丸くして、ホークスは少し納得したような表情を浮かべた。


「あー……そっかあ、なるほど……俺が意図せずハジメテ奪っちゃったわけか」

「ホークスのバカ!」

「いやあ、それはごめんね?」


ぷんすこ、なんて効果音がついてそうな黒影の様子に、ホークスは眉を下げ、両手を合わせた。謝罪の言葉を吐いてはいるが、悪いとは思っていなさそうな声音と表情に、黒影の瞳はますますつり上がる。それを見て、水世は慌てながら彼にごめんね、と謝った。


「約束を忘れてたわけじゃないの。今でも二人と空飛ぶの、楽しみにしてるよ」


つり上がっていた黒影の目尻は、水世を視界に入れるとへにゃりと下がってしまった。スーッと彼女の方へ寄っていった黒影は、捨てられた子犬のような表情を浮かべて、ふよふよと彼女の周囲を浮いている。慰めるように頭を撫でると、黒影は甘えるように水世の手にすり寄った。


「ミズセ、一緒に空飛ぼうネ」

「うん」

「ホークスの時より楽しい散歩しようネ」

「ハードルを上げるな黒影」


明太子のおにぎりを飲み込んだ常闇は、さり気なく散歩の難易度を高めた自身の“個性”に釘を刺した。