いつかを信じられない私
オールマイトが雄英の教師に就任したというニュースは、世間を、そして全国を驚かせた。そのためか、雄英には連日マスコミが押し寄せるほどの騒ぎとなっている。今朝も学生の登校時間からマスコミが押し寄せており、登校してくる学生に手当たり次第でオールマイトの様子等について聞き回っている。
迷惑な話だ。水世は少し眉を寄せながら、マスコミから離れた場所で伊世の隣に立っていた。彼は不快そうに表情をしかめており、水世は機嫌を窺うように何度も伊世へ視線を向けた。
登校する生徒がまばらなため、誰かに隠れて門を通ることも、大勢でマスコミを押し退けて通ることもできそうにない。伊世の苛立ちがピークに達しないうちに校内へ入ってしまいたいが、それも中々難しそうである。
「……飛ぶか」
「え?そ、れは……マズイと思う……」
今にも“個性”を発動しそうな伊世の様子に、水世はどうするべきかと焦りを見せた。こんな時幼馴染がいれば、ガタイの良さで押し退けたりできるのだろうが、いかんせん水世にこれだけのマスコミの人数をどうにかできる物理的な力はない。
流石に飛んで入るのは目立ってしまう。それは水世的には避けていたい。目立つことはあまり好きではないし、変に騒ぎになるのもよろしくない。伊世を止めるように彼の腕をそっと掴みながら、水世はマスコミでできている人混みを見つめた。
「あれ、誘?よう、何やってんだ?」
伊世と水世は同時に振り返ったが、水世は彼に見覚えがなかった。失礼だが一見凶悪そうな顔つきの、灰色の髪の少年だ。水世には面識がないため、恐らく伊世に声をかけたのだろう。彼のクラスメイトかと予想し、水世は少年に軽く頭を下げた。
「知り合いか?彼女?」
「違う。妹だ、双子の。A組に所属してる」
「てことは、特別推薦か!同じ名字だとは思ってたけど、やっぱ双子だったのか。ん?じゃあ名字だと呼びにくいな、これからは伊世って呼ぶわ!」
一人勝手に完結して納得した彼に、水世は困惑したように眉を下げた。伊世の方を見れば、彼はうんざりしたような表情を浮かべている。仲が良いというわけではないようで、恐らく向こうから絡んでくるのだろう。
伊世は警戒心が強い。そのため相手を信頼できるかどうかを見極めてからでないと、あまり懐に入れたがらない。まだ入学して数日しか経っていないのだから、彼は相手に受け答えはするものの、当然ながら心を開いてはいない。しかし少年の方はそこら辺は関係ないようで、笑顔で伊世に接してきている。対照的、と言えばいいのか。水世は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「あ、そこの君たち!ちょっといいかな?」
インタビュアーの一人が水世たち三人に気付き、カメラマンを連れて駆け寄ってきた。伊世が思いきり顔をしかめたと思うと、水世を背に隠すように前に出た。
小さい頃は、同じくらいの背丈だった。しかし今では伊世の方が身長も高くなって、体つきも、声も変わった。何もかも、伊世が追い越してしまった。いや、違う。元々自分と彼との間には埋められない差があったのだから、最初から隣になど並んでいなかった。
伊世の背中を見つめた水世は、暗い瞳を隠すように視線を下げた。
「オールマイトが雄英高校に就任したとのことですが、授業中の彼の様子を聞かせてください」
「すみませんけど、俺らまだオールマイトの授業は受けたことがないので。遅れるんで退いてもらえますか?」
「せめて一言だけでも!」
話聞けよ。彼の心の声が聞こえたような気がして、水世は恐る恐る伊世の服の裾を掴んだ。僅かに水世の方を振り返った伊世は、しつこいマスコミに眉間にしわを寄せていく。ハラハラしながら伊世を見つめる水世の手を握った彼は、あの、とインタビュアーに声をかけた。
「俺の言葉、聞こえませんでした?自分たちが一方的に声かけてきたわりには、人の話聞かないんですね。人の話はちゃんと聞きなさいなんて、小学校で教えてもらう常識だと思うんですけど」
バッサリと吐き捨てた伊世は、「水世、行くぞ」と声をかけて、彼女の手を引いて歩きだした。インタビュアーの女性は伊世に言われた言葉がよっぽど効いたのか、固まって動かない。男子生徒はそんな彼女を不思議そうに見つめており、水世は振り返って彼に手招きをした。それを受け、彼は伊世と水世を追いかけた。
なんとかマスコミを押し退けて、二人は門を通った。校門をくぐってしまえば、マスコミは追いかけてこれない。学生証や通行許可IDを持っていない者が門をくぐれば、セキュリティが働いて、門は強制的に閉じられる仕様になっている。校内には至る所にセンサーがあるため、そう易々と中には侵入できないようになっているのだ。
伊世は歩を止めると、水世の方を振り返った。そしてついてきていた男子生徒を見て顔をしかめた。
「なんでいるんだよ……」
「そりゃおまえ、俺も雄英生なんだぜ?」
「知ってるしそういう意味じゃねえよ……」
水世の手を引いたまま歩き出した彼に、男子生徒は伊世の表情などを気にすることなく隣に並び、水世の方へ顔を向けた。
「俺、鉄哲徹鐵。誘水世だっけ?クラスはちげえが、同じヒーロー科同士、よろしくな!」
「う、うん……よろしくね」
「よろしくしなくていいぞ」
「伊世……おまえもしかして、シスコンってやつか?」
「あ?」
恐らくは本気で言っているのだろう、鉄哲は心底真面目そうな顔をしている。伊世のこめかみに青筋が浮かび上がり、水世は少し表情を青くしながら二人を交互に見つめた。鉄哲はそんな彼の反応に、なに怒ってんだよと軽く伊世の背を叩いて笑っている。
深いため息をついた伊世に、「ため息つくと、幸せ逃げるらしいぞ。親父が言ってた」なんて声をかけている鉄哲は、原因が自分とは思っていないのだろう。諦めたのか無駄だと悟ったのか、伊世はそれ以上鉄哲に何か文句をこぼすことはせず、共に校舎へ入った。
「水世ちゃーん!おっはよー!」
「おはよう、水世ちゃん」
階段を上がる自分を呼ぶ元気な声に、水世は振り返った。蛙吹と、その隣には浮いているように見える女子制服は葉隠だろう。彼女は二人に笑みを見せて挨拶を返した。駆け寄ってきた二人は、水世のそばにいる伊世と鉄哲に首を傾げた。そんな彼女たちに、伊世は階段の上から軽く頭を下げた。
「誘伊世、ヒーロー科B組。こっちは鉄哲徹鐵、同じクラス」
「誘くんは、水世ちゃんの双子のお兄ちゃんだよね!私は葉隠透、よろしくね」
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
もう一度会釈をした伊世は、鉄哲の体を軽く肘で小突くと、彼の襟元を掴んで歩きだした。突然の行動に鉄哲だけではなく水世も困惑していると、伊世は振り返って「じゃあ、帰りまた」とだけ言って上がっていってしまった。
何かしてしまっただろうか。やはり、双子だと言うのはまずかっただろうか。少し落ちていく気分を理解しつつも、葉隠や蛙吹の手前笑みを浮かべて、自分たちも教室は向かおうと歩きだした。
「水世ちゃんと伊世ちゃん、あんまり似てないのね」
「髪とか真逆だもんね〜。誘くんは真っ黒だけど、水世ちゃんは真っ白!」
「私と伊世くんは二卵性だから。髪色は、生まれつき」
「そうなの?とっても綺麗ね」
蛙吹の言葉に僅かに目を丸くした水世は、眉を下げて笑った。「ありがとう、蛙吹さん」とお礼を告げれば、蛙吹は丸く大きな瞳で水世を見上げて、梅雨ちゃんと呼んでと笑った。名前で呼ばれることが好きなのか、彼女はよくその言葉を使う。水世は何度か口を開け閉めすると、また眉を下げた。
「ありがとう。えっと……」
「自分のペースでいいわよ」
そうなのか。目をぱちくりさせた水世は、ゆっくり慣れていくと笑った。蛙吹に便乗したのか、葉隠が私も私も!と手を上げた。
「私も、水世ちゃんに『透ちゃん』って呼んでほしい!いつか!」
「……いつかね」
「うん!」
恐らく笑顔を浮かべているのだろう葉隠に、水世は曖昧に笑った。